第70話 いつかの記憶 〜育むもの〜

 とまぁ、確か爺ちゃんエピソードがあって婚約話になったみたいだったな。


 琴音は爺ちゃんの知り合いの子供だから当然、一般人ではない。どこぞの偉いさんのお嬢さんだ。


「あの事件の時の子か……懐かしいな。……爺ちゃんはもういないから、婚約は無かったことにしていい」


「そんなのどうだっていいんですよ! さぁ、正一さん、食事しにいきましょう?」


「────!? 俺は婚約無かった事にしていいって言ってるよな!? って、腕引っ張るなよ!」


 俺は琴音の言葉と行動に唖然とし、腕を振り解こうとするが────心の中の俺はくっつけて、超嬉しかったりする。


 チラッと視界に丈二が映る。


 琴音……丈二が少し泣きそうだぞ? 少しは気にしてやれよ。


「離しません! 私は家にはもう帰りません。ずっと一緒にいますっ! さぁ、丈二は帰ってお父さんにその旨を伝えてきなさい」


「────えっ!? ちょ──「さぁ正一さん行きましょう!」──と?! 待って下さ──「しつこいと正一さんが成敗しますよ?」──えっ!? 若っ!?」


 丈二は戸惑い返事し、引き止めようとするが、琴音

 は颯爽と去ろうとする。


 再度引き止める丈二に、琴音は俺を盾にする。


 土下座状態から膝立ち状態になった丈二は涙目で綴るように俺を見てくる。


 可哀想だとは思うが────


 上目遣いやめろ! 丈二っ!


 正直言って、男の上目遣いは気持ち悪い。


「丈二……俺は家に帰るつもりはない。もう帰れ」


「────わかりました。我らはいつでも若をお待ちしています。いつまでもっ!」


 そう言い、振り返りとぼとぼと部下と一緒に去って行った。その姿は裏社会の男とは思えないぐらい哀愁が漂っていた。


 それ以降、アリスの前世以外のストーカーが増えた。


 丈二と別れてから、2人で道を歩き出す。


「なぁ……本当に来るのか?」


 俺は琴音に問い掛ける。


「当たり前です! どれだけ待ったと思ってたんですか! 会いに行こうとしても周りに邪魔されましたし、出来たのは────情報収集だけっ! 傷付いた貴方に手を差し伸ばせないこのもどかしい日々も終わりです! これは愛の逃避行です! あの頃の正一さんに少しでも戻って貰えるように頑張ります!」


 琴音は覚悟の決まった顔で俺に答える。


「おっ、おおぅ……」


 凄い勢いでまくし立てる琴音に俺は返事するのが精一杯だった。


 だが──悪くない────


 良くも悪くも今まで俺を必要としてくれる人はいた。


 でも、ここまでストレートに言われた事がなかった俺は確かにこの時そう思った。


「これからは私が一緒ですからねっ!」


 そう満面の笑みで言う琴音に心臓が高鳴った。


 それからは仕事以外の時は一緒にいた。


 ここからは走馬灯のように思い出が溢れてくる。



 ……最初の頃はトイレまで着いて来て焦った記憶がある。


「いつでも一緒です!」


 とか天然爆発させる時もあったりした。


 家にいる時に────


「カブトムシ飼ってるですね〜」


 と言われて確認したらGだった時は全力で否定して滅殺したら────


「初めて見た、カブトムシがぁぁぁぁぁっ!?」


 と言ったのは衝撃だった。


 それに、お嬢様育ちの彼女は料理をした事がないそうで、基本的に俺が作る事が多かった。


「とっても美味しいです! これが庶民の食卓なのですね?! 琴音のシェフはこれから正一さんに任命します!」


 と初めて作った時に言われた時は頬がぴくついたのを覚えている。



 他にも外食した際に割り箸を俺に渡そうとした時────


「はいっ」


 渡されたのは割り箸のだった時もあった。気付かずに箸を割って、ちゃっかり自分で使ってる辺り琴音だと思う。


 袋でどうやって食うんだよ! って突っ込みそうになったな。


 俺を先行する琴音が手動ドアの前で動かない時は体調を壊したと思ったが────


「この自動ドア壊れてますね!」


 と、俺に不思議そうに話しかけた時は吹き出してしまった。


 あー、なんか色々あったな。


 記憶が呼び起こされる俺は懐かしい気持ちになった。


 そんな過程を経て、俺の中の琴音の存在は大きくなっていった。


 琴音は本当に人の心を敏感に察する事が出来る女性だった。


 明るい女性だったが、それだけじゃなかった。


 仕事で嫌な事があった時は、いつもの様に話しかけたりする事なく、静かに俺の背中に背中をくっつけて温もりを感じさせてくたり────


 時には、俺のほしい言葉をくれたり────


 時には、怒るのではなく、叱ってくれたり────


 時には、俺の全てを優しく包み込んで受け入れてくれる────


 ────そんな女性だった。



 俺達の仲は次第に近づく。


 俺もこの人なら────と思い決心する。


 俺は人気のない山間部に琴音を連れて行く。


「正一さん、どうしたんですか? まさか!? うっとうしくなった私を殺す気では!?」


 ここでも琴音節をくらった。


 なんでやねんっ! って突っ込みたくなったが俺は言葉を紡ぎ出す。


 真剣さが伝わったのだろう。琴音は真剣な目で見つめてくる。


「琴音……一緒になろう! 今はまだ婚約指輪は買えない────けど、必ず用意するっ! だから今は────この夜景を代わりに約束してくれないか?」


 安月給の俺は婚約指輪が買えなかった。けど、どうしても琴音と一緒になりたい! ただそう思った俺はプロポーズをした。


 俺は片膝をつき言葉を告げた後、琴音は沈黙した。


 俺は顔を上げ、琴音を見詰める。


 琴音は涙を浮かべていた。


 一筋の涙が頬をつたう。


「────はいっ」


 息を吸い込み、満面の笑みを浮かべて返事する。


「泣くなよ……」


「……だって、正一さん前より柔らかくなったけど、私の事好きかわからなくて……」


「愛してる────」


 それはそっと抱き寄せ2人の唇が重なる。


「ぷはっ、私のファーストキスですよ? ちゃんと幸せにして下さいね? 愛してます」


 街を照らす綺麗な色取り取りの光が俺達を祝福するように包み込む中、2人抱きしめ合う。



 それから俺達は──


 ──幸せになる。


 ────この時は本当にそう思っていた。



 そして、しばらくして────琴音は事故に合い死んで────?


 事故?



 本当に?



 アタマガイタイ……



 チガウ……



 コトネハ……



 ……コロサレタ!!!



 ────俺の中で何かが崩れ始める。



『それがお前の業か……しかと己と見つめ合え。試練を開始する』



 どこからか────声が聞こえた気がした。

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