魔女と太陽の足跡
立花道露
プロローグ『迷いの森から、希望のお届けです』
『はじめて』というのはいつだって興奮で胸がいっぱいになるものだと思う。
はじめての場所。はじめての味。はじめての顔。はじめての音。はじめての匂い。そして……はじめての恋。
新しいものほど、生に刺激を与えてくれるものはない。
慣れ親しんだものしか無い環境というのは、安心以上にどこか息苦しさすら覚えるものだ。
しかし人は、変化を恐れる生き物でもある。
新しいものは怖いのだ。わからないものは怖いのだ。知りもしないことを、知っている事に結びつけて考えたがる。
恐れるのと同時に、新しいものを取り入れないと、腐って死んでしまう生き物。
人は変化を求めながら、それを忌避し遠ざけたがる。
これがどういうことかわかりますか?
人類が死にたがっている証拠なんですよ。
※
「まったく嘆かわしいったらないですね。まったく」
「はぁ……」
「停滞は死と同義です。立ち止まった者に明日は来ないんです。あるのは取り残された今日だけ」
「はぁ……?」
私の話に、隣を歩く彼女は曖昧な笑顔を浮かべた。
整いすぎるほどに整った顔が困ったように視線を泳がせ頬をかく。
どう返したらいいか、そんな配慮が見える間をたっぷり考える置いて、
「すみません……難しいことはあまりよくわからなくて……」
そう、儚げに笑った。笑い方がどちゃくそ綺麗なんですけど?おっ?
「いえいえこちらこそすみません!さっき会ったばかりの人にする話じゃないですよね。反省します!」
「うぅん……そんなことないですよ。小さいのに難しいことを考えているんですね」
「いやぁそれほどでもぉないですけどぉでへへ。可愛い女の子に褒められると嬉しいですねぇ…!」
頬が緩みきって足がついつい浮いてしまう。地に足がつかないとは正にこのこと。
気をつけないと木の根に躓いて転んでしまう。しっかりするんだ
「えっと……それで、これからどうしましょうか」
「どうって……はっ!サ店行きます?それともカラオケ?もしくは駅の通りをちょっとずれたところにあるネオン怪しいお城とか!?」
「なっ!?なな、何を言い出すんですか!?あなたは!」
彼女の頬がみるみるリンゴのように赤くなっていく。
きゃー!控えめそうな見た目通り純情さん……!
どのような場所にあっても、美少女が恥ずかしがる姿はまばゆいものなんだなぁ。
「この森からどうやって抜け出して、入学式に行くかですよ……!」
「あぁ――そういえば、そんな話でした……」
周囲を見回せば、三百六十度どこ見てもぶっとい木ばかり。鬱蒼と生い茂る天然の樹木の迷路。
そう。今私達がいるのは、紛れもない樹海の中なのであった。
「
「たっはー。お嬢さんは後ろ向きですね。人間もうちょっと根拠のない自信というものを持つべきですよっ」
「樹海で迷子になれば誰だって絶望しますよ!」
「まだたったの二時間じゃないですか」
「もう二時間も、です!!はぅ……進級と同時に高等部用のデバイスが支給されるから、ミスリルは持っていないし……」
彼女はその場でへたり込み、木に寄りかかる。
気を紛らわせるために世間話に興じていたわけなのだけども、誤魔化すのもそろそろ限界らしい。
本格的にどうにかしないと、入学式を無断欠席してしまうことになる。その場合は問答無用で退学だと、合格通知書に書いてあったのだ。陽菜ちゃん的にもそれは困る。
「あぁ……天国のパパとママ。ごめんなさい……
絶望からとうとう祈りを捧げ始めてしまった……。メンタル相当弱いなこのお嬢さん……。
「仕方ない……あれをやりますか」
背に腹は変えられないのだ。近くの木に順に手を触れて、小さく祝詞を唱えていく。
「――、――――」
神経を研ぎ澄ます。五感ではなく、第六感で持って”ソレ”を探す。
今の時代、どこにだって存在している自然の一部。
少し前までお伽噺の産物だと思われていたもの。
感じるべきは脈打つ音と、流れやすさ。一番具合の良いものを見つけなければならない。
この樹海は魔の樹海だ。きっと何処かにあるはずで……。
「――あった!地脈の流れが強い経路樹!」
触れたのは、一帯で一番大きな大樹。大地のエネルギーをいっぱい蓄えた触媒にうってつけの道具。
それに指先で光の線を引いて、方陣を描き出していく。中空に描かれるソレは、一昔前であれば空想の産物であったもの。
俗に言う、魔法陣に他ならず。
「な、何してるんですか……?」
「お嬢さん。せめて最後に恋がしたかったって言ってましたよね」
完成した魔法陣は意味を持ち、自分の内側から力が湧いてくるのがわかる。
何度もしてきた、契約を終えた時の充足感。
「え。それは……あはは。どうでもいい憧れですよ。人並みにそういう事をしてみたかったなっていう……」
「したらいいんじゃないですか。なにかできない理由があったり?」
「でも、仮に戻れても、今からじゃ入学式は遅刻ですから……」
綺麗な顔が不安と後悔で歪む。諦めを孕んだため息が、酷く痛々しく見えた。
今にも泣き出してしまいそうなのを我慢して、最後のプライドをもって、気丈に振る舞おうといている。
それが余計に、彼女の儚さを際立たせて、美しいと感じてしまった。
だから、だろうか。
「はぁ……いやだなぁ。田舎のおばあちゃんになんて言おう……」
「そんな心配、しなくて大丈夫ですよ」
「え?あぁ……無事帰れるかもわかりませんからね……」
きっと笑った顔は、もっと綺麗なんだと思ったから。
「そうじゃなくて――遭難もしませんし、退学にもなりません」
準備は整った。話している間に調整を終えた。
「励ましてくれるんですね……中学生なのにしっかりしてますね」
「あっは。中学生じゃないですよ。これでも私も貴方と同い年で、同じ天童魔法学園の高等部に入学するんです」
そう。だからあとは、思いっきり投げ飛ばしてもらうだけ――
「なので――無事帰れたら、私と一つ、恋に落ちてはくれませんか?」
「ふぇっ!?とと突然何を」
そうしてやっぱりこの純情少女は、わかりやすほどに頬を染めるのだ。
あぁ……もっと、色んな顔が見てみたい。
「こっほん。えー。非常に揺れますのでご注意ください」
「揺れる?揺れるって……うぐっ、地震……いやっえぇっ!?木、木が!うごいてるぅう!?」
遅れて気づいた彼女は天を仰ぎ、ソレを目撃する。
大地を揺らし、木の根を引きずり、苔むした体をした、木製の巨人の姿を。
「――ご紹介しましょう!これこそ私がたった今作り出した局地用人間砲弾投擲木人。ゴーレムカタパルトです!」
「花莉好さんが創ったゴーレム、ってことは敵じゃない……?……ん?人間砲弾……カタパルト……?――まさか!?」
気づいたときには時既に遅し。ゴーレムカタパルトは私達二人をつかみ上げていた。
「学校は……あった。うひゃー。真逆の方向に歩いてたんですね。でも大丈夫!二分後には体育館ですよ!」
「いいぃい嫌ですぅ!私ここに残りますぅ!」
「いやぁそりゃいつまで経っても着かないわけですよ。まじで遭難コースでしたねコレ!きゃっきゃ!」
「なんでそんなウキウキなんですか!?」
「私以外をカタパルトするのはじめてで……えへへ。緊張しますね。手元狂わないようにしないと」
「離して置いて助けてェ!誰かァァああ!!!」
ゴーレムは野球の教科書のような綺麗なフォームを取り、学校に狙いを定め――
「方位角度風向きその他諸々よく分からんがヨシ!」
「ママァあ!!!!」
「射ァ!!!!」
そのまま、ブゥンッと風切り音と共に、我々は重力の軛から解放された――。
体育館の壁を突き破り、転がるように衝撃を逃がす。
「うおおあああああ!むぐ!げほっ、げほっ…」
「きゅぅぅぅ…………うっ」
「だ、大丈夫ですか…?お嬢さん…」
「ぐぇぇ……」
「ヨシ!生きてる!さて」
躍り出たのは、狙い的中体育館のど真ん中。ざわめく館内。絶賛入学式の最中だ。誰もが私達を見る。
ステージに立つ初老の男性が、呆れたように息をつく。
「えー……少々ハプニングはございましたが、ここで学年主席の挨拶をしていただきましょう。君。こちらへ」
抱えた彼女は目を回していた。そのままゆっくりと床に寝かせる。
「じゃ、呼ばれたのでちょっと行ってきますね……」
「んぇぇ……どこ、に……?」
「代表あいさつ」
呼ばれるがまま、中央の開けた道を歩いていく。
さながら王の凱旋が如く、堂々と、踏みしめるように。
マイクの前に立ち、今一度、館内を見回してみる。
「えー。ご紹介に預かりました。花莉好陽菜です!みなさんはじめまして!私のことは、近所のワンちゃんのように、陽菜ちゃんって呼んでください!」
どこを見ても、鳩が豆鉄砲食らったような顔をしていて結構面白い。
「私は、
でも一番面白かったのは、一緒に空を飛んできた少女の、酷く驚いた顔で。
「とりあえず、女子は皆、私と恋してみませんか!」
これから始まる学園生活へ、万感の期待を込めた最初の宣誓を、ここに果たしたのだった。
これは、破天荒な主人公のハチャメチャな日常を描く学園ラブコメではない。
特別な力を持った天才が、大した試練もなく地位を築いていく痛快ロマンスでもない。
これは。悩み迷い転びながら、一人の人間が誰かのためにひた走る物語だ。
故に――
少々の刺激は、期待してくれていい。
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