みっくんは気付かない

LAST STAR

本編

「はじめまして、有宮ありみや めぐみです。よろしくお願いします」


これが僕、三浦みうら 大輔だいすけこと通称、みっくんと有宮 恵との初めての出会いだった。運動が出来そうなスラッとした体型に肩まで伸びた髪。少し日に焼けたような肌が印象的な女の子。


それが彼女を見た時の第一印象だった。


「じゃあ、席は佐々木君の隣ね。皆、仲良くしてあげてくださいね」

「「はーい」」


クラス中の誰しもが突然の転校生に浮き足立っていた。

多分、授業が終われば彼女は机を取り囲まれることになるだろう。


「(……。今日があの子の正念場だな。失敗するなよ? 一寸先は闇だぞ)」


目を細めつつ、席に座った少女の背中に目線を向ける。僕は彼女が一人、孤立してしまう可能性を密かに心配していた。


なにせ、このクラスに馴染むにはハードルが高い。


この小学校がある町は都会とは程遠く、小さな田舎町にある。

クラスメイトの大半が幼稚園、早ければ保育園から肩を並べて育っている環境にあり、よそ者は上手く入り込まないと仲間はじきにあってしまうのだ。


現に僕も転校生として一ヶ月前に転入してきたが、このクラスに馴染めず、仲間外れになりそうになった経緯がある。今は何とかクラスで親しくなった一人の友人を起点に彼と同じグループの数人と仲良くさせてもらっている。


「(まぁ、でも……僕には心配は出来ても何も出来ないから関係ないか)」


そんなことを鬱々と考えていると授業終了のチャイムが鳴る。

日直が授業終了の挨拶をすると案の定、ワーッとクラスの女子たちが恵を取り囲む。男子達は所々に固まって転校してきた彼女を見定めるような動きを見せる。


「ねぇねぇ! 有宮さんはどこから転校してきたの?」

「趣味とか何かあるの?」

「分からないことある?」


さも当然のように質問の雨が彼女に降り注ぐ。


「えっと……隣町からだよ。うーんと、趣味は走ることかな?」


彼女はしどろもどろに答えているが、きちんとキャッチボールは出来ていたようだった。それから数週間、カースト上位のグループ内に恵の姿を多く見るようになった。


「これなら大丈夫だろ」


そう思っていた。でも、そんな予想に反してクラスの女子は彼女の元を少しずつ、少しずつ離れていく。


「(あ……こりゃあ、ヤバいかもな……)」


僕はクラスメイトたちの動きが他所他所しくなる様子を見て薄々、察した。

これは「はじき出され始めたな」と。


正直なところ、正確な原因が分からない。ただ、彼女の行動を見る限り、考えられる理由は一つだった。その理由は『このクラス内で最も嫌われている女子とつるみ始めたこと』だ。


「これ、可愛い!」

「そう? 隣町のショッピングモールで見つけたんだ~。今度、一緒に行く?」

「うん。行く! 行く!」


こうして恵はクラスメイトから少しずつ邪険そうに見られるようになっていった。

そして、さらにその状況を決定付けてしまったのは彼女の身体能力だった。


ウチの学校では夏に運動会。10月に持久走大会が開かれるのだが、そこで恵は自慢の走力で圧倒的な速さを見せつけ、後者をぶっちぎるという規格外なことをやり遂げた。どちらの大会でもあまりの速さにみんなが一目を置き、賞賛の声を送った。


しかし、その注目がかえって裏目に出てしまったのだ。


恵は大会が終わってから間もなくしてクラスの女子からいじめを受けるようになっていった。大会の栄光は自分のものだと思っていた集団が恵に牙を向いたのだ。


あくまで推測の域だが、その集団は転校生にすべてを掻っさらわれて面白くなかったのだろう。そんな不本意ないじめを受けて恵は少しずつ、すこしずつ居場所を失っていってしまった。


僕はただただ、日々を追うごとに小さくなっていく彼女の姿を見ながら過ごし続けていた。だって、内気な僕には何も出来ることはなかったのだから。


「それに明日は我が身だし……」


触らぬ神に祟りなしと言わんばかりに見守っていたそんなある日の昼休み。

僕たちのグループの男子数人が唐突に恵を『鬼ごっこ』に誘った。


「みっくん! 恵も鬼ごっこに入るんだけど、いいよな?」

「あ……うん。いいよ」

「よし! じゃあ、もう一回じゃんけんしようぜ」


正直、クラスでのけ者にされている恵をなぜ、引き入れたのか理由が分からないが、多分、僕の友達は今までの鬼ごっこに飽きていたのだろう。だから、あの『凄まじい速さ』を持っている恵を入れたんだと思う。


鬼決めのじゃんけんが始まり、一人、またひとりと勝って抜けていった。

そして、よりによって最後、残ったのは僕と恵だった。


「私たち二人か……よし、じゃんけん!」

「じゃあ……最初はグー、じゃんけんぽん」

「なぁ!? 私が鬼かぁ……じゃあ、逃げて、数えるよ」


残念そうにする一方で恵の表情はどこか楽しそうに見えた。


「3、2、1、ゼロ!」


鬼ごっこが始まると恵はまるで本物の狩人――チーターのようだった。

恵は参加していたクラスメイトにタッチしようと必死に追い回す。みんなは遊具などの障害物を駆使して逃げ回る。それが恵に捕まらないための最善策だからだ。


だが、僕の場合は体は大きいし、小回りの利く体でもない。

だから、正々堂々と逃げるしかなかった。


「待てぇ!!」

「ひっ……来た!」


まるでサーキットでも走っているレーシングカーのように同じコースをグルグルと回る。しかし、恵を突き放すことは出来なかった。


「はい、タッチ。みっくんが鬼ね」

「はぁっはぁっ……。ほんとに足、速すぎるよ」

「えへへ。ありがと」


彼女は少しニコッと笑いながら僕の元を去っていった。それから昼休みが終わるまでチャンスがあれば、恵に一矢報いようと彼女の後ろを追いかけた。


その当時の僕は女の子に負けるのが嫌だった。

いや、正確には女の子に走ることで負けるなんて恥ずかしかったし、同時に速く走る恵が憧れの存在でもあったのだと思う。


「(くっそ……恵がマジで速いのは知ってたけど……負けたくないっ!)」


僕は一人、リベンジを誓いながら学校生活を過ごして行った。

今、振り返ればあの頃は本当に充実していたと思う。


あの鬼ごっこをきっかけに僕達のグループと過ごす事が多くなった恵と僕は自然と親しくなっていった。彼女が実は『ゲーム好きだ』という一面を知ったり、男勝りのように見えて可愛いものが好きだったり、いろんな事を知った。


僕自身も親しくなるに連れて『足の速さで負けたくない』という思いが膨れ上がり、下校後に土手で走り込みをしたりしながら『明日こそは恵に追いついてやる!』と思っていたのが本当に懐かしい。


しかし、そんな充実した生活は長く続かなかった。

ある日、こんな噂が流れたのだ。


『恵とみっくんは付き合っているんじゃないか』と。


その噂がクラスに出回った日から恵と僕の関係はギクシャクした。さらに恵が僕との関係を否定した言葉が僕の心を抉った。あの言葉は今でも鮮明に覚えている。


「誰がこんな奴と……付き合うわけがない!」


僕はただ、恵の速さに追いつきたかっただけだったんだ。それなのに、その一言で存在すら否定されたような気がして、僕は酷く落ち込んだ。


それからというもの、お互いに話し掛けづらい雰囲気になり、僕の友達もそんな噂の渦中にある僕を察してか、彼女を鬼ごっこに誘わなくなり、恵もまた俺との距離を置いた。


中学校に上がってからも話はすることはあっても、どこか近づき辛い雰囲気がお互いに流れた。高校からはお互いバラバラの学校になり、どこで何をしているのかも全く分からず、音信不通になった。


風の噂で九州地方に家の都合で引っ越したという噂を聞いたが、真実は分からない。事実、彼女は20歳の時に行われた中学の同窓会にも現れなかった。


あれから数年の時が立ち、僕は冷静にあの頃を振り返る。


きっとあの頃の僕は『恵に恋をしていたんだ』と思う。

あの噂が広まった日、彼女にきっぱりと『こんな奴と付き合うわけがない!』と言われて心が痛んだのは、それだけ僕自身が無自覚に恵の事を好きになっていたからだと思う。それに『負けたくない』と頑張った走りこみだって、心のうちでは『恵に振り向いて欲しい』と思っていたんだ。


そんな心の思いに当時の僕は気付けなかった。


「今だから思うけど、本当に恵のことが好きだったんだな……僕は。でも、仮にその思いに気付いていて、告白していたとしても拒絶されてただろうから多分、何も変らなかったかな」


そんなネガティブな感情を渦巻かせながら僕は想像を膨らませる。


「それでも……それでもさ、女友達とかそんな関係でもいいから『傍に居て欲しかった』なんて言ったら恵はなんて言うかな?」


当然のことだが、その声には返答する者は誰もいない。

言葉とは『相手が居ることで初めて伝わる』のだから。


「本当に情けない話だけど恵に会いたいな……。もし、あの頃に戻ってやり直せるのならやり直したい……」


僕は今、独りでにパソコンに向かいながら涙を流している。

このどうしようもない思いの行き場はどこにもない。


こんな辛い経験をしている僕だからこそ、皆さんにこう伝えたい。


「恋は最後、後悔がない決断を、選択をしたかどうかなんです。最後まで恋路はどうなるかわかりません。だからあなたの恋を、好きだって思いを止めないでください。人生は一度きりなのですから」


そして、この思いは届かないかもしれないけれど、忘れかけた言葉を今、ここで僕は紡ぎます。


『恵、僕は君のことがずっと好きでした。今でも愛しています――三浦 大輔より』










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