第71話 いつかの記憶 〜試練の記憶〜

 〜アナスタシア視点〜



「レオっ! レオっ! レオンっ!!! 返事してよっ! あぁ……」


 何の反応を示さないレオンを前に私は泣き崩れる。


 レオンは試練を開始した瞬間に眠って、時間が経過した────


 試練中の時間と現実の時間の流れ方は違う。


 今、目を瞑った状態で涙を流すレオンを私は抱き締める。


「ふむ、異世界人か……愛する者を失う悲しみか……」


 リオンが唐突に呟く。


「レオはいったいどうなってるの!?」


「煩いな。お前も関係しておる記憶の最中だ────なぁ、? お前と同じ所で業があるな」


「────!?」


「お前は達成出来なかった試練を──この男は超えれるかな?」


 酷く歪んだ笑みを浮かべ、私に問いかける。


 何も出来ない私はレオン────いや、を抱き寄せ、無事を祈る。


「そこまで心配なら、お前も行ってこい。煩くてかなわん────ほれっ」


「────!?」


 その瞬間、意識が遠のいていく────




 〜レオン視点〜



 俺の中で何かが崩れ、しばらくして頭痛が止んだ……。


 いったい何が────!?


 その時、俺自身の変化に気付く。今までのような映画を見ているような感じや、記憶のままに体が動いてそれを自分視点で見ている夢のような感じではなく、体が馴染み、のような気がする。



 気がつくと────目の前が真っ赤に染まっていた。


 俺の体は横たわり、動かない。


 腹部は熱く感じる。


 微かに見える光景は────


 泣き顔なんて一度も見た事がない琴音が────俺に向かって大泣きしている姿だった……話しかけようとするもやはり、行動は記憶にそっているようで思った通りにはとれない。



 この状況は────思い出した。


 そうだ! 俺は────


 確か夜景を見に行こうとして──


 ────狙撃されたんだった。


 なんでこんな大事な事を忘れてたんだ!?


 この時──確か、俺の家の乗っ取りを失敗した奴らが逆恨みで俺を殺しに来た。そして人気のなくなった時を見計らい、襲撃を受けた。


 感情も記憶も痛みも────あの時ののようだ。


「あ……ぁ……」


 俺は微かに声を出そうとすると。


「ちっ、まだ生きてやがるのか────どけっ!」


「きゃっ……」


 狙撃した奴らの1人が、死んでない俺を見て悪態を吐き、琴音を蹴ってどける。


「こと……ね……」


 俺はなんとか声を出して呼ぶ。


 力を振り絞り、立ち上がろうとするが────


「しつけぇなっ!」


 ────っ!?


 ナイフを太腿に突き刺され────再度その場で倒れる。


 痛みが俺を襲い、その場でもがき苦しむ。


「正一さんっ!?」


 琴音の俺を呼ぶ声がする。


 立たなければ────


「うぐっ……」


 俺は後頭部を足で踏みつけられ、地面と顔が接触する。


「やめてっ!」


「ちっ、うるせぇな。おい、お前ら! そこの女を黙らせろっ」


 琴音が制止すると、目の前の男は琴音を捕まえるよう命令した。



「────や……め……」


 俺は頭を踏まれたまま声を出す事も、体に力を入れる事も出来ずにいる。



 ────!?


 俺の視界が地面から目の前に変わる。俺の髪の毛を引っ張り、無理矢理前を見させられた。


 そこには、2人に抱えられ、気を失った琴音の姿があった。顔には殴られた痕もある。


 琴音が殴られた事実を認識した瞬間──


 ────俺の中で何かが切れた。


「うおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!! 琴音に触れるなぁぁぁぁぁぁっ!!!」


 俺は激情に任せて、踏んでいた男の足を掴み──振り払い、全力で疾走し、琴音の近くにいる2人も殴り飛ばす。


 怒りで痛みなど既に感じてはいない。


「琴音っ!」


 俺は琴音を抱き寄せ、名前を呼ぶ。


「うぅん……正一さん? ────正一さん! 怪我は大丈夫ですか!? 直ぐに病院に────」


 気がついた琴音は俺に心配した表情で話してくれるが────


 俺の後ろを見た瞬間に表情が変わり──


 俺を突き飛ばす。


 パァンッ


 そして────


 一発の銃撃音が響く。


「あっ…………ごほっ……」


 その銃弾は琴音の胸を貫き────口元から血を吐く。


「琴音ぇぇぇぇっ!!! このカスがぁぁぁぁぁっ!!!」



「ぐっ、お前は必ず────殺す。絶望を味わせてやる……必ずな。今日はここまでだ……」


 俺は直ぐ様、琴音を撃った男に近寄り────銃を蹴り飛ばし、相対する。


 男は俺を殺すと言い残し、去っていく。


 俺は追う気はない。それよりも琴音だ────


「琴音っ!」


 近くまで行き────再び抱き寄せ、名前を呼ぶ。


「……正一さ……ん……」


 俺に気がついた琴音は俺を呼ぶ。


「直ぐ病院に連れて行くからなっ! それまで我慢しろっ!」


 胸から血を流した琴音は、既に────手遅れなのはわかっている。


 だが、俺はいてもたってもいられなく、琴音をお姫様抱っこし、立ち上がり、行動に移そうとする。


「えへへ、夢にまで見た正一さんのお姫様抱っこです」


 辛そうな表情ではにかむように俺に声をかける琴音。


「こんな時にそんな事言ってる場合かっ! これか──「正一さん」──なんだ?!」


「私は、短い期間でしたが一緒にいれて本当に……本当に幸せでした」


 過去形で話す琴音は自分の死期を悟っている。


「俺も幸せだ。これからも幸せになるんだろ? 1週間後には挙式だぞ? なら──「正一さん──聞いて下さい」──!? わかった……」


 俺は真剣な琴音の言葉に耳を傾ける。


「結婚の約束果たせそうもありません……私、正一さんと結婚して、裕福でなくとも、楽しい日々を過ごして、子供もたくさんいて、幸せな日々を送りたかった……です。2人でいた時間は本当に幸せでした。プロポーズ、本当に嬉しかったですよ? 正一さんの料理食べたいなぁー……、正一さんの側でいっぱい愛を囁きたいなぁ……あー、もっと……いっぱい話したいよぉ……ひっぐっ……うぅ……」


 未来を語り、過去を語り、希望を涙を流して語る琴音の言葉が胸に突き刺さる──


「俺も……もっと一緒にいたい。2人で幸せな家庭を作って、子供が出来たら、琴音が料理を作ってあげるんだろ? なら特訓しないとな? だからっ、これからも一緒に生きよう。なっ?」


 俺も涙声で精一杯、琴音に語りかける。


「料理は正一さんの特権ですよ? 私は食べる専門ですよ? このまま幸せになれると思ってたのに……一緒にいたいよぉ……怖いよぉ……1人怖いよぉ……寂しいよぉ……」


 ──これから来るはずだった未来──そして幸せを奪われる。


 こんな事があっていいはずないっ!


 なんでこんな事に!?


「ずっと────、一緒にいるからっ! 1人になんかさせないからっ!」


「……取り乱しちゃいました。ごめんなさい。……正一さんを残して、1人先に行く私を許して下さい」


「諦めるなっ! 俺が絶対に幸せにするからっ! だから────生きろっ!」


「そんな顔しないで下さい……笑顔で送り出して下さい……私の最愛の人。そういえば、正一さんはラノベ大好きでしたね? うふふっ、たまに転生したいってぼやいてましたね……今世では結ばれなくても来世では必ず、私達は出会い──幸せになる────そうなるように願っています」


 もう琴音の声に力はない。最後の時が近づく……。


「あぁ、来世では必ず────幸せにする。俺と琴音は愛の糸────いや、鎖で繋がれてるんだからな。必ず来世でも捕まえてみせるよ」


「ふふふっ、なんで鎖なんですか?」


「糸だと切れるだろ? 俺なら頑丈な鎖で繋いで離したくない」


「独占欲の塊じゃないですかぁ。でも嬉しいです……」


「そりゃ、そうだろ。俺はお前を絶対に離したくないからな」


「────さぁ、もう時間のようです。目も見えなくなりました。そのままの状態で最後にキスして、力一杯抱きしめて下さい。そして、復讐なんて馬鹿な真似やめて下さいね? 私の──最後のお願いです」


 震えていた琴音に、俺はキスをし、力一杯抱きしめて希望通りにする。


「愛してる……来世でも必ず会おうな……」


 復讐については何も俺は触れない。


「はいっ、私も愛してます。来世でも正一さんを見つけますね? そして私の魅力で引き寄せますからね?」


「楽しみにしているよ」


「私も……」


「琴音?」


「はぁい?」


「琴音、ありがとうな」


「私こそ、ありがとうございました」


「「ふふふっ、はっはっはっ────」」


 2人でお礼を言い合った事に、何かおかしくなり笑い出す。


「笑顔の正一さん……素敵です。……神様どうか────来世で私達2人を巡り合わせて下さい────正一さん、幸せになって下さい────…………」


 目を閉じ、俺の幸せを願いながら眠るように息を引き取る。


「おやすみ────琴音……」


 俺の頬に涙が止めどなく流れ落ちる。


 風が吹くと周りの木々が揺れ────葉が擦れる音が木霊する。



 冷たくなった琴音を抱き抱えたまま、丈二達が俺達を見つけるまでの数時間、自問自答を繰り返し、その場で立っていた。



 その後、俺は運良く生き残った。


 なんで生き残ったんだ……。


 一緒に死にたかった……。


 その日から生きる活力を失った……。

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