第二局 二子局②

1年後の中四国学生囲碁大会で、僕は3勝することができた。



死にたい気分だった。



僕が出場した大会では、5戦して3勝以上の人は免状を貰える。

自分の強さを証明する紙切れのため、僕は必死に戦った。

僕は三級で申請し、五人と試合した。


ハンデありの試合だ。

相手が申請した強さによってハンデがもらえるか、背負うか決まる。


一人目は余裕で吹っ飛ばした。

二人目は泥試合の末、頓死した。

三人目、僕は序盤でポカをやらかし、どうにか挽回しようと必死だった。

結局大差で負けた。



四人目、僕は前の試合に引きずられないよう、

心の中でミスするな、ミスするな、と唱えながら打った。




ずっと唱えていたのに、僕は終盤でミスをしてしまった。




これで二勝二敗になった。




五人目は大学の先輩だった。

僕は二回生、先輩は大学三回生、引退試合だった。



先輩も大学から囲碁を始めたが、

研究室で忙しく、部活にはあまり来られない人だった。

物静かで優しい人だった。

何度か打ったが、僕より少し弱い、と思っていた。大体5級くらいだろう。



先輩は8級で登録していた。


自分の見立てより三子多くハンデを背負ったことに僕は憤慨していた。

なぜこの人は自分の実力より過度に低く級位を申告しているのか、と。


今にして思えば、僕の怒りはまったくの筋違いで、

8級で登録した先輩は2勝2敗だった。


つまり先輩の実力は8級くらいだったのだ。

大会の成績がそれを証明していた。


必死だった僕はそんなことに頭が回らず、一方的に苛立っていた。

この人は自分が楽をして勝ちを得るため、

嘘をついているのだ、と。



このあと僕が先輩にしたことに比べれば、そんなことは屁でもなかったのに。


お互い二勝二敗。

勝ったほうが免状を貰える。

五子局。先輩が黒、僕が白だ。ハンデは大きい。

一礼の後、対局がはじまる。


僕は最初からハッタリをかまし続けた。


白石は盤上のいたるところで、盤の全てを飲み込むと叫び続ける。


実際は全てを飲むなんて無理な話だ。

手広く広げたところで、きちんとした陣地になるのは半分がいいところだろう。



でもそれでいい。


黒が委縮して、少しでも縮こまった一手を打たせるのが、僕の狙いだ。


黒が手堅く受けたとしても–––––––





先輩は僕のハッタリを深刻な顔で受け続けた。




時間をたっぷりつかって。大いに悩みながら。





終盤、僕はこのままでは負ける、と思った。

白は必死に風呂敷を広げていたが、黒は手堅く受け続け、確実に陣地を増やす。


先輩が長考している間、丁寧に計算したが、

どうやっても10目ほど足りない。


そのとき、対局時計が目に入った。

先輩の持ち時間は5分を切りかけていた。


大会で持ち時間を使い切った人は、時間切れ負けになる。


僕は唾を飲み込み、

気持ち悪い汗をかきながら決心した。



先輩には時間切れで負けてもらう、と。





囲碁は相手の石が既にある場所など、

ルールで打ってはいけないと決められた場所以外であれば、

どこへでも打つことができる。


素晴らしいゲームだ。


自由に打っていいんだ。




どんなに残酷で恥知らずな一手でも。



僕は先輩の左下の陣地に無理やり飛び込んだ。

打った僕自身が、こんなのは成功するはずがないと知っていた。



先輩は無視しても勝てた。


黒があと二回パスしても、白が生きられるかどうか、というような手だ。


だけど、僕は先輩なら不安がって僕の手に応えるだろう、と確信していた。


確信は現実になり、先輩は僕の脅迫に近い無理手に真剣に付き合ってくれた。


先輩は負けた。


勝負は終わった。

僕は欲しかった免状を貰える。

だけど、僕はただ怖かった。

先輩になじられることが。


こんな品のない、恥知らずな手を打ちやがって、と。


僕の不安は、免状を手に入れる喜びよりも、ずっと大きく肩にのしかかった。

検討中、僕はずっとビクビクしていた。

勝負は、もう終わったはずなのに。



僕は好きなところへ打つ楽しみを捨てただけでなく、

勝った後、ほんの少しだけ摘まめていた安堵すらも捨ててしまった。

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