第32話 冒険の帰路
斬った断面を凍り付かせながら、リッチは上半身と下半身を真っ二つにされる。
同時にその杖に宿った炎が消え、
ガシャンという音がしてリッチだったものの残骸がその場に崩れ落ちる。
同時に、何体かのグールが倒れた。
魔術によって修復された個体だろう。
残ったグールはリッチの支配が解けたことで、その動きを止める。
そしてその隙を見逃すほど、ロロは甘くはなかった。
「――はっ!」
踏み込み、切り伏せ、そして跳ぶ。
そうして彼女が統率の取れなくなったグールを全滅させるまでに、一分もかからなかった。
二十は超えるグールの死体が地面に散乱し、ロロは剣をしまう。
俺は深く深くため息を吐きながら、その場に座り込んだ。
「……勝った……のか」
俺たちの勝ちだ。
グールの群れとリッチを倒し、動くものはもうない。
なんだか一生分疲れたような気すらした。
「――ほらほら、まだ冒険は終わってないよお兄さん」
ミュルニアはそう言いながら、採取した冷蘭草を持ち運びができるよう束ねていた。
ロロがその言葉に頷く。
「無事に帰るまでが冒険者の仕事だからね。とはいえこれ以上の探索は危険が大きいから、一旦ここで帰りましょう。……思いたくはないけど、リッチがもっといないとも限らないし」
「……そうだな。こんなところさっさと出よう」
俺はそう言いながら立ち上がる。
そしてこちらを見つめたまま大人しくしているマフに近付いた。
さきほどと打って変わってすっかり落ち着いたマフの頬を撫でる。
「お前もご苦労さん。来てくれて助かったよ」
「グォオゥ……」
まるで返事をするかのように喉を鳴らすマフ。
そしてその背中では、いつの間にか気を失っていたユアルがすぴすぴと寝息を立てていた。
同じくその様子を見ていたロロが俺に尋ねる。
「……エディン、ユアルは何者なの? それにさっきのは」
「さあな。俺も出会ったのは数日前だ。ミュルニアに才能も見てもらったが、よくわからなかったらしいし」
肩をすくめる俺の後ろで、ミュルニアが「おおー! この杖けっこう上物だー!」と喜びの声をあげた。
見れば彼女はリッチの残骸を漁っている。
……まあ分析が得意なミュルニアのことなので、呪いの品に無闇に触ってしまうようなことはしないだろうが。
俺は彼女に尋ねてみる。
「ミュルニア、さっきのユアルとマフの様子で何かわかることはないか? ……遠くの魔物や動物を呼び寄せる魔法とか」
「んー。聞いたことないけど、あれじゃない?
ミュルニアはリッチが身に付けている魔導具を懐にしまう片手間にそう答えた。
――モンスターテイマー。
魔物を調教し、自在に操るという職だ。
広義の意味では魔物園の園長なんかもモンスターテイマーと言えるだろう。
ただ存在自体は聞くも、冒険者としてはあまり見たことはない。
理由はもちろん、魔物自体が忌み嫌われているからだ。
思い返してみれば、ユアルは出会ったときからマフに好かれていた。
もしかしたらユアルにはそんな才能があるのかもしれない。
地下遺跡の中だというのにぐっすりと眠るユアルの寝顔を見つつ、俺はそんなことを思った。
* * *
そうして俺たちは大量の冷蘭草を持って帰路についた。
帰り道の最中、マフに乗せていたユアルは何事もなかったかのように目を覚ます。
太陽が傾きかける中、あくびをする彼女に地下遺跡でのことを尋ねてみた。
「さっき、何をしたのか覚えてるか?」
「あー……ぼんやりとですけども」
ユアルはまだ眠そうに目を擦りながらも、そのときのことを振り返る。
「えっと……あのときはどうにかしなきゃーって思って……」
グールの群れに包囲されたとき、彼女は祈るように胸の前で腕を組んでいた。
「だから……”誰か助けて!”って念じて。そしたらマフちゃんの鳴き声が聞こえた気がしたんですよね」
当然だが、俺には聞こえていない。
だがさすがに幻聴とは思えなかった。
「それで”助けてマフちゃんー! こっちこっちー!”って心の中で呼んだら……マフちゃんの目線になれたんです」
「マフの目線……?」
「はい。マフちゃんが見えてるものが見えるようになって。だから”そっち! そこの奥!”ってわたしたちが来た道を誘導したら、マフちゃんが動いてくれて」
俺はユアルの言葉を頭の中で整理する。
……マフの視界を共有して、指示を出していたということだろうか。
それが本当なら、モンスターテイマーというレベルじゃない力な気がするが……。
俺はロロとミュルニアの二人に尋ねる。
「なあ、そういう冒険者や魔術の話を聞いたことは……ってどうしたミュルニア」
後ろを振り返ると、ミュルニアが足を止めてうなだれていた。
彼女は顔を上げると、俺に向かって口を開く。
「疲れたぁ……おんぶしてお兄さん」
「はぁ?」
どうやらさきほどの戦いや探索で体力がなくなってしまったらしい。
おそらく彼女はあまり外に出ない研究者タイプの魔導師なので、仕方ないのだろう。
「マフに乗せてもらったらどうだ」
「やだぁ……怖いぃ……」
彼女は怯えた目をマフに向けた。
マフは大人しいが、地下でグール相手に見せたその獰猛さもまた本物だ。
俺は複雑な気持ちになりながらも、ため息をつきつつ背中を貸してやることにした。
ミュルニアは体も小さいし、重いこともないだろう。
「しょうがないな……。ほら、乗れ」
「ありがとー! お兄さん話がわかる!」
ミュルニアの様子を見て、ロロもため息をついた。
「……エディン、あまりミュルニアを甘やかさないでね。その子は人懐っこい分、一度甘やかすとどこまでもつけ上がるから」
「そんなことないもん」
そう言いながらミュルニアは俺の背中にしがみつく。
ミュルニアの体が背中に押し付けられ……痛い。
「……なんか背中がゴツゴツするぞ」
「えっ? ……あっ! そうだった、リッチからいろいろ拾ってきたから……えへへ。ごめんね、すぐ邪魔にならないようにする。うちの体の柔らかさをいっぱい味わっていいよ?」
「誤解を招くようなことを言うな。……そういえば、その戦利品はどうするんだ?」
「売り払ってみんなで山分けかな!」
「……みんなで? 分け前がもらえるのか?」
「もちろん! 依頼者である前にパーティだからね、うちら!」
……
騎士団にいた頃はそんなこと思いもしなかったが。
リッチとの戦いでした連携を思い出す。
――背中を預けられる仲間ってのも、いいもんだな。
そう思って、少しだけ笑みがこぼれた。
するとそんな俺の表情を見たユアルが、口を尖らせる。
「……エディンさんがミュルニアさんの感触で笑ってる……」
俺は慌てて首を横に振った。
「――ち、違う! それは誤解だ!」
「え、なに? どしたの~? お兄さん、興奮しちゃった?」
ミュルニアが俺の背中でからかうような声をあげる。
そんな俺たちの様子を見て、ロロは「みんなまだまだ元気そうだね」と楽しそうに笑った。
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