第6話 異例のランクアップ

 片方の腕だけが地面から生えているように見える『ジャック』の手を多くのギルド職員たちが掴み上げて救出をしている。


 もう一人の男のほうも先程救出されて命に別状はなかったが、今後冒険者として活動するまでに、数か月の治療が必要だろうと診断された。


 そして森の方へ蹴り飛ばされたもう一人の男は、森と町の間で倒れているところを町の守衛に救助された。


 こちらも命に別状はないそうだが、当分は冒険者に戻ることはできないだろう。


 そしてその三人をそんな状況下に追いやった張本人であるソフィは、ギルド職員に連れられてギルドマスターである『ディラック・ウィルソン』の部屋に通されていた。


「君が、件の騒ぎを起こした少年かね……?」


 いかつい風貌で濃い眉毛が印象的なディラックは、苦虫を噛み潰したかのような顔でソフィに声をかける。


「うむ、その通りだ。しかし我とて騒ぎにしようと思ったわけではないのだ。冒険者ギルドに登録しようと受付の者の説明通りに、プロフィールとやらを書いておる最中に、あのゴミ共が喧嘩を売ってきたのでな……」


 悪びれずに淡々と話すソフィの口調と内容は、見た目の子供からは全くあっておらず、異様なものを見るような目でディラックはソフィを見るのだった。


「気になる点がもう一つあるのだが、我がギルドで懸賞金をかけている、Cランク魔物モンスターの『アウルベア』を倒したというのは本当かね?」


 ディラックから懸賞金の話が出ると、それを聞いたソフィは直ぐに反応を見せた。


「何? あやつに懸賞金だと?」


「ああ。この辺ではあの魔物は『災害級』として指定されていてな。これまでの被害の大きさを加味して、奴を討伐した者には懸賞金として『』の報奨金を出しているのだ」


 ソフィはガタッと音をならして、座らされていた椅子から勢いよく立ち上がって声をあげた。


「何! 『白金貨』だと! それでは!!」


「は? か、果実……? な、何を言っているか分からないが、この辺境の冒険者ギルドに所属する者達の中で相当の実力者達が、共にパーティを組んでもらって討伐に向かってもらったのだが、それでもあの災害級のアウルベアを誰も退治出来なくてな。それからは誰も奴の縄張りに入ることはなく懸賞金だけが高くなっていったという事なのだ」


(あいつがCランク魔物で、退治すれば『白金貨』がもらえていただと! 『白金貨』とやらはもしかしてなのではないか……?)


 ここに来る時に知り合った露店の店主に、手に入れる事は相当に困難だと聞かされていたソフィだが、冒険者ギルドの長の話では、と聞かされた事で、どういう事かと悩ませるソフィだった。


「そういう理由ワケでな? 本来ならば君の話を鵜呑みにすることはできぬわけだが、うちのギルドの上位に位置される『両斧使いのジャック』と、そのパーティの仲間を君が倒したという事で、ここに連れてきてもらうように頼んで、詳しく話を聞かせてもらっていたという理由ワケだ」


「ちなみにアウルベアは、今後どういう扱いになる? 我が倒したと証拠がなければ今後も討伐隊が組まれて、あやつは今後も狙われ続けるという事か?」


 ソフィからまさかそんな言葉を言われると思っていなかったディラックは、少し何かを思案するようにソフィを見つめていたが、やがて口を開いた。


「それは……。アウルベアの生死が分からない以上はな。この町の治安を守る為にも『ギルド』として今後も懸賞金を出す事を取りやめるつもりはないな」


 ある程度予想通りの答えが返ってきた為に、ソフィは少し間を置いてから質問を変えた。


「ふむ。それでは我が『アウルベア』をこの場所に連れてきたとして、今後悪い事をさせぬと奴に誓わせれば、そのギルド指定から外してもらえるか?」


「何……? まぁそりゃ構わないが、相手は魔物で言葉も通じぬし、誰かに黙って従うようなやつではない筈だぞ?」


 ディラックは質問の意図が読めず、訝し気にソフィを見ながら告げた。


「お主はディラックといったな? お主でもお主の部下でもいいが、森の入り口に奴を呼び出すからそこで確認してもらえないか?」


「な……!? そ、そんな事ができる訳がないだろう! 奴はとギルドが認めた凶悪な化け物だぞ!」


 今度はディラックが椅子から立ち上がって机を強く叩いた。


「まぁ信じぬというのであれば、別に我はそれでも構わぬよ。お主達は今後もその『』とやらに勝手に怯えて暮らすがよい」


 そういって話は終わりだとばかりにソフィは、ギルドマスターの部屋を出ていこうとする。


 それを見たディラックは慌てて声を張り上げる。


「ちょ、ちょっと待ってくれ! わ、分かった! 明日俺が君と一緒に見に行くから案内をして欲しい!」


 ギルドマスターのディラックは、この少年の話を信じることにしたのだった。


「あ! そういえば大事なことを言い忘れていた。君は今後も冒険者ギルドに所属する気があるということでよいのだろうか?」


 冒険者ギルドに登録に来たところに、ジャック達に喧嘩を売られてしまった事で、登録自体がまだだった事を思い出したソフィは間をおいて頷く。


「そういえばこのギルドに所属するには、試験があるのだったか」


「うむ。通常であれば我がギルドの試験官と戦ってもらって、力量を確かめて合否を決めるのだがな? 君はすでに我がギルド所属の『勲章ランクE』の冒険者を倒す程の力を示している。それ程の強さを持つ者に試験は不要だと考えた。つまりこの町のギルドに所属する意思があるというのであれば、ギルドマスターのワシの権限で君のギルドの加入試験は免除してやる事も可能だ」


「おお! それは話が早くて助かる。我は早くとやらを、受けなければならぬのでな!」


 試験の免除の話はソフィにとって、この部屋で聞いた中で一番の吉報であった。


「そして冒険者ギルドでは、どんな者でもGランクの『勲章階級』から始めてクエストをこつこつとこなしてランクを上げていくというのが通例なのだが、もし本当に『アウルベア』を我々の前で連れてきて見せて、その『アウルベア』に今後我々人間に危害を加えぬと約束させる事が出来るのであれば、特別に君をとして、所属してもらおうと思っている」


「なんと! それは真か! お主はなんと、なんと話の分かる男なのだ、ディラックよ!」


 ソフィは先程までの態度とは打って変わり、喜色満面に溢れるのだった。


 ディラックはそのソフィの笑顔を見て大きく頷いて見せた。


 『アウルベア』の一件は嘘であったとしても、ジャック達を倒したところは自分のギルドの職員を含めて数多くの者達が見ている。


 ソフィが自分の町のギルドに所属してもらえたら助かると、本気で考えているようであった。


「ところでディラックよ……。情けない事なのだが我は無一文でな。悪いが少しばかり金を貸してはもらえぬだろうか?」


 Eランクになるといっても現状は冒険者ギルドに登録したてのGランクであり、当然クエストもまだ何も受けていないソフィは、泊まる宿の金もなければ、何かを食べる為の金もないのだった。


「それは構わんが。それならば今夜はギルドの空き部屋に泊まるかね? 今回に限りだが食事も用意させるぞ」


「なんと! それはとても助かるぞ」


 ギルドマスターのディラックにとって、アウルベアの一件は定かではなくても勲章ランクEであるジャックを倒せる程の強者であるソフィが、この町のギルドを気に入って所属してくれるとなれば、ギルドに一晩泊めるくらい何て事はなく、安いモノだと考えるのであった。


 そしてディラックの言葉に甘えたソフィは、ギルドの空き部屋に案内されて言葉通りに出てきた食事の中に、が出てきた事で、このギルドとギルドマスターのディラックを大変気に入るのであった。

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