メイドに蹴り飛ばされてから始まるラブコメ

十里木

第1話 理不尽極まりないなっ!

「美夏、頼むッ! 俺の尻を蹴っ飛ばしてくれ!」


「…………は?」



 蔑んだ目。

 向けてくるのは、仲のいいはずである幼馴染―――秋風 美夏(あきかぜ みか)

 衣装はメイド。

 

 現在、メイド喫茶の休憩室で、俺は美夏に睥睨されながら情けなく、土下座をしている。

 ゴリゴリと額が真っ白な床に無慈悲に押し付けられた。



「で?」


「え?」


「だから、で? どうしてそうなるの?」


「いやだから―――」



 そうか、きっとあまりに突然のことに、何をどうすればいいのかわからなかったのだろう。

 俺だって、ほかの誰かにお願いされたらビビる内容だしな。



「俺を思いっきり蹴っ飛ばしてください!」


「死ねっ! てか、まずどういうことか説明しろ!」





――――数時間前。




「ぁ―――、眠い」



 学校も、課題もない春休み。

 そんな至福の休日最終日を、俺は欠伸をしながら迎えていた。


 明日からは、新学期が始まる。

 新たな学年に若干の希望を持ちつつも、2年目という何もかもが中途半端で飽きが来る学年に、7割ほどの気怠さを感じる。

 

 春休みが始まる前に、学年主任に言われた「中弛みの2年」というのはこういうことなのだろう。



 けどやる気が起きないのはしょうがない。

 


「あぁ、なんかなぁ…………美少女に尻でも、叩かれたらやる気の一つや二つ出るんだけどなぁ」




 いつもならそんなことを言うなんてことしないのだが…………。

 なぜか、何かに取り付かれたかのようにぼそりと、漏らす。



『なるほど、美少女にケツを蹴ってほしいとな?』


「おあ? だ、誰?」



 頭の中に、女の声――――なぜか、ロリババァじみた声が流れてくる。

 


『ふむふむ、最近の子らは何を考えているのかわからないのぉ』



 ぐわんと、頭の中で反響するその声は、どうやら俺の独り言を聞いていたのか。

 先ほどのことについて、疑問府を浮かべているようだった。


 

「あ、あの…………どなた様で」


『ぉお、忘れておったわ。 我れは、ちょっとした神じゃ』


「ちょっとした神…………ですか。 はぁ」


『そうじゃ、すごいじゃろ』



 ふふんと、鼻を鳴らしながら、ドヤ顔で言っているのが頭の中で想像できる。

 

 というか、これは幻聴か何かなのだろうか。

 だが、それにしてはやけにリアルに感じる。

 

 声が、まるでイヤホンから流れ出るように鮮明だ。



「あの…………それで言った神様が何の用で…………」


『おっと、そうじゃった。 また忘れかけてたわ』


「しっかりしてくださいよ…………」


『おぬし先ほど、美少女に尻を蹴られたいとか言っていたのぉ?』


「は、はい…………確かに、言ったのは僕ですが」



 今更、自分の独り言の内容を振り返ると、とてつもなく恥ずかしい。

 というか、神様とかいう幻聴じみた訳の分からん存在に聞かれていたということ自体が、もうすでに恥ずかしい。


 意識せずとも、自分の顔が火が付いたように熱くなるのを感じる。


 

『うむ、では確認はとれたのでな』


「へ?」


『おぬしに一つプレゼントをやろう…………』


「プレゼント?」


『そうじゃ…………おぬしが、これからを担う社会人に相応しくなるように、そういった意味を込めたプレゼントじゃ』



 企み声で、神様はカラカラと笑う。

 いったいこいつは何を企んでいるのだろう。


 ―――――と、その瞬間だった。



 自分の首元でカチャリと、金属音が鳴り、誰かに軽く首を絞められている――――そんな感覚を覚える。



「んん? 風邪か?」


『おぉ、さっそくか。 それがわしからのプレゼント―――――、一日に3回自分が認める美少女に尻を蹴られないと首が最終的に消し飛ぶチョーカーじゃ』


「…………」


『ふぁ…………じゃ、わしはもう眠くなったので寝るとするかの…………精進せいよ』




 頭に鳴り響いていた、声が、ふっと消え―――、頭が軽くなる。


 だが、それと同時に、首を絞めつける違和感に、はて…………と、思わず長考する。



「え、これって…………マジで消し飛ぶの?」



 訝しげな表情を浮かべながら、部屋に置いてある鏡を見ると――――そこに映っていた俺の首には、確かにはっきりと、黒色のチョーカーらしきものがついていた。



「あ――――これ、まずいわ」



 頭の処理が追い付かない。

 だが、確かあの神――――ロリババァは、1日に3回美少女に尻を蹴られればいいって言っていたな。

 解除できるかどうかはわからないが、とりあえず、本日の分を蹴られてこないと…………。


 部屋を子ウサギのように、飛び出し、全力で走る。

 向かうは、自分の叔父が経営しているメイド喫茶――――、そこでバイトしている幼馴染、秋風 美夏の元へ。



―――――――



「と、いうわけなんですッ! お願いだから蹴って! ほんとにお願いします!」


「…………はぁ」



 いまだ顔を上げることを許されず、俺は床に這いつくばるような形で、美夏に藁にも縋る思い出で、助けを求めていた。


 すると、美夏は、あきらめの溜息を一つ漏らし、足先で俺の頭を小突く。



「ボクだって、暇じゃないんだ…………早く戻らないと、店長に怒られちゃうしね。 ほら早くやるよ」


「み、美夏ぁ! ありがとう!」


「ったく…………、後でちゃんと説明してもらうから」


「おう! さ、やさしくお願いします!」



 今更立ち上がるのもめんどくさいので、そのまま四つん這いになり形で、尻を美夏に向ける。

 

 だが、いつまでたっても、蹴りは飛んでこない。

 「美夏? どうした?」と、思わず、不安ゆえに、呼びかける。



「優しくだって? 何をバカげたこと言ってるんだい…………?」


「え、あ、あの…………美夏さん?」


「ふふふふ、こんな機会めったにないんだ――――3回分、みっちり蹴っ飛ばさせてもらうよ」


「み、美夏さん!?」




 ヤンデレじみた口調で、くっくっくと笑いながら、美夏は口元を三日月にゆがめる。



「さぁ、心の準備はいいかい? ―――――ボク、少し蹴り技には自信があるんだ」


「蹴り技!? そ、そんな大層なもの出さなくていいか、やさし――――ッア!」



 その日、喫茶店で、俺の悲壮な叫び声が計3回響いたという――――。

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メイドに蹴り飛ばされてから始まるラブコメ 十里木 @Umoubuton

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