4.こちら探索少女二名、駅のホームに停車します。

 ぱっ、とフーコが唐突に何かに感づく。

 脚は止めずに視線だけ海の向こう側へ。

 だから背中のマリーもそれに気づいた。

 そしてあからさまに嫌そうな顔をする。


 マリーの耳にもその音は聞こえてきた。

 ずっと遠くから微かに聞こえてくる音。

 フーコがいなかったら気づかなかった。

 それくらいに小さくて微かな爆発音だ。


 けれども当然、とマリーはそこで思う。

 フーコはもう少し聞こえているはずだ。

 音が聞こえるより前に反応していたし。

 理由はわからないが気にしたら負けだ。


「……どれくらい聞こえたフーちゃん?」


「間違いなく水雷」


「ねえ、外れたかどうかは分かるかな?」


「完璧当たってる」


「そっかぁー。当たっちゃってるのかー」


 聞いていた別動隊の船は沈んだらしい。

 つまり別動隊は壊滅した可能性がある。

 正直ちょっと勘弁してもらいたかった。


「無事かなぁ。心配だよあっちの人たち」


「きっと爆発する前に海に飛び込んでる」


「いやそんな逃げ方しないよフーちゃん」


「いやするよ。絶対する。私が保証する」


「うーん……」


 さて。


 マリーが他人の心配してる理由である。

 ああ優しい子なんだなあ、と思ったか。

 あの鬼畜小悪魔が何故に、と思ったか。

 貴方がどちらかは不明だが理由はある。


 今回の依頼は、少しばかり特殊なのだ。

 双方が目的地へと辿り着く必要がある。

 二人だけが到着しても失敗なのである。

 その場合尻尾を巻いて逃げるしかない。


 逃げられるなら、ということになるが。


「あーもー……」


 と背中でぶつぶつ愚痴るマリーに対し、


「……逃げる?」


 方向転換の有無を騎手に尋ねるフーコ。


「行くよ。ここはあっちの人を信じよう」


「というか、あっちの人ってどんな人?」


「なんだかとりあえず最強さんらしいよ」


「それは……つまりらぷたーみたいな?」


 と、何やら目を輝かせてフーコが言う。

 たぶん違う。戦闘機と戦闘ヘリくらい。

 が、説明が面倒なのでマリーは頷いた。

 するとフーコは自信満々にこう告げた。


「なら絶対に、絶対に大丈夫。絶対余裕」


「ああ、うん。そうだね。きっと大丈夫」


 聞き流しつつ、マリーはフーコに言う。


「それより、ほらほら! フーちゃん!」


 そう叫ぶマリーが指差す先にあるもの。

 海にほぼ沈みながらも残る駅のホーム。

 魔術学院のような駅舎とはまるで違う。

 蒸気ではなく電気の列車のためのもの。


 その瞬間にフーコはブレーキを掛けた。

 列車でないのにどうやったのかは不明。

 特殊な防水繊維でできているブーツで。

 海水を巻き上げ散らつつ減速してから。


 跳ぶ。


 ぎゃあ、といまいちな悲鳴を上げつつ。

 ぎゅう、とマリーはフーコに抱き付く。

 ふわり、と一瞬だけ日傘が潮風に乗り。

 ずざざ、と直後容赦ない音と共に着地。


 大分減速していたが勢いは残ったまま。

 しかも海水で濡れたホームへの急停車。

 が、濡れても滑らない靴底が仕事して。

 身を削りながらもフーコを停止させる。


 ぱさっ、とそれからまず日傘が落ちた。

 海水で濡れたホームに日傘が転がった。

 ぽてっ、とそれの次にマリーが落ちた。

 ぎりぎり振り落とされず済んだようだ。


「……フーちゃん」


 むっくりとマリーは笑顔で起き上がる。

 言うまでもないと思うが激おこである。


「とりあえず正座」


「えと……待った」


 素敵な笑顔を見せる相手に対しフーコ。

 こいつはなかなか面白い言い訳である。

 蛇に睨まれた蛙の遺言としか思えない。


「待ったなしでー」


 マリーはもちろん笑顔のまんまである。

 こいつはなかなか恐ろしい笑みである。

 ちろちろと細い舌先が見える気がする。


「こんな話している場合じゃない。今は」


 が、フーコは遺言的な言い訳を続ける。


「探索中。この瞬間にも攻撃されるかも」


 正論だったが今言っても説得力がない。


「んー。そうだね」


 だが、マリーは意外にもあっさりと許


「それじゃ予約ね」


 さない我らが鬼畜小悪魔ちゃんである。


「予約?」


「予約」


「予約か」


「予約だねー」


 予約とは何か? 本人たちも知らない。

 よくわからないがなんか意味はわかる。

 どうやら後からじっくり丸飲みにして。

 のんびりと消化してく腹積もりらしい。


「よし。予約する」


 が、フーコはあっさりホイホイされる。

 当座がしのげればフーコは良いらしい。

 将来がちょっとかなり心配になる娘だ。


「はい。予約ねー」


 と、小悪魔の契約を首尾よく結んだ後。


「それじゃ、早く地下に入っちゃおっか」


 と、マリーはすぐさま話を切り替える。


 ホームには地下の入口が幾つかあって。

 ほとんど水没したり潰れたりしている。

 が、前情報通りにまだ使える道が一つ。

 もっとも使えると言っても。一応だが。


「後から崩れてたり水没したりしてそー」


 ぽっかりと開いた地下の暗闇を見つつ。

 日傘を仕舞いライトを取り出しマリー。

 どこにどこから? スカートの中から。


「でも爆弾も水着もちゃんと持ってきた」


 その言葉にマリーは嫌そうな顔をする。


「だってあんなもの、水着じゃないもん」


 絶対着たくないよ、とむくれるマリー。

 ライト付きのヘルメットを装着しつつ。

 その言葉に対し、フーコの方は平然と。


「マリーわがまま」


 と見事な弧を描くブーメランを放った。


「フーちゃんだけは言われたくないよ!」


 お前が言うな、の言葉の弾丸を込めて。

 当然の如くマリーは抗議をしかけたが。

 けれど、それよりも先にフーコの方が。


 ぱっ、と。


 さっきと同じように、何かに感づいた。

 その表情からマリーは危険に感づいた。

 何も言わず即座にフーコの背中に乗る。


「光った」

「スコープ?」

「たぶん光学式の粗悪品。例の熊用の奴」

「……熊?」


 よっ、とフーコがマリーを支え直して。

 マリーは両手をフーコの首元に回した。

 正面にフーコのヘルメット。色は黄色。

 その向こう。ぽっかり空いた地下の闇。


「竜」


 返事するよりも先にフーコは走り出し。

 地下の闇の中へと突っ込むのと同時に。

 背後で遥か遠くから放たれてきた光が。

 ホームの上を薙ぎ払って吹き飛ばした。

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