LOST

花るんるん

第1話


 こうして、2020年の夏は無くなった。

 今も僕のポケットには、2020年の夏がある。


 そう天使Aは言った。

 フランスパンをかじりながら。

 「四次元ポケットじゃあるまいし」

 天使Bはまったく信じていなかった。

 俺たち神の使徒が、神の領域の力など使えるはずがない。

 天使Bはふだんから「天使Aは変わったことを言う」と思っていたが、まさかここまでとは思っていなかった。

 もうひとつ天使Bには、理解し難いことがあった。

 こちらの方がより重要だった。

 俺は、この後も「天使B」のままなのか。

 名前は出てこないのか。

 他のキャラと簡単な区別さえつけばよい、モブキャラなのか。

 間もなく、出番は無くなるのか。

 ぐるぐると悩みが駆け巡る。

 「君の名前は、四次元ポケットに入れてないよ」

 うるさいよ、天使A。

 「蒼太と呼んでほしいな。地上に降りて、人間に化けた時の名前なんだ」

 うるさいよ、蒼太。

 「ありがとう」


 そういう訳にはいかないわ、蒼太。


 誰?

 天使Bにも、少女の声がはっきり聞こえた。

 「2020年の夏を楽しみにしている人もいるの。気まぐれに奪っていいものじゃないわ」

 だからと言って。

 蒼太を奪うのはどうかな。


 蒼太は忽然と消えた。


 どうしよう。

 蒼太を追う方法が分からない。

 だからと言って。

 このままここにずっと居ていい訳がない。

 でも、当てずっぽうで飛び出して、運よく的に当たるか。

 当たる訳、無いよなあ。

 八方塞がりだ。

 天使Bとしての出番はここまでなのか。


 しかし、神は見捨てなかった。

 いや、蒼太が機転を利かしたと言うべきだろう。

 蒼太のフランスパンは特注品で、一切れ一切れバラ撒けば、時の狭間にも残る優れものだった。

 どんなレシピでそうなるのか。

 後日、パン屋コゼットに尋ねても、企業秘密だとして明かされることはなかった。

 とにかく。

 よく見れば、パン屑が、点点々…と転がっていた。

 これで、足跡が辿れる。

 天使Bがそう思った矢先だった。


 カラスがパン屑を喰いまくっていた。


 「は、吐けエエエエエエッ」

 「キエエエエエエッ」

 無駄だった。

 全てが手遅れだった。

 世界が不条理に見えるのは、皆が原因と結果の関係を逆に捉えているからだ。

 しかし、これはひどい。

 何の教訓も見出せない。

 腹のすいたカラスがパン屑をただ食べただけ。

 そんなことで「天使Bの出番を終了」にしてたまるか。

 カラスなんかに負けてたまるか。

 「人生に手遅れということはない」とカラスは言った。

 お前が言うか。

 「凄腕の探偵を知ってますぜ」

 マジか。


 「こら、あきまへんわ」と猫探偵は言った。「探偵を超能力者が霊能力者と思ってまへん? 相手はおそらく『時の番人』でっしゃろ。何の手がかりもなく、居場所を探り当てられる訳あらへんがな」

 天使B、終わった。

 「ただ、間もなく、蒼太はんは解放されるのと違う?」

 は?

 「時の番人は、歴史さえ守られれば、手荒なことはせえへんはずや」


 「そのとおりよ」

 あの時の少女の声がした。

 少女と蒼太が、ぽっかり空いた、空間の穴から出てきた。

 「わたし達は、2020年の夏さえ返してもらえばいいの」

 蒼太を連れて来たということは、既に2020年の夏は取り返したのだろう。

 「最後に教えて。どうして、2020年の夏を奪ったの?」

 「2020年の夏に、蒼太のニャン太が亡くなるから。だから」

 「蒼太?」

 「人間に化ける時、お手本にした男の子」

 天使Aは、蒼太そのものになったかのようだった。

 蒼太の強い強い思いに天使Aが感応して、神の領域の力を使えるようになったということ?

 少女はやさしくほほ笑んだ。

 「でも、ニャン太だって、2020年の夏に生まれ変わるかもしれないでしょ?天使だって、時の番人だって、人間よりほんの少し寿命が長いだけで、永遠には生きられないの。みんな、順番よ」


 「分かっているよ、そんなこと」

 蒼太は言った。


 こうして、2020年の夏は、誰にも等しく戻ってきた。

 カラスにも、猫探偵にも、天使Bにも。


 天使Bは思った。

 そんなこと分かってる。だから、出番あるうちに、楽しまないとね。

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LOST 花るんるん @hiroP

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