第14話 ユカリ・セル・シャイナ
多少のギスギスはあったものの、予選は無事に進み、オリヴィア班もディルマュラ班も全員が本戦に勝ち上がった。
「じゃ、あたしは次で負けるから。お祭りの屋台で食べたいものあったら言ってね。買ってくるから」
後に聞いた話では、この立秋祭での評価は本戦に出場出来ればあとの成績は大して変わらないため、この判断に至ったのだと言う。
入殿してから約半年。オリヴィアの徹底した単位集めは、特に彼女をよく知らない他のクラスや、それらを受け持つ教師から不評を浴びている。
恐らく唯一事情を知っているクレアは何も言わず、当のオリヴィアも「単位集めするのは学生の本分でしょ」と、内心どうか判らないが涼しい顔だ。
『それではお待たせしました! 立秋祭のメインイベント! 修練生たちによる個別組み手トーナメント第一試合を行います!』
神殿の外れに設置された八角形のリングの中央にはライカと、以前班別組み手で闘った、別クラスのユカリが立っている。
客もまばらながら入っていて、トーナメント表と一緒に配付されているプロフィールを片手に勝敗を予想する熟練のファンから、焼きそばやたこ焼きなどを片手にした物見遊山の客まで様々だ。
客が入っていようがいまいが、クレアの実況はテンションも高く、観客たちもそれに釣られて拍手や歓声をあげたりしている。
『下馬評通り順当に勝ち進んだ赤髪のライカに対するは、地道にひたすら修練に励んできた黒髪の乙女ユカリ!』
わぁっ、とあがった歓声にライカはおざなりに、ユカリは恥ずかしそうにお辞儀で返す。
ふふん、とクレアがほくそ笑み、マイクを握り直す。
『じゃあさっそくですが、一回戦第一試合、始め!』
神殿は立春、夏至、立秋、冬至に合わせて祭りを行う。
それはどんな小さな集落にも設置されている
風の神殿は秋も司るため、毎年秋の祭りは大規模になる。
主な内容は、それぞれが奉る精霊神や精霊王への神楽の奉納や、神輿や山車が街や村を練り歩く、と言ったもの。
ちなみに、予選で負けた修練生たちは屋台の売り子や観光客の道案内、本戦で使うリングの設営などにかり出され、かなり忙しい。
立秋祭で個人での組み手を大会形式にして一般にも披露しているのは、お披露目の意味合いが強く、人々はいずれ自分たちを守る仕事に就く修練生たちにエールを送り、あるいは将来の自分を重ねたりするのだ。
ライカの対戦相手、ユカリもお祭りでの大会を見て修練生になり、今日まで懸命に修練を重ねてきた。
「せああああっ!」
この試合は術の制限を外していない、普段の修練と変わらない数の精霊たちが扱えるもの。
クラスが違っても、ライカのヘタレっぷりは修練生のほぼ全員が、様々な背びれ尾ひれが付いた形で見聞きしている。
が、ユカリはそんなものにうつつを抜かしているような幼稚さは持っておらず、普段と変わらずにひたすらに修練を重ねてきた。
優勝するために。
優勝者には金一封か、現実的なレベルでの願いをひとつ叶える権利が与えられる。
ユカリが目指すのは後者。
貧困に喘ぐ故郷に援助を申し出るために。
それが無理なら、自分を将来故郷村の枝部に派遣して欲しいと。
だから、噂に聞くライカたちのような、才能もあるのに色恋沙汰に明け暮れているような人種は、とてもとても大嫌いなのだ。
「──
「──
ライカが放った風の刃をユカリは突風でかき消す。
巻き起こる突風をかき分けてふたりはリング中央で渾身の拳を放つ。
拳は互いの左頬に命中。口の中に鉄の味が広がる。互角の破壊力にふたりの上体は弾かれたように大きく仰け反る。先に動いたのはユカリ。
「ふんっ!」
上体を起こしながらの左アッパー。大きく仰け反ったライカの体勢をさらに崩すための一撃は、右足を下げて背中に力を溜めていたライカの頭突きによって防がれる。
「くっ!」
左拳は弾かれたが、ライカの頭は下がっている。チャンス。右拳でライカのこめかみを狙う。空を切る。腹ばいになって避けられた。驚いているヒマは無い。すぐに反撃が来る。ぎゅるん、とライカの体が回転。ユカリのくるぶしを狙う水面蹴り。ジャンプで回避。ライカはさらに回転。背中を支点に回転しつつ、逆立ちしながらの蹴りを中空のユカリに放つ。
「このっ!」
ユカリは回し蹴りで迎撃。右膝がライカの胴に、ライカの両かかとがユカリの顎に命中。ユカリは上へ、ライカは横へ吹っ飛ぶ。強引に上を向かされて視線が完全に切れたユカリは精霊たちにライカの行方を、
「せええっ!」
上。
太陽を背にしたライカがその両手を組み合わせて振りかぶっている。
術で迎撃を、と精霊を踊らせたことが間違いだった。
普段なら絶対に間に合うタイミングなのに、疲労とダメージがそれをほんの数瞬だけ遅らせ、それは必敗の手となってしまった。
「だらあっ!」
顔面に容赦なく叩き付けられた。背中からリングに激しく落下し、肺の空気が押し出される。
「かは……っ」
無くなった酸素を取り込もうとするが妙に苦しい。さっきの一撃で鼻が潰されたと気付く。焦る。それでもどうにか体勢を、とリングに手を付いた瞬間、ライカが覆い被さってきた。
そのときのライカの表情を、ユカリはきっと一生忘れないと思う。
笑顔だった。
喜色満面の、見たら誰もがつられて笑ってしまうような、そんな笑顔だった。
イヤだ。
こんなへらへらしながら闘っているやつに負けるなんて。
歯噛みしている間にマウントポジションを取られ、拳を振りかぶられる。術で、
『そこまで! 勝者ライカ!』
審判も兼ねるクレアの声が会場に響き渡る。
振り上げられた拳は振り下ろされることはなく、ライカは静かにユカリの上からどいた。
「待ってください! あたしまだやれます!」
『だめよ。判定は覆らないわ』
「だってあたしは!」
『ユカリ、あなたの事情は知ってる。でも、この大会は来年もやる。そのときに、』
「いまでなきゃだめなんです! はやくしないと、みんなが!」
ふう、とクレアは一度呼吸を吐いて、
『仮に、この大会であなたが優勝して、それから枝部に赴任するまで何年かかると思ってるの?』
「……でも!」
『あのね。大人を無能扱いするのは子供だけの特権だけど、そういう現状を聞かされてなにもしない大人はこの神殿にはいないわ』
「……?」
『エウェーレルから、あなたの村へ援助の申し出がありました。向こう十年は、どうにか暮らしていけるだけの額と物資が、返済期限無しの譲与という形で』
エウェーレルと言えば、風の神殿よりも水の神殿にほど近い大国。ユカリの里とは縁もゆかりも無い国が何故、と場の全員が思った。
『あともう一つ条件があるわ』
「はい」
『時間はかかってもいいから、絶対にあなたの里の枝部へ赴任すること。それが先方が出した条件よ』
「それだけ、ですか?」
『ええ。それでもまだ試合を続けたい?』
「い、いえ。もう、大丈夫です。ワガママを言って申し訳ありませんでした」
言ってクレアに、そして四方の観客たちにお辞儀をする。
返事代わりの暖かな拍手が巻き起こり、ユカリは恐縮しながらリングを降りた。
気がつけばライカはいつの間にか場から去っていて、リングにはクレアだけになる。
こほん、と咳払いしてクレアはマイクを握り直す。
『はい、それでは一回戦第一試合はライカの勝利で決まりました! 第二試合はシオンとディルマュラの勝負です! それではふたりとも入場!』
わぁっ、と歓声があがり、銀の短髪を振り乱しながらシオンが、ゆったりとした歩調でディルマュラがリングインする。
あの日からほぼ毎晩のように個人レッスンを行ってきた。
その甲斐もあってか、いまでは同じ条件ならライカとの組み手でも互角に持ち込めることも多くなった。
クレアの見立てでは、制限を外した場合のふたりの戦力差は一〇〇対三〇ぐらいにまでは縮まった。
これは決してディルマュラの成長の遅さを物語っているのではない。
ライカには、ディルマュラにはまだ扱えない技術がある。
歌だ。
──こればっかりは教えられるものじゃないのよね
精霊たちの力を借りて術として行使するだけなら、踊るだけでいい。
が、歌うことで扱える精霊たちの数は飛躍的に上昇する。集められた精霊たちの数で術の威力は増大する。ふたりの戦力差はこれが要因だ。
──ま、あたしも実戦で覚えたし、あんたもどうにかしなさい。
ディルマュラに対する個人的な感情も、少なからずあるが、それはそれ。
割り切ってクレアはマイクを握り直す。
『じゃあふたりとも準備はいいわね?』
す、とクレアが右手を高く掲げ、
『始め!』
振り下ろす。
三分十秒。ライカより時間はかかったものの、ディルマュラの勝利で試合は幕を閉じた。
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