第9話 マブダチになってみた
その小さい生物は、さっと左右を見渡し隣のミルク瓶の後ろへ隠れた。しかし、残念なことに、その美しい羽根が顔をのぞかせたままだ。
「あの~、その、みえてる……よ?」
テクテクはなんとも申し訳なさそうに、その生物に指摘した。その声にビクッと身を震わせ、それは恐る恐る瓶の影から顔をのぞかせる。そして、キラキラした眼差しで見つめるテクテクと目を合わす。1分、2分……そうしてたっぷり5分経ったところで、ゆっくりと口が開かれた。
「あ、あたいは精霊のセイヨウっていうんだ。あんた何時もミルクを置いてくれる人だよね?」
「やっぱり精霊様だ! 凄い、私初めて見た! わー、綺麗な羽根だしとても可愛い‼ あ、私はテクテクって言います。ミルク、何時も飲んでくれてありがとう!」
「だろう? ふふん、自慢じゃないけど精霊界でもトップクラスの自慢の羽根なんだ! テクテク見る目あるじゃん」
テクテクに誉められた瞬間、瓶から飛び出して胸を張りドヤ顔をするセイヨウ。彼女はとてもチョロかった。
精霊、それは現代では物語の空想上の生き物として考えられている生き物である。それが、今、テクテクの目の前に存在している。これが世界中にどれだけ衝撃を与える事柄なのか、当の本人たちは全く理解していなかった。
「わたし、ずっとあなたにお礼を言いたかったの。お金と食材いつもありがとう。でも、これ以上貰っても悪いしもういいよ。そんなの貰わなくても、ミルクなら何時でもタダで飲ましてあげるわ」
「えっ、そう? 別にあれは私たちに貢がれた物の中でも使い道がない奴だから別に気にしなくても良いんだけど……でもタダでくれるって言うのならありがたく頂くわ。あんた良い奴ね、特別にあたいのことをセイヨウって呼ぶことを許可するわ‼」
「うん、よろしくね、セイヨウちゃん。あのミルクは私の自慢なの、いつも綺麗に飲んでくれてありがとう」
「確かにこれは絶品だわ。数十年ぶりに飲んだけど、今まで飲んだミルクの中でもトップクラスよ‼」
最初の警戒心は何処へやら。それから、テクテク達は楽しくお喋りをしながらしばしの時を過ごした。
「よし、決めた! 皆とそろそろ違う世界へ行く予定だったけど、私、この世界……というか、テクテクと一緒に暮らすことにするわ! あんたと私は今からマブダチよ‼」
「えっ、マブダチ? いいの!? やったー」
そしうして、トントン拍子に共同生活することが決まった。会話の中で『違う世界』という衝撃的なワードが出てきていたにもかかわらず、『マブダチ』という言葉で嬉しさが限界突破したテクテクは、気が付くことなく見事にスルーしていた。
本来、精霊とは聖霊神の使いであり、様々な世界を陰からその目で見て回るという役割を担っていた。そのため、魔法に関しては人間を優に超えていた。彼女たちは一定の間隔で他の世界へと旅立つのが常である。しかし、聖霊神がただの人形を作るのを嫌がり、自我を与えたことにより、セイヨウの様にその世界に定住する者も現れていた。このことは、聖霊神にとっては頭の痛い話ではあるが、それはまた別の話である。
「ぐ~、す~、ぴ~」
セイヨウは、今日もミノちゃんの背中で日の光を浴びて気持ちよさそうに寝ていた。いつの間にか、ミノちゃんの背中が彼女の定位置となっていた。
テクテクはセイヨウと一緒に過ごすようになって、彼女のことを少しずつ理解していった。
まず、寝るのが大好きなこと、食事をとらなくても問題ないこと、ミルク以外はそんなに口にしないこと、そして、倉庫を増築した犯人であったことだ。
セイヨウ曰く「この世界の人間たちって地下をあんまり有効活用できていないんだよね。だから地下空間が凄く有り余っていてやり易いんだ!」とのことであった。
本日も、目が覚めるや否や「運動してくる」と言って、地下へと旅立っていった。その間に、テクテクはミノちゃんを引き連れて木材を確保するために森へとやってきていた。黄玉町の復興のお手伝いだ。
町長たちは、テクテクにはそんなことまでさせては申し訳ないと遠慮していた。しかし、テクテクが「私も町の一員として協力したい‼」と言ったことが決定打となり、そういえば一時、木材を一人で調達していた時期があったなとテクテクに協力を依頼することとなった。
「ドゥッルドゥッルドゥッル~♪」
「モ~」
テクテクは愉快な歌を歌いつつ、ものの数分で巨木を切り倒し、余計な枝を除去、そうして出来上がった丸太を次々と荷車へ載せていった。若い男性でも、一般人であるならばテクテクよりも動ける者はいないだろう。
「う~ん、やっぱりミノちゃんには敵わないなぁ」
「モモ~ウ」
しかし、その更に上をいくのはミノちゃんだ。まだまだ若い子には負けんよと言わんばかりに、ミノちゃんはテクテクの3倍の速さで仕事をこなしていく。
斧を前足で持ち、後ろ足だけで立つミノちゃん。見る人が見たら、テクテクが襲われていると勘違いしかねない構図だ。ミノちゃんは明らかに普通の牛とは違っていた。流石のテクテクもそのことは理解していたため、誰かに見られるような場面では普通の牛として振舞うようにしていた。静かな森で生活していたこともあり、テクテク達は気配を読む能力にも優れていた。
しかし、彼らが生きてきた世界は狭すぎたため気が付かなかった。少し良いことがあり過ぎて浮かれていたことも原因かもしれない。魔法によって極限まで気配を消すことが可能であることに。
伐採中の背後で、ポキッと何かが折れる音がし、テクテクはとっさにっ振り返る。
「あっ」
「えっ」
「モッ」
テクテクは、茂みから頭だけを出した女性と目が合った。
冷汗だらだらのテクテク。
何故かフンフンと興奮した様子の相手。
そして、「えっ、普通の牛ですけど?」と言わんばかりに、ミノちゃんはそっと前足を地面へと下ろしていた。
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