130. 異世界597日目 人さらいの代償と報償

 キザール爵の処罰については調査にかなり時間がかかったようだ。というのも不正の量が多すぎて把握するのにかなり時間がかかってしまったからだ。

 芋づる式に何人かの貴族も捕まったらしく、中には中位爵の貴族もいたらしい。ただ関係の証拠を残していなかった貴族も多かったみたいで、ハックツベルト上位爵ももちろん捕まることはなかったようだ。まあ、そのくらいのことができないと高位の貴族としてやっていられないだろうな。


 さすがに人をさらっての人身売買はどの国でも御法度のことなのでいくら処罰をしたと言ってもあまりおおっぴらにはできないようだ。今回の処罰もあくまで金額的な不正となっているからね。不正の貴族の処罰は速やかに断行されたみたい。結局中位爵が3家、下位爵は10家が爵位返上となり、領地も没収されることとなったようだ。

 ちなみにキザール爵は一族全員が処刑されることとなったようで、そのほかも処刑されたり牢獄に入れられたり、平民落ちの上に王都追放などかなり重い処分が下されたようである。資産を没収されて平民落ちの時点でもう生きていけないよね?


 最近は報償の領地もあまりなく、王都の屋敷についても場所がなかったので、正直かなり助かったと言っていた。爵位を持っている優秀な貴族が新たに領地や屋敷をもらって管理を行うことになったらしい。ルイドルフ家の縁者も数名が領地を賜ってラクマニア様もかなりうれしそうに報告してくれた。派閥ではないが、ある程度縁のある貴族で処分されたところもあったらしいけどね。


 国家としても今回の没収でかなりのお金が入ったらしく、領地も今後のために直轄として確保しているようだ。まあこれだけの貴族から財産を没収したら一財産だろう。




 1週間ほど経ったところでやっと状況も落ち着いてきたみたいでラクマニア様から外出許可も下りた。他の貴族への根回しも完了しているのでまず大丈夫ということだ。基本的に自分たちのことは表沙汰にはなっていないのでそうそう顔が知られているわけでもないしね。


 やっとゆっくりできると思ったんだが、一つ切実な問題があった。お金のことである。


「ジェン、今回この国で色々と装備を整えようと思っていたんだけど、ちょっと厳しいかもしれない。」


「そうなの?」


「うん、前に話したように今回の調査の時に前作った魔道具をフルパワーで使ったからね。せっかく報酬をもらったり装備を売ったりしたんだけど、今回の件で400万ドールくらい飛んでいったよ。装備とか売って結構な金額が入っていたけど残りは20万ドールくらいしかないんだ。」


「そんなにかかったの!!まあしょうが無いわよ。それを使ったから私も無事だったんだし、イチも怪我せずに証拠を見つけられたんだから。」


「とりあえず装備の購入さえしなかったら十分な資金だからこれはまあ我慢するしかないよ。装備についてはハルマに行ってから考えよう。」



 とりあえずやっと一段落したようなのでそろそろ出発しようと思っていたんだが、その日の夜にラクマニア様からとんでもないことを伝えられた。


「すまんが、二人には城に行ってもらうことになったが大丈夫か?」


「お城へ?なにかの証言でもすることになったんですか?」


「いや、今回の件についてはあまり君たちのことを人目にさらすわけにはいかないと言うことで回避できたんだが、今回の事件の立役者として褒章されることになったんだよ。大々的にはできないようだが、勲章が授与されるようだ。」


「ええ~~!!そ、それって、断ることは・・・。」


 褒章って、そんなの正直いらない。


「まあ、王からの褒章を断るというのはさすがにやめておいた方がいいな。」


「わ、わかりました・・・。」


「あの・・・、私もなのですか?」


「まあ、おそらく口止めの意味も含まれているのだと思うぞ。なのでジェニファー殿も素直に受け取ったらいいだろう。」


「わ、わかりました。」


 食事の後で部屋に戻ってからジェンと話をするが、さすがに逃げるわけにはいかないよねと言うことになった。まあもらって損するものでもないからありがたく受け取っておこう。でも問題は非公式とはいえ国王陛下に謁見することだな。




 2日後に王城に呼ばれて待合室で待つこと1時間。案内されていった部屋はよくある大広間というところではなく、小さめの部屋だった。そうはいってもかなり上の爵位の人たちと思われる貴族が数名と護衛が立っているのでかなり怖い。ラクマニア様もいるけどね。


 衣装については冒険者と言うことで普段の格好でよかったらしく、堅苦しい格好の必要が無かったのは救いだった。あと、一応最低限のマナーについては事前に習っておいた。ちなみにこの部屋では魔道具を含めて魔法関係を一切使用できないようになっているみたい。



 部屋の中央へと進み、そこで片膝をついて頭を下げる。右手は胸の前に当てて、左手は地面につけるというスタイルだ。女性でも同じみたいで、他の国でも大体この形をとればいいらしい。


 しばらくすると案内があり、王が入ってきたようだ。このあと貴族の一人が声を上げる。


「ジュンイチ殿並びにジェニファー殿。面を上げなさい。」


 そう言われたところで顔を上げると、玉座には王と思われる30代くらいのかなりがっしりした男性の姿が目に入った。威厳があると言えばあるんだが、威厳と言うよりは顔が怖い・・・。いわゆる悪人顔という感じだ。

 たださすがに国王陛下と言うだけあって豪華な衣装を着ている。マントとかまではしていないし、王冠をしているわけではないけどね。


「今回の事件の摘発について尽力してくれたこと感謝する。よってその功績をたたえ緑玉章を送ることとする。」


 先ほどの人が発言した後、係の人が緑玉章の入った箱を持ってきてくれたのでそれを受け取り、頭を下げる。


「ありがたくちょうだいいたします。」


「大義であった!」


 国王陛下からの言葉が発せられた。国王陛下から声をかけられるだけでもかなり名誉なことらしい。声すらかけられないことも多いみたいだからね。


 ここで顔を上げてから国王陛下が退出するのを見送る。国王陛下が退出すると、少し部屋の中の緊張が解かれた。


「これで褒章の儀を終了する。」


 終了したところで他の貴族達も退出を始めた。立ち上がることが許されたのでほっとしていると、ラクマニア様がやってきた。


「お疲れ様。なんとか無事に終わってよかったよ。別の部屋で今回のことについて少し説明しよう。」


 そう言われて部屋を出ようと思ったところで他の貴族から声をかけられる。40歳くらいでひげを生やして宰相という印象の人だった。


「二人ともおめでとう。まあ形だけとはいえ貴族となったのだから今後の行動には注意をするようにな。今回はまあいろいろあったが、私も頭を痛めていたところでもあったので感謝はしておこう。」


「ありがとうございます。」


 誰だろうと思いながらも一応礼を言っておく。



 ラクマニア様に先導されて事務室のような部屋へと移動する。


「無事に終わってほっとしているよ。

 先ほど声をかけてきたのが財務長官のハックツベルト上位爵だ。キザール爵を庇護下に置いていたんだが、言葉の通りいろいろと問題が出てきて頭を悩ませていたところだったようだ。

 今回の褒章はあやつからの提案でな、口封じの意味合いがかなり強いことはわかっていると思う。ただこういう対応をしたと言うことは今回のことでもう手は出さないと考えてよいだろう。」


「そういうことだったんですね。仕返しというのが怖かったんですが、ちょっと安心しました。ただ貴族になったというのはどういう意味でしょうか?」


「今回報奨の緑玉章を受けたものはハクセンでは下位爵と同等の扱いとなる。最初は紫玉章か赤玉章と思っていたんだが、まさか緑玉章とはな。」


「これってかなり上の褒章なんですか?」


「上から青、黄、緑、紫、赤の順番で、青が中位爵相当、黄と緑が下位爵相当になる。紫と赤はあくまで褒章されたというもので正式な爵位ではないが、準爵位相当になる。」


「爵位相当というのはどういう意味なんでしょうか?」


「貴族として扱われると言うことになる。例えば貴族用の施設が使えるし、町の出入りも貴族用の通路を使用できる。貴族街に入るのも自由になるな。ただしあくまで爵位だけなので、領地がもらえるわけでも、職がもらえるわけではない。1代限りの名誉職のような感じだな。

 ただそれでも他の国でも貴族扱いを受けることができるので、ナンホウ大陸など貴族志向の強い国では役に立つことも多いだろう。」


「それはありがたいですね。いつかナンホウ大陸にも行ってみたいと思っていたのでそのときには助かるかもしれません。」


「あとで窓口に行って身分証明証に登録してもらうとよい。」


「わかりました。」


「そうそう、大事なことを忘れておった。緑玉章に併せて報奨金も出されておる。今回証拠集めにかなりお金を使ったという話だったので気になっていたんだが、これでまかなえるかな?一人1000万ドールだ。」


「「一人1000万!!!」」


 かなりの額に驚いた。1億円だよ、1億円!


「よかった~~~!!これで装備を買い換えられる~~~。」


「喜んでもらえてよかった。いろいろと世話になったな。」


「いえ、こちらこそ。」


「もう出立する予定なのか?」


「ええ、数日中には出発しようと思っています。」


「それでは出立までは我が家に泊まるといい。孫達も喜ぶからな。」


「よろしいのですか?」


「気にしなくてよい。もともとそのつもりだったしな。私はこの後仕事があるので先に戻っておいてくれ。あと窓口に顔を出すのは忘れないようにな。」


「わかりました。」



 ラクマニア様と別れてから係の人に案内されて受付へと向かう。ここで身分証明証を提出してから登録してもらう。報奨金は口座に振り込んでもらった。


名前:ジュンイチ

生年月日:998年10月30日

年齢:18歳

職業:冒険者(上階位・アース) ハクセン下位爵

賞罰:ハクセン緑玉章


名前:ジェニファー

生年月日:998年12月15日

年齢:18歳

職業:冒険者(上階位・アース) ハクセン下位爵

賞罰:ハクセン緑玉章


 職業にハクセン下位爵というのが書かれていた。まあ名誉職といっていたけど何かの時には役に立ちそうだな。


 王城を出てから車を取り出して町の方へと向かう。町で昼食を食べたあと、いろいろと雑貨を買い出ししてから屋敷に戻る。



~ハックツベルト上位爵Side~

 いろいろと役には立っていたんだが、最近のキザールのやつはちょっとまずい方向に手を伸ばしすぎだ。私とのつながりの証拠は残していないつもりだが、このままではまずいかもしれない。さすがに降爵まではないが、財務長官の地位は辞さねばならなくなるかもしれん。


 以前は小心者で、貴族としては見逃せる範囲だったのに、感覚が麻痺してきたのかもしれないな。最近は変な奴らとの付き合いもあるという話だからな。



 そう思っていたら昔からのライバルのラクマニアから提案があったのには驚いた。キザールに関するかなりの証拠がそろったがどうしたいのかと言うことだった。やつがそこまで言うのであればおそらくそうとうな証拠をつかんだと言うことだろう。

 そしてわざわざ私に話を持ってくると言うことはすでに動いていると言うことなのだろう。今更何か手を打ってもすでに手遅れだろう。


 正直渡りに船だった。まあ道連れにされる貴族もいるだろうが、そんなレベルの奴らはこの際一掃してしまった方がいいな。



 思った以上の証拠を手に入れていたためかなりの貴族が処罰されることになった。さすがにラクマニアの派閥だけ大目に見るわけにもいかなかったのか、あちらも少し被害を受けていたが、おそらく私と同じ考えなんだろう。残念ながら処罰のあとの報奨は向こうの派閥に優位な人事となってしまったが、このくらいは仕方が無いか。



 今回の件についてけりをつけるために、今回の功労者について褒章を与えることを提案した。ラクマニアはかなり渋っていたんだが、王まで話を通していたので断ることができなかったようだ。どういう人間とつながりがあったのかは把握しておかなければならないからな。


 色々と調べてみても上階位の冒険者と言うことくらいしかわからなかったからな。ただジョニーファン様とのつながりで今回知り合ったと言うことが気にはなるがな。ヤーマン国の冒険者と言うことだったのでいずれ他の情報も入ってくるだろう。


 役に立つと言うことであればせっかくなら下位爵相当の褒賞を与えてやった方がいいかもしれんな。それで取り込めればいいし、だめでも特に痛くは無い。



 褒章の儀の当日にやってきた二人を見て正直驚いた。見た目だけかもしれないが、事前の調査でも18歳と出ていたので間違いは無いのだろう。ここまで若い人間だったとは・・・。


 こういう場になれていないのか、男の方はかなり緊張していたが、女の方はかなり場慣れをしている感じだ。貴族ではないようだが、大きな商会の娘とかかもしれないな。



 しばらくして入ってきた情報を見て驚いた。ヤーマン国の王族や最近勢力を伸ばしてきているカサス商会ともつながりがあったとは。ジョニーファン様とはかなり親交が深かったようで、数日間面談したらしい。たしか1時間でも面会できれば名誉と言われているくらいだったはずだが、それが数日とは・・・。今回も賢者様の代理としてラクマニアを訪問したと言っていたからな。

 冒険者とかそんな平民は配下においてこき使えばいいのに、ラクマニアのやつはそれなりに縁を持とうとしていたからな。意味が無いと思っていたんだが、こういうことでつながる縁も結構大きいと言うことなのか?平民にもかなりの実力者が出てきているというのも無視できないしな。

 少しは貴族偏重の考えは改めておいた方がいいのかもしれないな。ラクマニアの考えに完全に同調するわけではないが、ある程度は同調する点を探っていった方がいいのかもしれん。変に凝り固まった考えを持って我が一族が滅びてしまっては意味が無いからな。

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