転生無用!バスターエルフ~最強賢者は無能力になっても諦めない!?~

ながやん

第1話「エルフとは?という哲学的な出会い」

 悲鳴が絶叫を連れてきた。

 平和に思えた村の光景が、一変する。

 少年はすぐに、逃げまどう人々の流れに逆らった。おぞましい化け物の咆哮ほうこうで、昼下がりの晴れた空が震えていた。

 少年の名は、シズマ……五百祇静真イオロギシズマ

 ここではない時、今ではない場所から来た異邦人てんせいゆうしゃである。


「モンスターだ! 逃げろおおおおおっ!」

畜生ちくしょうっ、魔王の軍勢か……もうこんなところまで」

「お、おいっ! ボウズ、なにを――まさか、お前っ!」


 そう、そのまさかだ。

 シズマは、り切れたローブ姿で颯爽さっそうと歩く。

 手にした長杖ロッドは、高レベルの魔導師まどうしあかしだ。

 彼に振り返った何人かが、脚を止める。

 だが、気にせずシズマは巨大なモンスターの前に立った。目の前に今、そびえる巨躯きょくが迫る。身のたけが10mメートル程もある、筋骨隆々きんこつりゅうりゅうたる一つ目の鬼……サイクロプスだ。

 荒ぶる巨体の前でも、シズマはすずし気な笑みさえ浮かべていた。

 彼はつえでコン、と地を叩きつつ集中力をます。


「おいおい、こんな辺鄙へんぴ田舎いなかにまでモンスターかい? まったく……おちおち隠居いんきょしてもいられねえぜ!」


 シズマを見下ろし、サイクロプスが両手を振り上げる。

 サイクロプスは、古くは神々につらなる眷属けんぞくだが、おおむね知能の低い巨人タイプである。魔王を名乗る侵略者によって、世界そのものを破壊するための尖兵せんぺいとして使われているのだ。

 だが、その野望を挫くために現れた少年少女たちがいる。

 勿論もちろん、シズマもその一人だ。


「悪いがこの村は気に入ってんだ……平和でのどかで、オマケに飯が美味うまい。知り合いもいないし、のんびりできる。だから、失せなっ!」


 シズマは、高速で呪文を唱え出した。

 この世界で全ての人が持つ、内なる魔力を励起れいきさせる。

 魔法の術式を組み立て、シズマはカッと目を見開いた。


ぜろ獄炎ごくえん! 最上級火属性魔法……エクスプロミネンスッッッッ!」


 誰もが言葉を失った。

 サイクロプスさえ、ただならぬ覇気に固まり凍る。

 シズマは杖を敵へと突きつけて、ポーズを決めていた。

 ――数秒の、沈黙。

 見守る村人たちも、その静寂せいじゃくに従っていた。

 だが、思い出したようにサイクロプスが両腕を振り下ろす。

 間一髪で避けたシズマは、地べたを不格好に転がり叫んだ。


「……うん、やっぱり駄目だな! 魔法、使えねえ!」


 そう、シズマは知っていた。

 

 そして、周囲の人々も思い出したように声を張り上げる。


「ああっ、やっぱりだああああ! あいつっ、うわさになってる例のギルドの!」

「抜け駆けして魔王の城に突っ込んだ挙げ句あげく、コテンパンにやられたって!」

「そうだ……大賢者スペルマスターシズマ! !」


 シズマは心の中で、大正解だとつぶやく。

 噂は真実で、シズマにとっては現実だ。

 この異世界は、魔法文明。人々の暮らしは中世にも似た封建社会だが、衣食住の全てに魔法の技術が取り入れられている。魔法を使えない人間でさえ、持って生まれた魔力でマジックアイテムを使って生きていた。

 そのための魔力が、今のシズマはゼロなのだ。

 あふれんばかりに満ちていた。無尽蔵むじんぞうの魔力を失ってしまったのである。

 そんな彼をにらんで、サイクロプスは再び暴れ出す。


「クソッ、やっぱり無理なのか!? こうなりゃ……逃げの一手だ! あばよ! もっと田舎の方で、毎日だらだら暮らせる場所を探すしかねえ!」


 自分でも最低だと、シズマは思う。

 でも、もう自分にできることはない。

 認められずに飛び出したが、現実は非情だ。

 かつては仲間たちと共に、英雄だった。剣と魔法の世界で、世界を救う大冒険の旅をしていたのだ。その理由がシズマには、確かにあったのだ。

 だが、それはもう今は過去。

 魔力を失い、禁術きんじゅつを含む全ての魔法が使用不能になった。

 そして今は、滅びゆく世界の片隅かたすみで、食っちゃ寝の放蕩生活ほうとうせいかつだ。酒場でお姉ちゃんをはべらせ、ギャンブルにきょうじ、昼過ぎまで寝て、また夜にドンチャン騒ぎ。

 そんな生活も今、サイクロプスによって破壊されつつある。


「さあ、トンズラだ! 最強ってのは、勝てる相手としか戦わねえことだからな……ん? いや、待て……待てよ、待てって!」


 周囲と同じく、シズマも逃げようとした。

 だが、その目は見てしまった……むしろ、無様ぶざまに敗走しようとしてても、普段のくせで見つけてしまった。かつて英雄だった少年は、自然と救いを求める声を聴いていたのだ。


「いやああああっ! 助けて、パパ……ママッ!」


 逃げ遅れた小さな女の子が、へたり込んでいる。

 そのすくむ身体を、サイクロプスの黒い影がおおった。

 思考をはさむ余地のない、最悪の危機。

 咄嗟とっさにシズマは、気付けば地を蹴っていた。

 身体能力は凡人以下ぼんじんいかだが、魔力を奪われた彼にまだ……勇者の心がこびりついていた。


「大丈夫か!? クソッ、俺はなんて馬鹿を」


 迷わず女の子を抱き締め、全身でかばう。

 他に選択肢はなく、選択を許さない瞬間だった。

 すでにもう、サイクロプスは両の手と手を組み、ハンマーと化した両腕を振り上げている。

 死んだ、ゲームオーバーだ……そう思った。

 腕の中で震える、女の子一人救えない。

 そう思ったが、最後までシズマはあきらめない。

 諦めないことだけが今、彼ができる唯一の戦いだった。

 肩越しにサイクロプスを睨み返した、その瞬間だった。


「――そこまでですっ! 人々をおびやかすモンスター! わたくしが相手になりますわ!」


 りんとして響く、声。

 同時に、疾風かぜが突き抜けた。

 そして、シズマは見た。

 目の前に今、完全武装の少女の背中がある。

 華奢きゃしゃな身は、。しかし、その全身をしなやかな筋肉美きんにくびが覆っている。洗練されたその姿は、強さを凝縮してなおまぶしい。

 巨大な剣と盾を構える少女は、まばゆい金髪からとがった耳がのぞいていた。


「一撃必殺っ、燃えませ筋肉マッスルッ! ハアアッ、――BUSTERバスターァァァァァァッッッッッッ!」


 エルフの少女は、全身をよじって筋肉をバネに変える。

 そう、だ……美しくもはかなげな種族、エルフの少女だった。

 だが、彼女が引きしぼる剣が、音を引き裂きサイクロプスへと叩きつけられる。

 それは、村を襲う驚異と一緒に、シズマの中のエルフ像をも木っ端微塵こっぱみじんに粉砕した。


「な、なんだ……誰だ、脳筋エルフ! お前はっ! ――ガッ!?」


 あまりにも大振りな、それは全身全霊の強撃バスター

 サイクロップスは縦に真っ二つで、そのまま剣は大地を断ち割りたちわり土砂を巻き上げる。

 あわてて抱き締める女の子を守って、シズマは頭に鈍い衝撃を感じた。

 飛び散る石塊いしくれの一つが、後頭部を直撃したのだ。

 遠のく意識の中で、自然と女の子を守るようにうずくまる。

 それがシズマと、ハイエルフの姫君ひめぎみアレサとの出会いだった。

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