第1章「さようなら」
第5話「再会」
「次、前に出ろ」
寺院のような場所に、ずらりと並ぶ長者の列。人々は皆白装束を身に
「……これは酷いな」
裁判官は男の現世で犯した罪を覗いた。それはとても弁護の余地もないほど、残忍なものだったという。裁判官は眉をひそめる。
「
「……」
男は行き先を言い渡された。裁判官は男に向かって手をかざす。すると、男の足元に穴が出現し、彼は重力に引き寄せられて真っ逆さまに落下していく。彼は最後まで動揺することなく、自身の運命を受け入れて地獄へと落ちていった。
“不正は排除しなければならない……絶対に……”
かつて硬く誓った思いを胸に、裁判官は男の名前と死因、判決を書物に書き記した。今まで死んだ人間の名前が連ねられたものだ。情けは不要。存在する全ての世界から一つ残らず悪を根絶し、それ相応の裁きを受けさせる。
それが自分の仕事だ。冷酷と思われても構わない。落ちぶれた自分にできることは、これしかないのだから。裁判官は帽子のつばを撫でる。
「……次、前に出ろ」
* * * * * * *
それからの私は、特に代わり映えの無い平坦な人生を歩んだ。その日その日を無心で生きて、悪行も善行も成さなかった。
それはまるで、何も流れない映画館のスクリーンを延々と見せ続けられるような、音声を一番下まで下げたスマフォで長々と音楽を聴かせられるような、そんな退屈な時間だった。
それもそのはず。直人がいないのだから。
彼とはこの空の下で繋がっている。同じ世界で同じ息を吸って生きている。離れていても心は一つだ。そんものは励ましにならなかった。ただ、彼に会いたい。会ってくだらない馬鹿話を交わしたい。その気持ちが、私の脳を支配して止まない。
* * *
3月1日 月曜日
今日、高校を卒業した。クラスの中で涙を流していないのは、私だけだった。友達がいないわけじゃない。仲の良い人は何人もいる。でも、その人達は涙を流して別れを惜しんでいる。
私も同じ友達なのに、別れるのがすごく悲しいはずなのに、なんで涙が流れないんだろう。友達って何だろう。直人なら詳しく知っているのだろうか。
ねぇ直人、アナタがいないと私はつまらないよ。
* * *
私はシャーペンをノートの上に置いた。まだ涙は流れない。悲しみは確かに心の中にあって、私はそれを確実に感じているはずなのに、私の涙腺は感情に反して微動だにしない。
「やっぱり私、アイツと出会っておかしくなっちゃったのかな……良くも悪くも……」
私は日記を閉じて宝箱にしまう。南京錠をかけて、大切に保管する。言い遅れたけど、私は毎日密かに日記をつけている。直人と再会の約束をして別れた日からだ。
日記を書いていると、まるで彼と毎日時間を共にしているみたいで、心が満たされる。なので、日記では必ず直人の話題に触れる。今日自分がやったことを書いたら、直人ならどうするか、どう思うかなども加えて書く。直人の名前が書かれない日はなかった。
そうして日記を書き続けて8年。あれから直人とはまだ再会できていない。
* * *
3月7日 日曜日
今日は第一志望の
肝心の手応えだけど、まぁまぁだった。きっと合格する確率は、7割か8割と言ったところだ。直人と別れてからも勉強に励んだので、努力が実ってくれると嬉しい。
これで直人と合格できたなら、もっと嬉しいんだろう。
* * *
「ふぅ……着いた」
私は明智大学の正門を潜り抜け、そびえ立つ校舎と対峙する。今日は待ちに待った合格発表の日だ。大抵の人はインターネットで合否を確認するけれど、明智大学はネット公開と同時に本学で掲示板に合格者の受験番号を貼り出すという、粋な計らいを見せた。
私も実際の雰囲気を見に行くついでに、大学に向かうことにした。
「かなりの人数ね……」
インターネットで結果を見れるというのに、掲示板の前は既に多数の受験者が押し寄せていた。歓喜の声を上げる者や、落胆して涙ぐむ者がいる。大層賑やかだ。最初に直人に出会った前のテスト返しの際の、クラスの空気を思い出す。
「さてと……」
私は気合いで人混みに入り込み、自分の受験番号「0614」を探す。メガネをカチカチと揺らして目を凝らす。
「……あった!」
「0614」を見つけた。「05~」台から唐突に「0614」が現れるものだから驚いた。自分の番号のくせに、他人顔のように列に並んでいる。ここに載っているということは、私は無事明智大学の学生として迎え入れられたということだ。私は人混みを後にした。
「やった……やった……」
私は静かに喜んだ。合格する確率は高いと分かっていたのに、いざ合格が確定すると、子どものようにはしゃいでしまいたくなる。周りの目を気にして、小声で呟くくらいしかできないが。とにかく、私は心の中でガッツポーズをする。
「あ、そうだ! 念のためインターネットの方でも確認を……」
「合格おめでとう」
「え?」
隣から突然声をかけられた。振り向くと、背の高い青髪の男性が立っていた。青髪を見ると必ず直人を連想してしまうが、この男性は恐らく別人だろう。直人はこんなキリッとした真面目な顔はしない。ていうか、よく見ず知らずの人に話しかける勇気があるわね。
「ど、どうも……」
「ははっ、久しぶりに会ったからって、何ソワソワしてんだよ」
「……え?」
久しぶり? まさか……
「久しぶりだな、友美」
男性は私に向けて笑いかける。嘘でしょ……あり得ない。直人は私のことを呼び捨てで呼ばない。こんな大人びた風格は、以前の彼にはなかった。それに……こんなイケメンが直人だなんて、私はこれから何を信じて生きていけばいいのか。
「直人……?」
「驚いたか? そう、俺だよ。直人だよ」
「直人……ほんとに直人なの……?」
「だからほんとだって。正真正銘の遠山直t……って、友美!?」
私の目からようやく涙が溢れた。卒業して友達と別れても、親戚が病気で亡くなってもちっとも涙を流さなかった私の涙腺が、直人を前にしてようやく働いてくれた。悔しいが、多分これは嬉し涙だ。
ずっと直人に会いたかったから。
「約束、果たしに来たぜ」
「会えた……やっと会えた……」
「そんなに俺に会いたかったのか?」
「当たり前でしょ! ていうか、8年も待たせるんじゃないわよ! 馬鹿!!!」
「馬鹿とは何だ! 俺は天才だぞ!」
自分で天才とか言うなんて、どれだけ痛い奴なのだろうか。直人はこの8年の間に、すっかり変わってしまった。いや、自信過剰なところが彼らしいと思うべきか。
「なんせ、この大学に合格するくらいだからな」
「え?」
直人はそう言って、自分のスマフォを見せつけてきた。スマフォ画面には、明智大学の合否発表サイトの直人の結果が表示されていた。彼の受験番号「0718」の下に、赤い文字で合格と示されていた。
嘘でしょ……あの直人が合格? そんなのあり得ない。明日地球が滅亡するんじゃないかしら。
「……掲示板見て確かめてくる」
「そんなに信用ならねぇのかよ!!!」
直人から威勢のいいツッコミが返ってきた。しかし、欠点ばかり取っていた彼が、名門の明智大学に合格できるほどの実力を身につけるとは。誰がこの未来を予測できただろうか。彼とまた同じ学校生活を送ることができるなんて。
「でも、なんで私が明智大学受けるって分かってたの? 今まで連絡もしてないのに……」
「同じ高校に情報収集が得意な奴がいてな、そいつに頼んだんだ。友美の志望先を調べてくれってな」
「……え?」
「そいつにとってどこの誰かもしらねぇ奴なのに、まさか本当に突き止めるとは思わなかったよ。とにかくそいつのおかげで、俺はここにたどり着けたわけだ」
何なの。高校生のくせにそんな探偵みたいな素質を持ってる人。どこの工藤新一よ。しかも、その人に頼み込んでまで、私に会いに来たって言うの? 自分の進路も合わせて……。
「キモッ!」
「まぁ、確かにな。言っちゃ悪いが、アイツはちょっと気持ち悪いよな……」
「いやその人じゃなくて、アンタがキモい」
「俺かよ!?」
せっかくの涙が枯れてしまいそうだ。私みたいな奴のためにそこまでしてくれなくてもいいのに。
でも、それだけ私に会うために、本気になってくれたということでもある。名門に合格するために、直人もそれなりに勉強したことだろう。一体その行動力はどこから湧いてくるのか。
「まぁ、俺も同じようなもんだな」
「そんなことに本気になるんだもの。生粋の馬鹿よ」
「いや、馬鹿ではない。天才だ」
「なんでそこは頑なに否定するのよ……」
ともあれ、これで私の人生はようやく動き出した。直人を前にしただけで、私の体で血が勇ましく循環するのがわかる。また彼と一緒の時間を過ごすことができるんだ。
まるでお祭りが始まる前みたいにワクワクする。直人との大学生活、一体何が待ち受けているのだろうか。非常に楽しみだ。
* * *
3月21日 日曜日
明智大学の合格発表。わざわざ大学まで行った甲斐があった。直人に会えたのだ。私も直人も大学を合格していた。信じられない。直人と同じ学校に通えるのだ。きっと私はこの瞬間のために生きていたのだと思うくらい、嬉しかった。
ずっと真っ暗だった映画館のスクリーンに、ようやく光が映し出された。聞こえなかったスマフォの音楽が、ようやく音を拾えるまでに賑やかになった。
直人、約束を守ってくれてありがとう。
* * *
友美は涙を流すほど、俺との再会を喜んでくれた。彼女は頭は切れるのに、どこか強情なところがあって、感情に流されやすい。そこが難点であり、魅力でもある。
俺は友美と握手する。いつの間にか彼女は俺のことを呼び捨てで呼んでくれている。俺も彼女を呼び捨てで呼ぶようになった。何だろう。距離だけじゃなく、心まで近づけたかのかもしれないな。彼女の温もりが握手で伝わってくる。
あぁ、この小さな体を抱き締めてやれたら、どんなに幸せだろうか。その潤った唇を自分の唇と重ねたら、どんなに心地いい感触を味わえるだろうか。天才である俺は、なぜかそんな馬鹿なことを考えていた。
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