ちっぽけなランナー -4-
【摩耶山掬星台】から神戸の湊川さん宅への道すがら、後部座席で湊川さんは晴礼の肩に寄りかかるようにして寝息を立てていた。
深夜でずっと眠っていなかった上、慣れない旅路で相当疲れていたはずだ。
「渉瑠センパイって、優しいんですね」
「……なんの話だ?」
湊川さんを気遣い、声を落として話す晴礼に、俺も運転しながら小さな声で返す。
「夏帆ちゃんが悩んでいるのを知って、わざわざこんなところまで来るなんて、優しいなって思ったんです」
「あそこで、じゃあ引き返すか、なんていくらなんでも無責任すぎるだろ。それに湊川さんがなにか悩んでいるってことは、最初から予想が付いてたからな」
「え、なんでですか?」
俺は運転しながら、湊川さんが眠っていることをもう一度確認して、口を開く。
「岡山の道の駅を出るとき、あのとき高速道路を使って向こうを出れば、遅くても十一時くらいまでには到着できたんだ。大人ならまだ普通に起きている時間だろ。言わなかったけど、無料道路ならあの段階で到着が深夜になることはわかってたんだ。結局家に行って話をするのは朝になる。ヒッチハイクまでして、お父さんとお母さんのところに行きたいって割には、まあそこまで明確な考えはなかったんだろうけど、あまり早く到着したくない感じがしたからさ。行きたいは行きたいけど、迷いがあるってことはなんとなくわかっていたんだ」
「迷いですか。でも、それも渉瑠センパイのおかげで晴れましたね」
穏やかに、年相応の幼い寝顔を見ながら、晴礼は笑みを漏らす。
「なに言ってるんだ。お前のおかげだよ。俺一人なら、湊川さんを俺の車に乗せようとは考えなかったし、考えても、さすがにおじいさんたちは了解をくれなかっただろう。お前が、湊川さんの力になってあげたからだよ」
「あはは、そうですかね」
くすぐったそうに、晴礼は微笑んだ。
俺も小さく笑い、街明かりの中に車を走らせていく。
「元々【摩耶山掬星台】には行く予定だったんだ。俺も時々確認しに行くんだ。自分たち人間がどういう存在か。俺がどういう存在か。これからどうすればいいか。そういうことを探すためでもあるんだ。俺の旅は」
広大な景色を向き合えば、否応なしに思考が自らの内へと向けられる。
大きな世界と小さな自分。そういうものを突きつけられる。
自分の存在を、見つめ直すことができる。
「自分が、どういう存在か……ですか……」
晴礼は窓の外へと視線を逃がし、言葉を噛みしめるように口の中で転がす。
ミラー越しに見えるその双眸は、憂いを帯びたような繊細な光を帯びていた。
「お前の方はどうだった? 親父さんと行った、〈まほろば〉じゃなかったか?」
「……はい、ちょっと覚えのない場所でした。ごめんなさい」
「一発目から当たるなんて思ってないよ。謝らなくていい。付き合ってるんだから、彼氏にそんな気遣いもいらないぞ」
「ふふ、ありがとうございます」
やや嬉しそうに照れたように晴礼は笑っていた。
「あ、そうだ。忘れないうちに」
晴礼は、寄りかかる湊川さんを支えたまま、器用にスマホを操作し始める。
「さっきの写真か?」
「はい、お父さんからもらったカメラで撮った写真は、お父さんのスマホに送ってあげることにしてるんです。カメラの写真をスマホにコピーして。ほとんど眠ったままなんで、起きたときにでも見られるようにって、たくさん送ってるんですよ。届いたら文面と写真が表示されるように設定しているんで、一枚ずつしか遅れないのが難点ですけど」
そう言いながらも、慣れた様子でスマホを操作して親父さんに写真を送る晴礼の表情は、穏やかで優しげだった。
「親父さん、写真喜ぶといいな」
「はいっ」
嬉しそうに頷く晴礼は、どこまでも眩しい笑みを浮かべていた。
俺は再びハンドルに手を滑らせる。
「本当はこの辺りが言われた住所なんだけど、もうしばらく寝させてあげたいから、適当に走らせるな」
「やっぱりセンパイ、優しいですね」
「うるさい。お前も寝てろ」
顔が熱くなるのを誤魔化すように鼻を鳴らし、プリウスを夜の街に走らせていく。
その後、ようやく明るくなり始めた早朝に、小さな工場に隣接するように建てられた家の前で湊川さんを降ろした。
これから激しいバトルを繰り広げるので、ここまでで大丈夫とのこと。もしものときのために、車で待っていようかと告げたのだが、
「帰りは、親に送ってもらうっす。さすがに、そこまで迷惑をかけられないっすよ。大丈夫っす。私の靴を作ってくれるまで、絶対に帰らないので。あの手この手で強迫します」
そう言いながら頼もしげに笑い、何度も頭を下げる湊川さんと俺たちは別れることになった。
俺は、湊川さんに手を差し出した。
「それじゃあ湊川さん、お父さんやお母さんの説得とか、陸上の大会とか。いろいろ大変なことがあると思うけど、頑張ってね。応援してるよ」
湊川さんは笑いながら、恥ずかしげに俺の手を握った。
「ありがとうございましたっす」
「また、なにかあれば呼んでくれ」
「はいっす」
湊川さんは晴礼とも握手を交わし、そして、俺たちは別れた。
神戸の街を再び走り出したとき、先ほどまで闇に染まっていた神戸の街には、暖かな日の光が降りていた。
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