それでも魔女は毒を飲む 世界呪の魔女外伝

千羽 一鷹

第1話

 こんな話を知ってるかい?

 それは、魔女の話。悲しい原初の魔女に対する不思議な二番目の魔女のお話。もはや、知る者さえ少なくなった御伽噺。

 さて。では、はじめよう。

 御伽噺は、こう始まるものだろう?

『むかーし、むかし』ってね。

____________________

 昔々、遥か古代。

 西方の山岳地帯には、栄華を誇った帝国があった。世界の大半を支配下に置き、この世の支配者となったその皇帝に、ある日、娘が生まれた。その娘は側室との子で、帝位継承順位も末端であったが、それはそれは美しく、賢い娘だった。

 皇帝はそんな娘を溺愛し、いつの間にかその娘の帝位継承順位は上位になっていき、しまいには次代の女帝とも噂されるほどにもなった。

 しかし、それが故、娘は他の帝位継承者たちに妬まれ、恨まれた。とくに、腹違いの兄弟に。正妻の子であった彼らは、自分たちよりも格下と思っていた娘が皇帝に気に入られ、継承順位において自分たちよりも上になったのが許せなかった。周囲の者たちの賞賛の声が、娘に向かうのが気に喰わなかった。不満がたまりにたまって。遂に。


 それは、娘の十五の誕生日だった。夜空には、美しくも禍々しさのある赤き月が浮かんでいた。

 皇帝は、愛する娘のため、晩餐会を開いた。帝国中の王侯貴族を集めた。それはそれは、晩餐会だったそうだ。

 娘は、普段仲の悪い兄弟たちが、自分の誕生日会にやってくることを少し不思議に思いながらも、喜んだ。その喜びが絶望に変わることも知らずに。


 晩餐会は、何事もなく進められていった。

 娘が着替えの為、席を外すまでは。

 娘がいなくなった途端、給仕の青年と娘の姉である第三位の帝位継承者が、目を合わせる。

 すると、給仕の青年がスラリと、懐から白い粉の入った袋を取り出して、さりげなく娘のジュースにその粉を入れる。

 そのあまりの自然さに、その行為に気付く者はおらず、青年は、何事もなかったように給仕の仕事に戻っていった。

 ちょうどその時、淡いピンクのドレスに着替えた娘が会場に戻ってきた。

 娘は、何も疑わずそのジュースに手を伸ばして‥‥‥

 ゴクリ。

 ‥‥‥飲み干した。

「‥‥‥ゲボッ!?!??」

 娘は、盛大に吐血して倒れ込む。

 鮮血が、床にじんわりと広がって天上の赤の月のようになり、スカートの淡いピンクが、真紅に染まっていく。

 瞳が驚愕と恐怖に見開かれ、辺りを見回す。

 霞んでいく視界に映ったのは、慌てて駆け寄る父と恐怖に怯える貴族。

 そして、己を見下ろす兄弟たちだった。

 娘は悟る。そして思うのだ。

 ああ、そういうことか。私は、実の兄弟に殺されるのか。

 悪い人生じゃなかったけど、もう少し生きたかったなぁ。


 その思いがあったからこそ、娘は選ばれ、呪われたのかもしれない。


 死にゆく娘、その脳内に声が響いた。

『娘よ。生きたいか? 例えそれが永劫に等しき時だとしても、お前は生きたいのか?』

 答えなど決まっている。死にたくはないのだから。例え、永久の月日だろうと生きて見せよう。

 だから、娘はもう掠れて使い物にならない声ではなく、心で強く強く願う。

 —―――死にたくない。―――――

『そうか、ならば娘よ。永遠に生きるが良い』


 その声と同時に、娘の瀕死の肉体に力が宿った。

 毒が消えていくのを感じる。

 娘、いや、そこにいるのはもはや娘ではなく、一人の魔女、ひとつの災害。


 こうして、一人の娘が魔女となったのだった。

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