第9話 お人好しの雑用騎士
俺はまずゴブリンたちの表情から観察してみる。
何度見てもゴブリンの表情はよくわからないが、その様子からして怯えていることはわかる。
次に恰好だ。
彼らの手には棍棒が握られているし、ゴブリンは魔物として普段から人を敵対視しているはずだ。
なので今回のことも普通なら、ゴブリンが旅人を襲おうとした強盗か何かだと思うのだが――。
しかしそこで、彼らの足が泥だらけなことに気付く。
ただ汚いだけなのかと思ったが、もしかすると何かから逃げてきたとか、急いでいるとかの事情があるのかもしれない。
……よく見れば体も少し普通のゴブリンに比べると小柄だな。
もしかすると、子供のゴブリンか?
だとしたら親は? 近くにいる様子はない。
「……なるほど」
こうしてみるとたしかにユアルの言う通り、ゴブリンたちの様子に尋常でない雰囲気を感じなくもない。
俺は半信半疑ながらも、ユアルの言葉を信じて彼らに近付いて尋ねてみることにした。
「お前ら、何か用があって訪ねてきたのか? ただ襲いに来たってんなら、今すぐ尻尾巻いて逃げ出すといい。今なら見逃してやるぞ?」
高圧的な態度でゴブリンたちにそう言ってみる。
すると彼らはおびえるように後ずさった。
……だがどうやら逃げだす気はないようだ。
何か用事がある、ということなのだろう。
「……用件があるなら言ってみろ。べつに問答無用でお前らと戦ったりするつもりはないぞ。おかしなことをしたら殺すが、今のところ敵意はない」
俺は手を開いて、何も持っていないことをアピールしてみせる。
……剣を持ってたらこんな説得したところで何もならないだろうが。
怪我の功名と思うことにしよう。
ゴブリンたちはそんな俺の様子を見ると、意を決したかのように口を開いた。
「……おれたち、むら、あぶない」
「くすり、ないか」
ゴブリンたちはカタコトの共通語で、そう言った。
「俺たちの村が危ない、薬はないか?」……ということだろうか。
うーむ、薬?
「薬ってのは、なんの薬なんだ?」
「くすり……びょうき、なおす」
「にんげん、くすり、もってる」
ゴブリンたちは口々にそう言う。
……どうやらゴブリンたちは薬を求めて俺たちに接触したらしい。
たしかに、この渓谷を通るような人間というのは限られている。
よほどの事情があるか、貴重な物を交易して一攫千金を狙う商人か。
もちろん後者の方が多いだろう。
特に薬なんかは交易品として優秀で、需要は必ずある上に物によっては仕入れ値の何倍もの値段で取引されることもある。
だからゴブリンにとって、この渓谷を超えようとする人間はたいてい薬を持ち歩いているものなのかもしれない。
しかし残念ながら、俺は薬商人ではない。
「薬は持ってない。本当だ。隠してもいない。俺たちを襲っても、なんにも出てこないぞ」
俺の言葉に、ゴブリンたちは目配せする。
そしていくつか言葉を交わした後、俺に向かって口を開いた。
「……すまなか、た」
ゴブリンはたどたどしく謝ると、ションボリと洞窟を出ていこうとする。
その背中が悲しんでいることは、さすがに俺でもわかった。
「――あ、あのっ!」
そのとき声をあげたのは、ユアルだった。
彼女は俺の腕を掴む。
「その子たち、困ってるみたいです……。まだ幼いみたいですし……お話だけでも聞いてあげることはできないでしょうか……?」
ユアルはそう言って、こちらの顔を覗き込んだ。
……彼女の姿を見て、なんとなく昔のことを思い出した。
あのわがまま姫も出会ってすぐは、これぐらいの可愛いげはあった気がするが。
「……俺たちは追われている身なんだがな」
もう沈みかけた外の太陽に目を向けつつ、俺はため息をついた。
いくらすぐに追っ手がかからないとわかっているとはいえ、俺たちを追跡するのは腐っても帝国騎士団の連中だ。
明日には手配が回るだろうし、下手すれば国境を越える前に追いつかれる可能性だってある。
あまり厄介事に首を突っ込んでいる暇はない。
……とはいえ。
厄介事なら、もう思う存分関わってしまったとも言える。
なら一つや二つ増えたところで、変わりはないのかもしれない。
毒を食らわば皿まで、だ。
俺は諦めて、肩をすくめて見せた。
「わかったよ。……力になれるかはわからんが、とりあえずお前ら何があったか話してみろ」
俺がゴブリンたちに向かってそう言うと、ゴブリンたちはお互いに顔を見合わせた。
そして目を大きく見開き口を開け、こちらへと何度か頷いてみせる。
「ありがと、にんげん」
「ありがとう」
どうやらその姿がゴブリンの感謝の表現らしい。
俺は頬をかいてその言葉に応える。
「……聞くだけだ、聞くだけ。まだ何かしてやるとは言ってない」
俺はそう言って、もう一度ため息をついた。
俺の言葉に彼らは喜ぶような様子を見せつつ、自分たちの事情を説明しだすのだった。
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