第32話 本当の黒幕
◇◇
ゼノス歴303年8月13日――。
ステファノの部屋に、再びハンナ、アデリーナ、ラウル、ユーフィンの4人が集まった。
その中で真っ先に口を開いたのはアデリーナだった。
「レナードは今、ルドリッツ帝国のドルトンの元にいるのは間違いないわねぇ」
彼女の言葉に補足するようにラウルが声をあげる。
「ユルゲルトはドルトンにレナード様の身柄をアラスへ帰せと命じてた」
「でもドルトンにはその気はさらさらないと思うわ。
彼には『レナード・フットに眠りし
「えっ? それってもしかして、これのことでしょうか……」
ユーフィンが机の上にメモを置くと、ハンナが小声でつぶやいた。
「これはメリア様の……」
「ええ、お預かりしてきました。こちらとまったく同じ内容です」
顎に手を当てたステファノは、席を立ち、部屋の中をゆっくりと歩きだす。
「……ということは、このメモは母さん、ドルトンの二人に送られていたということか……」
「彼らだけじゃないわぁ。ルフリートにも送られていたそうよぉ」
「三人にまったく同じメモ……。いったい誰が何のために……」
しばらく沈黙がただよう。
短気なラウルが匙を投げるような口調で言った。
「そもそも
彼としては単純な疑問を口にしたつもりだろう。
だがステファノとアデリーナの二人にしてみれば、八方塞がりだった状況を打破する一筋の光に思えたようだ。
彼らは頬をかすかに赤らめながら、ほぼ同時に声をあげた。
「召喚か!」
「悪魔召喚よぉ!」
ステファノとアデリーナは顔を見合わせると、こくんとうなずいた。
そして彼らのうち、先に声をあげたのはアデリーナだった。
「大昔、魔王がこの世界にあらわれた時の記述にこんな一節が残されてるわぁ。
『世界を我がものにせんとした強欲の者が、召喚の儀によって、魔王の力を得た』
とねぇ。
このメモの送り主は魔王を召喚できる者を探しており、その候補としてメリアさん、ルフリート、ドルトンの3人にメモを送った。
どうしてこの3人に絞り込めたのかは分からないけどねぇ」
アデリーナの後を継ぐようにステファノが続けた。
「彼らのうち、誰かが悪魔を召喚してその力を示した。
そしてレナードの中に眠る
「ドルトンか!」
そう叫ぶなりドアの方へ駆けていくラウルの背中に、ステファノは鋭い言葉を投げかけた。
「待て! ラウル! 今、おまえが一人でドルトンの元へ行っても門前払いを食うだけだ!」
「しかし……!」
足を止めたものの、唇を噛んで恨めしそうな目でステファノを睨みつけるラウルの肩に、アデリーナがそっと手を置いた。
「少年の気持ちはよぉく分かるわぁ。でも、今までの会話を思い出してみなさい。
レナードは『自分の意志』でドルトンの元へおもむいた可能性が高いと思うの。
いや、正確にはレナードの中にいるもう一人の人格ということねぇ。
少年も見たことあるんじゃない?
「それは……」
ラウルの脳裏にレナードが
いずれも
顔色が青くなったラウルに対し、アデリーナは小さく首を横に振った。
「それにこのメモをいったい誰が3人に送ったのか――それも探る必要があるわねぇ。
そいつが最終的にはレナードの力を求めているのは確実だもの」
「それなら私に心当たりがあります」
凛としたユーフィンの声に全員の視線が集まる。
彼女は腰につけた革袋から便せんを取り出した。
「これは君がライアンたちの出立式の警備について書いた図だよね?」
ステファノが小首をかしげる。
ユーフィンはメモを便せんの隣に並べた。
「同じ紙質。そしてここ――同じ模様が見られます」
「あっ! もしかして……」
ステファノが口を半開きにした横から、ハンナがユーフィンに問いかけた。
「この便せんはどこにあったの?」
ユーフィンは一度大きく息を吸い込むと、表情を引き締めて答えたのだった。
「レナード様のお部屋です」
ユーフィンの声が余韻となる。
しばらく誰も何も口が聞けなかった。
まさかレナード自身が
彼のことをよく知るラウルにしてみれば、信じられないというよりもショックの方が大きく、頭が真っ白になってしまった。
それは他の面々も同じようで、椅子に座ってうなだれている。
そんな中、ようやく口を開いたのはアデリーナだった。
「レナードがもし魔王の力を解き放とうと考えているならば、ルーン神国としては見過ごすわけにはいかないわぁ」
「ま、待ってくれ。レナードはこう言ってたんだ。
『誰にも秘密を知られずに、ひっそりと静かに暮らしたいんだ』と……。
それはもう一人の自分――つまり
だから彼が自分の意志で魔王を召喚しようとしているなんて、ありえない!」
いつでも冷静沈着なステファノとは思えないほどに語気が荒い。
一方のアデリーナは淡々とした口調で返した。
「相手は魔王よ。純朴な第二王子のことをたぶらかすくらい、なんてことはない。
それにもしかしたらレナードは人には言えない悩みを抱えていたのかもしれないわよ。
たとえば……幼い頃から『神童』と呼ばれ、周囲からもてはやされていたとっても優秀なお兄様といつも比べられるのが嫌で嫌で仕方なかった。
だから周囲を見返してやるくらいの『力』が欲しかった、とかね」
「アデリーナ。もしかして俺のせいでレナードが苦しんでいた、とでも言いたいのか?」
「その可能性もある、って話よぉ。捜査には先入観や思い入れは禁物だもの」
今にも噛みつきそうな形相でアデリーナをにらみつけるステファノを、アデリーナは余裕すら感じさせる穏やかな表情で見つめる。
とそこに割って入るようにして口を挟んだのはハンナだった。
「アデリーナさん。残念だけど、あなたの推理は的外れだと思う」
「はぁ? なんでそう断言できるのよぉ」
アデリーナがむくれ顔をハンナに向ける。
ハンナは無表情のまま答えた。
「このメモは『死んでいるはずのメリア様』に届けられた。しかしレナードはメリア様が生きていたことを知らなかった。
私はレナードがメリア様と再会した時に見せた涙と笑顔は、本物だと思ってるから」
「私の目にもそう映りました。あの時のレナード様は心の底から喜んでおられました。もし既にメリア様のご存命を知っていたら、あのような振る舞いはできません」
ハンナの意見にユーフィンが同調する。
だがアデリーナは引き下がらなかった。
「あなたたちの目にどう映ろうとも、レナードが母親が生きていることを知らなかったという確固たる証拠がなければ、彼の疑いは晴れないわぁ」
「でも生きていたと知っていたなら、なんでメモ1枚しか送らなかったのでしょう? こんな回りくどいことをする前に、悩みがあったならそれを打ち明けるのが普通です」
「それは……そうねぇ。
となると、そのメモはレナードが自分の意志で送ったものではなく、レナードの中にいるもう一人が、彼に分からないようにして送ったってことぉ?
でもそうだとしたらなんでメリアさんなのぉ?」
「私思ったのです。もしかしたらメリア様の魔法に関係があるのではないかと。でもメリア様は魔王の力を解放する魔法なんて使えない、ときっぱりおっしゃってました」
ユーフィンの言葉に即座に反応したのはステファノだった。
「そりゃそうさ。母さんの魔法はすり傷を治すくらいなものだったからね。ここにいるハンナなんか、どれだけ母さんの世話になったことか」
「ふふ。幼い頃は自分でも無茶ばっかりしてたと反省してるわ」
「今もだろ? 戦場に出たら一番槍を譲らないって聞いたぞ」
「あら? 心配してくれてるの?」
「そりゃそうさ。幼馴染に死なれたら、寝つきが悪くなりそうだからね」
小気味よいテンポで会話するハンナとステファノの間に割り込むようにしてアデリーナが口を挟んだ。
「でもメリアさんのご先祖はすっごく立派な賢者だったんでしょ?
悪魔を封印する魔法を得意とした、って聞いたことあるわよぉ」
「悪魔を封印……。ああ、確かに聞いたことある。かつては
そう告げたとたんに、ステファノの目が大きく見開かれた。
「ドルトンは魔王召喚……。母さんは魔王封印……」
「ちなみにルフリートの方は、『レナード様の中にいる魔王を殺すことだけが目的だった』とお父様が教えてくれた」
ハンナが話したところで、アデリーナも何かに気づいたようだ。
「召喚して、殺して、封印する――これで3人がつながったわぁ」
「つまりレナードは
「待って。もしその推理が正しいとして、どうしてレナードは
二人して大人しく過ごしたいって考えていたんでしょ? だったらわざわざ自分の身を危険にさらしてまでして、3人を使う必要はなかったんじゃない?」
「レナードが10歳の時の虫かご……」
アデリーナの問いを無視するように、ステファノはぼそりとつぶやいた。
「虫かごぉ? なにそれ?」
「ステファノ。そう言えば、ずいぶん前に教えてくれたことがあったわよね。
『レナードが、虫かごに入れた2匹のバッタにエサをやり忘れたら、共食いして1匹がいなくなってしまった』って……。もしかして今のレナードには……」
ハンナがそう言いかけたところで、ステファノは立ち上がった。
そして確信めいた口調で告げたのだった。
「ああ、これで謎は解けた。本当の黒幕は別にいる――」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます