第一話 二
「で、どうして俺を紹介したんだよ」
その日の晩、俺は『ザ・ワールド・オブ・メイズ』で初回ログインした者が出てくる『誕生の門』の横に立って、金髪碧眼に三角耳と華奢な肢体という、どこから見てもファンタジー世界の『妖精族』テンプレート通りの少女と話をしていた。
「それは、トイチが適任だと思ったからに決まっているじゃない――」
少女は左の腰に吊るした細身の剣の柄に左手をあてがいながら、澄ました顔でそう言った。
なお、トイチというのは俺の本名である
親は言わずと知れた「木下藤吉」と「天下統一」をかけて、「日本一の男になってほしいと思ってつけた」と言っていたが、その時点では完全に名前負けしている。
「――私が始めた時だって、最初の準備のところからすごく丁寧に教えてくれたじゃないの。あれと同じようにすればいいんじゃないの」
「あのさぁ……」
俺は小さくため息をついた。さすがに、『それは下心があってのことで、おっさんに優しくする趣味はない』とは言えない。
「……わかったよ、マユ」
なお、このマユというのが同じ会社の総務課に勤務している
ゲーム内の名前だから自由に改編できたのに、俺が自分の名前をほぼそのまま使っていたので、そうするものだと思ったらしい。
後で「好きなものでも構わない」と彼女が気がついた時にはえらく怒られたが、完全なとばっちりである。
「それにトイチ君は仕事柄、説明がとても上手じゃない。頼りにしてるよ」
今回もこの手できた。
彼女に全開の笑顔付きで「頼りにしてるよ」と言われたら、俺はもうどうしようもない。後はやるだけだ。
「分かったよ。努力する」
そう言って胸を張る。
すると全身を覆っていた
「ところで、宮内さんはどうやって俺達のことを見つけるんだ?」
俺達が立っている間も『誕生の門』からは五秒に一人くらいの間隔で、さまざまな種族の姿をした初回登録者が吐き出されていた。
さすがは世界最大の登録者数を誇るオンラインゲームだけのことはあるが、これでは知り合いを探すのは難問だ。なにしろ、こちらも会社での姿とはまったくかけ離れている。
マユは、会社では純和風な黒髪ストレートの眼鏡女子である。だからこそ妖精の姿にえらく拘ったと本人から聞いた。
変身願望というやつだろう。ただ、その点は俺も似たようなものだった。
高校から大学にかけて剣道部に所属していたので、現実世界ではいまでも短髪だし、どちらかといえば痩せているほうである。
それがコンプレックスだったこともあり、『ザ・ワールド・オブ・メイズ』では筋骨隆々のギリシャ神話風剣士スタイルに拘った。
そして、似たような願望を持っている人は割と多い。この仮想世界の中では「金髪碧眼、男なら偉丈夫、女なら妖精」というのが、テンプレートのようになっている。
実際、この『誕生の門』から出てくる人々の約八割がそうだった。
まあ、ゲームをやりこんでいけば姿形を途中変更できるイベントもあるし、かなり困難なクエストを達成した者には「デュアル・アバター」という特別報酬がある。
知り合いで実際にそれを獲得した者はいなかったが、特級探索者は殆どそれを獲得しているという噂だ。
さて、だいぶん話が逸れてしまった。
ということで俺達の姿は普段からかけ離れたものになっていたので、宮内さんが俺達を探せるかどうかは怪しい。
「大丈夫かね」
俺が懸念すると、マユは右の形の良い眉を少し上げて言った。
「一応、最初の門のところに立っている、どう見ても私たちには見えない二人組を探して下さい、とは言っておいたけどね。金髪の大男と妖精の姿をしているとも言っておいた」
さすがは総務課秘書担当、そういうところは抜かりがない。しかし、彼女は両方の眉を潜めると、周囲を見回して言葉をつなげた。
「ただ、そういう二人組しかいないんだけど」
そうなのである。
仮想現実世界のテンプレートである金髪碧眼な大男と妖精のカップルが、三十組ぐらい門を取り囲んでいるのだ。
事情は俺達と似たようなもので、知り合いの誕生を待っているのだろう。門から出てきたほうも、あまりの光景に慌てふためいた表情を浮かべている。
「今日会えなかったら、明日宮内さんにどこか目印になりそうな場所にいてもらうようにするから」
と言って、マユはため息をついた。
初日だと『誕生の門』以外のところで待ち合わせようにも、相手にマップがない。これが『ザ・ワールド・オブ・メイズ』の実に困ったところである。
だからといって空港の到着ロビーのように紙をかかげるのも、この世界においては忌み嫌われていた。
アバターの名前は初期登録時に自分で好きなものをつけるから、待ち合わせには使えない。だから、待ち合わせをするのであれば本名を出すしかないが、そういう「現実世界の本名」を公表するような真似は、オンラインゲームでは御法度である。
さきほどから事情を知らない者がそうしようとして、古参ユーザーから
「こちらで先に気がつけばいいんだけどね――」
俺は門から出てくる人を目で追った。
「――できれば、フライドチキンおじさんみたいな恰好で出てきてくれると嬉しいんだけど」
「いやいや、それでも無理でしょう?」
マユの言うとおりである。
金髪碧眼以外は獣人系が多い。ケモノ耳好きだろう。
それ以外は多種多彩な姿をしているのだが、中に『フライドチキンおじさん』風のネタ装備を身に着けた者が、少なからずいた。
「確かに」
俺は、目の前をエジプトのメジェド神風のアバターが横切ってゆくのを見つめながら、大きくため息をついた。あれが宮内さんだったらどうしようもない。
そもそもメジェド神の姿でどうしようと思っているのだろう。魔法遣い系の職業でも選択するつもりなのだろうか。
そんなふうに『誕生の門』から出てくる人を、三分ほどしかたなく眺めていたところ、ある男が俺の目を引いた。
いや、正確には装束といったほうが良かろう。
上が白、下が黒。日本の武道を齧ったものであれば見間違えようのない、見事な稽古着姿である。
ただ、生地が薄手なので剣道ではない。しかも足に足袋をつけ、さらには雪駄まで履いている。
それで俺には、その男がどの武道の経験者であるのか分かった。
「ほら、あそこを見ろよ」
「えっ、どこよ」
「いま、門から出てきた男の子だよ。黒髪の、大学生ぐらいの」
「ああ、見つけた――何あれ、すごく和風な男の子じゃないの。しかも和服だよね」
彼女があきれたような声を出した。それも仕方のないことである。
周囲がいかにも西洋ファンタジーな世界観の中で、一人だけ純和風な雰囲気を漂わせている。
しかも、それが武道家の「触れれば切れそうな殺気」ではなかった。
むしろその真逆の、のほほんとした穏やかな空気を
そのおかげで俺は、それが「宮内さん」であることに気がついた。
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