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「このことはねえ、昨日の夜に思いついたんだ」と、今度は少年のように――と言えば聞こえがいいので、そうしておく――胸をときめかせて、我らが主人公は話しはじめた。「あの有名な『ドン・キホーテ』を読んでてさ。まだ二巻目だったんだけど、これこそが僕のしたいことだ、生きる道だって思ったんだよ!」

副社長と野村部長は顔を見合わせた。二人で、社長は重い人格障害を抱えている、いやそれだけじゃないと、確認し合った。

「それで、忘れてたんだけど……オッホン! 山田殿、旅の友をしてくれぬか? 私にとってのサンチョ・パンサが欲しいのだ」

「サンチョ・パンサですか? いや、それは……」

「友をしてくれれば、これから新たにつくる東京支社の社長を任せたいのだが」


 たしかに、東京に(本社ではなく)支社をつくるという話はあった。その社長には、木下社長の親戚の誰かをつけるという予定だったが、適任者がなかなか見つかっていなかった。

「お話はありがたいのですが、私は世直しの旅に出ているお時間はありま……」

「私でよろしければ!」と、野村部長が右手を挙げて叫んだ。なぜか左手で右のわきを隠しながら。その叫びに驚いた村上部長が大きく一つ痙攣し横に倒れたのだが、三人は気付かなかった。


「まったく君は何を……」と、副社長は野村部長の顔を確かめながら言った。だが、そんなものは見えず聞こえずだった。野村部長は『社長』になるために生きてきたと言っても過言ではなかった。こんなチャンスをみすみすミスみすみす見過ごすわけにはいかなかった。すもももももももものうち!

「今のご時世、世直しはやはり必要ですし、そのあと社長として世に貢献できるのならば、これ以上の幸せはありません!」

「いや、君には頼んでないんだけど……じゃあ、どうしても山田君がイヤだというのなら……」

「イヤです!」

「え? じゃあ決まり」

「ありがとうございます!」と、野村部長は立ち上がって叫んだ。感極まった様子である。

「山田君、明日には出るよ、あとはよろしく頼む」

「分かりました」とあきらめた様子で答え、しかめっ面のまま副社長も立ち上がった。それから、村上部長を軽くビンタして起こし、肩を担いで社長室をあとにした。

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