墓穴と死神
「り、リーダー……」
接触して発動する「煙の王」のスキル。
つまり首を掴まれているということは。
即座に殺されたとしてもおかしくない。
首と命を掴まれ新米は顔面蒼白で言う。
「ナメた口を聞いてた奴がいたんで……」
「ちょっと締めてやろうとしたってか?」
「そ、そうです」
「おい、新入り」
「は、はい」
「俺が、お前に頼んだのは、何だった?」
「そ、それは……」
「俺らがいきなり行くとトラブルの元だ。
だから酒場に先に話を通してこい、と。
確か、俺はそう頼んだはずだったよな。
ウチの新入りとしての挨拶も兼ねてな」
「え、ええ」
「つまるところ、失礼のないように、だ」
ぐっ、と。
わずかに新米の首を掴む手に力が入る。
「あそこの酒場の店主は探索者崩れでな。
俺が新米のときに世話になった相手だ。
今も俺の名前で融通利かせて貰ってる。
わかるか新入り? 『貰ってる』んだ」
直後「煙の王」の声が怒声に変わった。
「なのに、何でてめえはこんなところで、
店の客に因縁を付けて喧嘩した挙句に、
びびって得物を抜いてんだ!? あぁ!?
てめえは俺にぶっ殺されてえのかっ!?」
ひいぃっ、と。
酷く情けない悲鳴と共に怯える新米を。
突き飛ばすように「煙の王」は放した。
それから「さっさと戻れ!」と怒鳴る。
足がもつれさせながら去っていく新米。
その姿を見送りつつ手袋をはめ直して。
「……ウチの若い奴が、悪いことしたな」
と、そこで「煙の王」は視線を移して。
「すまなかった」
当然の如くリィルとメトに頭を下げた。
そのまま年の割に白い頭を下げ続ける。
「あら、そんなこと気にしないで下さい。
だって全然、相手にならなかったので」
とリィル。なかなかやべー台詞である。
煽っているような言葉に「煙の王」は。
「だろうな――だから礼も言わせてくれ」
「お礼ですか? 何の?」
「あの馬鹿を殺さず見逃してくれた礼だ」
「……ああ、なるほど。例のアレですか」
探索者たちの間にある、暗黙のルール。
「あんた、その気になれば殺せただろう」
「私は別に武器なんて持ってませんよ?」
「嘘だな。気配で分かる。あんたは強い」
「……ですか」
「よくわかりませんが。そちらのお方は」
と、そこで、メトが話に割って入った。
「悪の探索者の親玉ではないのですか?」
色んな意味ですげーやべー台詞だった。
が、「煙の王」は顔を上げると笑った。
「まさか、ただの三流探索者の親玉だよ」
「でも『煙の王』って呼ばれてるのでは」
メトの言葉に「煙の王」は肩を竦める。
「その異名はだな、馬鹿にされてんのさ」
「はい?」
「所詮は『煙』だからな。……ところで」
と、そこでようやく「煙の王」は言う。
触れるべきかどうか迷っている様子で。
「その、えっと……そいつ大丈夫なのか」
そう言って「煙の王」が指差す先には。
彼がいた。
ただしゴミ箱に頭を突っ込んだ状態で。
「え、ちょっと何やってんですか。先輩」
「なんでもないし先輩でもない(裏声)」
「何ですかそのやけに気持ち悪い裏声は。
ほら親玉さんに失礼です。脱ぎなさい」
と、ゴミ箱を引っぺがそうとするメト。
「いや、やめろ脱がすな。やめろって!」
と抵抗したが、結局は引っぺがされた。
「ええと……あんたが、喧嘩の相手か?
この手の解決は気に食わないかもだが。
悪いが、一先ず謝礼を受け取――――」
と「煙の王」の言葉が途中で止まった。
ゴミ箱を引っぺがされた露わになった。
彼の傷跡の付いた顔を見たその瞬間に。
凍り付くようにしてその言葉が消えた。
「は」
すとんっ、と。
何故だか「煙の王」が尻もちを付いた。
単純な理由だ。
完全に「煙の王」は腰を抜かしていた。
「『
生ごみを頭に乗っけてる彼を見上げて。
さっきの新米以上に恐怖に歪んだ顔で。
彼が何かを言おうと近づくと絶叫した。
まるであのときと同じだ、と彼は思う。
初めてこの男に出会ったときと、同じ。
□□□
その男と会ったとき。彼はまだ新米で。
炎と煙と散らばった死体。その中心に。
彼より長い経験を積んでいた探索者が。
そして彼と同じスキル持ちの男がいて。
彼が何かを言おうと近づくと絶叫した。
彼は面倒なのでそいつを蹴り飛ばした。
大して鋭くもない蹴りが顔面に入った。
鼻血を出して倒れた男を彼は見下ろし、
『雑魚が』
と、彼はそいつに向かって言い捨てた。
『てめえだって、同じスキル持ちの癖に』
無数の人間の死体が散らばるその中で。
同じく横たわっている巨体を彼は見た。
思ったよりは小さい――探索者の災厄。
竜。
散らばっている死体を瞬時に作り上げ。
そしてたった今、彼が殺した――怪物。
その返り血と肉片と破片を被った彼は。
足元に倒れた男に向かってこう告げた。
『たかが中型の竜を相手に、このザマか』
もちろん、ただの、八つ当たりだった。
そのときの任務は他の探索者の護衛で。
それはこの惨状を見る限り失敗だった。
新米だった彼の新米らしいミスの結果。
今この場所には死体が散らばっている。
その男のスキルのことなら知っていた。
人間なら数秒あれば焼き殺せるスキル。
その対象は――素手で触れているもの。
もちろん最弱と言える部類のスキルだ。
なんせ人間相手で数秒掛かる低火力だ。
竜はもちろん、熊にもほぼ通用しない。
というか手が届く距離に近づけば死ぬ。
銃の方が強い、と当の本人が笑う程だ。
考えられる使い道は単純に火起こしか、
周囲の草木を焼いて煙幕を張るくらい。
熊ならある程度だが目くらましになる。
だから、「煙屋」と男は呼ばれていた。
草木の焼けた周囲を見ればすぐ分かる。
やれるだけのことを「煙屋」はしたと。
竜には目くらましにもならなかったが。
でも、それはこの男の否ではあるまい。
否があるのは、たぶん、彼の方だった。
目の前の男は彼を殴ることもできたし。
お前のせいだ、となじることもできた。
けれどもそうはせずにその男は叫んだ。
『探索医を呼んでくれ! 助けてくれ!』
彼は周囲を見回したが動くものはない。
目の前の男以外には死体しかなかった。
『呼んでどうする。みんな死んでるだろ』
『助かるかもしれねえだろこいつとか!』
叫んで男が引っ張ってきたそれを見る。
『……そいつ。上半身しか残ってないぞ』
誰がどう見たって、もう、死んでいた。
『じゃあこいつはどうだ!? あいつは!?』
散らばった腕や脚や首を懸命に示す男。
明らかに錯乱してる相手に彼は言った。
『……全員死んでる。死んでるんだって』
『だって、さっきまで生きてたんだぞ!』
『うるせえっ!』
怒りか恐怖あるいは両方の感情に任せ。
彼はもう一度、その男を蹴っ飛ばした。
彼だって先程まで会話をしていたのだ。
鈴が感知した熊を破壊しに行くまでは。
熊を破壊して戻ってきたら死んでいた。
いつだって熊は悪いタイミングで来る。
熟練の探索者なら経験的に知っている。
新米の探索者である彼は知らなかった。
知っていても防げたかはわからないが。
彼がまだ本当に新米だった頃の記憶で。
男がまだ「煙の王」ではなかった頃だ。
□□□
今度はさすがに蹴ったりはしなかった。
「ええと、その……久しぶりですね……」
とだけ、彼は「煙の王」に対し言った。
対し「煙の王」は頭を地面に擦り付け、
「待て――待ってくれ。殺さないでくれ」
臆面もない命乞い。彼は気まずくなる。
「……殺さないんで。それより頭を――」
と言い掛けた彼に「煙の王」は言った。
「俺じゃない。俺は構わん。あの馬鹿だ」
「……さっきの新米の奴のことですか?」
「頼む」
と、頭を地面に擦り付けたままで言う。
「俺の落ち度だ――勘弁してやってくれ」
なんで、あんたがそこまでするんだよ。
と彼は思う。たかだか新米一人の為に。
あんな馬鹿は死なせておけばいいのだ。
もう「煙屋」でなく「煙の王」なのに。
「もう殺す必要はなくなったので、別に。
あと貴方の首も特に全然必要ないので。
さっき言ってた謝礼も特に要りません。
ただ、何もなかったことにして下さい」
「だが――」
「厄介事が一番困るんです。俺の立場は」
「――わかった」
「なら、早く頭を上げて、帰って下さい」
「すまん、恩に着る」
「要らないですって――とっとと失せろ」
その言葉に相手はすぐさま立ち去った。
彼は息を吐く。酷く疲れた気分だった。
頭に付いたままの生ごみを払い落とす。
ぽかーん、と。
状況に追いつけずにいる、メトを見て。
彼女が抱えたままのゴミ箱を奪い取る。
引っ繰り返して、椅子替わりに座った。
「それで」
状況を傍観していたもう一人に尋ねる。
「一体俺に何の用です? リィルさん?」
「もちろん探索の依頼です。グレイくん」
「協会の他の依頼で埋まってるんですが」
「そっちは調整します。緊急の依頼です」
「暴走してない大型の竜でも出ました?」
「いいえ――それ以上に危険かも、です」
「成程」
なら、自分が引っ張り出されるわけだ。
「メンバーは?」
「四人。貴方と別行動の探索者が二人と」
それから、リィルはメトを示して言う。
「こちらの彼女が貴方のパートナーです」
「……俺、そいつを知らないんですけど。
何かの強力なスキル持ちなんですか?」
「不明です」
「はい?」
不明?
何だ、それは。一体、どういう意味だ。
「今回の彼女の役目は貴方の案内役です」
「案内役?」
「問題の発生地点までご案内しますよー。
どうぞ先輩。存分に私を頼って下さい」
と、なぜだかドヤ顔をしてみせるメト。
説明を求めて、彼はリィルを見つめた。
こほん、と。
咳払いを一つしてからリィルは言った。
「今回、探索して貰うダンジョンですが。
先発の探索チームが複数食われてます。
彼女はたった一人の生き残りなんです」
「いやー。まじ死ぬかと思いましたよー」
「…………」
いや軽い。死ぬかもしれなかったのに。
やはりやべー奴だったか、と思いつつ、
「そのたった一人の生き残りに死ねと?」
と、リィルをちょっと睨んで尋ねると。
「まあ……たぶん、大丈夫ではないかと」
たぶん大丈夫?
何だそれ。先程からちょっとおかしい。
「あ。それと、今回は私も手を貸します」
「え」
それならむしろリィルだけで十分では。
そう思う彼を見透かしたように彼女は、
「そういうわけにいかない『敵』でして。
あくまでも、私は、手を貸すだけです。
ふむ、ちょうどいいところにナイフが」
そう言いながらリィルが見つけたもの。
先程の新米が、落としていったナイフ。
それを彼女は、ひょい、と拾い上げる。
彼女はそのナイフの刃先を確かめると、
「むう、手入れが雑ですね……」
と指先で摘まんで、刃先を何度か擦る。
何故か金属が景気良く削れる音がした。
リィルはそれからまた刃先を確かめて、
「これでよしっ、と。ささ、グレイくん」
一つ頷くなり、右手を差し出してくる。
いや、意味がちょっとよく分からない。
「ええと……」
相手の表情を確認した。いつもの笑顔。
意味は分からなかったが、握手らしい。
とりあえず、彼は彼女と握手してみた。
リィルは左手で持ったナイフを振った。
彼が今握る、彼女自身の右手の手首に。
ナイフは異様な切れ味で手首を切断し。
結果。彼の右手にリィルの手首が残る。
「…………」
彼は右手に残ったその手首を見下ろす。
美少女らしい白く綺麗な、手首。だけ。
断面は綺麗で、何故か血は出ていない。
「右手をお貸しします。よろしくどうぞ」
と手首を失った腕を引っ込めるリィル。
ぐにゃり、と。
手の中で、リィルの右手首が形を崩す。
右手首だったものが、その形を失って。
一瞬だけ。
きらきらと輝く泥のようなものになり。
次の瞬間。
リィルと全く同じ姿にそれが変化した。
着ているものまでまったく同じだった。
ただし、手の平サイズ。超ちっちゃい。
そして、ぺこり、とお辞儀をして言う。
『お貸しされます。右手です。よろしく』
「……よろしく」
一旦考えるのはやめて、それだけ言う。
「わー。可愛いですねー。ちっちゃーい」
と、元・右手を見て横ではしゃぐメト。
「でしょう。ミニチュアサイズの私です」
と、こちらも何か少し自慢げなリィル。
いや、待て。
その前に説明すべきことがあるのでは。
色々と。
だが。
気づく。
リィルの右手がすでに元に戻っている。
彼は諦めた。
何もおかしいことは無かったことにし。
彼は、メトに元・右手を預けつつ言う。
「ええと……お前は何だ。怖くないのか」
今回の探索についてだが。他にも色々。
「いやあ、先輩、めっちゃ怖いですよー」
と、ちょっと意外な答えが返ってきた。
「けれでも、まあ、私は探索者ですので。
怖くてもダンジョンからは逃げません」
「……」
「そういうものでしょ? 探索者って?
先輩も、どうやら強いらしいですけど。
けれどちょっとくらい怖いでしょう?」
「まあ……そうだな」
実際は、ちょっとどころでなく怖いが。
「けれでも、やっぱり私は心配ですよー」
「何が」
「いやあ、先輩が死ぬかもしれないので」
探索者なら死ぬ可能性は幾らでもある。
が、言葉のニュアンスに引っ掛かった。
先程から少しずつ積もっている、疑念。
『たぶんきっと大丈夫ですよ。メトさん』
と、元・右手の小さなリィルが言い、
「グレイくんはこう見えてすごいんです」
と、本体(たぶん)のリィルが言い、
それから、二人の声が綺麗に重なった。
『「なんせ最強のスキル持ちですから」』
「グレイ」と他人に呼ばせている彼。
その本名は――グレイブ・トーカー。
つまり。
現協会長トーキン・トーカーの実子。
そして。
世界最強のスキル持ち――「墓穴」。
それが今現在彼が背負っている看板。
馬鹿みたいだとぶっちゃけ彼は思う。
「それなら大丈夫ですね――あの、先輩」
が、そんな馬鹿な看板を聞いてメトは。
「実は私、ほんのちょっと運が悪くって」
むしろ、安心したように彼に対し言う。
「所属したチームがよく全滅するんです。
いや、私一人だけは生き残るんですが」
今回で九回目ですね、とメトは言った。
「というわけで『死神』と呼ばれてます。
でも、先輩だったら大丈夫そうですね」
成程、違和感の正体はそれだったのか。
と、彼は納得して。
死ぬかもしれないな、と普通に思った。
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