コンビニ店員(B)

脱脂MEN

コンビニ店員(B)

「ありがとうございました」



 午前十時半。客の入りはまだ少ないが、小一時間もすれば昼のピークが始まる。

 このコンビニに勤め始めて、約一年。週に五回は働いているから、この店の客層やその数などはおおよそ検討がつくようになっている。今日のような雨の日には、現場仕事の人はほとんど来ないし、三月中旬にしては寒いから、わざわざ外出しようとする人も少ないだろう。現に、今朝も常連のサラリーマンくらいしか来ていなかった。

 暇だから、そして経営者が事務所にいないことをいいことに、パートのおばさんはバックヤードにいる。これほど暇だともう何をする気にもならないのだろうか、かれこれ三十分は出てきていない。必然的に、俺が表の仕事――レジやフェイスアップ、フライヤー、簡単な清掃作業をすることになる。

 暇だ。さっきの客が店を出てからまだ五分と経っていないのに、手持ち無沙汰だ。今日のフライヤーの仕込みは少なめで、もうすべてやってしまったし、清掃も米飯の納品の後に済ませている。客が来ないから、フェイスアップのしようもない。手をアルコール消毒する。やはり、暇だ。



 ああ、さっきの客、毎度カップ麺ばかり買っていくな。今日は髭も剃っていなかった。同類だろうな。学校で嫌なことでもあったのだろうか。この社会に絶望してしまったのだろうか。昔の俺みたいだ。

 あれは小学五年のときだったな。声だけでかい奴がクラスを牛耳り、何かと理由をつけられていじめられる。勇気を出して教師に相談しても、朝のホームルームで少し言っただけ。いじめるやつらにはチクったチクったと言われ、状況はさらにひどくなり、男子からは挨拶代わりに暴行されるのが当たり前で、女子からは同じ空間にいるだけで罵詈雑言を浴びせられる。トイレの個室に入ればバケツで水をかけられ、給食はゴミや虫まじり、教科書やノートは泥まみれになったり切り刻まれていたりと、そんな毎日だった。

 学校に行きたくないのは当然だったが、家は家で嫌なことだらけだった。父親は考えが古臭く、男尊女卑、子供は道具が当たり前。自分が一番だと信じて疑わず、当然のように暴力を振るう人間であった。ちょうどそのころは父親が会社をクビになってずっと家にいた。父親がクビになったことには、スッキリしたというか、大変愉快で爽快で、いい気分であった。誰とも知らない、もしかしたらいい人かもしれない人が、このような人間に会わずに済むのだから。しかし、そのせいで更に家にいることが苦痛になったことも事実だ。そして一年後、母親が父親を殺したのには、もっとスッキリした。いい気分であった。死体を見てしまった時など、気持ち悪さで吐きながらも、笑いが止められなかった。間違いなく、一生で一番笑った瞬間だった。

 ほどなくして俺は親戚の家に引き取られた。腫物を触るような扱いであったが、特に虐待などはなかったし、引きこもっても何も言わなかったのでとても生活しやすかった。

 小学校はそれ以来行かず、中学校は一日たりとも行かなかった。小中学校は面倒を嫌ってか、容易に卒業させてくれた。少し苛立ったが、俺としても面倒でないのはありがたかった。

 勉強はしたい訳ではなかったが、ほかにすることもなかったので、一応した。親戚には、多少恩を感じていた。余計な心配はされたくなかったし、食い扶持くらいは稼ぎたかった。高卒認定は、十五歳で取った。確か十四歳になる前には、高校範囲は大体理解していた。

 十八になって就活をしたが、てんで駄目。おおよそ俺の経歴に調べがついているのか、一番良くて一次面接だった。試験さえさせてもらえない企業もあった。結局、このコンビニで働くこととなった。

 親戚は俺のアルバイトが決まると、やんわりと俺を追い出そうとした。ここまで待ってくれただけ、ありがたかった。すぐに身支度を済ませ、コンビニ近くのボロアパートに引っ越した。

 一年間ここで働いた。屑のような人もいるが、そのような人間は一握りであった。うれしくて仕方なかった。まともな人間が大多数であることが。あの小学校が、家庭が異常であったことが。さっきの客が、そのことを知ってくれたら、まともな人間になってくれたら――。


 入店の音楽に、ふと我に返る。客の姿は、すでに死角に移動していて見えなかった。時刻は十一時。パートのおばさんはまだバックヤードにいるようだ。

 フライヤー室で油の温度を上げるボタンを押し、なんとなく、紙の箱を新たに用意する。チンチン、とレジのベルを鳴らす音、急いで向かう。

 客はどこか見覚えのある、いや、たとえ変わっていても間違えようのない顔だった。

「おっ、沢渡じゃねえか。殺人犯の子どもがアルバイトか? よくそんなことできるよな」

 ――倉谷。いじめの主犯格。諸悪の根源、低能の屑。顔を合わせるのは小学校最後の出席日以来である。

「あの後どうしたんだ? なぁ教えてくれよ」

 何か言っているが落ち着いて接客。ここで面倒を起こしてしまったら、また就活が始まってしまう。収入がなくなるのは不安でしかない。

「何とか言えよ糞が。やっぱ殺人犯の子どもなんてそんなもんか」

 倉谷がそんなことを言ってキャッシュカードを出す。その色は黒に金。いわゆる、ブラックカード。倉谷は、目ざとく俺の視線に気づいた。

「あ、これ? お前と違って、有能だからさ。会社の中じゃ、結構偉いし。面白いぞぉ、人を虐め倒すのは」

 頭に血が上る。こいつは今も昔も変わらない。楽しくて、人を虐める。視界の隅に鋏。見えなかったことにする。

「ちょっと聞いてけよ。この前入ってきた中途採用のおっさんなんてさ、態度が悪いとか注意してきてさ。むかついたから父さんにチクってみたら、ひどい処罰受けたみたいでね。僕のとこに来てさ、土下座でもなんでもするからクビにはしないでくれって、すんごい悔しそうな顔でさ。ほらもうこれってさ、絶対面白くなるよなぁ? だから言ってやったんだ、誰でもいいから三日以内に一年目の女を一人犯せって! この世の終わりみたいな顔して帰って、次の日きてみたら、おんなじ部署の一年目の女が、昨日おっさんに襲われたって! おっさんすごい顔だったよ、だって襲ったのは僕だもん! やることやった後にちょっと脅してみれば、すぐ僕に味方した! 会社内部はもちろん、あの辺りは警察まで僕と父さんの手中にあるから、相談しても無駄だったみたいでね! おっさんは逮捕されて、女は首吊って死んだよ! いけないねぇ、とっても凶悪な事件だった! おっさんには、しっかり反省してもらわないとねぇ! あは、ははは!」


 ああ、考える必要などなかったのだ。ただ身体に、心に、本能に従えばよかったのだ。

 さっきの鋏を取り、喉に突き刺す。

 すぐ抜く。

 血が噴き出る。

 声を出される前に、もう一度。

 倒れこんだらレジを乗り越えて、もう一度。

 手足をばたつかせた、もう一度。

 このような塵は、消さなければならない。もう一度。

 悪逆非道を、許してはならない。もう一度。

 このような者、生きていてはならない。もう一度。もう一度、もう一度、もう一度!

「くふふ、ふは、あはははは!!」

 もう難しいことはいい。こいつを殺してる。俺は、こいつを殺してる。恨みを、晴らしてる。それだけでいい。

 甲高い、女性の悲鳴。見るとパートのおばさんだった。

 腰が抜けて、がたがた震えて、失禁してる。ただ屑を殺しただけなのに。

 ああ、でも見られてしまった。もうここには居られない。あの恨めしい顔はもう挽肉だ。次の屑を殺さなきゃ。

「あは、あはははは!」

 コンビニを出て、雨の中を走る。殺す。あいつら全員殺してやる。

 俺はなにも、間違ってない。






「お前らの生きたかった一日は、俺から奪った一日だ」

「屑はいつまでも屑だ。変わらない」

「蛙の子は蛙。一族郎党、悪なのだ」

「確実に殺す。助けは、もういない」

「死ね」






 ――さて、次ですが、本日未明、連続殺人犯とみられる男が警察官によって射殺されました。警察官はパトロール中、殺人の容疑で指名手配されていた沢渡浩太容疑者と遭遇、事情聴取しようと近づいたところ、鋏のような刃物で喉や胸などを刺されました。警察官は沢渡容疑者の拘束を振りほどいて距離をとり、複数回警告しましたが沢渡容疑者は従わず襲い掛かってきたため、警察官は二発発砲。両足に命中しましたが沢渡容疑者は止まらず、次いで二発発砲。今度は両腕に命中しましたが手に持った刃物を落とすこともなく近づいてきたため、パニックになり一発を発砲。頭部に命中し、近隣住民の通報で駆け付けた救急隊員によって死亡が確認されました。警察官は病院に搬送され、現在治療中とのことです。


 いやあ、先月末のコンビニでの殺人事件以来、何度も沢渡容疑者による犯行が行われてきましたが、これで一先ずおしまいですかね。逮捕とはなりませんでしたが、これで私も安心して眠れます。


 はい、この犯行、沢渡容疑者の小学五年、六年の時のクラスメイトとその家族が狙われていました。これまでで犠牲になった方は十八人、襲われた全員が亡くなられています。新野さんも、沢渡容疑者のクラスメイトだったんですよね?


 はい、もう怖くて怖くて。近頃は同僚や後輩の家を転々としていました。居場所を特定されてしまったら、いつ殺されるかわかりませんでしたから。ようやく家に帰れます。


 はい。ということで、この沢渡容疑者について解説していきましょう。当番組は、沢渡容疑者が小五、小六の時の担任の先生、およびクラスメイト数名に取材することができました。それによりますと、沢渡容疑者は当時特にいじめられていたわけでもなく、大きな問題もなかったそうですが、小六のときに不登校になってしまったようです。


 仲のいいクラスだったのに、もったいないです。みんな楽しく学校生活を送っていたのに。彼だってきっとそうでしたよ? 普通な扱いをされていましたから。不登校になってしまってから、なにかちょっと足りないなぁ、と思っていました。少し、つまらなくなったとも思いますねぇ。


 それでは新野さん、沢渡容疑者がこのような犯行に及んだ理由など、何か思い浮かびますか?


 いいえ、何にも。何故このようなことをしたのか、彼に聞きたいくらいです。


 ――はい、ありがとうございます。CMをはさんで、次の話題です――。

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