慰のマリ

房宗 兵征

プロローグ

「今夜は満月だったのね」

真紅の瞳に青白い月が映りこむ



ここは戦火で荒廃した港町、静けさと暗闇が訪れる深夜に人の気配はない。

沿岸では横転した戦艦が波に揺られ、街並みには破壊された戦車が乗り捨てられている

戦火の生々しい破壊跡が残る通りの先、海岸沿いの倉庫内に彼女はいた。


錆びだらけの屋根は砲撃のによって一部崩れ落ちており、

帝国軍マークの判別ができないほどであった

倉庫内中央にたたずむ仮面姿の女性は、煌々と輝く夜空を見上げている。


吹き付けられる潮風の影響であろうか、倉庫内に靄のような白い空気が漂い

月明かりの反射を煌びやかに主張している。


女性はフードを目深に被り、白い仮面をつけていた。

目元が隠されており表情は読み取れないが、隙間から見える瞳は澄んだ真紅の色をしている。

そして小さく結ばれた口、細い首筋、シャープな顎のラインからは整った顔立ちを想像させた。


「そうだね、でも何で毎日満月じゃないのかな?」


唐突に「はははっ!」と渋さのかけらもない発言が聞こえてきた。

彼女の背面、誰もいない壁際の影から大柄の男が姿を現す。

男は女性と同じデザインのフードと仮面姿を身に着けており口元に笑みを浮かべながら彼女の元へゆっくりと近寄る。


暗がりから歩み寄ってきた男の手にはくの字にひん曲がったマシンガン

反対の手には男の首根っこが鷲掴みにされており、黒服姿の男が軽々と持ち上げられていた

彼女の元へたどり着くと掴んでいる力を強めていく


「がっ!!ぐがっっ!」


黒服が堪らず声を上げる。

表情はみるみるうちに血色が悪くなり、掴まれた手を離さんともがくがびくともしない。


「何か分かった?」

「なーにもわからないや」


必死の抵抗を気にも留めず、会話する二人。

女性の問いかけに残念そうに答える男は器用にマシンガンでお手玉をしている。

そして持ち上げている黒服を見上げると乱暴に振り始めた。


「もう!強情だなぁおじさん、本当に何も知らないの?」

「知ら・・・ない、知らな・・い!」

「ぶうー」


かすれた声で必死に首をふる黒服。首元からは骨がきしむ音が鳴る。

抵抗を続ける黒服に不満を募らせ、男は口を尖らせた。


「二式」


彼女が声をあげる。

するとお手玉していたマシンガンをキャッチして男が女性に振り向いた。

「二式」とはこの男の名前なのだろうか陽気に返事をする。


「なに! どうしたの!」

「離してあげて」

「え?あっ!やば!」


掴んでいる黒服を見ると、いつの間にか抵抗はしておらず手がだらんと降ろされていた。

二式は焦っ様子で、掴む手を緩めると部屋の端へ勢いよく投げた。

飛んでいく先には黒のアタッシュケースによってタワーが作られており、黒服男が突っ込むと鈍い音と共に崩れ落ちた。

タワーはおそらく二式が積んでいたのだろう、崩れ落ちるのをみてガッツポーズを決めたが

彼女に見られている事に気づいて咄嗟にポーズを止める。


「いやぁ危ない危ない、えっと・・そう、フヨウフウサツだもんね!ナグサミ!」

「不要不殺」

「そうそれ!」


反省するように頭をかく男を見るとナグサミと呼ばれた女性はフンと息をついた

そして、崩れ落ちたアタッシュケースを見つめから脇に集められた袋の束に視線を移す

白色の小さな袋が山積みにされており、すべて同じものであれば相当の数が集められている


「中身はあれだけ?」

「そうだよ!ぜーんぶ小さい袋ばっかり」

「他は?」

「ないよー!あれも無かったー」

「そう」


ナグサミは、短く返事をした。

そして何かを考えるようにして目を伏せた後、辺りを見回しはじめる。

倉庫内には先ほどの黒服を着た男が何人も倒れており、中には靄の下で苦しそうに悶えている男もいた。


そして倒れている男たちの先、倉庫の最も奥に2人の存在を見つける。

一人はやせ細った手足にボロボロな男物の洋服。ずた袋をかぶせられロープで縛られているため表情は見えないが背丈を考えると恐らく少年だろう。顔を覆われているせいか呼吸が荒い。


もう一人は短く切り揃えられたブロンドの女性。

彼女もボロボロの服装で手首をロープで縛られており、小刻みに震えていた

片方よりも背は高く、おそらく成人した女性であろう

目の前の出来事に驚いた様子の女性の元へナグサミが歩み始める

歩む度にブーツの堅い音を鳴らしながら近づくナグサミを女性は怯えた表情で見つめ立ち上がることすらもできなかった

そして、ナグサミが彼女に手を差し伸べようとするとブロンド女性が震えながら口を開ける


「ど・・・どうして」

「ズダダダダ!!」


いきなり銃撃音が倉庫内に響き渡り女性の声を遮った

ナグサミが振り返ると、先ほど痛めつけた黒服がマシンガンを構えこちらを睨んでいる。


「てめえら、何者なんだよ!いきなり現れやがって!」


黒服が咳き込みながら銃口をナグサミに向ける。

極度の緊張であろうか照準が定められずに手は震えており、男の頬には冷や汗が滴る。

二式は「あちゃ~」といわんばかりに、両手の平を広げてジェスチャー

ナグサミは憐れむように黒服を睨んだ。


「くっ!」


真紅の瞳に睨みつけられた黒服の緊張が高まる。

いつの間にか満月に雲がかかり、倉庫内が暗闇になる。

ナグサミは冷静に射線を確認し2人の元からから距離を取る。

そして前かがみの姿勢を取ると、小さな声で言った。


「無駄よ」

「くっ!くそがぁぁ!」


ナグサミの一声により、黒服の表情が変貌する。

そして怒りに身を任せ引き金を引き、無数の銃弾がナグサミに飛んでいく。

響く銃声にブロンド女性は思わず目を閉じ、身を屈めた。

すると


「パチン」


青白い光がナグサミ足元に走り、機械のスパーク音がした。

そして、地面すれすれの低姿勢で走り始める。

辛うじて目視できる速さで黒服へ詰め寄るナグサミ。

ブーツのゴムがすり減る音が聞こえる。

素早い動きに照準が定まらず、銃弾が空を切り壁と地面に突き刺さる。

黒服の恐怖心が募るように、空薬きょうが無残に飛び散る。


「カチっ、カチっ」


無残にも弾が切れ、焦る黒服。

マシンガンを投げ捨て、胸元から拳銃を取り出そうとした時には既にナグサミは目前にいた

黒服の驚く間もなく、ナグサミは拳銃を勢いよく垂直に蹴り上げる

反対の足で地面を蹴り上げると宙返り、黒服の顔を蹴り上げ顎を砕く

その間およそ10秒、ブロンドの女性が顔を上げたときにはすべてが終わっていた

そして、ナグサミが落下してきた拳銃を掴むと起き上がる黒服の額に銃口を突きつける


「ねぇ」

「ひぃ!」

「あなたたちのボスは誰?」

「っつ・・・・・・?」


短く、そして低く冷めたナグサミの声に黒服は唾を飲んだ。

仮面越しに真紅の瞳が黒服を見下ろす。


「もう一度聞くわ、あなたたちのボスは誰?」

「しっ知らない!」


必死の叫びが倉庫内に響く

ナグサミは低い声でもう一度訪ね、撃鉄を起こした。


「取引の物はあれで全部かしら」


物とはアタッシュケースの中身であろうか

暇を持て余していた二式が袋の束を投げて遊んでいる

黒服男にもはや抵抗する意思はなく、力なくうなずいた


「そうだ、あれで全部だ嘘じゃない・・・だから、命だけは助けてくれ・・!」

「そう」


女性は、必死の懇願をする黒服男から銃口を外さない。


「・・・!頼む助けてくれ!」

「・・・・・・」


無言のナグサミ。

引き金に指を掛けようとしたその時。


「マ・・じゃなかった。ナグサミ~、これ火点かないよ~」


何かを言い間違えた幼稚な大男が、必死で火を起こそうと奮闘しているのだった。

なれない手つきで着火具を廻すがなかなか着火しない。

空気の読めない発言に、ナグサミが慣れたように返す。


「マッチ渡したでしょ」

「そっか!マッチ持ってたじゃん!」


嬉しそうにコートのポケットをあさる男。

そしてマッチを手に取ると、一発で着火させ、積まれていた大量の袋に引火させた。

白い粉の入った袋は徐々に燃える勢いを増す。


黒服は対峙している女の名を聞いて驚愕したいた。


「お前が、ナグサミ・・・!」


聞き覚えがあり、そして危険人物であることを思い出した黒服は目を見開いた。


「そう、わたしが慰み」


慰みが答えると、倉庫内に銃声が鳴った。

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