第二話 特別任務


              ☆☆☆その①☆☆☆


 密輸団の偽装貨物船を捕獲レーザーで牽引しながら地球に帰還した、小型の専用高速航宙船。

 ユニットネームと同じ名を持つ「ホワイト・フロール号」が、入星ステーションに接舷をすると、ステーション駐留の機動部隊が貨物船に乗り込む。

 密輸船の情報と密輸物質の確認、密輸団その他の確保までの記録は、地球に向かった時点で通信報告してあった。

 密輸団は輸送船の一室にトリモチで拘束してあり、引き渡しが完了すると、二人の船だけがステーションから離脱。

 マコトたちのような特別捜査官は、その船体や機体のまま、各惑星本土へ離着陸する事が許可されているのだ。

 地球連邦政府所属の国際捜査本部は、母星でもある地球惑星の、太平洋のド真ん中に造られた、日本と同等の面積を持つ人工大陸「ネクスト・アトランティス」に建てられている。

 広いスペースポートに船体を降ろした白鳥は、主の二人が下船をすると、そのままエレベーターで地下のメンテナンスブロックに運ばれていった。

 オートビークルで本部ビルに向かう、マコトとユキ。

 二人ともケモ耳がピンと立って、緊張しているのが伺える。

 百六十階建ての本部ビルの、七十階にオフィスを構える第二特別捜査課では、二人の上司である中年男性の捜査課長「クロスマン主任」が、モニターの報告書に目を通した直後だった。

「失礼します。特別捜査官 ハマコトギク・サカザキ、帰還しました」

「同じく、ユキヤナギ・ミドリカワ・ライゼン、帰還いたしました」

 主任室の扉が開いて、デスクの主任に敬礼をすると、二人の豊かなバストがタプンっと揺れる。

「ご苦労。報告書は読んだよ。密輸団が運んでいたのは、銀河指定の危険薬物だった。どうやら、性的な意味で女性を意のままにする『エロX』とかいう淫薬だったようだ。記録や証言から、密輸グループは総勢十六名。そのうち十五人は射殺あるいは無限の宇宙空間に放逐……いつもながらの勇ましい活躍に涙が零れそうだね。白い花さえ真っ赤に染めるような勢いだよ」

 綺麗なウェーブの長い黒髪に眼鏡も知的なクロスマン主任が、報告書からの立体映像で密輸団を表示しながら、美しい笑顔と落ち着いた大人のボイスで、静かに優しく告げる。

 マコトは思わず苦笑いしかできず、ユキはウフフと美しい笑顔だ。

「それはともかく、あえて公海上にいる輩を密輸団だと見抜いたのは宜しい。だが…」

 地球国家ではもともと個体数が多い、標準的な地球人タイプのクロスマン主任。

 その優しい笑顔の下で、少しだけ空気が冷たくなって、平均よりも高い身長が立ち上がった。

 引き締まった肉体を、質素ながら上品で上質なスーツで飾る主任が立ち上がる時、二人は緊張に包まれる。

「「ギク…」」

 ピンと立てていた二人のケモ耳が、怯えるようにペタんと伏せた。

「公海で不審船を見つけたら、まずはしかるべき機関に報告せよと、訓練所でも叩き込まれていたよね?」

「あ~…そぅなんですが…緊急事態 と言いますか……」

 ユキが後ろに隠れてしまったので、尻尾をユラユラと彷徨わせるマコトが、たどたどしく説明。

 対する上司は、特別に感情の抑揚も無く、まるで世間話かのように、二人へと告げた。

「無領海の公海とはいえ、現場は惑星国家サゾックにほど近い宙域だよね。先ほど、外交ルートを通じての非公開の抗議が、私の下に届いたばかりだ」

「は、はぃ…」

「きゅ~ん…」

 別に、暴力を振るわれたとか鉄拳制裁を戴いたとかの経験など皆無だけど、一見優男なクロスマン主任の、立ち上がった時の笑顔は、なんとも言えないプレッシャーを感じさせる。

 どうか怒りをお静めください。

 時代劇などで、村の守り神に土下座をする長老たちの気持ちが、よく分かる。

 二人の怯えた笑顔を一旦の反省と受け取ったらしい主任は、フ…と優しい吐息を零して、椅子に戻った。

「今度からは注意するように」

「は、はぃ…ホ」

「き、気を付けますわ。それではこれで……」

 安堵の笑顔で退室しようとした二人は、よく通る大人の声で、静かに呼び止められる。

「ああ、待ちたまえ。二人にはこれから、特別任務を命じる」

「特別任務…ですか?」

「ボクたちはこれから、二日間の有給なのですが…」

 笑顔のプレッシャーが恐ろしい主任だけど、それ以外はとても親しみやすい、穏やかな雰囲気がデフォだ。

 なので二人も、お説教される以外は、普通に話す事が出来る。

「すまないが、相手方の要請なのでね。とある令嬢が、明後日から地球で三日間の隠密旅行を楽しみたいのだそうだ。その護衛として、キミたちホワイト・フロールを指名してきた」


              ☆☆☆その②☆☆☆


「ボクたちを…? ワザワザですか?」

「どうして、私たちですの?」

 何か罠の可能性も。と考えた二人に、主任はアッサリと解答を寄越す。

「君たちの活躍は、それなりに銀河中で轟いているからね。今回の密輸犯逮捕の一件だって、もう速報扱いの銀河ネットワークを通じて、各惑星国家でニュースになっているほどだ。誇らしい事だよ」

 立体映像を見せられると、銀河共通言語や各惑星独自の言葉などで、二人の活躍が報じられていた。

 とはいえ、画面は事件のあらましよりも、それぞれのメディアが入手している、二人の写真の方が大きく報じられている。

 中には、申し訳程度に顔を映して、バストやヒップでけが大写しにされているという、邪な視線を隠す気も無いメディアまであった。

「誇らしいどころか、完全にイロモノ扱いですわ」

 ユキはプンと御冠で、マコトも同意。

「だいたい、このスーツが悪いんですよ。新開発とはいえ、なんでボクたちだけこんな 露出過多なんですか?」

 うら若き乙女たちがごく薄いメカビキニで、プロポーションも肌も大胆に露わ。

 豊かなバストは谷間も見せて、大きなお尻もTバック状態である。

 捜査課の男性たちは一般的なスーツを着用していて、女性捜査官はスーツにタイトスカートが一般的だ。

 マコトの不満も当然だろう。

 対してユキは。

「あら、このスーツに罪はありませんわ」

 スーツ自体は気に入っているようだ。お姫様属性の天然性なのだろうか。

 クロスマン主任は、落ち着いた口調で二人を諭す。

「我が地球国家の宣伝戦略の一環でもある。君たちのような若く優秀で美しい女性たちが、我が惑星国家の平和と自由を守護している……悪いアピールではないだろう?」

 マコトは食い下がって反論。

「でも犯罪者たちはボクたちのこと、ブラッド・ビッチだのヘル・ウツボカズラズだの 散々ですよ。イメージ最悪じゃないですか」

 そんな意見も、クロスマン主任はサラリとかわす。

「いやいや、むしろイメージ戦略は大成功と見るべきだろう。いかつい男性捜査官が十人の犯罪者を射殺するより、華麗なキミたちが一人の犯罪者を銃撃するほうが、それだけインパクトが強いという事さ。それは二人が清楚で可憐だからこそ、正当防衛ですら強烈なイメージとなって 人々には頼もしい護り人として、犯罪者どものには恐怖の象徴として、頭に残るのさ」

「う…」

 可憐とか清楚とか言われると、ボーイッシュなマコトでも、反論し辛い。

「これからも 我が地球国家のイメージ向上のため、華やかな君たちにはその制服で活躍して貰いたいものだよ」

 サラりと褒め言葉を貰って、頬を染めて上機嫌なユキに対して、実はマコトはそこまで嬉しいというわけでもない。

「それは…命令ですし」

「そう。護衛の任務も また命令だ」

 護衛の話に戻されて、ユキが不満を漏らす。

「あ~。私、有給を使ってエステの予約 入れてしまいましたのに」

 女性らしい理由付けに対しても、クロスマン主任は、あくまで冷静だ。

「依頼主の令嬢は、惑星国家サゾックの 三大財閥の一人娘だ」

 自分たちが引き起こした外交問題。という最悪の単語が、頭を過る。

「「う…」」

「あぁ…外交ルートで抗議されたら怖いなぁ」

 恐れる風など微塵もない柔らかな口調で美顔を曇らせて見せる、クロスマンン主任。

「「ご、護衛任務、了解いたしました」」

「うむ。資料を受け取り給え」

 優しい笑顔の主任からデジタルペーパーを受け取った二人は、主任室を退室した。


              ☆☆☆その③☆☆☆


 マコトとユキは、本部に近い公務員用の寮で、ルームシェアをしている。

 独身者から家族まで様々な公務員が住める高層マンション型の寮で、三人家族用の部屋を、二人は与えられていた。

 薄いスカイブルーのベッドで仰向けなマコトは、短いタンクトップに中性的なデザインのショーツ姿。

 鏡の前で髪をとかすユキは、バスタオル一枚。

 二人ともシャワーを浴びて、今日の仕事を終えたノンビリモードだ。

 デジタルペーパーから立体映像を目の前に投射して、マコトは依頼主である麗嬢のデータをチェックしていた。

 映し出されたお嬢様は、明るい笑顔で優しそうで、好奇心が旺盛そうな子供っぽい雰囲気も見せている。

 栗色な長い髪をアップに纏めて、アクセサリーは控えめだけどセンスが良い。

「惑星国家サゾックの三大財閥の一つ、クロムギン財団。現会長の孫娘で、アス・レイラン・ディオン・クロムギン 十七歳」

「あら、私たちと同い年ですの?」

「そうだね。あ、ボクたちと同じ、高校は飛び級で卒業済みだって」

「ふうん」

 マコトとユキは、地元の小学校を飛び級で卒業し、都会の中学と高校も十五歳で卒業している。

 二人の曽祖父の曽祖父は、地球連邦政府の特別捜査官でチームを組み、それぞれ「鬼のサカザキ」「閻魔のミドリカワ」と、当時の犯罪者たちに恐れられていた。

 そんなご先祖様を尊敬して止まない二人は、一日でも早く捜査官になりたくて、必死に頑張り飛び級で卒業し、捜査官の養成学校もトップの成績で卒業したのだ。

 マコトの射撃能力も、ユキのハッキング&ビークル操縦能力も、ご先祖様譲りな天性の才能を、努力で開花させ磨いたものだ。

 若くして特別捜査官になったのは、努力と才能と、強い想いの結晶である。

 髪をとかしたユキが、化粧水を素肌にあてる。

「それにしても お嬢様の隠密旅行……明後日なのに今日 知らされるなんて、なんだか急な印象ですわ」

「まあね…あ、サゾック国家の伝統だって。特に裕福な家庭の女性は、結婚が決まると三日間の隠密旅行をする。その三日間に関しては一生涯の不問…だって」

「…生涯のうちの、三日間だけの自由…。とても窮屈なお話ですわ」

「そうだね…って!」

 二人はハっと気づいて、ハモる。

「「お嬢様、結婚っ!?」」

「されるのですのっ!?」

 年齢的に、同い年の女子が結婚するのを、初めて聞いた。

「ぅわ~…いくらなんでも早いよね」

「そうですわね…私もまだまだ、捜査官として働きたいですものね」

 惑星国家の三大財閥。

 庶民出身の二人には、全く想像できない世界だ。

「それでマコト、レイラン嬢の地球到着時刻は、いつ頃ですの?」

「ん~…明後日の午前十時三十八分。目立たない小型の航宙船『グローデン号』でステーション入りだって。ボクたちはそこに迎えに行って、三日間の護衛開始…ってところだね」

「隠密旅行のコースは、どのように設定されてますの?」

「んんと…書いてないね。きっと 気ままに見て廻りたいんだろうね」

 中性的なマコトのヤレヤレ顔も、憂いを秘めて美しい。

 お肌の手入れを終えたユキは、締め付けの無い柔らかい下着で上下を飾っていた。

 純白のベッドに横たわり、大きな抱き枕を抱きしめる。枕に押し付けられた大きなバストが、タプんと柔らかい変形を魅せていた。

「明日は下見ですわね。エステ、キャンセルしないといけませんわ」

「あれ? エステの話 本当だったんだ」

「どういう意味ですの?」

 プクんと膨れるゆるふわガールに、ボーイッシュな少女が天然で応える。

「ユキはもう充分 綺麗なんだから、エステとか行かなくていいんだよ」

 マコトは天井のライトを最小に絞って、寝室を暗くする。

 高層の窓からは、宝石のように煌めく都市の夜灯がよく見えて、美しかった。

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