連休

青山えむ

第1話 序章

 二〇二〇年、夏。

 今年の二月頃から認識された新型ウイルスは未だに警戒されている。

 真夏に入院やホテル療養をしたくない。

 そういう気持ちからか、家の中でもマスクをしている人が増えている。

 半袖短パンにマスクをして、汗を飛ばさないようにタオルを首にかけている。

 髪型をベリーショートにする人が増えている。

 少しでも涼しくなりたいのは毎年の事だけれど、今年は本気度が違う。


 私はウイルスが怖くて美容室に行けない。

 今年の正月休みに行ったのが最後だった。

 あの時ボブにした髪の毛は、背中まで伸びている。


 もう少ししたら会社は夏季連休に入る。

 東京五輪が延期になったので、例年通りの夏季連休になる。

 連休前の一週間が長い、私は毎回そう思う。

 今週もあと三日。今日を入れて三日仕事をしたら連休に入る。

 それだけを愉しみにしている。

 いや、もう一つ密かな愉しみがある。


 私の密かな愉しみ、角田かくたさん。

 角田さんとは同じ職場で、彼は先輩になる。

 とても優秀な人で、私がこの職場に来たばかりの頃、熱心に優しく指導してくれた。

 熱心過ぎて時々空回りをしている。それを上の人はあまり良く思っていない。

 けれども、私たちにも上の人にも分け隔てなく接する角田さんの人気は高かった。


 いつだったか部長の見回りがある時、居室の大掃除をする事になった。

 角田さんはホースの中まで掃除をすると云った。

 その時私に「ホースを押さえて」と云った。

 もちろん私は押さえたが、間違っていたらしい。

「そこじゃなくてこっちを押さえて」そう云いながら、角田さんは私の手に触れた。


 もう随分前の事だけれど、未だに思い出す。

 あの時の手の感触が、記憶の中で段々と薄くなっていくのが寂しい。

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