続約 卑弥呼伝説

@makoto-sawa

第1話

 続訳 卑弥呼伝説 (ぞくやく ひみこでんせつ)     

                    

                      砂羽 誠 (さわ まこと) 


    

            第一章 始まりの始まり

 

  

 私は幼い頃から突然変異とよく言われていた。父親にも、母親にも、まず顔のパーツからして二人との類似点が殆ど無かった。二人と血縁関係のある親戚の人達の中にも、セピア色した古い写真の中の人々を遡ってみても私に似た人はいなかった。

 父も母も晩婚だった。若い頃、選好みし過ぎて婚期を逃したのだという。お互いしょうが無く手を打った言い合う似たもの夫婦である。しかし結婚写真を見る限り、選好みをしていたという事に関しては疑問を感じえない。

 それでも、人生の酸いも甘いもある程度経験していた二人は順調に夫婦生活を営み、三年後に私を授かる事になる。ただし、初産が高齢出産だった母は、私を産み落とした時点で二人目を諦めざるをえなかったそうである。

 かなりの難産だったらしく、後々三回ほど死んだと思ったと父に噛みついたそうである。

 医者にも「奇跡と言っていいでしょうな、でも多分二度起目は難しいと思いますよ」と言われた二人は二度目の奇跡に挑戦するような無謀な事はしなかった。そんな訳で必然的に一人っ子になった私は多くの一人っ子同様、二人のあふれるような愛情を一身に受けながら成長していった訳である。

 幼稚園から小学校、中学高校と私の人生はまさに順風満帆という言葉を名刺に刷り込んでいいほどに流れていった。勿論、高校生に名刺はいらないから例えばの話である。

 東大に合格した時も(ちなみに私は、たいして偏差値が高くない地元の高校に通っていたので合格時は町をあげての大騒ぎになった)、在学中に人に担がれて出場したコンテストでミスキャンパスに選ばれた時も、二人の喜び方は尋常では無かった。

「なんで俺たちの子がこんなにも綺麗で,可愛くて、頭まで良くて・・・」私が大学を首席で卒業した時の祝いの席で、父は感極まって号泣した。親戚一同が集まった席での事だったので、私は思いっきりドン引きしてしまったけれど・・・。


 性格も変異な方だったと思う。私は色々な性格を使い分ける事ができた。ちいさい頃は「いい子」を演じていた。そうする事で回りの子供達とのギャップを回避していたのだ。

「子供と言う着ぐるみを着た大人」この言葉が一番私と言う人間を表現していた。とにかく私は何をするにしても他人よりも抜きんでていた。

 運動神経も、母が勧めた習い事にしても、手抜きをしても他の子供達との差は歴然としていた。小学校の低学年の時、酔った父に担ぎだされた夏祭りののど自慢大会で並み居る大人達を差し置いて優勝した事もあった。歓喜した父の顔は今も覚えている「お前歌手になれ、歌姫になれるぞ」と言う言葉には頷けなかったけど。

 私は完璧だった。それは今も変わらない。年齢を重ねるごと更に磨きがかかったといってもいいだろう。 

 

 そんな私は今、目の前の三人の男たちに対峙して面接用のパイプ椅子に腰を下ろしている。磨きこまれた窓の外には東京の空が広がっている。人事担当の面接官達はこなれた質問を投げてくる。私は彼らの質問に無難に答えていく、時が進み終了の時間が近づいてきた。「最後に一つだけ聞かせて下さい、面接自体は終了です」

 真ん中に座っていた男が聞いてきた。私は軽く頷いて少し身構える。多分あの事を聞きたいのだろう、履歴書を正直に書いた事を少し後悔した。デジャヴが始まる。私は返答の準備をする。

「あなたは公務員試験の上級一種にも、司法試験にも合格されてますね。何故我が社の面接を希望されました?」

 この担当者は前に受けたマスコミ関係の担当者にも増して険しい顔で聞いてくる。額に浮かんだ三本の縦ジワが(本音を言え)と言う心の叫びを代弁しているようだ。

 私は一旦頭を下げ、右の口角を少しだけ上げて答える。

「けっして冷かしなどではありません。御社のカリスマと呼ばれる堀沢社長の下で働かせて頂き、微力ながらも御社の発展に貢献したいと思い面接を希望させて頂きました」

「ではあなたは先程、面接を受けるのは我社が二社目とおっしゃいましたが、前社も同じような理由で受けられたのですか?」

 大きなお世話である。答える必要は感じられなかったが、ここで言葉を荒げる程私は子供では無い。プイライベートを盾にして戦っても何の得にもならない。穏便に逃げを打った方がスマートチョイスだろう。

「私、あがり症なので御社を受ける前に一度予行練習をしたいと思いました。前社の方には大変申し訳無いのですが・・・生意気な奴だと思われても致し方ありません。只、そこまでして御社に採用して頂きたいと言う気持ちだけは受け取って下さい」

 三馬身程差をつけて逃げ切った競走馬の心境はこんな感じなのだろうか?ドアを閉めた時、私の口角は両方とも少し多めに上がっていた。はっきり言って冷かしである。

 卒業までの暇つぶしに三社に履歴書を送っていたのは思いで作りの一環であり、回りの学生達と同じ思いを経験してみたっただけなのであった。

 そもそも私はどこかに就職して給料を貰わなければ生活できない人間では無かった。

 大学に入学してから始めた株式投資は順調に口座の残高を増やし、今ではその多くはゴールドバーに形を変えて大手銀行の貸金庫の中で眠っていた。なぜだか分からないが市場の流れが自然に浮かんでくるので、最初十万円で始めた投資は一度もマイナスになる事はなかった。只、口座残高が三億超えた時点で急に興味を無くし、今は閉店ガラガラ状態ではある。


 オープンテラスでエスプレッソを飲みながら三日後の事を考えていた。三つ目の会社の事だ。正直少し迷っていた。

 ゆっくりと飲み終えたカップをソーサに戻した時、私が出した答えは(晴れたらGO)だった。


 晴れた。


 最後に選んだ会社の社史は浅く、規模は以前の二社に比べて遥かに小さなものであり、従業員数も少なかった。所在地は都内とはいえ、かなり郊外に有り、私は電車の代わりに愛車のステアリングを握った。

 平成2年式の深紅のフェアレディz32は一路目的地に向かって駆けてだしていった。この車をオークションサイトで見つけた時は愕然とした。この車ははっきり言って歴代の日本の車の中で一番の別嬪さんと私は思っている。姉も妹もいまいちなのに、この年代の彼女は一際際立った存在であると私は思っていた。なのでこの娘を見つけた時なぜ愕然としたかと言うと、出来の悪い親から虐げられ、ボロボロの服を着せられ似合いもしない厚化粧をさせられた幼気な少女と言う表現が一番しっくりとくるような状態だったからだ。私は彼女を救わなければならないという使命感に燃えた。

 エンジン関係から足回り、全塗装、内装、最新システムの装着等、彼女に大手術を施した。一か月後退院してきた彼女は見違えるようだった。小股が切れ上がったいい女とでも言えばいいのか・・・とにもかくにも新車当時よりも彼女は輝いて見えた。勿論、外観だけではない。オーバーホールされたエンジンは3000ccのツインターボ、ダブルインタークーラーである。ノーマルでも十分力がある、運転しているというよりも操縦している。ステアリングを握るたびそう感じさせてくれる車だった。足回り関係は最高の状態であるzは地を這うように都心から離れていった。

 

 三階建てのビルだった。ビルに比べて釣合いが取れないくらいに広めに作られた駐車場の片隅に車を止めた。五年前の会社創立時に建てられたのだろう、ビルはまだまだ新築の名残を残していた。

 私より幼く見える感じの良い受付の女性に来訪の意を告げると、三階の小部屋に案内された。

 お掛けになってお待ち下さいという言葉に甘えて高級そうな椅子に腰を下ろした。ひじ掛けまでついたその椅子はまるで見栄っ張りのIT関係の若いトップが好みそうなデザインをしていた。

 テーブルを挟んで同じような椅子が色違いで置いてある。私は違和感を覚えた。これまでの二社と比較するまでも無くこの会社は変わっていた。どう考えても面接会場には見えない。そもそもその言葉も当てはまらないよな雰囲気だった。

 私以外に面接に来ているリクルートスーツの若者達も見当たらない。どうやら普通の会社ではないようだ。私の右の口角が自然と上がる、今日の天気に感謝した。(ドライブがてらに訪れたこの会社で最後に面白そうな思い出が作れそうだ。ついでに大好きなエスプレッソでも出てきたら最高なんだけど・・・)

 ノックの後、先程の受付の女性が入室してくる。彼女が押すワゴンを見て私はますます違和感を覚えた。

 白いカップの中でエスプレッソは湯気をあげ、おかわりもどうぞと言わんばかりにエスプレッソマシーンまで乗せられている。私は思わず首をかしげる。そして彼女が言った次の言葉で私の頭の中で、?マークが子作りの使命に燃えるオスボタルのように光り輝きながら飛び回る。

「本日の担当者であるCEOは少し遅れております。その間これをお飲みになってお待ち下さい。私はこの後、別件の仕事がありますのでお代わりはセルフでお願いします。それではこれにてアタシはドロン致します」

 ?マークのホタル達はポッカリと口を開けた私の周りで増々激しく飛び回る。

 突っ込みどころ満載の受付譲が、それこそドロンするかの如く足早で出ていった後、私は一つ深呼吸(お・ち・つ・け・わ・た・し)

 CEOが担当?CEOって、もちろんその言葉の意味は知っている。しかし、おかしい。ホームページに載っていた恰幅のいい男性には、社長と言う肩書が付いていたはずである。

 いつ変わったの?それに遅れるって?面接者が何らかのアクシデントで時間に遅れるという事はあっても、面接官がその場にいないってどういうこと?

 そしてエスプレッソ、お代わりはセルフ?偶然にも私も同じマシーンを持っている。この手の家電でこのメーカーがNO1って事も知っている。専門店並みの風味を出せるって事も知っている。でも私は面接会場に来ているはずである。受付嬢がこの後別件の仕事って、私にいちいち報告する事なの?

 アタシはドロンしますって言う言葉に関しては、もう何も思い浮かばなかった。ホタル達はそれぞれ相手を見つけたようである。ガンバレ『脱少子化』

 きっと自由な社風なのだろう。シリコンバレーのIT関連の会社はGパンでもOKと言う、この会社もそれらに倣って受付嬢がクノイチになってもOKなんだろう。

 厳しい顔で写っている社長も実はツンデレで、おやじギャグ好きの愉快なオッサンかも知れない。きっとそうだ。私は自分が出した結論に口角を上げる。今回は左の方もシンクロタイムである。

 ノックと同時に開けられてドアから男が入ってきたのは1杯目のエスプレッソを飲み終わった時だった。

「やあお久しぶりです。遅れてしまって申し訳ない」男の言葉に私の頭の中で本日2回目のホタルの乱舞が始まる。先ほどよりも数が増えているようだ。

 久しぶりと言うからには何処かで逢った事があるという事だろう。しかし私にはこの男にお目にかかった記憶がない。勿論話した事も、手をつないだ事もない。ましてやその以上の関係があったとかなど考えられない。

 何かの飲み会で朝まで飲んで記憶を飛ばした事はない・・・と断言できないのが少し心配事ではあるのだが。

 でも、変なのである。目の前の男はイケメンなのだ。これ程のイケメンとなら、へべれけに飲んだとしても記憶に残らない事は考えにくい。でも思い出せない・・・(分からん、きっとドッキリ系なんだ)私は取り敢えずそう結論を出した。 

 それならそうで受けて立ちましょう。なんせ自由な社風が売りなんでしょうから。大股で席に向かう男を見ながら私のプロファイリングが始まる。

 年齢は30歳前後、着ているスーツは高級だが、その下のTシャツとスニーカーにはとあるスポーツメーカーのロゴが入っている。時計も、アクセサリー関係もなし。

 服装に無頓着なB型だろうか?第一印象は性格は明るくて、どちらかと言えばチャラ男系が少し入っている。大人としての威厳みたいなものは感じられない。ただ、どことなく人たらしの雰囲気が感じられた。

「どうぞお掛けになって下さい」一旦腰を上げていた私に声をかける。面接が始まったようである。

 さっきのセリフはやっぱりギャグだったのだろう。ただ、私が塩対応した為ツカミとしては失敗している。それを取り戻すかのようにジャブを打ってくる。

「神妻真白さん、あなたが弊社を希望された理由を教えて下さい」

「はい御社の将来性と自由な社風に大変魅力を感じました」

 私は無難に答える。ジャブにはジャブで、この対応でいいだろう。

 相手の右口角が少し上がった。(よしいける次こい)私はスイッチを切り替える。エデイマーフィか、ウイルスミスモードか?チャップリンモードは今回はなし。それから小一時間、私は彼からの質問やボケ、時にはツッコミにも耐えた。

 ドッキリの収録の尺ならならもう十分だろうと思い始めた時、突然カットの声でも掛かったかのように、彼はクルリと椅子を回して背中を向けた。(どうせならもう半回転すれば、「ハイもと通り」だったのに・・・)そう思う私は少々、悪ノリし過ぎている。

「神妻さん」

 背中から聞こえる彼の声はこれまでと違って低いバリトンボイスだった。(お前は相方がバスケ狂いのお笑い芸人か!)私の悪ノリは止まらない。

「さっき僕が久しぶりと言ったのはギャグじゃないから、僕らは以前一度出会ってる。君は忘れてしまったのかな?」

 両方の口角を下げた私は最初に貰った名刺を見直してみる。やはり記憶にない。

「やっぱり思い出せないか、おまじないがホントにきいちゃったのかな」

「おまじない?ですか、失礼ですけど私にどんなおまじないを掛けたと言うんですか?」

 振り返った彼は私に微笑みかけながら、そっか、そうなんだとつぶやく彼。

「場所を変えよう 話は長くなる」私の返事を待たずに彼は立ち上がる。

「場所を変えるって・・・その前に面接は終了ですか?」

「面接?そっか面接だったね。うん終了。そして君は合格。ハイおめでとう」

 私の戸惑いは止まらない。「有難うございます。これからは御社の為に身を粉にして一生懸命頑張らせて頂きます。って訳にはいかないでしょ、ハイ合格って」

 でもノリツッコミは忘れない。少し甘いけど、そんな事よりもおまじないの件が気になる。(毒を食わば皿までね)私は彼の後を付いていく事にした。悪ノリはまだ続いている。

   

「まずは僕の事から話そうか、自己紹介も兼ねてね」

オープンカフェは12月というのに寒さは感じられない。この季節には珍しい風向きと陽だまりのせいだろう。

「改めまして、僕の名前は神野京一郎。肩書はCEO、表には出てないけど実質この会社のトップ。

 僕が立ち上げた会社と言ってもいい。ホームページに載ってる社長は僕の影武者さん。表向きは彼が仕切ってるようにしている。年は君より5才上の28才。君が小学校に入学した時僕は6年生って事。そしてその年の夏、僕らは出会っている。

 僕が最初に久しぶりと言ったのはそういう事。でも君にはその記憶がないはず。それは僕が君に掛けたがおまじないが効いているって事。そして僕にはその手の才能があったって事だ。才能がじゃなくて才能もだね。

 僕は自分で言うのもなんだけど、色んな才能に恵まれてきた。人より抜きんでてね。勉強も運動も容姿も小さい頃からそうだった。君と同じようにね」

「色々お調べになっていらっしゃるみたいだけど、あなたは私をどこまでご存じなのかしら?あなたと出会ったのはいつ?どこで?

 小学一年生の私は単独で行動するのは難しい年齢よ、群衆の中でなら分かるけど。でもそうするとおまじないの件で解せない状況が出てくるわね。そもそも何故私の記憶を消そうとしたの?」

 もうタメ口である。再びホタル達が飛び始めている。

「一度に質問し過ぎ。シナリオありきの国会答弁じゃないんだから」

「じゃ私の事どこまで知ってるの?」

「その質問には最後にお答えするとして、いつ、どこでからについてお答えしましょう。 

 君の町では8月の中頃夏祭りがあるよね。当時7才になった君はご両親と一緒に花火見物に来ていたよね。そしてそこで君は10分間迷子になった。

 犯人は僕。下手したら誘拐犯になる。だからおまじないを掛けた。キスまでしちゃってたし・・・」

「記憶を消して正解だったわね。もし覚えていたら誘拐だけじゃなくて、猥褻罪まで加わっていたでしょうから。キスだけで済んだのかしら?」

「話した後のお別れのキッスだよ。それもホッペに、オメデトウって言って」

「そういう事ならそういう事にしてあげてもいいけど。オメデトウと言うのは私がその日7才の誕生日だったからかしら?」

「そういう事。プレゼントを上げる訳にもいかなかったからだからそのポッペにチュー」

「それならお礼を言わなくちゃいけないわね,でもあなたもその頃まだ小学生でしょ、もしかして近くに住んでいたの?」

「近くに住んでいた訳ではないんだ。実は友達のお母さんにお願いして車に乗せてもらったんだ。一緒に花火見に行きましょうって言ってね。片道1時間程かけて君の住む町にやってきた。そして二人が花火に夢中になっている時、僕は君に会いに行った」 

 

 又、ホタルの数が増えてきた。面識もない人間に合う?何故私の誕生日を知っているの?たかだか12才のマセガキちゃんが?

「僕と君は本当に似てる。性格とかは別にしてね。君はこれまで何か大切な決断をしなくちゃいけなった時、迷った事はある?ないよね。有る筈がないんだ。

 そんな時、君は誰かさんの声が聞こえてくるし、その声に相談する事だってできた筈だから・・・僕と同じようにね。

 僕も声を聞く事ができるんだ。実際、声を聞いたのはこの時が初めてだったけど。声は言うんだ。君に会いに行けってね。7才の誕生日を祝ってあげなさいって。場所も時間も教えてくれた。でも大勢の人混みの中でどうやって探すんだろうって思っていたら、その心配はいらないと言う。

 二人は引き合う事が出来るんだって。7才になった女の子にも声が聞こえ始める様になるんだって、だから誘拐とかじゃなくって逢い引きだよね、必然的な出会い。だから僕に罪は無い」


「貴方も彼女の声が聞こえるの?それも私が聞いてるのとおんなじ声が」

 それなら彼のこれまでの行動は納得が行く。いかざるを得ない。もしかして私のウイークポイントとかまで知っているのだろうか?それはちょっと・・・困るけど。

「残念ながら僕は君の全てを知ってる訳じゃない。だから今こうして君と合っている。声が言うんだ。僕にとってキーパーソンと成るべき人物が面接に来るようにするって、僕が12才の時出会った女の子だって、僕は嬉しかったよ。いつもより1時間以上早起きした位にね。自慢じゃないけど今日は上から下まで全部新品だよ。君には関係ないかもしれないけどね」

 確かに関係はない。でも意気込みは伝わってくるし、気持ちも分かる。何故なら、私も上から下までそうしていたからだ。

「私達みたいな人は他にもいるのかしら?」

「多分居ないと思う。いれば声が教えてくれている筈だから。ま、これから現れる可能性も有るかもしれないけどね」そう言いながら思い出したように、そろそろお腹空かないかと聞いてくる。リクエストにお答えしますよと言うので

「そうね何でもいいけど、気分はコッテリ中華系かしら」といなしておいた。

都内の一等地にあるチャイニーズレストランは値段が上等な分、コック達の腕も上等だった。

 二人は他愛もない話をしながら食事を楽しんだ。アルコールも入って私は次第に壊れていく。彼からの僕の部屋に来ないかいと言う誘いに素直に頷いている。私のウイークポイントはコレである。アルコールが入るとサイドブレーキが効かなくなり、フットブレーキは甘くなり、アクセルペダルは軽くなる。

 

 彼が住む部屋は都心のまだ真新しい高層マンションだった。おまけに最上階である。

 リビングの大きな窓の下には走る車のヘッドライトとテールランプが川の流れのように見える。低いテーブルを挟んで二人はソファーに腰を下ろしていた。

 それからの私は日付が変わるのに気づかない程に彼の話に引き込まれていった。彼の話は長期的で魅力的であり、かつ壮大だった。

 ファーストコンタクトで感じた人たらしの才能は本物のようである。彼の話に引き込まれていく自分の心を私は止める事が出来なかった。普通なら到底信じられないような内容でも彼が話すと実現可能に思えてくる。

「それじゃ本題と行きますか」彼のこのセリフで始まった話を私は電子手帳に記録した。 

 手帳にはこう記した。

 ①彼は世界のパワーバランスを破壊する程の発明品の特許を持っている。この開発には声の力も加わっているらしい。

 ②それはこれまでのエンジンに代わるもので、車の動力だけでなく発電も効率よく出来るシステムで、そのプロトタイプはすでに完成している。

 ③大量生産体制の為の工場用地は既に収得済みで、近々に着工すると言う。

 ④資金面に関する点も問題無し。既に国内大手メーカー数社との提携も大詰めに来ている。

 ⑤以上のプロジェクトを半年以内に軌道に乗せる。結果、そこから得られる利益は天文学数字になる。

 ⑥そしてその資金を基にして政党を作り、政界に打って出る。新しい政治家を育成し5年をめどに衆参両院での過半数を獲得し、絶対与党と成る。

 ⑦政党名は倭国新党とし、倭の国の女王、卑弥呼の継承者足る君は、被選挙権の資格を得るのを待ってその政党のトップと成り、日本のトップと成る。

 

 パワーバランスの事も、新エンジンシステムの事も、天文学数字の事も確かに驚かされたが、そんなことはどうでも良かった。

 問題はその後である。政党?絶対与党?倭国新党?あまつさえ卑弥呼の継承者って?

「夢物語にしては良く出来てるわ。私も一度日本のトップに立ってみたかったの」

 2本目に入った赤ワインで私は既に酔っていた。彼の話にこれ位の対応ができる程に。私がリトマス試験紙だったら頬の赤味も変化し始めてる頃である。

「まっ無理もないか、いきなりだしね。でもいずれ君にも分かる時が来る。そしてこの話がプロローグに過ぎないって事もいずれ分かるだろう」

 同じペースで飲んでいる筈なのに彼の顔には変化が見られない。むしろ呑むほどに素面に戻って行く、そんな感じだった。

「とにかく今日はここまでにしよう。時計もテッペン回っちゃたし、疲れたでしょう、タクシー呼ぶ?それとも泊まっていく?

 着替えを含めて、お泊りセットは一応用意してあるけど・・・ただし君の趣味嗜好まで分からなかったから、無難なヤツしか用意できなっかたけど」

 無難なヤツとは下着の事だろう、はっきり言って用意が良すぎる。声の指示でも受けたのだろうか?それならそれで、受けて立つまでの事である。

「私のナイトガウンはシャネルのNO5だけよ、でもその無難なヤツは使わせて頂くわ。ベットは二つあるの?」

 今日初めてあった男(厳密に言えば二度目だが)に対してこんなセリフを吐けるのも(もしかして彼を求めている)と思うのもきっとアルコールのせいだ。 

 アルコールに責任を負わせるのはいつもの癖である。私の逃げ道は正月の都心の道路並みに空いている。

「生憎ベットは一つしかない。でも僕はソファーで寝るから大丈夫」

 君はベットで、僕はソファー。よく有るシチュエーションである。ドラマのヒロインはここでどんなセリフを言うんだっけ?

 (じゃ先にシャワー浴びてきていい)そう、コレだ。私は思いついたセリフを口にした。

 その後の展開は、官能系のドラマ・・・のようには進まなかった。

 私はその気だったけど、結局彼は朝までソファーで寝ていた。私もベットの寝心地が良すぎたのか、肉食系のメヒョウに変身する事もなく、朝まで大人しく眠った。

 エスプレッソとクロワッサン、赤い容器のヨーグルトで朝食を済ませた私達は、彼の会社に向かうべくタクシーを呼んだ。彼は仕事に、私は愛車を引き取りに。 

 入社は4月になってからといい、その間はメールで連絡するという。

 春になるのが待ち遠しいといいながら踵を返す彼を見送りながら、駐車場に向かった。

 愛車のフェアレディは朝の光を浴びて深紅のボデイを煌かしている。

 ノーマルでも充分なポテンシャルを誇るのに更なる改良とコーテイングを加え、ピカピカにドレスアップされた彼女は一晩野ざらしにされてご機嫌斜めかもしれない。

 名前もある。イライザさんだ。有名なミュージアム映画、マイ・フェア・レデイでオードリーヘップバーンが演じた主役の名前である。

 イライザは私の数多い友達の中で数少ない親友の一人。セルを回すと彼女の重低音の雄たけびが聞こえてきた。機嫌はいいようだ。私が日本のトップになるんだって、どう思う?もちろんイライザは答えない。私は独り言をいうしかなかった。

   

 面接を受けたのは12月8日だった。パールハーバーの日である。70年以上前の開戦記念日。ちなみに一説によれば日本の宣戦布告は外交官のミスによりアメリカに伝わるのが遅れ真珠湾攻撃は不意打ちと判断され、リメンバーパールハーバーという言葉を生み、アメリカ人の反日感情を高めたという結果となったという。その日に面接日を指定してきたのは何か意味があったのだろうか?私の妄想は「初詣にいくわよ」と言う母の一声に強制終了させられた。

 後に京一郎に問い詰めてみると「別に大きな意味は無い。只、アメリカの対してだけではなくて世界に対しての宣戦布告という事では意味を持つ日ではあったかもね」と教えてくれた。

 私は年末年始を実家で過ごしていた。近くの神社に行く為に父は私がプレゼントした車の中で待っている。

 私は以前、大学のゴルフ部に所属していた。2年生の時学生チャンピオンに成り、日本アマも制した。その資格で出たプロのトーナメントで優勝もしていた。アマチュアの優勝者は賞金も賞品も貰えない筈だったが、スポンサーの特別なご好意からか、賞品だけ頂いた。その時の車である。

 その後、私はゴルフ部を退部しマスコミからの逃亡を図った。ゴルフはあくまでも趣味の一つだった。それを職業にする気は更々なく、周りから騒がれる事に嫌悪感さえ覚えていた。腰痛の為と嘘まで言って騒ぎを抑えた。一年もするとマスコミやゴルフ協会は興味をなくしてくれたようだった。


 二人は少し老け込んだようである。でも二人ともいい歳の取り方をしている。

特に父は好々爺の雰囲気が出てきており、夫婦仲も相変わらず良好のようである。私がもし政治家に成り、日本のトップと成ったら二人はどんな顔をするのだろう?

「何にやついているのよ」又しても母の言葉で私の妄想タイムは終了する。

 

[CEO神野京一郎] 彼の名前をデスクの上のプレートで再確認する。今日は4月1日、私の入社日である(エイプリルフールは関係ない)入社の式典は無かった。そもそもこの日の新入社員は私一人だった。

 彼に案内された一室に入った途端、久しぶりに頭の中のホタル達が蠢き始める。

「ここは何をする部屋なの?CEOさん」

「お気にいりましたか、ここは最新鋭の機材を揃えたレコーディングスタジオ。ここでCDを作る」

「CDを作るって、誰がってのは愚問みたいね、歌い手は私って事?」

「流石に察しがいい。君の歌唱力はリサーチ済みだから何も問題は無い」

「私には充分問題なんですけど、それは一旦置いとくとして。そもそもCDを作るのに何の意味がある訳?会社のコマーシャルソングでも作る気?」ホタル達が気ぜわしくなる。

「全ては選挙の為さ。君のカリスマ性を上げる為にCDを作り、君は歌手デビューするって訳。万全のバックアップ体制を取るから、メガヒット間違い無し」

 ホタル達は乱舞の用意に入ったようだ。私は落ち着かない。

「君は2年程前、東大生美人ゴルファーとしてマスコミに騒がれていたよね。アマチュアの資格でプロのトーナメントで優勝した事でも拍車がかかった。誰もがそのままプロになって活躍してくれると期待した。でも君はその後、怪我を理由にクラブを握らなくなった。そして忘れられていったと君は思ってる。  でも世間はそう簡単には忘れてはいない。君が歌姫としてデビューすればマスコミは大騒ぎだろうね。伝説の元東大生美人ゴルファー、今度はCDデビュー。話題性は強烈だ」 

 私の口は開いたままだ。彼の話は続く。

「楽曲は僕が担当しよう。既に30曲位はストックが有る。詞は君に書いてもらう。君は文系だから大丈夫でしょ。出来たら書籍も出して欲しい。芥川賞なんか取ってくれたら君のカリスマ性は果てしなく上がって行く・・・」

 ホタル達はチークタイムに入ったようだ。私は少しずつ落ち着いてくる。口も閉じた。


「紹介しよう」彼の言葉で初めてこの部屋に三人の人物がいる事に気がついた。

「こちらは上野さん、専門はざっくり言えば音楽関係。ミキサーとかアレンジャーとかそう言う仕事。君がレコーディングする時、手助けをしてくれる。

 勿論バックバンドも一流処を手配済み。もう一人の男性は武井さん。君のマネージメント、プロデユース面をフォローしてくれる。要は君を売り込み、有名にするのが彼の仕事だ。

 最後が中条さん。君のマネージャーとして手と成り、足と成るのが彼女の仕事。プロダクション名は倭国舎、メークとスタイリストは別注。ボイストレーナーが必要ならすぐにでも用意出来る」

 三人と握手を交わした後、小数点三桁まで採点出来るカラオケマシーンの有る店に移動した。和気藹々の歓迎会と言う雰囲気では無いようだ。

 カラオケマシーンと供に審査委員に加わりたいのだろう。それならそれで受けて立つまでである。5才でノド自慢のチャンピオンに成った私である。

 自慢ではないが(結局的には自慢になるのだが)たまに付き合った事のあるカラオケボックスで私が歌うバラード系を歌うと多くの友人達が涙を流したものだ。私はおもむろにマイクを握った。


 私が出したアルバムはことごとく大ヒットした。ネット配信によるダウンロード数も半端ない数字を叩き出した。

 メデイア関係を含めてマスコミへの協力は惜しまなかった。バラエティー番組を含めTVからのオファーにも積極的に応じた。それが会社の、彼の戦略だったからだ。

 そして事あるごとに政治に関心が有る事。政治家と言う職業に興味が有る事をそれと無く仄めかし電波に乗せた。

 歌詞を社会を風潮するような内容にしていた事でその手の話にスムーズに入っていく事ができた。全ては彼の思惑どうりに事が進んで行った。

 ゴルフに関しては彼の勧めに従いプロテストに合格し、積極的にトーナメントに出場した。只でさえ男子を凌駕していた女子ツアーの人気は、私がメンバーに加わった事でさらなる加速をよんだ。

 日曜日のトーナメント終了後、近くの会場でのコンサート。そんなハードな事もやらされたけど、彼と一緒に同じゴールを目指して突っ走っていく、その事で私のモチベーションは上がり続け、この二足の草鞋生活は充実した日々になっていった。

 22歳で始まったこの生活は私が被選挙権を得、衆議院の総選挙のカウントダウンが始まった頃、必然的に修正を余儀なくされる事になる。

 全ては選挙の為の二足の草鞋である。この間出したアルバムは全てメガヒットを飛ばし、CMやドラマの挿入歌としても数多く使われていた。

 ゴルフでは3年目のシーズンで賞金女王と成り、彼の期待に応えて見せた。マスコミは発狂寸前と成り、私のカリスマ性はおだてられたウナギが逆流する川を昇るが如しであった。

 配信しているインスタやブログのフォロワー数は500万人を超え、今尚も上昇している。時が満ちつつある。私達も動き始めなければならなかった。


「以前私が卑弥呼の生まれ変わりだって話した事があったよね、覚えてる?」

ホテルの最上階のレストランで二人きりだった。キャンドルの炎だけが私達を隔てている。

「勿論」

「その根拠は何なの?声がそう言った訳」

「僕が二十歳の誕生日の日だった。声は言った。以前引き合わせた女の子の中に私は居るって、我こそは親魏倭王だって、親魏倭王と言えば卑弥呼でしょう。18世紀の時を超えて復活するとも、これからの時代を憂いているとも言ってた。

 君の為の黒子に成るのが僕の役割だとも。その後、僕は声の指示に従って動いてきた。そして予想以上の成果を上げて今日に至るという訳だ」

「私が卑弥呼なら、貴方は誰の生まれ変わりなの?」

「僕はただ単に君をフォローする為の新しいキャラクターだと思う。強いて言うなら策略に長けてた諸葛孔明あたりかな?」

 三国志ですか・・・日本を飛び出しちゃったわね・・・私の言葉は声に成らず窓の外のイルミネーションに吸い込まれて行った。

 

 後に神妻チルドレンと呼ばれるように成る倭国新党の立候補者達は全員新人候補だった。平均年齢は30才、男女比は丁度50%。全員京一郎が選んだ人達だった。

 私がせっせとカリスマ性を磨いてる間に全国を飛び回っていたらしい。Jスクエア社CEOと言う肩書を引っ提げて。

 Jスクエア社の収益は尋常じゃ無い勢いで上昇していた。九州に拠点を置く工場は24時間体制でフル稼働中である。もっともフル稼働しているのはAIと呼ばれる人工頭脳と工業用ロボット達で、地元の人達の雇用促進には貢献できてはいないようだった。

 彼が開発した新エンジンはDEES(電磁式永久エンジンシステム)と呼ばれていた。

 工場出荷時に命を与えられたエンジンは電磁の力で半永久的に動き続けるらしい。

 どう言うシステムになって居るのか詳しい内容までは解らないが、そのエンジンは1m程の円形をしていて、その中で磁力で浮いたローターが回り、厚さ20㎝の規格の物で従来の2000㏄クラスのガソリンエンジンと同等のパワーを発生させるという。

 騒音も振動もほぼ皆無、何より化石燃料を必要としなかった。勿論排ガスも無い、温暖化対策の優等生みたいなシステムだった。

 国も万全のバックアップ体制を整えていた。提携を交わした日本の自動車大手メーカー全社がこのシステムを乗せて新車を提供している。Jスクエアは今後中古車用に対する乗せ替え様のDEESを提供していく方針らしいが、それはまだまだ先の話らしい。

 とあるランチの席で彼がこう言った事があった。

「人間はね、いきなり熱湯風呂には入れなくても、ぬるま湯から徐々に温度を上げていけばかなりの熱湯にも入って居られるものさ・・・」

 急いては事を仕損じるだね。彼は自分に言い聞かせるように話を結んだ。DEESは基本が発電装置であるらしい。車用の半分の規格の物でも一般家庭の電気は充分に賄えれ、蓄電用のバッテリーも必要としなかった。車用よりもこちらの方が需要が高かったが、今現在抽選方式にして供給を抑えているという。この分野でも(急く)事はしないようだった。

DEESはは18世紀後半イギリスで始まった産業革命以上の衝撃を今後与えていく。輸出を禁止しているのも世界のパワーバランスを考えた上である。

 当分鎖国だねと彼は言う。急いていけないんだとも。日本国内に置いても、例えば電力会社、石油関連の会社等の将来を考えればあに計らんやである。

 これらの会社が廃業に追い込まれて出て来る大量の失業者達を救う為にも国策を変る必要があり、憲法改正の為に政治体制を変える必要があるという。

 だから倭国新党は君をトップに据えての絶対与党と成る必要が有り、今回の選挙は絶対に勝たなければいけないといいきった。「時は待ってはくれない」彼はそうもいった。

     

 選挙が始まった。

 

 彼は選挙費用を惜しげもなく注込んだ。彼の掲げたマニフェストの基、立候補者達は目の色を変えて走り回る。彼らが必死なのには訳がある。彼が選んだ候補者達の多くが「負け組」と呼ばれる社会的弱者だった。一度は勝ち組になったものの上司と折り合いをつけられずに退職し、派遣社員で糊口を凌いでいる者達もいた。

 そんな彼らにJスクエア社は万全のバックアップ体制を取った。落選した場合でもその後の生活の保障をし、選挙活動に専念させるシステムを取った。

 当選すれば政治家、落選してもJスクエア社という一流企業に職を得られる訳だから鼻の先にニンジンをぶら下げられたようなものである。

 その分彼等の責任は重く、期待は大きく、プレッシャーも半端なく掛けられた。1年以上も前から様々な研修が行われ、候補者達は各自のスキルアップを図らされ、勝利の為のノウハウを叩き込まれた。グレーゾーンでの選挙活動費が水面下で消えて行く。

 全てのプログラムは彼が開発したAI型アンドロイド<イヨさんオリジナル>の基、進められ、クローン達は広報活動をも兼ねて全国を飛び回った。

 イヨさん達は人工頭脳を持つスパコンと繋がっているんでしょ、ターミネーターみたいには成らないの?私の興味本位の質問に「暴走はできないよ、最終的決定権は僕が握ってるから」


でも・・・と彼は一拍置いてから話を続ける。

「万が一のアクシデントに備える準備はしておかないといけないね。基本、僕達の血を引いた子供達の世襲制と言う形がベストなんだけどね」

 少し照れた様にハニカミながら話を結んだ彼は「約束があるから」といって席を立ち、私を置いてけぼりにした。

 一人残された私は彼のセリフを反芻する。僕達って、その達の相手は私って事?それならさっきのはプロポーズって事?。ウソ、マジで。こんなん有り?反則じゃん、ムカつくんですけど。込み上げてくる感情を口にしながら、私は普通の女の子に戻っている。両方の口角が上がってくるのを止められないのは仕方がない事だった。

 

 


     第二章 始まりの続き


 

 倭国新党は今回のW選挙で両院とも4分の3以上の議席を獲得し、衆参のネジレを取った。彼女が獲得した比例での票数は勿論の事、殺人的スケジュールで全国を飛び回り各候補の応援に駆け付けた彼女の効果も大きかったし、勘の良い雑誌記者が彼女の事を卑弥呼の再来と持ち上げた事で、高齢者達まで知名度を広めた事も拍車をかけた。

 絶対与党に成れば、後はマニフェストを実行に移すのみである。与党党首となった彼女は所信表明演説で改めて次のマニフェストの早期実現を誓った。

一、幼児教育を含めての教育制度の改革。

一、福祉制度の見直し。

一、社会主義的資本経済への移行。

一、選挙制度と政治制度の改革。

一、世界に対する日本の立ち位置の見直し。

一、これらを実行する為の憲法の改正。

 以上がマニフェストのコアである。

 このコアから広がる枝葉も数多い。特に教育制度に関しては、一日も早く取り掛からなければ成らない。大人達への再教育も必要となってくるだろう。日本を変えるには日本人を変えなければならない。基本はこれなのだ。日本を変え、世界の国々を変える為の苦難の日々が始まった。彼女に掛かる負担も大きい。


 それじゃVあけ行きます。5秒前、4,3・・・

 土曜8時、某国営TVのスタジオに僕はいる。2時間の枠を使って生放送するという。インタビュアーは看板女子アナの右藤さんである。好感が持てる人物だ。

「それでは改めてご紹介しましょう。JスクエアCEOで、倭国新党のスーパーバイザーを兼任されている神野京一郎さんです」

 スタジオスタッフの間から拍手が起きる。10分程の紹介VTRが流れた後だったので<改めまして>なのだろう。

 一週間前に出演OKのメールを送ると、会社を含めてのPVを取りたいというので撮影を許可した。それを編集して流したのだろう。今更会社の宣伝をする必要は無い程Jスクエアは巨大になっていたのだが。

 自社の規模は勿論の事、提携及び傘下にした企業数も数多い。だから今回のオファーに応えたのは一に二も無く妻の為である。

 歴史を変えようとする妻に、少なくない敵が出て来るのは避けられない事だった。

 どんな大病院でも、どんな名医でもメスを振るえば出血する。その出血量を減らす事が僕の役目の一つだった。

「神野さん、ご出演して頂き本当に有難うございます。最初のオファーから約2年、今回お受けして頂いたのはどういった理由からでしょうか?」

 澄んだ瞳を見開いて右働さんは聞いてくる。飾りのない人だ。

「いやー三顧の礼ってやつですよ。なんせ僕はコーメイちゃんの生まれ変わりだから」

「は?コーメイちゃんって、もしかしたら諸葛孔明の事でしょうか?」

「そう、諸葛亮ともいうけどね。三顧の礼になぞらえて、あなた方のリクエストにお答えしたって訳です」

 妻もTVを見ている筈である。おふざけはこれぐらいにしておこう。

「ご存じの通り妻は日本のトップです。日々頑張っている姿は皆さんもご存じの事と思います。そんな妻との夜の営みなんかを暴露しにきました」

 いかん、緊張感なさすぎだ。下ネタにまで行ってしまった。右働さんは口をぽかんと開けている。

「冗談ですよ冗談。気にしないで続けて下さい」

「神野さん、貴方は今までマスコミ関係から逃げまくっていましたね。そんな貴方が初めてTVに出るって事で世間の注目も大変高いんです。それなのに貴方、夜の営みって、あなた・・・あなた、私はっきりいいます。貴方は私のハートをたった今根こそぎ持っていきました。飾りの無い屈託さ、惚れてまいました。結婚して下さい。冗談です」

 ナイスな人だ。

「勿論、実を言うと僕も貴方のファンだったんです。相思相愛ですね」ジョークにはジョークで返す。僕のポリシー・・・妻の嫉妬が少し気になったが大目に見てくれるだろう。

 

 リアルタイムで見てたわよ。おかえりなさいや、御免なさいの前の妻のセリフである。右の眉が少し上がっている。妻が怒っている時に見せるサインだ。

 番組では大事な処は充分フォローした筈だし、その前に問い詰めなければならない大事な事も有る。でも妻の先制パンチに気勢をそがれた僕は仕方なしに話を始める。その話題に触れさせないのは何か考えがあっての事だろう。


「で、どうだった?テレビ映りは良かったかい」

「相変らずのイケメンだったわよ。よ、このスケコマシ」

「スケコマシって・・・どうせならいつもの様に人たらしっていってくれないかな」

「ハイハイ見事な人たらしぶりだったわよ。何が相思相愛よ」

「うん?え?もしかしてヤキモチ焼いてくれてるの?」

「嫉妬も、ヤキモチも焼いてないって。只2時間もお話していた右働さんが少し羨ましいってだけだって」

「お互い忙しいんだから仕方ないでしょ。でもそう言えば最近一緒にいる時間が減ってるよね。いいでしょう、この件に関しましては前向きに善処しましょう」

「政治的に言えば前向きに善処って言葉はあんまり当てにしないでねって意味なんですけど・・・ま、いいかやっぱりちょっぴり焼いてたのかな?よしハグ3秒で許して上げる」

 本社ビルの屋上のペントハウスの中のテラスルームで二人は向き合っている。ガラス張りのルーフから見える満天の星空が間接照明にもなっている。大事な事はまだいいだせないでいる。


「お疲れのところ大変申し訳ありません。神野さんに対して幾つかお聞きしたい事がございます。なにぶん初耳だったお話も含まれていますので、宜しいでしょうか」と右藤さん。

「ハイ何なりと。ただしお手柔らかにお願いしますよ」

 妻がテレビの画面を立ち上げる。当然録画していたらしい。

「貴方の悪い癖で話が横道に逸れていたから少々、編集を掛けさせてもらったわよ」

「お飲み物をお持ちしました」

「あっ有難う。そこに置いといて」

 家庭用のプログラムを追加されているイヨさんが入って来て話を中断させる。オリジナルイヨちゃんでは無いが、彼女もマザーと呼ばれるスーパーコンピューターと繋がっている。家事もこなせるAIアンドロイドだ。

 オリジナルと違うところは喜怒哀楽機能が少し劣る事ぐらいか。動力は勿論小型化されたDEESだ。体温機能も付いている。ちなみにイヨさんという名前は卑弥呼の後継者と言われている{いよ}さんから引用している。

 グラスを合わせた後、妻は話を再開した。

「まず、ここね。再生するわよ」


「で、倭国新党のマニフェストには神野さんの思考も色濃く反映されていると考えて宜しいんですね。先ず教育改革に関しての具体的なお考えを教えて下さい」

「世の中相変わらず犯罪が無くならないですよね。刑務所も必要だし、刑事事件の裁判も無くならない」

「それは教育が悪いせいだと?」

「そう、生まれ落ちたばかりの赤ちゃんに悪人がいますか?いないでしょ。人格構成には周りの環境が大きく影響してきます。子供を育て上げる事が苦手な親御さん達もいるでしょう。だからそういう親達も含めて教育していく必要が有るという訳です。僕は3才から20才までを義務教育期間にしたいと考えています」

「3才から義務教育ですか?」

「そう三つ子の魂百までというでしょ、鉄は熱いうちに打てともいう。幼児教育を変える事でその後の小学校教育も変わって行く。小学校が変われば中学、高校と連動して行く。その為には新しいスタッフ育成も必要となってきます。この手の話は長くなるので後程お話しするとして、今後我社の為にでている多くの失業者に対する救済プロゼクトの一つでもあります。新しい職種を生み出せば新たな雇用が生まれる。行く行くは派遣制度も撤廃したいと考えています」

「では20才までと言うのは大学も義務教育という事でしょうか?」

「3才から9才までの6年間を小学生期間、9歳から12才までを中学生期間、13才から16才までを高校生期間、17才から20才までを大学生期間と考えています」

「えーと、ちょっと待って下さい神野さん。色々聞きたい事がてんこ盛りなんですけど。12才から13才までの1年間と、16才から17才までの各1年間が空白になっています。これはどういった訳でしょう?」

「お気付きなられましたか、今からご説明致します。この2年間は親元を離れての合宿期間と考えています。

 12才からの1回目、ちなみにタイムズファーストと我々は名付ける予定ですが、この1年間は国内における様々な場所での共同生活を体験してもらいます。

 勘違いしないで欲しいのはこれは徴兵制度では無いという事です。野山を駆け回りさせたり、サバイバルキャリアを積ませたり、身を守る為の護身術(空手、柔道、剣道、合気道)の鍛錬や農業や漁業等の実地体験等もカリキュラムに入っています。

 メンタル面とフィジカル面の両方を向上させます。勿論正規の授業も受けて貰います。我社のスパコンが監修したプログラムを提供します。可能な限り自炊もさせます。

 海が近くて耕作放棄地と山が有る場所に施設を建設します。日本には沢山候補地があります、条件が合えば無人島さえも候補に上がるでしょう」

 

 右藤さんの瞬きのスピードが気になったが構わず話を進める。

「16才からの2回目は海外が舞台です。この期間は1回目にも増してハードです。なんせ日本語が通じない国での合宿ですから、ここで現地の人達とのコミュニケーション科目が追加されます。日本が世界のリーダーシップを任っていく為に欠かせない授業です。一人でも多くの<世界人>を育て上げる事がこのタイムズセカンドのコアの一つです。

 そしてこの期間に各自の適性を見極めます。どうしても個人差がでてくるでしょうからね。

 どちらの期間も医療面のサポートは万全の体制を取ります。タイムズセカンドに関してはセキュリティー面のサポートも必要に成ってくるでしょう。これらの業務はそれぞれ医療系と戦闘系をプログラムミングされたクローンイヨさん達が担当します。その為の量産設備は既に整っています」

「イヨさん達の活躍は既に国民の多くに周知されていますが、更に活躍の場が広がるという事ですね。それでは17才から20才までの事をお聞かせ下さい」

「これからの話は私の個人的な意見として聞いて下さい。私は大学と言う教育機関を根本的に変えて行きたいと思っています。何故ならタイムズセカンドまで終えた子供達に必要なのは専門的な知識と経験です。従来の大学の様な教育機関よりも専門学校の様な教育機関の方が適していると考えています。

 学校の選択権は基本的に個人に持たせます。倍率が高くなれば当然試験形式を導入しますが、従来の筆記試験形式だけで無く、実地と面談等を含めての総合的評価が基準となるでしょう。海外で活躍できる人材を育て上げる為の教育機関とも位置付けられます。

 ちなみに従来私立と呼ばれている学校は行く行くは国の傘下に入って貰います。新しい校舎も建設します。教育の充実が国を変えていく為の重要なファクターの一つと言うのが私達二人の共通事項です。倭国新党は実現させますよ、妻は慎始敬終な人です。私も全力でフォローします」


 はい、こことポーズボタンを押した妻は聞いてくる。

「貴方の教育理念には私も賛同しているし、今日初めて聞いた枝葉の部分に関しても納得できる。でも私はいつから{しんしけいしゅう}な女になったのかしら?」

「君は一度決めたら最後まで手を抜かずにやり遂げてきた人でしょ。だから使った。初志貫徹でも良かったんだけど」

「難しい言葉を使えば良いってもんじゃ無いのよ。視聴者には分かり易く伝えなきゃ」

 イヨさんが2本目のワインを持って来た。

この部屋を含めて屋外も360度モニターされ、全ての情報はイヨさんに集められる。

 この部屋だけ解除する事も出来るが、今は稼働中にしている。妻がポーズを解除した。


「それでは倭国新党とJスクエアは一心同体という事ですね」

「基より僕たちが夫婦と言う理由からでは無く、倭国新党は行政の核としてJスクエアは経済の核と成って日本の将来を築いて行く為の共同体と言う事です。僕の考えは妻の考えであり、妻の考えは国策に成ると言う事ですね。子供達と並行して大人達の教育にも力を入れて行かなければなりません。現在就学中の学生さん達は最優先です」

 「大変興味深いお話でした。色々お聞きしたい事があるんですが、時間に限りがありますので次に進ませて頂きます。ちなみに順番は和国新党が発表しているマニフェストに沿って進行していきたいと思っています。それでは福祉に関する事をお話し頂けますか」

「これはもう一つのマニフェスト・社会主義的資本経済が絡んで来る事ですが、福祉に関しての問題点はぶっちゃけお金です。国の予算が足りない事も一つの要因ですが、民間の経営者達のモラルの問題から来るサービス面の低下、スタッフ達の劣悪的就業環境、個人的経済面の理由で施設に入れない老人。これらの問題は、ちょっと乱暴な言い方に成りますが、お金の問題は、殆どの場合お金で解決出来るという事です。

 学校同様、全ての施設を国有化すればいいんです。老人達が同等の待遇を得られるように私営の施設を国営化し、同一規格にすればいいんです。足りない地域には新設出来るだけの予算を組むんです。スタッフ達はみなし公務員として国がギャラを支払って上げるんです。これは教育関係者も同様です。雇用問題の改善にも貢献できるでしょう。ちなみにこの計画が進行すれば年金制度の横並びと言う見直しも必要となってきます」

「年金問題の話まで行きましたか。確かに老後に不安を抱えている人は大勢います。神野さんの話を聞いて希望の光が見えた方もいらっしゃるのではないでしょうか」

 

 右藤さんは、予備軍の一員として一日も早い実現を願っておりますといいながらメモに目を落とす。

「それでは先程フライングされた社会主義的資本経済のお話ですが」

「フライングって、相変わらず歯に衣着せぬ人ですね。嫌味に聞こえないのは貴方の人徳の成せる技って奴でしょうか?」

「これは大変失礼致しました。お話に引き込まれてつい地が出てしまいました。それでは改めまして、え?あ、はい、あ、そっか、重ねて失礼致しました。ここで奥様でいらっしゃいます上妻真白総理のVTRを流させて頂きます。インタビューにも応じて頂いているそうです、それではご覧下さい。我々はブレイクタイムです」

 ここからである。僕が問い詰めたかった大事な事の問題のVTRだ。妻はと見ると、ワインの力で頬をピンクに染まらせる事だけが今の仕事と決めているようだった。

 コンサートの映像や、トーナメントで優勝した試合の映像の後、オープンカフェでのインタビュー映像が流される。

 締めの質問に子供ができた事をサラリと答えている。遅れていたから気に成っていたといい、今日の検査で分かったという。妻の口角が上がっている。

 どう驚いた?真白渾身のサプライズ返しの術なのですといいながらグラスを向けてくる。

「私達の子供は私達だけのものじゃ無いでしょ、だから先に全国放送で発表したの」

 どうやら僕は暴走列車に乗り遅れたようだ。悪びれる事を知らない妻のグラスに合わせながらそんな事を思った。

「ご懐妊の儀の行事も、サプライズに対するご意見も後回し。続き行くわよ」

 僕が問い詰めたかった大事な話はこうして軽く流されてしまった。

 

「これは大ニュースです。神野さんおめでとうございます。神野さんはご存知、うん?じゃ無かったんですか?」

 いかん、どうやら動揺が顔に出てしまったようだ。ここはポーカーフェースでやり過ごす。

「し、知らない訳無いじゃないですか。知っていましたとも、こんな大切な事」

「そうなんですか?そうですよね・・・そう言う事ですよね」

右藤さん納得してないようだが、時間の関係か、話を進めて来た。

「それでは改めて社会主義的資本経済についてお尋ねしましょう。よろしくお願いします」

 僕は気を取り直す。

「社会主義的資本経済への移行には充分な時間を掛けなければなりません。日本の経済改革は世界経済を巻き込んでしまうからです。江戸時代みたいに鎖国政策を敷いていれば問題無かったのですが・・・」

「今、鎖国政策と仰られましたが、現時点でJスクエア社の新技術が絡む製品は輸出量はゼロと伺っています。そう言った意味では一部鎖国政策といえるんでは?」

「確かに輸出はストップを掛けています。国内販売に関しても、ご存じの通り制限を掛けています。それは我社の技術革新が他国の遥か先を行っているからです。今、全てを開放してしまえば、世界のパワーバランスは間違いなく崩壊してしまうでしょう」

「それは不味いと?」

「ええ、私の命の危険は勿論の事、核ミサイルを打って来る国も・・・これは冗談ですけどね、世界に緊張が走るのは間違いありません。国内に置いても一般家庭の発電用DEESの販売制限を取り払ったら、電力会社は間違いなく廃業です。失業者が大量に出ます。でも、原子力発電所の廃炉問題も絡んでいますから事を急く必要もある訳ですが・・・

 時間を掛けて話し合い、妥協点を探さなければなりません。法律を変えるか、新たに作るかの必要性もでてくるでしょう。今現在、公的施設への試験的導入だけに抑えているという状況です」

 公的施設のお話が出た処でと言いながら右藤さんは身を乗り出してくる。

「ここで以前興味深いお話を伺ったVTRが御座います。国立競技場の管理責任者の高橋さんのお話です。神野さんもご一緒にご覧下さい」


「いやー凄いですよ。電気の安定供給は勿論の事、エアードームシステムは素晴らしいの一言に尽きます。なんでも電磁波を使って空気の屋根を作るっていう話でした。どんな豪雨でも大丈夫というんです。実際夏のゲリラ豪雨でも全然平気でした。屈折率をコントロールする事で太陽の熱気も遮る事が出来るんです。このシステムが導入されてからグランドレベルの状態も常に一定です。芝生も以前より元気に成ったようです。おまけにランニングコストが限りなくゼロなんです。いたせりつくせりじゃないですか」

 右藤さんの瞳がハート型に成り煌いている。(いけませんよ右藤さん、僕は妻のある身です。不倫が文化だなんて僕は信じませんよ・・・多分)

「ホントに凄い技術力ですね。そして一種の爆弾ともいえるでしょう。石油や天然ガス等の化石燃料に国家の財政を頼り切っている国々からすれば、死活問題となってきます」

「そう、そしてこの状態が進めば日本は四面楚歌状態に成るでしょうね。もう既に外堀が埋められつつあるという意見もあります。

 防衛面での取り組みも必要に成ってくるかもしれません。現行の9条でもデイフェンス面はOKですから、これから強化して行かねばならないでしょう。アメリカとの関係も絡んできますしんね・・・この話は後程」

「さてこの社会主義的資本経済に付いてですが、大元と成るのが格差社会の是正です。今ワーキングプアと呼ばれている若者達は結婚する事もままならず、結婚できたとしても子供一人育て上げる事にきゅうきゅうとしているような状況です。そんな若者が多いんです。

 派遣問題も、ホームレス問題も、全ての元凶は政治にあります。世界を見ても1割の人間が9割のお金を回しているといわれている状況です。世界を変えるのは今直ぐには無理としても、国内のこれら状況は早急に政治が救って行かなければならない課題なんです。

 当然、従来の政策では解決するのは困難だと思います。倭国新党がイニシアチブを握っていなかったら、いずれ日本は破綻していたといってもいいでしょう。

 国の借金が毎年毎年雪ダルマを転がすように増えて行くのを、只、指をくわえて見ていただけの政治家達。具体的な対策を立てる事ができず、天下り先の箱物作りに熱心な官僚達。日本を捨てて、海外の安い人件費に群がった企業人達。政治が悪いといいながら、選挙に行く事すらしなかった国民達。猛省です」

「あのちょっとすいません、神野さん。お話がそのう・・・」

「あ、はい逸れてましたね。すいません、戻します」


 貴方のいつものパターンよねといいながら妻はグラスを上げる。お酒なんか飲んでていいんですか、赤ちゃん怒りますよといい返すと、明日から禁酒、禁煙しますから今夜はいいでしょと微笑む。タバコを吸っていない人に禁煙も何もあったもんじゃ無いと突っ込むと、そう言った方がよりストイックに聞こえるでしょと更に微笑む。僕は彼女が母親になった姿を想像してみたが、今はうまく絵を結べなかった。


「社会主義にはその国で生まれた富を国が一旦回収した後、その富に格差が出ないように均等に配分すると言う一つの解釈があります。

 又、労働に応じて富を配分すると言う説もあり、貧富の差が一定以上開かないよう社会制度や税制を活用して資産家と庶民の平準化を計ると言う説もあります。相続税を高率に設定する方法も含まれています。

 一方、共産主義とも呼ばれるこの制度を導入していた国々が近年崩壊し、資本主義へと変換を余儀なくされました。理念は素晴らし筈なのに何故崩壊してしまったのか?

 その理由として、一部の人間達が富を独占しようとした事と、働いても働かなくても給料が一緒と言う事による労働者達のモチベーション低下の二つが上げられます。

 多くの国がGDP(国内総生産)を低下させ、虫けらみたいな連中がその少なくなった富に群がった結果がそう言った結末に向かわせたと言って良いでしょう。

 倭国新党にはこれまでの資本主義経済を基本とし、がん細胞を取り除いた社会主義制度をハイブリッドした国造りを目指させます。   

 只でさえ旧ソ連の大統領に<社会主義で一番成功しているのは日本だ>と言われた事もある国です。下地はあるのです。その下地に色を乗せるのに、教育と福祉等の改革が絡み、後程述べる世界の置ける日本の立ち位置も絡んできます」

「なるほど、確かに日本は平和で平等な国とは言われていますが、搾取のシステムも未だに蔓延しているとも言えます。国に全ての富を集めれば、そう言った問題も解決する事でしょう。将来的に社会主義のもう一つの理念である、国民全員が公務員と言うお考えもおもちなんでしょうか?」

「理想を言えばそうですね。でもプロスポーツ選手や音楽家、芸術家、芸能人、俳優等、自分の才能で稼ぎたいと言う人達には特例を認めたいと考えています。お医者さんや弁護士等、難関の試験をパスした人達も横一線と言う訳には行かないでしょう。子供達の将来成りたい職業ランキングのシステムを残す為にも、国民全員同一賃金理念にプラスアルファを付ける制度が必要と成ってくるでしょうね」


 喉が渇いたのだろうか右藤さんはストローに口を付けている。貴方もいかがと言わんばかりに右手で合図。僕は軽く受け流す。

「国民が同一レベルで生活できるようになれば今の格差社会を打破するだけで無く、犯罪発生率も低く成るでしょう。又、農業や漁業等の第一次産業を国営化し、強化する事で食料自給率の100%達成を目指します。家畜の数、種類も増やします。極端な話、鎖国をしても餓えない国造りと言うコンセプトです。40%前後の今の自給率では考えられない事です」

「確かに食料自給率は世界的に見ても日本は低すぎると言えるでしょう。江戸時代では大凶作の年を除けば、食い繫ぎ、生き延びています。それだけの自給力が有ったと言う事でしょう。今の日本は食料品の輸入が止まれば確実にパニック状態と成りますね」

 ADが出すカンペを見ながら右藤さんは頷く。カンペには次のテーマへと書いてある。

「それでは選挙制度と政治制度の改革に付いてお聞きします」

「先ず、選挙権の年齢を現行の18才から16才に引き下げます。つまりタイムズセカンドの時に有権者になる訳です。若い内から政治に関心を持たせる為にも有意義な事です。

 今後3、4年をメドに従来の紙による投票形式を廃止して行きます。その間はネット投票との併合です。今、日本では余程の高齢者を除くと、パソコンやスマートフォン等の末端機器の普及率は軽く100%を超えています。コレを利用しない手はありません。不正な投票を防げるアプリも開発中です。又、次世代末端機器自体も開発中です。量産体制が整い次第、格安で提供していく予定です。所得の低い方には無償でも・・・と思っているぐらいです」

「その次世代末端機器と言うのは具体的にどういった物になるのでしょうか?」

「従来のスマホ機能に個人認識機能をプラスさせた物です。指紋照合と音声照合で他人の成りすましを防ぎます。おサイフケータイ機能をバージョンアップさせて、日常の買い物を電子マネーで出来るようにします。スーパー、コンビニは勿論の事、バス、電車、タクシー代も、映画館やテーマパークの入場料、等々にも対応できるようにします。財布を待ち歩かなくていい生活です。カード類も要りません。紛失、盗難防止機能も付けます。 

 軽量、薄型化する事で、腕時計型のスタイルが可能に成るでしょう。ディスプレイは収納型にして使用時だけ広げる形に成るでしょう」


 母親予備軍はちょっとトイレと立ち上がる。ポーズボタンは勿論忘れない。我が儘な女王様にお供は付き物だ。僕は俗に言う連れションにお付き合いした。

  

「一日でも早くネット投票に一本化して行きたいですね。これまで選挙のたびに浪費されてきた少なくない税金の削減にもなります。又、投票を義務化する案も検討していかねば成らないでしょう。投票率が50%台以下なんて寒すぎです」

「義務化という事はそれに違反した場合、何らかの罰則があるという事でしょうか?」

「罰則に関しては現時点でどうこう言っても始まりません。しかし罰則を設けなくても国民の意識は高まって行くと思いますよ。日本人は元来優秀な民族なんです。世界でも有数のね」

「日本人には男女を問わず武士道精神が宿っていると言った外国の著名人もいました。一方では車が走っていないのに、赤信号と言う理由だけで道を渡らない不思議な国民と揶揄する人もいましたが・・・」

「そうですね、赤信号で渡るのは大物お笑い芸人さんぐらいのものでしょう。それでも一人では渡らない」

 いかん、右藤さんのヨコ道トラップに掛かってしまったようだ。根が茶目っ気たっぷりの人である。右エクボがいつも以上に凹んでいる。僕は話を立て直す。

「えーと、これからお話しするのは選挙改革のコアと成る部分です。大ナタを振るうような事になります。出血しますよ。お気を付けて」

 右藤さんのエクボが元に戻る。

「まず、これまでの選挙区制度を一旦撤廃します。一票の格差問題が裁判沙汰に成っている状況を打破する為と言う大義名分もある改革です。白紙に戻した後、10万人単位でエリアの区分けをします。

 北から順にエリア番号を振り分けます。南の沖縄には1200番台の番号が付く事になります。エリア別に選挙で選ばれた人がエリア長になり、その地区を管理していく為の権限が与えられます。ただし、オンブズマン機能を持った秘書型アンドロイドが行動を共にするのが条件です。

 運転手にも、SPにもなりますから便利ですよ。ただし、その首長に問題ありと判断したら、すぐさま解任できる権限を持たせますから悪い事は出来ません。又、何もしない無能な人も一緒のカテゴリーに入れられます。

 エリア長には特別公務員の資格が与えられます。特別と言っても首長手当がついた名誉職と言う位置付けです。任期は1年です。被選挙権はやはり25才が妥当でしょう。

 エリア的に県を跨ぐ地域も出て来るでしょう。離島みたいに10万人未満で一つのエリアと成らざるを得ない地域もあります。そこら辺は臨機応変にとなりますね。又、従来県知事、市長、町長、村長と呼ばれていた人達は失業です。只、やる気のある人にはエリア選に出馬して行政に返り咲くと言う選択肢が残されています。

 地図上の県や市町村の線引きは残りますが、実質あってないものとなって行くでしょう。エリア長は国の指導下に入って貰いますが、国からの上位下達と言う構造に成るのは極力避けたいと考えています。この制度を導入した場合、次にやって来るのが政治改革です」

「お話は選挙改革から政治改革に入る訳ですね。これから本格的に血が流れると・・・」

「そうです。流血事件です。捜査一課の腕利き達を呼んで下さい。なんて冗談の一つでも前フリにしたくなる程のハードな内容です」

 僕は一拍、間を空ける。


「衆議院も参議院も廃院にします。両院合わせて717名の議員さんがいますが、はっきり言って多すぎです。我々が目指す新政治体制においては二院制は不必要です。法案を通した後に成りますが、次回の参議院選挙に合わせて衆参同時に解散させます。参議院は全議席です。文字通りの解散です、復活総選挙は行いません。総理大臣制も廃止し、大統領制に移行させます。

 国会議員がいなくなると言うことではありません。新たに呼び名を変えて定数240名程の新議院を創立します。この240名の皆さんには従来の国会議員の仕事の他に、エリア長5名を束ねる仕事もやって貰います。

 この240名の中には宗教団体を母体にした政党の方たち等も含まれる筈ですから、一党独裁と言う形は避けられるでしょう。

 当然野党の方達は反対なさるでしょう。妻を独裁者呼ばわり、もとい、私達を独裁夫婦と野次る声が飛び交う光景が目に浮かぶようです。でも私達は慎始敬終の夫婦です。最後までやり遂げますよ。日本の将来の為にもね。倭国新党のメンバーには予め通達し、了解を得た上で、かん口令を敷きましたので、国民の皆さんには初耳だと思います。今度の国会でこの法案を審議させ、通過させます。今の倭国新党には充分可能な事です。新議院で過半数を獲得できた暁には、憲法改正の仕事が待っていると言う事に成るでしょう」

「70年以上続いた政治の形が変わると言う事ですね。確かに大ナタです。でもその振り降ろされるナタを止めようとする人達にはどういった対策をお考えですか」

「先程エリア選の時にお話ししたように、やる気のある人は再起をかけて出馬すればいいんです。前回落選した人達にも大いに頑張って貰いたいものです。皮肉に聞こえたら謝ります。倭国新党の党員及び予備軍の人達にはこの新議院選挙か、エリア長選挙のどちらかにエントリーするように言ってあります。どちらにエントリーするかは党員集会で決める事に成るでしょう。又、各大臣を補佐する仕事も選択肢の一つに含まれています。その人選は右藤さんにやって貰いましょうか」

「え、なんで、なんでそこで私の名前が出て来る訳ですか?冗談が過ぎます神野さん」

「ハイ、冗談です。すいません、その人選は我社のスパコンのマザーが行います。本人の了解が得られた時点で決定となる運びです」

 この男はまったく何考えてんだって顔で一瞬僕を睨み付けた後、表情を緩ませる。やっぱりナイスの人だ。

「せっかくですので、今ここで名前を決めませんか、新議院じゃピンときませんから」

「そうですね・・・現時点では捕らぬ狸の皮算用なんですけど・・・右藤さん何か案がありますか?」

「え、また私に振ります?ま、仮の名と言う事で宜しければ、神野さんと奥様に共通している文字から取って<神議院>と言うのはどうでしょう」

「神議院ですか、それって何か大そう過ぎませんか?政治を私物化していると言われそうですし」

「じゃあ、同じ発音で上と言う字を当てたらどうでしょう」

「成る程、上の字を使ってカミギインですか・・・でもそれってアメリカのパクリとか言われませんかね・・・うーん」

 後日、別の番組で、この時僕が見せた優柔不断さが可愛かったと、右藤さんは言ってたらしい。


「へー、人をたらした後は母性本能をくすぐりにきましたか」

妻の目が又厳しくなっている。

「ホントに迷ってただけなんだって、別に他意はない」

「でも結局この名前を採用しましょうと言ったのは、右藤さんへのオベンチャラかしら」

「仮で採用しますって言ってただろ、詮索のし過ぎだって」

 ムキに成って言い返しながら妻の顔を覗き見ると、いつの間にか口角が上がっていた。それもダブルで・・・


「有難うございます。仮にでも採用して頂いて本当に嬉しいです。弓子感激です」

 そう言えばフルネームは右藤弓子さんだったと思いながら、弓子感激は古すぎますよとクギをさすのは忘れない。

「先程触れました大臣の件なんですが、大臣の数はもう少し増やしたいと考えています。もっと多岐に向けての細分化が必要と考えているからです。

 又、当選回数を基準にした大臣選考も見直します。と言うか政治家から大臣は選ぶのは廃止していく事になるでしょう。畑違いの部署の大臣になって飾りにされたり、官僚達との確執問題を起こすような大臣は要らないという事です。就任インタビューでこれから勉強しますとか言う人は、はなから論外です。

 新しい大臣は外部から官僚経験のない有識者を招聘する形になるでしょう。しがらみが無くて、経験豊富な人が対象に成ります」

「今のお話をお聞きすると大臣に成られる人は、ある程度お年を召した方々と成るのでしょうか?」

「若くても経験豊富な方もいらっしゃいます。年齢だけにこだわる事ありません。マザーには莫大な量の個人情報が蓄積されています。マザーが厳選した候補者と面談し、最終的に党員投票で決定する運びになるでしょう。大臣体制が変われば次は各省庁の改革です。今度は血の海になるやもしれませんよ」

血の海ですか、それは穏やかじゃ有りませんねと言いながら右藤さんは下の方で腕時計を指さす。

 時間は大丈夫のサインなのだろう、ADが両手で丸を作る。こちらは分かり易い。見れば宇働さんは国内メーカーの腕時計をしている。国営TVのアナウンサーは外国製の時計は不味いのだろうか?そんなくだらない妄想は右藤さんの言葉で断ち切られる。

「私の方からご説明します。今日本には内閣府をはじめ、総務省、法務省、外務省、財務省、文部科学省、厚生労働省、農林水産省、経済産業省、環境省、防衛省の11の省と、その下に警察庁や検察庁等の18の庁が有ります。その中の復興庁は省の方に分類されていますので、12の省と17の庁と言う事になる訳ですが、先ずは省の方からお伺いします」

「先に根本的な事からお話しましょう。どの省庁にも共通する事ですが、官僚さんの大好物の天下り制度を全廃します。一人もれなく禁止です。今現在天下りしている人達は早期退職して頂きます。世間常識の範囲内での退職金なら、不問に致します。不必要と判断された箱物は没収して、有意義な再利用先を捜します。

 数年間在籍しただけで退職金をウン千万と貰い、更に渡り歩くと言う慣習は、先程お話した社会主義国の崩壊の一因である、一部の人間が富に群がると言う図式に当てはまります。ガン細胞の一種ですね。ガン細胞は速やかに取り除かなくてはいけません。国病日本を一日も早く健康体にしなければならないのと言う事です」

 ガン細胞ですか・・・これは一段と手厳しいと言いつつ、TVに映らないように手であおる。そう言えば自身のエッセイでクロ右藤と言うくだりがあったのを思い出した。どうやら本領を発揮して来たようだ。

「警察とか自衛隊とかに限らない事ですが、ただ単に一流の大学卒で国家公務員一種試験に合格したと言うだけでキャリアと呼ばれ、昇進試験を受けることなく出世して行くと言う仕組み自体がおかしいんです。知能は高くても、使い方を間違えているトップが君臨する事によって、粗悪な組織を生んだ事例もあるんです。

 その下に群がる人間達も、類は類を呼び、友は友を呼ぶ。と言う構造が成り立っている状況なんです。勿論中にはホントに優秀な方もいらっしゃいます。でもそいう人に限って何故だか出世競争に遅れてしまうケースが多いようです。

 警察組織のキャリアの場合、いきなり警部補からのスタートです。後はトントン拍子で上に上がっていきます。見習い期間はあっても、本当の意味での下積みを経験出来ないんです。年下の経験の少ない上司が年上のベテラン刑事に指示を出す。円滑に事が運ばないケースを避ける事は出来なかった事でしょう。

 不満を抱えたノンキャリアの中には裏金作りに精を出す不届き者まで出てきました。当然です。組織造りを根本的に間違っているので、上手く回って行く訳が無いんです。

 でも中には正義感にもえた優秀な刑事や警察官も大勢いらっしゃた事でしょう。今の日本の治安を支えてきたのはそう言った人達なんでしょうね」

「確か以前にその手のドラマや映画がありましたね。事件は会議室で起こっているんじゃ無い現場で起こっているんだって、人気俳優さんが叫んでいたシーンが甦ってきました」

 結構テレビっ子なんですねと茶化すと、はいTVの人間ですからと胸を張る右藤さん・・・うん。中々手強い。

「どの省庁においても大臣の役割が大きくなってきます。先程、大臣は政治家から選ばないと言いましたが、実はこれが重要なんです。専念して欲しいんです。わき目もふらずにね。政治活動をする必要が無いから可能になる事です。勿論、一人で隅々まで目を光らす事は困難でしょう。この為に一人の大臣に対して三人から五人の補佐官を配置しようと考えています。それでも手が足りない様であれば、AI補佐官の登場となりますが、その辺は臨機応変と言う事で・・・」

「AI補佐官と言うのはクローンイヨさんの事でしょうか?」

「基本はそうですけど、実はニュータイプが既に完成しているんです、顔やスタイルも数パターン用意してあります。今後、多岐の分野に亘って配属していく事に成るでしょう。医療や看護、介護、治安、防衛・・・エトセトラです」

「今サラリと防衛と仰いましたが、まさか、戦闘型ロボットとかじゃ無いですよね?」

「え?そうきますか。大丈夫です。いくらなんでも9条をいじって戦闘国家にしようなんて考えてもいませんよ。あくまでディフェンス用です。テロの防止がメインになります。今、テロリスト対策はハムと呼ばれる公安の人達が任務に当っていますが、いまだに日本はスパイ天国なんて言われている始末です。

 撲滅していきますよ。テロリストだけじゃありません、日本に紛れ込んでいる各国のスパイやマフィア、果てやヤクの売人まで徹底的に。これは外国人だけに限った事ではありません。日本人を含めて、津々浦々、隅から隅まで、これまた徹底的にね。反社会的組織の方々は今から看板を下ろす準備をしておいた方がいいでしょうね」


「貴方命捨てる気満々ね。こんな事言ってたら命がいくつあっても足りないじゃない」

 妻の問い掛けには緊張感が見られない。それは・・・緊張感たっぷりに同じ内容の事を聞いてきた右藤さんへの答えを知っているからである。


「大丈夫です、バリア張りますから。マシンガンで撃たれても、プラスチック爆弾投げられても平気なヤツです。詳しい事は企業秘密なんでお教え出来ませんけど、どうしてもと言う方は国立競技場の高橋さんに聞いてみて下さい」

 えー高橋さんが知っているんですか、再インタビューが必要ですねと右藤さんは真剣な眼差し。ボケているなら大したものだ。

「とにかく、手術が必要だと言っているんです。メスを振るってウミを出し、傷口を縫い直すという作業を進めなければならないという事です。


 次に医療、看護、介護についてお話しておきましょう。この分野にもAIアンドロイドが活躍する時代がやってきます。お医者さんの絶対的人手不足、看護師達のヘビーローテーション、介護士達の労働環境等々全て解決できます。例を挙げれば、看護師さんを9時、18時の勤務体制だけにする事も可能になってきます。無論、万一に備えて夜勤のシフトを残したいと言う事であれば、それはやぶさかではありません。ちなみに医療部門に関してもJスクエアでは既に大手の企業と提携して専門の部門を立ち上げています。今は臨床実験の段階ですが、遠からず皆さんに新技術を提供できる日がやって来るでしょう。

 新薬の開発も同時進行中です。不老不死の薬は無理としても、老化の進行を遅らせる位の事は出来るようになると思っています。ガンの特効薬や、風邪の予防薬等、今まで世界に無かったものを作る出していく事も視野の中に入っています。えーとまだまだお話を掘り下げたいのは山々なんですが、2時間枠では時間が足りないようなので次のテーマに行きましょうか?」

 ADがマキのサインを送っている。

「番組の進行までお気遣い頂き有難うございます。取り敢えずマフィアや、ヤクザの皆さん、神野さんの命を狙っても無駄だと言う事ご理解いただけたでしょうか?でも神野さんバ、バリアって、何か私頭が痛くなって来ました」

 ME・TOOの一言である。せっかく反社会的組織とボカシておいたのにヤクザとまで言っている。


「貴方達、いい勝負だわ」女王様は今のところ、10対10のドロー判定のようである。

 

「それでは気を取り直しまして、次は世界に対する日本の立ち位置の見直しのテーマに付いてお伺いしましょう」

「右藤さんはJスクエアが宇宙航空研究開発機構、通称JAXAと共同で衛星ロケットを打ち上げたのはご存知でしょうか?」

「ハイ、勿論。確か過去2年間で8機のロケットを打ち上げて、全て成功だったと記憶しております。気象部門と通信部門を強化するとの事でした」

「ええ、その通りです。確かに強化できました。只、それ以外の目的を持ったパーツも一緒に運ばせていたんです」

「なんか怪しくなってきまようです」

「ええ、別に隠すつもりは無かったのですが、公にしたら直ぐに戦争の準備だ、何だと騒ぎ立てるお国もありますから。正式な問い合わせがあればお答えする準備はしていたのですが、聞かれもしないのに発表する必要は無いとマザーが判断しました」

「なんかスパコンに責任転換されているようにも感じるんですが・・・それでいったいどんなパーツを運ばせたのですか?」

「砕いていえば、日本の守り神を作る為のパーツです。2ヶ月ほど前、彼らは合体して宇宙ステーションと成り、稼働を始めました。ステレス性もありますから誰も気付いていないでしょう。ハッブル望遠鏡にも映らないでしょうね。名称は国民の皆さんからの公募したいと考えていますので、仮の名でニフティーとしときましょうか、古代エジプトの守り神の名前です。

 ニフティーは常時日本上空の成層圏に静止しています。そこから文字通り守り神として日本を見守っている訳です。サイズは直径20m、高さ3mの円柱形です。中で5体のアンドロイドが任務に当っています。ニフティーをサイズアップしていく事も彼らの仕事の一つです」

「その守り神のニフティーは具体的にどんな事ができるのでしょう?」

「一番の特長は我社が開発したレーザー砲的な物を搭載していることでしょうか、これは太陽光をエネルギー源としています」

「レーザーですか、なんかSFの世界ですね」

「いいえ、現実です。某日、私が所有する無人島で森の中の雑木一本をピンポイントで狙い、その一本だけに作用させると言う実験を成功させています。計30回照射実験を行い、全てがパーフェクトの結果を得ています。犯人の凶器だけ狙い撃つと言う事も可能です」

「ピンポイントで狙えると言う事は、それだけズーム機能も優れているいると言う事でしょうか?」

「ええ、その通りです。海辺で寝そべる美女のおへその形まで分かりますよ」



「そこで美女限定にする必要があるのかしら?」女王様の評価は相変わらず手厳しい。


「世界の皆さんに発表しておきます。ニフティーに攻撃を加えようとしてもお金の無駄遣いになります。ミサイルを発射しても到達する前に消滅する事になるでしょう。核ミサイルに至っては、発射したエリアに放射能の雨が降る事に成るかもしれませんよ。でもまかり間違ってもこちらから先に攻撃する事はありませんのでご安心下さい」

「この発表で日本が世界を敵にまわすと言う事にはならないんでしょうか?」

「さっきから言っているでしょ。守り神だって、ふりかかる火の粉を払うだけです。ちなみにニフティーには気象観測機能も、通信衛星機能も兼ね備えていますから、ヒマワリ達はお役御免です。携帯電話会社が日本中に建てた基地局もお払い箱になって行く事でしょう」

「ニフティーが日本上空を制したと言って良いんでしょうか?」

「平たく言えばそういう事です。空を制すれば、地上も海上も、ついでに海の中まで制する事が出来ます。ニフティーのレーダー機能は、それおも可能にしています。日本領海内に潜航中の潜水艦の艦長さん、速やかに出て行ってください。さもないとお仕置きです」

「ちょっと待って下さい。まさか日本の潜水艦まで攻撃するんじゃないんでしょうね」

「勿論、ちゃんと識別できますよ。それに攻撃じゃなくて、お仕置きです」

「お仕置きですか?」

「そう、例えばラップ音を大音響で鳴らすとか、逆立ちさせるとか、キリモリさせるとか、色々あるでしょ」

「え、そんな事も出来るんですか?キリモリって?」

「ええ、体操選手のウルトラ難度なみにヒネリ回す事も出来ますよ。実際、海上自衛隊の協力の基、実証済です。乗組員の方々からはブーイングの嵐でしたけど・・・そこはそれ、私には神妻真白と言うアーチストの妻がいますから」


「それで、私のミニライブが実現する運びとなったわけね。それも事後承諾と言う形で」妻が三白眼で下から睨みつける。


「なかなか、テーマの本題に入らないようなんですが」

「え、そうですね、立ち位置の話ですね。実はもう入っていると言って良いんですが」

「え?どうゆう事でしょう」

「日本の立ち位置を決める前の下準備の話をしていたんです。右藤さんもお化粧する前に下地のクリームなんか塗るでしょう」

「ええ、それは勿論、お前は左官屋かってツッコミが入るくらいに丁重に・・・」

「別の例えをすれば、基礎工事を手抜きしてその上にビルを建てても砂上の楼閣と成ると言う事です。ニフティーは下地材とも言えるんです。

 日本は第2次大戦の敗戦以降、戦争を放棄したにもかかわらず、日本全国に米軍の基地が点在し、自衛隊はその下請けともとれる状況です。日米安全保障条約を受け入れた結果が今の日本の姿です。

 アメリカはアジア大陸への防波堤として日本を位置付けていると言って良いでしょうね。

 今の時点でニフティーの守備範囲は日本の領海内に止めていますが、アジア大陸全土にまで広げる事は充分に可能です。企業秘密なんで、今は可能ですとしか言えませんが。ただ、それが実現したらいったいどうなるでしょう?」

「いきなりクイズですか、あ、ハイ」

「別に手を上げなくてもいいんですが、せっかくなので、ハイ右藤さん」

「米軍の基地が不要になって来る」

「その通りです。さすが右藤さん」


「誰にでも分かるっつーの」これは妻のツッコミ。「なにが、さすが右藤さんよ」こっちはジェラシーだろうか。


「ニフティーがアジア大陸に睨みをきかせられるようになれば、日本に基地を置くアメリカの大義名分は消えてなくなります。アメリカの傘はもう必要が無いと言う事です。日米安保条約も右にならえです。

 アメリカから真の意味での独立を果たす事が、世界に対する日本の立ち位置を決める為の下地に成ると言う事です。下地を固めてから、貿易を始めとする経済面の立ち位置を決めていく事になります。

 過激な言い方をすれば、外交面を含めての戦争が始まると言いてもいいでしょう。恐らく、世界を跨ぐ戦いに成るでしょう。第3次大戦と呼ばれる事に成るかもしれません。ただし、血が流れたり、命が失われたりする事の無い戦争です」

「成る程、これが神野さんのお考えになる世界に対する日本の立ち位置の見直しと言う事ですね。第3次世界大戦とは穏やかじゃありませんが」

「日本は世界における唯一無二の船頭に成らなければいけないんです。船頭多くして船、山に上るの方の船頭の意味です。今の世界は船頭が多すぎるんです。アメリカ・中国・・・はては中東のテロリスト達まで国を名乗り船頭に成ろうとしている。今の段階ではかなりのダメージを被っているようですが、彼らは完全に消滅してはいないと思いますよ。

 これじゃいつまで経っても紛争は無くならないし、世界平和なんて絵に描いた餅となっています。食べれる餅をつく事が出来るのは日本人だけです。その為にも日本は世界から認められるような民族になる必要がある訳です。そこで、教育の改革と言う事項が絡んできます」

 でも一筋縄には行かないでしょうねと言いながら、右藤さんは期待と不安をいりまぜた眼差しを向けてくる。


「勿論、簡単に事が運ぶなんて考えてもいません。日本人の中にも世界を征服する気か、なんて言い出す人も出て来るかもしれません。近隣の国々は、さもありなんです。

 政府の要人がとある神社に参拝しただけで、非難声明を出してくる国々です。ヘタしたら忠告を無視してミサイルを打って来るかもしれない。これは冗談ですが・・・でも自国の上空のイニシアティブが他国に握られていると言う状況は面白くないでしょうね。逆の立場に成れば私もそう思います。何とか阻止したいと考えるのは当然の事です」

「それでも神野さんは日本が船頭にならなければ成らないとお考えなんですね」

「そうです。その通りなんですが、ここでちょっと視点を変えて地球温暖化の話をしましょう。我社が開発したDEESは今現在、日本においても供給を制限している状態ですが、いずれリミッターを外す日が遠からずやってきます。日本の次は世界です。Jスクエア社が鎖国を解く日がやって来る訳です。

 DEESは皆さんもご存じの通り、CO2削減に対して絶対的アドバンテージを持っています。車や発電用に回されている化石燃料の消費を止める事ができたなら、地球温暖化問題は放っておいても解決への道を辿っていく事でしょう。

 18世紀後半にイギリスで始まった産業革命以降、我々は色々な恩恵を受ける事が出来るようになりましたが、他の地球上の生物達にとって、そういった人間達の進歩は、はた迷惑の一言に尽きると言っていいでしょう。勿論、いまだに電気もガスもない生活を続けている一部の人達は除きますけど・・・」

 ここで僕はストローに口を付ける。話はここから佳境に入る。

「地球温暖化を止めると言う事は、世界のパワーバランスを崩すと言う事でもあります。これまで化石燃料の輸出に依存していた国々にとっては、大打撃を受ける事になります。   

 いずれ枯渇し、国策の転換が迫られる。その日が早まっただけだと、穿った解釈をする事も出来ますが、ハイそうですねと行かない事は右藤さんもお判りでしょう」

「はい、オイルマネーで我が世の春を満喫している人達には、到底受け入れる事が出来ない事でしょう。イタリア製の車の運転席で自国の将来を憂いているアラブの王子様なんて、想像する事すら出来ません。中には賢明な方もいらっしゃるでしょうけど」

「それらの国々の国民も贅沢な生活をしていると聞いています。その生活を支えていたオイルマネーを稼げなくなるとなれば大変な事です。どんな抵抗にでるのか、どんな結末になるのか、想像できなかったでしょうね、今までは」

「え、今これまではと仰いましたね。これからは可能だと?」

「ええ、マザーが混乱を最小限に抑える為の方法を導き出しています。その一部を紹介しましょう。

 それらの国々を緑地化し、広大な農業用地を確保すると言う事です。我社は既に、砂漠に雨を降らせる技術開発に成功しています。人間にとって大切な衣食住の中で、食を確保できれば、パワーバランスが崩れた時の摩擦を最低限に抑える事に貢献できるでしょう。

 中東に限った事では有りません。世界には飢えた人々が大勢います。餓えた人々は食料を巡って争いを起こします。個人の争いが部族になり、部族の争いが国家間の争いになる。絶える事のない負のスパイラルです。人間、満腹になれば無用な争いはしなくなるものです。腹が満ちたライオンは、目の前のウサギを襲わないと言うでしょう。

 贅沢な暮らしを送っている人は生活レベルを下げる事を嫌います。もっと、もっとと欲しがる人もいます。欲望は果てしなく続きます。富が足りなくなれば、よそから奪おうとします。民が飢えていたなら、より一層拍車がかかる事になります。

 世界で起こった戦争の多くがこのパターンに入ります。これに宗教が絡むと泥沼化します。仲間を殺されたら報復が始まります。親を殺された子供が復讐に走ります。沼はどんどん深くなっていきます」

「宗教紛争を解決する道が見えないと、サジを投げている学者もいます。この手の問題は非常に奥が深いと言えるでしょう。ジハードと呼ばれる自爆テロも後を絶たない現状です。神野さんの頭の中には具体的なビジョンが描かれていますか」

「非常に難しい。難しいけど終わらせなければならない。終わらせる為には時間がかかる。今はそれだけしか言えません。

 宗教問題はデリケートです。この問題を解決するには、神の領域に入っていく必要があります。盲目的に信仰している人達と話し合うには、多くの時間とエネルギーが掛かるでしょう。その点、日本人は楽です。理由は・・・分かりますよね」

「確かに、自分の宗派を知らない若者が多いですし、中高年の人達の中にも自信満々に答えていた人は少数でした。これは以前、私がMCを担当した番組でのアンケート調査の話です」

 

 静かだなと思ったら、妻はすーすー寝息を立てている。もう少しの辛抱が出来なかったようだ。イヨさんが毛布を掛けて出て行った後、僕は顔を近づける。亜麻色の髪からはシャンプーの香りがした。 


「えーと、お時間も残り少なくなってしまいました。まだまだお伺いしたいのは山々なんですが、最後に憲法の改正に付いてですが」

「憲法の改正に付いては、今更改めて、お話ししなくてもいいでしょう。ご存じの通り、日本には立法権と言う統治権が有ります。司法権、行政権と並ぶ三権の一つです。日本の政治家達は、この権利を上手に使ってこなかった歴史があります。

 戦勝国から着せられた憲法を頑なに守ってきたと言えるのではないでしょうか?確かに憲法自体は素晴らしいものです。

 津々浦々まで張り巡らされた通信網、郵便網、舗装された道路、多くの学校等々、戦後の日本の復興、経済成長を支えたのは、この憲法があったればこそと言えるでしょう。日本人に生まれてきて良かったと、多くの人が感じる事が出来る国に成れたのも、この憲法のおかげだと言えるかもしれません。

 でも、時代は変わり、世界の状況も変わってきています。どんなに素晴らしい法律でも、不具合が生じれば、改正するか、新たな法律を制定する必要性が出てきます。倭国新党はその舵取りをします。あくまでも舵取りだけですけどね」

「舵取りだけと言いますと?」

「最終的には国会投票による決定と成りますが、国を総意を決めるのは国民の皆さんに成ります。国民投票によって意見を集積し、国策を決めて行くと言う事に成ります。  

 これまでのように、ただ単に政治家を選ぶだけの選挙じゃ有りません。直接自分達に跳ね返って来る事案も多いでしょう。少し気が早いですが、皆さん投票に参加しましょう。投票率が100%に近づいて行くにつれ、日本は成熟して行きます。未来の理想国家への階段を足並み揃えて昇って行きましょう」

「丁度、時間となってしまいました。神野さん本日は誠に有難うございました・・・」

   

 

     第三章 始まりの終わり


 私の肩書きは総理大臣から大統領に変わった。その間私は夫、京一郎と供にマニフェスト実現に向けての政治活動を開始していた。危惧していた抵抗は想定内に収まり、私達はなんだか肩透かしを食らったような気分を味わっていた。国はみるみる変化を遂げる。国民投票によるアドバンテージがその後押しとなっているようだ。

 大統領と呼び名が変わった日の記者会見でこんなやり取りをした事があった。

「大統領にお聞きします。総理大臣時代と比べて、どのようにお変わりに成るのでしょうか?」

「私の中身は基本的には何も変わりません。只、私にこれまで以上の権限が与えられた事によって、レスポンスが良くなっていく事と、肩に掛かるプレッシャーが大きくなる事でしょうか」

「レスポンスが良くなるとは、一体どういったシチュエーションを指すのでしょう?」

「簡略すると、国のフットワークが軽くなると言う事です。従来の国会では全然関係の無いスキャンダルで足を引っ張ったり、大臣の失言の上げ足を取って責任を追及したりと、議案一つ決めるのに時間が掛かり過ぎていました。議題と関係ないところで盛り上がりすぎていました。無駄と言ってもいい時間です。

 もっとも、原稿書きに悩む記者さん達にとっては、必要悪だったのかも知れません・・・っと、気を悪くしたら御免なさい」

「大丈夫です。我々はどこぞの週刊誌みたいに政治のゴシップネタでマス目を埋めている訳ではありませんので。で、今無駄とおっしゃった時間にメスを入れると言う事でよろしいんでしょうか?」

「流石にここには会社の看板を背負っているエリートさん達だけ集まっていると言う事ですね。ええ、そう言う時間は極力削り落としていかねばなりません。本末転倒になりそうな話は、大統領権限でストップをかけます。しかし、言論の自由は尊重しなければなりません。ガス抜きが必要となれば、そういうステージを用意するのもやぶさかではありません」

 倭国新党は先人の大統領制に倣って、3人の補佐官を配属した。3人とも優秀な人材の中から厳選した若い戦力だった。

  

 夫、京一郎は副大統領のポストに就いている。元来、フィクサー的な立場を取り、表舞台に立つのに消極的だった夫だったのだが。とある日、心境の変化を尋ねてみると<二人三脚>と漢字4文字で答えてきた。

 私が推測するに、マザーの存在が見えてくる。京一郎もマザーには逆らえない。本人としてはあくまで黒幕として、裏でコントロールしていたかったに違いない。ああ見えて、シャイなところもある。でも、一度TVに顔出しした以上、そういう訳にも行かなかったのだろう。案外軽はずみな行動だったと後悔しているのかもしれない。この疑問に対しては<皆無>と今度は2文字で答えてきた。なんだかな、である。


 遅咲きの桜たちが、盛大にラストダンスを舞い始めだしたある日の事、京一郎が私に同席して話を聞いて欲しい人がいると言う。産休前の一仕事だそうだ。

 9ヶ月を過ぎた私のお腹はだいぶ大きくなってきた。幸いつわりも軽く、今の仕事には支障はきたしていないが、なにぶん初産である。周りの気の使いようは日に日に増している。母もじっとして居られないと電話を寄越してきたが、今はやんわりと断っている状況だ。ちなみに私が産休に入った時には京一郎が代理を務める事になっている。

「で、誰に合うの?」

「今まで空けていた外務大臣のポストに就いてもらいたい人。アポイントは明日12時、ランチを食べながらと言う事になってる」

 スケジュール管理もマザーがやっている。今更、確認する必要も無い。

「だから誰なのよ。私の知ってる人?」

「勿論、君は逢った事もあるし、話した事もある。と言うか、意気投合した事もある人」

「それだけじゃ絞れないでしょ。ヒント無いの?」

「えーと、じゃヒントは年上」

「うーん、年上かぁ・・あの人かなぁ・・ってヒントが雑すぎ」

「まあまあ、そう怒りなさんな。わかったから」

「怒りなさんなって、お前は声のかすれた俳優さんか!うーんと、名前が出てこない」

「ハイハイ、それじゃスペシャルヒント。でもこれ言っちゃたら直ぐ分かるしなぁ」

 いい加減じらし過ぎの京一郎に対して私も流石に切れた。

「テメーなめってとタマ取っちまうぞ」

 ちなみに、タマとは反社会的組織の世界での命の事である。脅し文句の常套句の一つだ。

「おーこわ」と言いて京一郎は股間を押さえる。だからそっちじゃないんだってば。

「じゃ、スペシャルヒントです。〇〇さんはお笑いモンスターと呼ばれています」

 成る程、こらなら直ぐ分かる。お笑いモンスターと言えばあの人しかいない。確かに、以前彼の冠番組に出演した事があった。

 私が二足の草鞋を履いて、せっせとカリスマ性を磨いていた頃の話だ。30分番組だった為か、収録はあっという間に終わった記憶がある。彼の巧みな話術がそう感じさせた一因でもあろう。

「その〇〇さんは、イワシさんです」

「正解です。さすが、よっ大統領」

 外務大臣と言えば、居並ぶ閣僚の中でも重要なポストの一つである。楽しい夫婦のおふざけタイムもここまでだ。正直言って、夫の、もとい夫とマザーの選択に疑問を感じた。

「君はなんでイワシさんって思っているよね」

 私の疑問は、夫婦間の以心伝心システムを使うことなく伝わっていた。

「外交は血が流れない戦争だ、なんて言う人もいるしね。でも、しかめっ面同士で話し合いをしても、事は中々前に進まない。交渉事にはユーモアのセンスも必要だって事。その点、イワシさんは自他ともに認める日本の第一人者だ。しかもお笑いの才能だけじゃなく、外務大臣としてのオファーを出すだけの資質も兼ね備えている事がマザーのリサーチで判明している。僕もあの人以上の適任者は居ないと思ってる」

「じゃ明日私が同席する意味は?その資質を確認してほしいと言う事?」

「それもあるけど、君はイワシさんと初共演した頃に比べて格段に進歩している。当時感じられなかった事に気づく事ができるかもね。でも多分君も会いたいと思って同席してほしいだけだから、そんなに構えなくてもいいからね。

 ところで話は変わるけど、君はあの頃聞いていた<声>は今でも聞こえているかい?」

「そう言えばいつの間にか聞こえなくなったわね。貴方は?」

「今はもう聞こえない。でも聞こえなくても判断に迷う事は無い。僕は卑弥呼様は君とシンクロしたんだと考えてる。そしてマザーともね」

「卑弥呼様は私と、マザーの中にそれぞれ存在してるって事?」

「そう言う事なんだと思う。僕が最後に声から受けた指示の内容は、マザーの設計方法だった。組み上がるまでは細かい指示が飛んできたけどね。ある日、ふと振り返ってみるとマザーの完成以降、声が聞こえない事に気が付いた。だから今はそう言う事なんだろうと理解していると言う訳」

「でも・・・あっもしかして、もしかしてだけど私のお腹の赤ちゃんの中に入ってるという可能性は?ある?ない?・・・そっかわかんないよね。こうなったら病院に行って、男か、女かって・・・ううんやっぱりダメ。なんだかそういう気になれない。貴方は何か聞いてる・・・そっか、そうよね。お楽しみは後に取っとけと言う事ね」


「ほんまでっか、嘘でっしゃろ。わてが外務大臣でっか!」

 時間ぎりぎりになった事を詫び、「ほな、食べましょか」と彼のリードで始まったランチを一通り食べ終え、食後のコーヒーの段で夫が切り出した話に対するリアクションがこれである。

「外務大臣と言えば日本の顔でっせ。外ズラですやん。そらぁわては外ズラがええってよく言われます。別れた奥さんも、あんたの外ズラに騙されたわぁと良く言ってました。あっそれで、わてが外務大臣に適任やと、成る程ーって成りますかいな。絶対無理ですって。真白ちゃんもましろちゃんや、あっすんまへん大統領はんでした」

「いいえ、結構ですよ真白ちゃんで、最も、イワシさんの番組に出させて貰った時には呼び捨てでしたけど」

「えーほんまですか、今そんなこと言ったらSPにしばかれますわ。ほけんの窓口に相談いこっと」

 カメラが回っていなくてもコレである。裏表が無いと言う事は再確認できた。


「で、どうだった?」

「うん、貴方の人選は正解だったようね」

 イワシさんとの会食を終えた私達は、次の目的地に向かう特別な車の中にいた。そこで夫が投げかけてきた言葉に対する答えがこれだった。

 最初、裏表が無いとだけ感じていたいただけだったが、もう一面の顔がある事に気付いたのは、番組収録のようなやり取りが一段落した辺りからだった。   おふざけ顔が明らかに変わった。それから彼の話は、これまでの日本外交の弱腰さに向けられた。時には憤慨し、歴代の大臣を名指しで追及したりもした。私はその見識の深さに正直驚かされた。話の合間にギャグを入れるのは忘れなかったのは、お笑い芸人のサガなのだろう。


「ほんまに私で宜しんですか?」

「ええ、貴方以上の適任者はいません」

「ファイナルアンサー?」

「はい、ファイナルアンサーです」

「・・・分かりました。只、この場で即答は出来ません。一旦待ち帰らせて下さい」

「勿論、はなから今日お返事を頂けるとは考えてもいません。日本一の売れっ子タレントさんです。沢山の人達に多大な影響力をお持ちなのは重々承知しているつもりです」

「それはちょっと買いかぶり過ぎでっせ。でも、でもですよ例えば私が引き受けたとして、言葉の壁とかはどうなりますの?」

「それは心配に及びません。貴方のシャベリのニュアンスを最大限通訳できる秘書を付けますから。美人でSPのかわりもできます。残念ながら生身の人間ではありませんけど」

「はーアンドロイドと言う事ですね。参考までに夜のお相手機能とかは?」

「お望みとあれば、お付けしますけど」

「冗談です。冗談に決まってますやろ」

「でも担当者が間違って付けてしまうって事も・・・」

「そんならそれで嬉しいわぁって、危ない、危ない。あやうくハニートラップにひっかるとこやった。まったくあんたも奥さんの前で何いってますのん」


 兎にも角にも約束の2時間はあっという間に過ぎ、丈夫な赤ちゃん産んで下さい。今度知り合いに安産祈願の御札、官邸に送るように言っときます、との言葉を残してイワシさんは去って行った。私達は顔を見合わせて、お互いの口角が上がっているのを確認しあった。


「で、どこに向かっているの?富士山が見える所と言っても広うござんすよ」

「真白はJスクエアが富士山を取り囲むように、4か所工場を所有しているのは知ってるよね」

「うん、服とか、靴を作ってる工場の事でしょう、そこが目的地?」

「その中の一つに案内したいんだけど、正確に言うと上物じゃなくて、その地下にあるシークレットファクトリー。存在を知っているのは人間じゃ僕だけ」

「トップシークレットと言う訳ね。そこでは何を作っているの?」

「作っていると言うよりも、採掘していると言った方が正解かな」

「採掘って、一体何を?」

「富士山の地下に眠る超レアメタル。元素記号で表す事の出来ない鉱物の一種ってとこかな」

「表すことが出来ないって、新発見て事?」

「そう、人類史上初って言い換える事も出来る。勿論、案内役は卑弥呼様だけどね。名前はNRMと付けた。ネオ、レア、メタルの略。ヒネリが無くて申し訳ない」

「そんな事より、NRMで何を作ったの」

「色んな物、代表的な物はDEESかな。アンドロイドの皮膚組織の中にも入ってる。兎に角、NRMは様々な物と融合ができる。この車のボデイも鉄と融合させて出来ている。従来の鉄板ボデイと比べて、遥かに軽く、想像以上に強くなっている。ロケットランチャーにも耐えれるぐらいにね」

「ボデイは耐えてもガラスは無理でしょ」

「だから色んな物と融合できると言ったでしょ。ガラスにも、プラスチックにも革や布にだって可能な優れもんだよ。おまけにスクラップ同然の錆びた車のボデイも再生融合できる、リサイクル技術の集大成と言ってもいいね。近い将来、鉄鉱石を輸入する必要も無くなるかもね」

只、世界を欺くために当分輸入は続けなきゃいけないんだけど。と言いながら京一郎はステアリングを切った。視界の中に2000坪以上ありそうな工場の建物が飛び込んできた。

 

 前線の北上に伴い桜達のラストステージもフィナーレを迎えた頃、私は女の子を出産した。予定通りに破水し、陣痛を迎えた私は、せっかく送って貰った安産祈願の御札の甲斐も無く、いや、結果的には無事産まれてきたから安産とは言えるのだが・・・24時間にも及ぶ難産を経験させられた私にとっては、素直に頷けるだけの効力は発揮しなかったようだ。

 母親は自分のお腹を痛める事によって、母性本能が植え付けられると言う人もいるけれど、そういう意味では私は人一倍植え付けられたと言えるのかもしれない。

 私は生まれた時から突然変異と言われたが、この子は別の意味で突然変異と言えた。

 私にも、京一郎とも、どこか違う雰囲気をまとっているのだ。分かり易く言えば、古風な貴婦人のオーラとでも言おうか。

「もしかして、ホントに生まれ変わりなの」私の問い掛けに、結論出すの早すぎと言って京一郎は初めて抱いた我が子を揺らしながら微笑んだ。

 名前は翡巫子とした。卑弥呼と言う案は、京一郎が「うーん、それは流石に・・・」と躊躇したので却下となった。私もさすがにこれは無いな思っていたので素直に従った。

「ヒミコちゃんでっか、やりましたなー」新外務大臣のコメントに対しても、素直に「ハイ、やりました」と答えた。何をやったかに付いては深く考えない事にした。


 産後1ヶ月で私は公務に復帰した。と言っても可能な限り翡巫子と時を過ごし、出来る限り母乳を飲ませた。私が相手できない時は、イヨさんが対応し、母がフォローにまわると言う体制になった。最初母は逆のフォーメーションを望んだが、母の口癖の「最近年でねぇ」を理由にあげて丁重にお断りした。

 四捨五入すれば父も母も70である。無理もさせられない。翡巫子はそんな周囲の事など知る由もないと言わんばかりに、すくすくと成長していった。生誕100日目を明日に迎えたそんなある日に事件が起こった。

 

「自爆テロ?それも犬ですって!」

「はい、副大統領がいつもの散歩中にリードの外れた中型犬が懐いてきまして、副大統領が頭を撫でられようとされた時、爆発が起こりました。おそらくプラスチック爆弾だと思われます」

「プラスチック爆弾ですって!!」

 私は思わず取り乱した。いつもの冷静な自分じゃ無い。それは分かっている。私に付いてる肩書がそれをさせない事も自覚していたつもりだった。しかし、それはつもりにしか過ぎなかったようだ。

 私は最悪の事態を想像した。京一郎と初めて会った日、二人で走り回った日々、初めて結ばれた時の事・・・いろんな事が走馬灯のように頭の中を回り始めようとした時「命には別状ないとの事です」の一言で、その回転は止まった。

 その昔、都合の悪い政治家が、都合のいい病名で入院していた政府御用達の国立病院。その最上階の病室のドアを開けると、全身包帯まみれになった京一郎の姿が飛び込んできた。チューブも何本か刺さっている。

「貴方、大丈夫、怪我は?傷は深いの?」

「奥さん落ち着いて下さい。そんなに揺するとチューブが抜けてしまいますよ」

「先生、主人は、主人は大丈夫なんですか」

「ハイ、私は大丈夫ですよ、ピンピンしてます」

「ピンピンって先生じゃなくて、主・・・」

 主人と言おうとした時、私は手術帽とマスクとの間の目が笑っている事に気が付いた。

「テ、テ、テメェー又やりやがったな!」

 私は彼のマスクと帽子をはぎ取った。笑いをかみ殺した京一郎がそこに立っていた。

「ホンマに、やりすぎやっちゅーの」

 怒りと嬉しさをシャッフルしている内に腰が砕けてその場にへたり込んでしまっていた。某外務大臣に教えてもらった下手な関西弁で抵抗できたのが、せめてもの救いだった。慌ててスタンバイしたホタル達も、ステージに上がる事無く控室に帰って行ったようだ。

 ベットに横たわっていたミイラ男がおもむろに立ち上がり、自ら包帯を取っていった。

 顔が露わになった時、ホタル達が慌てて再スタンバイして今度は見事に舞い踊った。何匹かは乗り遅れてけつまずいていた。何故なら包帯の下から現れたのも京一郎だったからだ。

「初めまして、私は京一郎の影武者、アンドロイド京君です」

「京君・・・ですか、は、初めまして、どうも。そ、それにしてもどういう事?」

「私はつい二か月程前に完成しました。人間のようなフォームで走る事はまだできませんが、散歩する位のミッションなら、アンドロイドと気付かれる事なく遂行できます」

「でも、いくらアンドロイドとはいえ、プラスチック爆弾でしょ。仕掛けたヤツラは吹っ飛ばすつもりだったでしょうに」

「私は大丈夫です。バリアが間に合いましたから。それよりワンちゃんは可哀想な事になりました」

「犬は助からなかったのね、ほんとに卑怯なやり方だわ。動物愛護協会じゃなくても皆そう思うでしょうね」

「爆弾の破片から指紋等の証拠物件は検出でき無かったそうですが、遠からず犯人達は逮捕できるでしょう」

「逮捕できるでしょうって、又、私に内緒で何かやってたって事ね。はい、よーく分かりました。京君、貴方はもう結構です。京一郎さん、いい加減貴方から説明したらどうなの」

「え、僕?別に僕じゃなくても充分に京君が・・・」

「貴方の口から聞きたいの。これは命令です」

「はっ大統領命令とあれば、この神野京一郎、誠心誠意をもって・」

「能書きはいいから早く」みなまで言わせない。

 

 くわばら、くわばらと言いながら「続きは場所を変えよう」その前にと、先程病室にいたナースを呼んだ。20分後、京一郎は彼女のメーク技術によって、50過ぎの初老の男性に変身した。前頭部が後退したウイッグを被った京一郎は、どこから見ても別人だった。理由は聞くまでも無い、変装して病院を抜け出す為だ。

「僕は一週間後、Jスクエア社の最新技術によって復活すると言う筋書きになっている。その間は京君が代役を務める。せっかくだから旅行にでも行こうかと思ってる、君と翡巫子と3人で」

「旅行かー、いいわねェーって、私はどうするのよ。私もあなたみたいに誰かに襲われなくちゃ行けないって事?」

 それには及びませんよ大統領。斜に構えた京一郎が指をパチンと鳴らした。それを合図にふり返ったメークさんは、おもむろにナース帽とマスクをはずした。そこにはワタシが立っていた。

「私の分もあるって事ね。そうよね、副大統領の影武者がいるのに、大統領の影武者がいないっていう道理はないわ。それにしても・・・ホントによく出来てる」

「初めまして、私の名前は・」

「ストップ。みなまで言う必要は無いわ。京一郎のセンスだもの、どうせ真白ちゃんとか、ハクちゃんとか、そんなとこでしょ」

「ブッブー残念、プレちゃんでした」

「プレちゃんってそっか、プレジデントのプレね」

「ハイ、確かに京一郎さんのネーミングセンスはチープですね」

「同感だわ、それにしてもあなた、声まで私そっくりね、アクセントなんかも」

「それはJスクエアの技術を持ってすれば朝飯前と言う事で」

「ハイ、ハイお二人さん。話は尽きないようですけど、君もそろそろ準備すれば」と京一郎。準備?と私。

「そっ、君も化けなきゃ出ていけないでしょ。マスコミ大勢来てるはずだよ。僕のような老けパターンと、若作りのパターンとあるけど、どっちにする?」

「じゃあ、せっかくなんで若作りで」

 30分後私達は正面玄関から、待ち構えていたマスコミ達の前を、堂々と正面突破した。はたから見ればおじいちゃんと孫か、年をとって出来た娘と父親にも見えただろう。私は春高を目指すバレーボール部の選手で、足をねん挫して治療に来たと言う設定だった。

 質問されたら「ハイ、尊敬する選手は木村沙織さんです」と答える準備をしていたのだが、流石にそんなに物好きなマスコミはいなかった。

 セキュリティーの関係上、翡巫子の顔は世間には知られていない。人に気付かれない程度に変装した私達は、イヨさんと供に成田に向かっていた。目的地は北欧だ。

 京一郎の提案に私は口を挟まなかった。思いがけずに訪れた親子水いらずの時間を純粋に楽しもうとしていたからだ。シートベルト着用のサインが消え、翡巫子と京一郎が寝息を立て始めた頃、私は昨日の夜を反芻してみた。


「貴方には犯人が誰だか見当がついているの?」

「君も分かってると思うけど、今度の改革に対して反旗を翻す人間は大勢いる。

 まず、エリートキャリアを中心にする官僚グループ。今までの既得権を脅かされるのは面白くないだろうからね。タチが悪いのはそのグループに警察や、自衛隊関係の人間も含まれているって事。何しろ武器を持ってるからね。武器を持ってると言えば、反社会的組織もね。特に外国人マフィアも一掃するって言っちゃたから、先陣を切るのはこういう連中だろうね。何しろ血の気が多いから。次に、元政治家の皆さん。倭国新党のせいで落選した人は沢山いるからね。

 こういった人達は表立っては動かないけど、裏社会と繋がっている人もいるからね。議員バッチに未練がある人は裏で何考えているのか分かったもんじゃない」

「でも宣戦布告した以上、対策はとっていたんでしょ」

「勿論ノーガードじゃ命がいくつあっても足りないからね。ま、正確に言えば影武者が何体いてもだけどね、今は。それはさておき、大事なのは敵を知るって事。大きな声じゃ言えないけど、そういった連中には漏れなく監視システムを付けている。道義的にも法律的にも反則技と言えるかもしない。でもこれは必要悪だと割り切らないと、日本の改革は進まない。それは君にも分かるだろ」

「確かに・・・でもまあ、大きな声で言えない事も確かね」

「でも、そのシステムのおかげで今日の事が分かったのも事実。何しろリアルタイムで情報が入って来るからね。首謀者は元政治家とチャイニーズマフィア、どこで、どう繋がっていたかは知らないけど、まあ類は類を呼び、友は友を呼ぶんだろうね。おまけにそこにエリートキャリアも噛んでいた」

「そこまで分かっていたなら、事前に対応できたでしょうに」

「ハイ、いい質問です。何故対応しなかったのか、それはこの計画を逆に利用しようと考えたからです。

 僕は事あるごとに、君が飾りの大統領であって、実権は僕が握っているようにプロパガンダしてきた。アイツらの標的が僕に向くようにしとかないと、色々心配だからね。そしてそれは功を奏した」

「功を奏した?襲撃された事が?」

「そう、仮にも副大統領が襲われたんだよ。結果的には失敗に終わるとしても、大問題には変わりない。当然、借りたカリは返さなきゃならない。その大義名分が出来たって事さ」

「貴方が良く口にする日本の洗濯が始まるって事ね。坂本龍馬みたいに」

「そう、洗いますよ。ジャブジャブとね。ついでに脱水までやっちゃおう」

 脱水の意味については深く追求するのはやめた。いつもかつもツッコンでもらえると思ったら大間違いである。

「さっき言ったエリートキャリアの中には、警察と検察の関係者が含まれていた、かなりの権力を持った連中だ。そんな訳で警視庁の刑事達は使えなくなった」

 川は上流に行けば行くほど澄んでいくのになぁと呟きながら、京一郎は部屋のルーフから零れてくる星空を見上げた。月には半分雲が掛かってる、せっかくの満月が台無しだ。

「そこで、ADのお出ましとなる」

 突然出た聞き慣れない言葉に、ADって?と私。

「ADはアンドロイドデカの略」 

 京一郎のネーミングセンスは相変わらず進歩が無い。

「今、5体1チーム、計50体のADが水面下で行動を開始している。準備が整い次第、一斉に摘発に動く」

「摘発って、銃撃戦とかにはならないの」

「それは無い。マフィア達は取り合えず後回し。先ずはエリートキャリア達から、特に警察関係からだね。手始めに警視庁、ここを一から作り直さないと、末端の刑事さん達が気持ち良く仕事できないからね。職場環境が整ったら、社会の害虫駆除からやって貰う」

「そこで、銃撃戦ね」

「それも無い。っていうか銃撃戦好きだねぇ。とにかく血が流れる事は無い。マスイガンが有るからね」

「マスイガン?マシンガンじゃなくて」

「そっマスイガン。文字どうり相手を眠らせる事が出来る。しかも即効性抜群だから、敵は引き金を引く暇も無いだろうね」

 当分はADがリーダーになってチームを引っ張るという形になるだろうねと言う。京一郎もそうだが、人間が心の弱さというDNAを持って生まれ落ちる以上、人間だけの力では理想の国家は築けないという考えは私も共有していた。歴史がそれを裏付けている。悲しいかなそれが、人間の性と言えるものなんだろう。


 あたり前のことだが、流石の私達をもってしても、自然現象までコントロールする事は出来なかった。北極に近い、辛うじて人間が住めるような環境の小さい町で、私達はオーロラのウエーブが繰り広げられるのを待っているのだが、3日たってもオーロラのオの字も現れなかった。この宿も今日が最終日である。

「いい加減にしてよ」私はボヤキながら荷物をまとめる準備をしていた。

「マ~ァ、オ~」

「うん?」 

「マ~マ、オ~」「マ~マ、オ~」

「あなた!、あなたちょっと来て」

「うん?どうした」

「翡巫子が、翡巫子が今、マ~マ、オ~って」

「え、嘘だろ、まだ3ヶ月ちょいだぞ」

「でも、今確かに・・・」

「マ~マ、オ~」

「ホントだ。確かにマ~マと言ったな」

「でしょう、やっぱりこの子って、この子って・・・」

「パ~パ、オ~」

「あ~、今パパって言ったぞ」

「え~嘘でしょう、パパっても言えるの?ママだけでいいのに」

 翡巫子は盛んにマ~マ、オ~とパ~パ、オ~を繰り返していたが、単純に喜々として自分の顔を覗き込んで来る両親にしびれを切らしたのか、オ~と言った後で窓を指さした。つられてふり返った私達の目に飛び込んで来たのは細くて弱い一筋の光だった。

 地元の人達は後程「こんな大判振る舞いのオーロラを見るのは、生まれて初めてです。貴方達は神のご加護を受けました。ま、ご加護を受けるまでに少し時間がかかりましたけど・・・」と語った。この国の言葉を理解するだけの語学力を持っていた私は、地元の言葉で「アリガトウ、ウレシイワ」と返し、「一言余計だけど」と言う言葉は、日本語でつぶやいた。

 私達の北欧の思い出は、子供の成長に一喜一憂する親バカぶりも含めて、天体に繰り広げられたオーロラと供に、SDメモリーの残量を減らした。何年掛かっても良いから、いつか多くの日本人の心の中に、こんなオーロラのような輝ける日が訪れる事を私は祈った。祈った後で少しテレたけど。


 

 翡巫子は1才の誕生日を迎えた。私達はお忍びで実家に戻り、5人だけのささやかなパーティーを開いた。勿論、私の実家である。

 京一郎は俗にいう天涯孤独の身である。幼い頃に両親と死に別れ、兄弟もいないと言う。「今までは一人ぼっちだったけど、今は真白がいるから・・・」

 何回目かのデート(富士登山がデートととらえる事を前提としての話だが)の時、山頂での京一郎のセリフである。

「一回しか言わないから」で始まった京一郎の話は「今までは一人ぼっちだったけど」に続き「僕と結婚して欲しい」の正式なプロポーズで締めくくられた。

 それ以来、身の上話が京一郎の口から語られることは無かったし、私もわざわざ、聞こうとはしなかった。でも、私の好奇心はいつでもネコを殺せるぐらいの余力は残していた。

 母と二人で洗い物をしていると、背後で気持ちよく酔っぱらった父の「そう言えば京一郎君は昔は・・・」と言う声が聞こえてきた。私は耳をそば立てる。

「いや~お父さん、僕の過去の話なんて聞いてどうするんですか」

「ま、一人娘のダンナさんと言う事もあるけれど、個人的に男、神野京一郎にも純粋に興味があるというか・・・その~」

「お父さん、もしかして、そっちの気があります?」

「何を言っとるのだ京一郎君、ワシは母さん一筋だよ。浮気もしたことが無い、ノンケの田舎親父だよ」

「ホントですか~怪しいなぁ。浮気の一つや、二つあったでしょ」

「それゃ~ワシも一応男の端くれとして、浮気の一つや二つって、こら、無いと言っとるだろ」

「ハイ、ハイお父さん、そう言う事にしときますから、まぁまぁ飲んで下さいよ。今日は翡巫子の誕生日ですよ、僕の生い立ち話なんて、場がシラケるだけですって」

「う~ん、何か誤魔化されているような気もするのだが・・」

「お父さん、しつこい男は嫌われるって、昔から相場が決まってますよ」

「そうか、嫌われちゃかなわんな。ほら、京一郎君も飲んで、飲んで」


 ネコは命拾いをしたようである。今頃肉球でも舐めている事だろう。

 

 翡巫子はベビーベットで寝息を立てている。洗い物を終えた母が覗き込んで、夜泣きもしなかったのかい、この子はと感心している。

「一度だけ泣いた事ある。その時、駄目よママが眠れないでしょと言ったらそれっきり」

「へ~お前も手の掛からない子だったけど、この子はお前以上だって事ね、なんだか、いい意味で末が恐ろしいよ」

「そういう時は末が楽しみって言うんだよ。末が恐ろしいに、いい意味なんて無いの」

「いくら無学の私でもそのくらい分かってるって、楽しみを通り過ぎてるって言いたいの」

「ふ~ん、分かったわ。そう言う事にしときますか」

「そうそう、そう言う事にしときなさい、それより真白、仕事の方はどうなんだい?」

 母はB型である。お花畑を土足で踏み荒らすのは得意技だ。今も、さり気なく本領を発揮している。

「仕事ってお母さん、私が普通のOLさんじゃない事は知ってるでしょ。昨日、課長にセクハラされちゃってさ~なんて話は出来ないのは分かっているでしょ。仕事の話はコ・ッ・カ・キ・ミ・ツなの」


 襲撃事件後、犬を散歩させていた女性はすぐさまSPに任意同行され、取り調べを受けていた。つい、うっかりリードを放してしまったと言い張る女性は、頑なに事件との関連性を否定していた。首輪もいつもと同じで、爆弾が仕込まれているなんて、夢にも思いませんでした。いったい誰が・・・と泣き崩れたらしい。

 そんな中、背後関係を調査していた刑事の一人が、彼女の父親の会社関係に疑問を感じ、SPを通してUSOの借用を打診してきた。

 USOとは、簡単に言えばウソ発見器である。Jスクエアが独自で開発した脳内をスキャンできる装置だ。臨床実験では既に、海馬に溜め込まれた記憶を探り出す事に成功していた。USOは後々、陰謀を企てている害虫達の駆除や、隠れテロリストの摘発で活躍する事になる。名付親は・・・聞かなくても分かる。

 京一郎の事はさて置き、女性の方からの情報が欲しかった私は、快くそれに応じた。ここだけの話、SPにUSOの事をそれと無く仄めかすように指示を出したのは私だった。 一応、打診を受け、それに応じたと言う形を取らないと、後々面倒な事態が起きそうな気がしたからちょっと遠回りをした。大人の世界はいつも汚いのだ。

 USOが探り出した情報で、父親関係のバックに有力な容疑者が浮上したが、その人物が現職の大臣と知り、刑事達はたたらを踏んだ。内閣を改造する時、人事を一新したかったのだが、諸々の事情により、横滑りで残さざるをえなかった大臣の一人だった。

 物的証拠も無い状況では、刑事達も動きようが無い。私の、後はこちらで処理しますの言葉に、表面上は悔しがってはいたが、内心では、胸をなでおろしていたに違いない。

 京一郎の大きな声では言えない情報網もそうだが、USOも表舞台に出せる代物では無かった。口傘の無い連中が、やれ、倫理がどうだとか、プライバシーがどうだとか、コンプライアンスがとか色んな事を言ってくるのは目に見えている。ウソも方便ではないが、全てを白日の下にさらすと、「大人って、大人って、汚い」とか言う子供達も出て来る。それも面倒な事である。「キ・ミ・ツなの」大人はいつも汚いのだ。

 そしてもう一つ、国家機密にしておかなければならない事がある。受刑者達を収容する施設の事である。私達に対するテロ行為は、国家に対するテロ行為である。当然、執行猶予はつかない。しかし、全員無期懲役にして、不安を閉じ込めておく事は出来ない。

 裁判所は、殺人と殺人未遂を基本的に違うと判断する。動機と行動は一緒なのに、結果の出来、不出来に左右される判決が慣例となっているからである。それはさておき、私達が括目したのは動機の方だった。

 動機が無ければ、行動は起こらない。その考えは京一郎も私も同じ考え方をしていた。その動機を作らない為の教育改革であり、社会主義システムとのコラボレーションだった。でもこの二つは、短期間で成し遂げられるものでは無い。

 日本と言う国が生まれてから、今日に至るまでの間に降り積もったオリが人の心を腐敗させ、戦争や犯罪等に走らせてきた。今、日本にはびこる害虫達は、そういう歴史を積み重ねた末に生まれてきたと言えるだろう。海外からやってきた害虫達もいるが・・・

 そういった人間達は得てして他の人より強い。一流の大学を出た優秀な人間も含まれる場合も多い。そういった連中をただ単に処罰するのではなく、更生させて、社会復帰させる為に考え出されたのがRPPだ。

 RPPとはリサイクルピープルプロジェクトの略だそうだ。訳せば人間再生計画と言ったところか。名付け親は言うまでもない。

 この施設は既に小笠原諸島の無人島の一つに建設されている。地上一階、地下三階、収容可能数一〇〇〇名の規模のものだ。そこで1ヶ月間収容された人間は、京一郎曰く、連続殺人犯の凶悪な犯人でも虫も殺せなくなるそうだ。どんな方法でやっているのかは<知らない方が良いと思うよ>のお言葉に素直に従った。

 黒いものを白くするには、それこそ大きな声では言えない事をやっているのだろう。私がそれを知る必要は無い。お天道様の下を大手を振って歩けるのようになるのなら、本人達も不満は無いだろう。京一郎襲撃事件の関係者達は、栄えある第1号の収監メンバーとなった。

 

 京一郎の計画どうり、私達は1週間後に記者会見を開いた。京一郎はサプライズゲストとして、後から登場させる予定だったが、どうせなら派手にと言うリクエストにお答えしてミイラ男に変身させた。

 パジャマ姿にサングラス、車椅子に乗った京一郎が現れた時、詰めかけていた報道陣からどよめきの声が上がった。稲妻のようなフラッシュがようやく収まると、京一郎はおもむろにサングラスをはずして立ち上がり「今こそ我は復活した」と高らかに宣言した。会場は一瞬で水を打ったように静まり返った。

 潮の引いた干潟で、臆病なムツゴロウ達が恐る恐る顔を出すように、一人、一人我に返った報道陣から声が上がり、やがて津波のような質問の嵐がおこった。

 振り上げた右手と、立ち上がった身体の戻すタイミングを捜していた京一郎は、この時とばかり両手を仰いで腰を下ろした。<まぁまぁ>のポーズである。格好つけたのはいいが、腰を下ろした場所が元の車椅子なのはいただけなかったが・・・。

 包帯を取り、会見用の椅子に座り直した京一郎にかわり私が大まかな事情を説明した。何故、無事だったんですかの質問には京一郎が自ら説明した。

「私が以前、テレビ放送でバリアの事をお話したのを覚えていらっしゃいますか?今までは大きすぎて、車などにしか搭載出来ませんでした。しかし我Jスクエア社は試行錯誤を重ね、遂に小型化に成功しました。効力の方は私を見ていただければ一目瞭然です。

 爆発したのは犬の首輪に仕込まれたプラスチック爆弾です。事故直後の映像を見ていただければお判りの通り、人ひとり殺傷するには充分な威力を持った物でした。 

 可哀想なのは、何にも知らないワンちゃんと、抉られた遊歩道、風圧で飛ばされ軽傷を負ったSP達です。改めまして、ワンちゃんのご冥福をお祈りいたします」

「それで副大統領は、ホントに無傷だという事で宜しいんですね」

「はい、この通りピンピンです。実を言うと私も3m程飛ばされましたけど、このバリア発生ベルトのおかげで助かりました」そう言って京一郎は腰のベルトを指さした。

「これは男性用の幅広タイプですが、女性用も開発済みですよ」うながされた私はおもむろに立ち上り、腰のベルトをお披露目した。開発チームのセンスは悪くない。

「それで、襲撃犯の目星は立っているんですか?」

「ええ、犬を散歩させていた女性の証言を基に調査が進んでいる状況です。遠からず犯人逮捕の段取りとなるでしょう」

「犯人逮捕の最終段階まで進んでいると考えて宜しいんですね」

「う~ん。先程遠からずと言いましたが、実は今日の早朝、関係者全員の一斉摘発に踏み切っています。今日の昼過ぎにでも警視庁の緊急記者会見が開かれる事でしょう。今9時を回っていますから、もう片が付いてるかもしれませんね」

 絶妙のタイミングで入ってきたSPがメモを私に差し出す。ちょっとワザトラシク無い?と言う気持ちは飲み込んで、私は何も書いてないメモに目を落とした。

「たった今、片が付いたそうです。詳しい事は会見で発表するでしょうから、ここは警視庁の顔を立てておきましょう」

 それから落ち着かない報道陣との間で、質疑応答が交わされたが、質問が翡巫子の事に及んだ時には「ええ、順調に育ってます」とだけ答え、後はプライベートな事はそれ以上聞くんじゃねぇぞ光線を浴びせてその場を抑え込んだ。

 とにもかくにも、京一郎がもくろんだ復活劇は大盛況とまではいかなかったが、そこそこの成果を上げたようである。最初の段階から私を抱き込んでいればもっと上手なシナリオを書いてあげたのにと、会見を後にする京一郎の背中にその手の光線を浴びせてやる事も忘れなかった。


「旅にでも出ませんか?ちょっと遠いんですが・・」京一郎がこんな言葉遣いをする時は、何か企んでいる時だ。怪しい・・・。

「私を宇宙のハテまで連れて行ってくれるの?」と一応ノッテみた。

「え?なんでわかった。そっか、これが夫婦の以心伝心と言うやつか」

 若手の芸人が、笑いを取ろうとして言った筈のボケが、思いもよらず正解と返された時の気持ちが痛い程わかったが、それを悟られるような私では無い。

「うん、そろそろ地球に飽きてたなぁと思ってたところなの。さすがダンナ様」

「それなら話は早い。流石にハテまでは行かないけどね」

「じゃ、月?ならば私はムーンウォークの練習を・・・」

「月じゃないから。ムーンウォークの練習も必要無し」

「月じゃないとすると・・分かった。カ・」

「火星でもありません。SSです!」

「SSって?スペースステーションに行くの」

「そう、かねてから増設中だった宇宙ステーションが完成したからね。その視察も兼ねて、宇宙旅行にご招待という訳だ」

「そっか、遂に完成したわけね。予定より早かったんじゃない」

「輸送手段がロケットからスペースコンボイに代わってからは、効率がグ~ンとアップしたからね」

 スペースコンボイとは、一度に10トン以上の荷物を運べる、UFO型トラックの事だ。UFO型と言うだけあってスタイルは直径20mの円形をしている。

 荷物を満載すると総重量は20トンを超える。これが音も静かに浮上して行くさまは、まさしくUFOなのである。

 原理に関しては京一郎いわく<最新式の気球みたいなもの>だそうだ。従来の気球と違うのは、バルーン部分がエアドームシステムを流用している事だそうだ。勿論、バーナーの代わりのエネルギーには太陽の力も利用していると言う。

 晴れた日にエネルギーを溜めておけば、雨の日でも浮上する事が可能になるそうだ。技術の進歩はホントに凄まじい。雲の上に出れば、後は飛行用に改良されたDEESの推進システムによって、何処にでも飛んでいける。

 コンボイを小型化し、人間の移動用に改良したのが、エアーシャトルである。今回利用するのは12人乗りの機種だ。機種名に関しては「銀河鉄道」なんてどう?と言う京一郎に対して「それは、さすがに、どうかしら」とお茶を濁しておいたら、この名に落ち着いたようだ。

 SSまでは片道30分の日帰り旅行だ。今回、翡巫子はお留守番である。翡巫子の「マ~マおみやげ、おみやげ」のリクエストに対して、真剣に月の石を拾って来ようとした考えは「石を貰って喜ぶと思われますか」と言うIYOさんの的確なアドバイスにより、断念させられた。ちなみに最新型にアップデートされたイヨさんはローマ字表記となった。「呼ぶときはアクセントを変えてね」と京一郎は言うが私にはよく違いがわからない。

「今度、遊園地に行こうね」の一言で納得したのか、手を振って見送ってくれた翡巫子だったが、右足で石をけるマネをして<私、納得してないから>と暗黙の自己主張をするのも忘れてはいなかった。


 私達を乗せたエアーシャトルは静かに浮き上がり、みるまに高度を上げて行く。船内スペースと外部機体との間には空間がある。電磁の力で隙間を作る事により、ショックアブソーバーの役割を果たしていると言う。機体が揺れても身体が感じる事が無い優秀なデバイスだ。

 一度、京一郎に台風の時でも大丈夫なのかと聞いた事があるのだが<台風の時は誰も外出しないでしょ>と言われ、思わず納得してしまった。ついでに顔も赤くなった。

 エアーシャトルは地上から約10Kmの対流圏と呼ばれる空気の層を抜け、成層圏へと到達する。SSはその成層圏の中の、地表から約70Kmの位置に浮かんでいた。

 対流圏を抜ける間は時速で言えば40キロの安全運転である。「これなら、ネズミ捕りにも捕まらないよ」と言う京一郎のつまらないギャグは、スケルトン部分に展開されるパノラマに見惚れながらウエルカムドリンクのグラスをかたむけている私の耳に入って来る事は無かった。

 SSの中には12人のスタッフが、一ヶ月交代のローテンションで任務に就いている。仕事の大半はアンドロイド達が担当しているので、スタッフ達はチェックとメンテナンス、アクシデントに備えてのスタンバイが主な仕事である。

 宇宙空間における人間の適応性のサンプリングも仕事の一つだが、今まで体調不良を訴えた人間は出ていない。ここでも人間とアンドロイドは対等の立場を取っている。一応両方にもリーダー格がおり、それぞれキャプテンと呼ばれている。

 今回の人間のチームのキャプテンは、理性と勝気を漂わせたチャーミングな女性だった。 ネームタグにはKOTONO・KAMACHIと記されている。年齢は25才となっていた。私の顔を見るなり、女性のタグにまで年齢を記載するのは、いかがなものでしょうかと噛みついてきた。

「ホントにうちの旦那はデリカシィーが無くて、困っちゃうわよねぇ」と同気してみせると「ですよねぇ」と矛先が収まった。私は京一郎にだけ分かるように、そっと苦笑いした。

 SSに搭載されている中型のスーパーコンピューターK=2は、地上監視システムにカヴァーされているエリアを記録したデータを、10年分溜め置く事が出来る容量を持っている。気象に関するデータに対しては100年分だと言う。天気予報の精度は確実に上がる事だろう。

 監視システムは地上に設置されている監視カメラと連動している為、対象者の顔のアップまで捕らえる事が出来る。

 カメラがカヴァー出来ない所は、反射を用いる方法もあると言う。「女子高生のスカートの中をのぞく気?」と聞くと「それも良いねぇ」と軽くかわされた。

 ピンポイントで光の屈折率を変える事により、斜め下から覗き込むような画像を撮る事が出来ると言う。<画質は落ちるけど、識別できる>レヴェルだそうだ。

SSには眼だけではなく、手も足もある。足で蹴っ飛ばし、手で掴み上げると表現すれば分かり易いか?。例えば、とある路地裏でナイフを使ってカツアゲをしようとした犯人が、ナイフを飛ばされ、体を拘束され、逮捕された事件があったとしたら、それはSSの仕業である。無論、レーザー砲は最初から搭載されている。どんなミサイルも近づく事さえ出来ない。

 このシステムはアイズ・アテナと名付けられている。アテナはギリシャ神話の戦いの女神の名前である。その眼が光っているから、悪さは出来ませんよと言う事らしい。

「ネーミングは私の案が採用されました」琴乃ちゃんが鼻を膨らませて胸を張る。機嫌は直ったようだ。

 その内、戦車も上げれるようになる。と京一郎は言うが、今の優先順位はSSの2号機を作る事が一番だそうだ。最終的に12機のSSで全世界をカヴァーする事が可能になると言う事だが、それを実行に移すとなると、中国や北朝鮮に韓国、アメリカ、ロシア、中東の国々等が反抗してくるのは火を見るより確実だ。

「大丈夫、ちゃんとWin,Winの関係にするから」と京一郎は言うが、いくら人たらしの名人にも簡単には行かないだろう。むしろ不可能に近いと言うのが偽らない心境だ。只、イスラム国によるテロ行為が問題になっている地区や、内戦が長く続いてる国なんかは一日も早い解決の日が来ることは私を含め多くの人が望んではいる事である。頑張れ京一郎。

 日本には過去、戦国時代に代表されるように、幾度となく内戦を繰り返してきた歴史があるが、江戸時代から今日にかけて国内での戦は無かったと言っていい。

 国を追われ、難民になった事の無い日本人にとっては、そういった国々の人々の気持ちは分かる事は無いだろう。あくまでも<対岸の火事>としか映らないのは仕方のない事だ。でも、私達はそういった人達と一線を画さなければいけない立場にあると言える。私達にはそれを可能にできるだけの力が与えられようとしているとも言えるからだ。頑張れ私達。

 興が乗り過ぎた私は、飲んでいたグラスを持ち上げて「世界平和の為に、乾杯‼」とやらかしてしまった。京一郎を始めアンドロイド達を含むスタッフ全員が私を見つめて呆気にとられていた。(う~ん、人工知能・感度よすぎ、コトノちゃん・顔がひきつりすぎ)

 

 二時間ほどSSの中を視察し、スタッフとの打ち合わせ等を精力的にこなした京一郎は満足そうな笑みを浮かべた後、そろそろ地球に帰還しますかと私に打診してきた。京一郎の後をついてまわり、借りてきた猫状態だった私は少し物足りなさを感じたが<え~もう帰るの、マシロもう少しいたい>という心の叫びは悟られないように渋々頷いてみせた。


「ちょっと寄り道していきますか」の一言で、対流圏まで降下していたエアーシップはそのまま水平飛行に走った。

「領空侵犯でしょ。大丈夫なの?」

 私の問い掛けには「アフリカの視力5.0の種族が空を見上げていたらヤバイかもね」とウインクして見せる。

 エアーシップはレーダーに映らない。だから勝手に領空侵犯しても気付かれる事も無い。もっと下まで降りる時は、雲の煙幕を張るそうだ。空を見上げた人達は、<やけに低い雲が流れているなぁ>位にしか考えない。曇り空なら尚更気付かれないだろうねと言う。

「こんなデバイスもあるんだよ」京一郎はそう言ってパネルを操作する。休憩中の農夫夫婦の「今年は豊作だべ、えがったな、お前」「うんだ~お天道様のおかげだべ」と言う会話が聞こえてきた。自動翻訳機能は訛りまで拾うことができるらしい。いらないと思う。

「今度は女子高生を盗聴する気?」今回の質問に対しては、流石の京一郎もあきれ果てたと見えて、両手を広げ、首を左右に振って見せた。「お前は欧米人か!」


 翡巫子は満面の笑みでお出迎えをしてくれた。お土産はオーストラリアの青空市場で買ったコアラのぬいぐるみだ。何故、私がこれを手に入れることが出来たのか?話は2時間程前に遡る。

「じゃ、下に降りてお買い物タイムとしますか」こう言われると当然「いくらなんでもそれはマズイでしょ、目立ち過ぎるって」とこうなる。「大丈夫、車で行くから」と返されると、私の頭の中でひさかた振りのホタルのダンスが始まった。

 結局、車に乗って下に降り、道路を走って、市場に行く結末になるのだが。その車はと言うと、いつの間にかエアーシップとドッキングしてスタンバイしていた。したり顔の京一郎にすれば、全て計画どうりのようだ。予め、オーストラリア上空に待機させ、呼び寄せる段取りになっていたのだろう。サプライズにも程がある。

 車はオーストラリア国内で何処にでも走っているようなタクシーのデザインをしていた。これならSPが運転席に座っていても、なんの違和感も無い。

(そ~かぁ、いよいよ車が空を飛ぶ時代がやってきたのね、SFの世界だわぁ)私の想いと感動は京一郎のドヤ顔に飲み込まれて言葉を結ぶ事を拒否してしまった。

 そんなこんなで今、コアラは翡巫子の腕の中でハグをされている。余程嬉しかったのか「パパ、ママありがとう。だいすき」とまで言っている。

 パパとママの順番が違う事に関して一々、目くじらを立てるような私・・・では無い。が!「今度は翡巫子も連れて行ってあげるよ、もう少し大きくなったらね」と翡巫子への好感度を上げようとする京一郎に対しては、足を蹴飛ばして意思表示をしてやった。勿論、偶然のアクシデントを装うための謝罪の言葉をさりげなく添えるのも忘れない。

  

   

     第4章 続きの始まり

 

「これは、これは大統領。やっとお目覚めですか」

「・・・・・」

「う~ん、寝起きが悪いようですなぁ、低血圧でいらっしゃるのかな?」

「・・・あ、あんた誰?」

「お、申し遅れました。私はこう言う者です」

 男が懐から出したのは、勿論名刺などでは無い。拳銃だ。

「私を殺す気なの?」

「お望みとあれば、いつでも引き金を引く事は出来ますが」

「今のところ、そう言う望みはないわ。身代金が目的?」

「そりゃ、頂けるとなれば拒みはしませんが。只、領収書は出せませんよ」

「ま、どっちにしろ、生殺与奪の権はあなたが握っているって事ね」

「流石です、大統領。理解が早い」

「そうね、理解が早いついでに言わせてもらえば、あんたは誰かに雇われているのでしょう」

「ほう、そこまでご理解頂けいるとは。そう悲しいかな私達は雇われの身です。おまけに、指示待ち族ときている。でもこの中では私が一番偉い。今後、私の事はオサと呼んで下さい」

「そんな事よりいくらなの?あんたのクライアントの倍出してもいいわよ」

「勘違いしてもらっては困る。私はお金でどうこう出来るような人間ではありませんので、あしからず」

「交渉の余地は無いと?」

「はい、ありません。実を言うと既に前金で貰った分はもう使ってしまったのです。貴方と契約すると、前金を返しに行かなければなりません。のこのこツラを出した日には蜂の巣にされるのがオチでしょう」

「随分と金遣いが荒いのね。宵越しの金は持たない主義かしら」

「はい、江戸っ子なんです。おじいちゃんが」男は「最後の晩餐に成るかもしれませんね」の言葉を最後に、部下達を連れて部屋を出て行った。テーブルには、サンドイッチとミネラルウォーターが乗っている。私はそれを食べるかどうか思案している。手かせ、足かせはされているが、食事を摂れる分だけの鎖の余裕があった。


「ねぇ~貴方、これ食べちゃった方がいい。それとも、食事もノドを通らないのパターンの方がいいかしら?」

「そんな事はどうでもいいけど、最後の方、緊張感なさすぎ。気付かれたらどうするの、あのオサとか言うヤツ案外頭が切れるかも知れないよ」

「そ~かなぁ。金遣いの事が本当なら、少なくとも金銭面では賢いとは言えないと思うんだけど・・・」

「兎に角、せっかくのチャンスなんだから最後まで慎重にね。あくまでも誘拐されて打ちひしがれた心細い女性の役を演じてくれないと」

「分かってるって、分かってはいるんだけど・・・目の前に相手がいないとどうしても緩んじゃうだよねぇ」

 ワタシは誘拐され、監禁されているが、誘拐されたのは私では無い。誘拐されたのは、京一郎がアレンジした影武者アンドロイドだ。

 どうアレンジしたか聞いてみたところ、殴られたらそれなりにあざが出来たり、出血したりする機能と、消化機能は付いていないが、普通の人間のように飲食出来る機能を追加したと言う。なので今、悩んでいると言う訳である。

「誘拐用にわざわざ作ったの?」

「わざわざって訳でも無いけどね。影武者によりリアルティーを持たせる為の一連の流れの中の産物って事。このタイプはリアルタイムで映像を飛ばす事も出来るし、言語中枢がシンクロするから、アンドロイドを通じてLIVEで話をする事も出来る」

 

 以前の会話である。そして今、モニターを見ながら、犯人達とおしゃべりをしていたと言う次第である。

「じゃぁ、半分だけってのは?空腹に耐えきれず、思わず口に入れたのは良いけれど、やっぱ、心痛のあまり全部食べ切る事が出来なかったバージョンってのは、どう?」

「一つ、確認するけど・・・楽しんでないよね」

「も、勿論よ。緊張感でしょ、持つってば・・・あ、来た」私は会話用のスイッチをオンにした。

 

「お、あんまり食欲がおありにならないようで、それともお口に合いませんでしたかな」

「もう・・もういい加減にして」うん、こんな感じでいいだろう。

「実は、悲しいお知らせと、嬉しいお知らせがあります。先ず、悲しいお知らせから。 先程ご提案なされたギャラアップの件は、正式にボツと成りました。あしからず」

「・・・・・」

「おや、先程の元気はどこに行きましたか?ま、いいでしょ、続きまして嬉しいお知らせです。クライアントが貴方にお目にかかりたいと申しております。いかがなされますか?」

 いかがも何も、今回の目的はコレなのだ。国内の浄化が進んでいるとはいえ、私達の命を狙っている輩はまだまだ地下に潜って蠢いている。そういった連中を炙り出す為の<大きな声では言えない>おとり捜査なのである。  

 ワタシも敵に気付かれないように、それなりに抵抗をした上で、誘拐されていたのだった。私と京一郎は思わず目を合わせてガッツポースをとった・・・のは私だけで、京一郎の右手には<緊張感>と書かれたスケッチブックが握られていた。私の信用度は、高尾山より低い。

「・そう・・・私も会いたいって伝えて、下っ端じゃ話にならないって」

「はい、かしこまりました大統領。しばしお待ちください」


「流石のあの女も所詮は女だって事だ。直接会って命乞いでもするんだろう」  

 私の対応が気に入らなかったのか、オサと呼べと言った男は、これ見よがしの捨てゼリフを吐いて部屋を出ていく。ドアが閉めながら部下に対して発した言葉をワタシは拾い上げてみせた。

「今のは!」

「うん、間違いない、チャイニーズね。でもマザーのリサーチ結果は国籍不明だったわよね」

 犯人達は覆面にサングラスで素性を隠していたが、そんなものアンドロイドの眼にかかれば人相は丸分かりである。それなのにマザーのデータバンクにヒットしなかったから二人して首を捻っていたのだ。

「もしかしたら、中国の地下組織でヘイハイズと呼ばれる戸籍の無い子供達かも知れない。中国政府がそんな子供達を訓練して、秘密裏に闇の暗殺集団を作り上げていると言う噂を聞いた事がある。 

 仮に彼らが動いたとなれば、経済界からもエントリーしてきたと見てよさそうだね・・・多分この線が有力だろうね」

「経済界から?」

「そう、中国と日本の関係は昔から政治面が冷えてて経済面が熱いと言われて来た。今回どのようなパイプに水が流れたのかはまだ分からないけど、日中合同の線は間違いないだろうね」

「でも、さっき言ったヘイハイズ集団は政府の機関じゃないの?」

「中国っていう国は一党独裁の国だからね。政界と経済界が奥の方で繋がっていても何の不思議でもないって事」

「なんでもありって事なのね。ま、そんな事より、いよいよ黒幕登場となるのかしら?」

「ああ、そのようだね」

 そんな二人の期待はあっさりと裏切られる。「ふ~ん、マジックミラーと来ましたか、用心深いと言ったらありゃしないわね」

「おまけに音声まで変えている。中々のタヌキだね」

 流石のワタシもミラーの向こう側までは見ることが出来ない。サーモ感知で人数と背格好、動きが把握できるくらいだ。今、分かっているのは、全部で5人、その内3人が腰を下ろしている。

 音声の方もフィルターを掛ければ、ある程度は特定できるが、二重,三重に加工されている分までは特定する事は出来ない。聞こえてきたのは、可愛らしい女の子の声だった」


「お目にかかれて、光栄です。大統領」

「私はお目にかかれていないんですけど、おまけに声まで変えるのは卑怯じゃない」

「これは失礼。なにぶん私は年老いており、妙齢のご婦人に顔をさらけ出すのには抵抗が御座います。声もしわがれておりますし」

「あら、私はそんな事は気にしないわ、ロマンスグレイの叔父様も素敵よ」

「残念ながら、私は叔父様とか言う年では有りません。出来る事なら30年前にお逢いしたかった」

「う~ん、30年前は私が生まれていないわね、残念だけど。そんな事を言ってる貴方は今お幾つなのかしら?」

「年寄りに年を聞くもんじゃありませんよ。ま、中には矍鑠たる姿を自慢するように年齢を仰る御仁も居りますが」

「貴方はその御仁では無いと言う事ね。それじゃ片足、棺桶の口かしら?」

「失敬なお方だ。私はまだまだ現役ですよ。少なくとも臆病風に吹かれている連中よりはマシです」

「それじゃぁ、敬老の日には花束よりも、バイアグラでもお送りしましょうか」

「そちらの方もご心配には及びません。世間ではそう言うのを<大きなお世話>と言います」

「じゃぁ、中国にはもっと良いお薬が有るって事?中国4000年の歴史的な」

「そうやって私の素性を探ろうなんてしても無駄ですよ。私はあくまでも謎のおじいちゃんと言う事で」

<ヘ・タ・ク・ソ‼>京一郎の指し示すスケッチブックにはそう書いてある。‼マークまで付けて、意地が悪い。


「さて、そろそろ本題に入るとしよう。あんた達が掲げておるマニフェストに付いての事じゃが」いきなり口調が変わった、社交辞令タイムは終了と言う事だろう。

「どのマニフェストの事かしら」

答えは分かっている。分かっているが一応聞いてみる。案の定、<社会主義的資本経済>と予想どうりの答えが返ってきた。口ぶりからすると、人に命令を下す方の人間だ。引退しても尚、経済界に影響力の有るフィクサー連中の中の一人だろうか?。

「そのマニフェストの何が問題なの」

「何が問題だと!そんな事もわからんのか」

「ええ、これを考えたのは夫だけど・・・様々な経済学者や経済界の人達とのディスカッションを繰り返して、納得してもらったって言ってたけど」

「そんなもん無効に決まっておる。腰抜けどもの腰が砕けただけにしか過ぎん。どのようにして戦後の日本経済を復興させたのか理解しとらん連中の戯言じゃ」

「例えば」

「日本は資源の乏しい国じゃが、昔は石炭と言う地下資源だけはあった。しかし石炭が石油に取って代わられてからはジリ貧じゃ、石炭では飛行機は飛ばんからな。当時、日本はアメリカから石油を輸入しておった。知っておるか?日本が第二次世界大戦に踏み切らざるを得んかった要因の一つが石油じゃ。アメコウが石油はもう売らんと言いだすから・・・それは困ると言う事になった。

 何しろ当時日本は東南アジアを我が物にしようと、いやもとい、植民地になり下がっておる国々を列国から救出しようとしておったからな、石油はどうしても必要じゃった」

「それで真珠湾攻撃へ走らざるをえなかったと?」

「その通りじゃ、日本は前日に宣戦布告をしておったと言うのに、アメリカ担当の外交官どもは酒盛りをしておって、その外電に気付くのが遅れて後の祭りになったと言うオマケまで付いておる。おかげで日本は不意打ち侍の卑怯もん扱いじゃ。それでアメリカ人の戦いの合言葉はリメンバーパールハーバーとなる。至極当然の成り行きじゃな。違う意味でのA級戦犯はあやつらともいえる。全く、官僚と言うヤツラは昔も今も・・・」

「腰を折るようで申し訳ないんですが、資源の話はどこ行っちゃたの」

「おお、そうじゃった、年を取るとどうしても昔話が長くなってしまう。お主が以前の総理大臣の肩書きじゃったらアイム・ソーリーと言っておったところじゃ」

 そう言って謎のおじいちゃんは少女の声で高らかに笑った。実に下らない。只、どこに笑いのツボがあるのかだけは分かった気がしたが。

「資源の乏しい国が世界と戦っていくには、加工技術を高める事しか道は残っておらん。例えば1トンの鉄鉱石を輸入して、1トンの車を作り、仕入れ代金にゼロを二つばかり足して輸出するすれば、ボロ儲けと成る訳じゃ。それで日本は一時、世界第2位の経済大国になった、今は中国に抜かれてはおるがの。

 中国はいずれ失速しよる、日本が抜き返す日もそう遠くは無い。遠くは無いと思ってた矢先にお前達のアレじゃ。ワシは冥途の土産に、もう一仕事せねば成らぬと立ち上がったと言う訳じゃ」

 

 戦後の焼け野原状態の時、闇市か何かで小銭を稼ぎ、それを元手に事業を起こし、わらしべ長者の如く成り上がっていった人間かも知れないと私は推測した。闇市時代に反社会的組織と繋がっていたか、そのものだったかも知れない。杯を返して後、経済界をのし上がった人物と言う線もありそうだ。

「冥途の土産は私の首なの?それは、あまり感心出来ないわね」

「お主の首を貰ったところで、大して変わりはせんじゃろ。むしろ、妻の仇とばかりに旦那が血迷う可能性もある。どうじゃ、これもあんまり感心出来んじゃろ」

 別に感心するか、しないかで争っている訳では無いので、どうじゃと言われても、困る。それよりも、話の着地点が見えないのが腹立たしい。

<いっその事、ここでアレやっちゃう>と目で合図。<まだまだ>と京一郎。<別にいいじゃん、取り囲んでるから逃げられる心配も無いし>と私。<まだまだ>と再び京一郎。・・・じれったい。

「そこで提案じゃ」お、きたきた。

「お主達の掲げておるマニフェストの中に、大企業に触れとる条文があるが、これ関係には手を付けなくても結構じゃ。今までどうりでな、何も変える必要など無い。国営化されて、お上から給金を貰えるとなれば、農林業の連中は皆喜ぶじゃろう、ワシも賛成じゃ。が、大企業まで国営化する事はまかり成らん。なにが国民総公務員じゃ、集めた金を公平に分配するじゃと、そんな制度にしたらズルして怠ける奴が出てきよるのは火を見るよりも明らかじゃ、それよりも何も競争意識が薄れてしまう。そうなれば、日本は世界に置いて行かれよる。そんな簡単な事も分からんのか!」

 う~ん、その為の教育改革とか、社会制度の見直しとか色々あるんだけど・・・今ここで説明しても、おそらく理解してもらえる事は無いだろう。頑固爺の匂いが、話を聞いてるだけで漂って来ていた。

「可決したばかりの法案を廃案にしろと」

「誰も廃案にしろなんて一言もいっとらんじゃろ。見直しじゃ、見直し。ほんの一部分見直すだけで良いんじゃ。どうじゃ?」

 又、又困る。

「万が一、私が貴方のご要望にお答えする気になっても、私の一存じゃ変えられないのよ。いくら私が大統領だと言っても」

「その位はワシも調べておる。条文の一部見直しに付いては、大統領の権限により、それを可能とする。ただし、副大統領の合意を必要とする。と言う項目があろう。それを使えと言っておる」

 ・・・今度は困らない。でも困ったフリはする。「う~ん」ついでに唸っておいた。

 私は、狙いどうりの仕掛けに魚が食いついた時の釣り人の気持ちを味わっていた。最初、この項目を入れると言い出した京一郎に対して、私は当然の如く反対した。国民が納得しないのは目に見えていたし、何より独裁体制の匂いがしたからだ。そんな私の心配は「これ、ガセだから」の一言で飛散した。

 国民に公示する分の中に、気付かれない風を装って、この項目を差し込み、釣り場に撒くと言う。だから、一般の人の目に触れる事は無いとも言った。一般人と、そうで無いの人との線引きは何所?と聞くと<ナイショ>とかわされた。京一郎に、〈夫婦間の秘密は破局を招くぞ〉と脅してやったが、その時は相手にされなかった。

「ちょっと、素朴な質問させてもらっていいかしら?」

「なんじゃね」

「貴方の考えはよ~くわかったけど、どうやってそれを成し遂げようとしてるのかがわからないの。私達が貴方のご期待にお答えしてサインをしようとしたら私を開放しなくちゃいけ無くなるわよ。それとも、夫を此処に呼ぶ?そうしたら、沢山のお供が付いてくる事になるわよ」

「なんじゃ、そんな事を心配しておったのか、こりゃ愉快じゃわい」そう言って、又、高笑い。今度はどのツボにはまったのだろう。

「楽しませてもらったお礼に、ネックレスをプレゼントして進ぜよう。おっともう首に巻いておったな」

 ワタシが拉致によって拘束された時に、手かせ、足かせと一緒に首に付けられた物だった。幅が1cm位の金属性の、ネックレスと言うよりも、首輪と呼んだ方がいい代物だった。一応、金メッキみたいのがしてあるので、オシャレで付けていると見られても違和感は無いみたいだが。

「これの事?」ワタシは顎をすくめて見せる。

「そう、それじゃ。気に入って貰ったかの。お主は孫悟空の頭に巻かれておる、キンコジと言う輪っかの事を知っておるか?うん、そうじゃ有名な話じゃからな。三蔵法師が呪文を唱えると輪っかが絞まり、悪さが出来なくなると言うアイテムじゃな。そのネックレスが現代版キンコジと言う訳じゃ、お主がワシの言う事を聞かないと絞まる代わりに爆発すると言う仕組みになっておる。どうじゃ、ええじゃろう」

 成る程、そう言う事ね、手かせ、足かせを外さぬまま椅子ごと移動させられていた為、首輪も拘束物の一つと考えていたので、そこまで気づかなかったと言う何ともお間抜けな話である。

 でも、これで京一郎では無く、私が拉致された理由が分かった。ようするに拉致する側にとってはガードが甘い方ならどっちでも良かったと言う訳だ。

 この手の要求をするのなら私より京一郎の方が良かった筈である。拉致するチャンスが訪れたのが、私の方が早かったと言う事だろう。

「分かったわ、私は貴方に逆らえないって事ね」

「うん、うん、物わかりの良いお嬢ちゃんで、下手な手間を掛けずに済みそうだわい。ちなみに、取り外そうとしても無理じゃからな。ドーンとくるぞ」

 お主からお嬢ちゃんに格上げになったようだ。ドーンに関しては言われなくとも分かっている。これだけの事を計画している連中の事だ。首輪を取り外そうと、何らかのアクションを起こした時点で爆発する仕組みに成っているのだろう。そして、それを解除するスイッチが、あるのかどうかさえも分からないと言う状況になっている。改めて影武者に同情した。


 不意にドアが開き、4人の男達が入って来た。うん?1人足りない。後ろに控えているのはボディガード達だろう。どちらも190cmは有りそうな、屈強な体躯の持ち主だ。前の二人は、謎のおじいちゃんの部下のだろう。もしかしたら、息子かもしれない、高級そうなスーツに身を包んでいた。

「私達はご老公の部下の者です。名乗る訳には行きませんので、私の事は助さんとでも呼んで下さい」じゃ、相方は当然格さんとなる。そして、当の水戸黄門様は、挨拶も無しにお帰りに成ったようである。何とも礼儀知らずなお方である。

「私は貴方の大ファンです。アーチストとしても、プロゴルファーとしても。お帰りになる前に是非ともサインを書いて頂きたい。ご老公には内緒と言う事で」と格さん。

 う~ん、サインですか。ワタシには上妻真白のサインを、そっくり真似て書く機能は付いていない。 以前、私がノリで付けとけばと言ったら、<そんな事に無駄な時間は使えない>と一蹴されてしまうと言う出来事があった。

 私が京一郎の顔を覗き込むと、アサッテの方を向いて「黄門様の事は心配ない。GPS追跡機能で逃がしはしない。袋のネズミ。天網恢恢疎にして漏らさず」といつも以上の早口で、饒舌に語ってくれた。私のツッコミの矛先をかわそうとしているのはミエミエだ。甘い!でも今はそれ処では無かった。

「ヒットしました」そう言ってIYOさんが別のモニター画面を指し示す。ワタシと対時している4人ともサングラスに革のマスクをしていたが、これだったら充分スキャン可能だった。助さんは経済界の元トップで、格さんは現役のトップの地位にいた。助さんが70代、格さんが60代。趣味嗜好は勿論の事、ありとあらゆるデータが映し出されている。私は改めて、Jスクエア社のリサーチ力に感心した。ついでに私のファン層の幅広さにも。

 素性と目的、方法が分かれば、もう茶番劇は終わりだ。

「なんなら、助さんの好みの女優さんの名前でも聞いてみる?格さんは、私で決まりだから」

 この声は4人にも聞こえている。でも、構う事は無い。京一郎からもGOのサイン。キョトンとしている4人は、何が起こったのかわからないようだ。

 ワタシは口を窄めて大きく息を吹く。吹き終わった時には4人とも深い眠りに落ちていた。2~3時間は目覚める事の無い、スペシャルブレス。開発したのは勿論、京一郎だ。 

 最初、羽交い絞めされた時に有利だからと言って、お尻から吹き出すタイプを考えていたようだが<首が180度回るようにすれば済む事でしょ>の私の意見が採用された。

 影武者とはいえ、私の姿、形をしているのである。幾らなんでも、オナラで撃退は不味いでしょう。スカンクじゃあるまいし。

「あ、そう言われれば・・・そうだね」この男、私が言わなければ、絶対スカンク女に仕立て上げていた筈だ。まったく、油断も隙も無い。

 男達を眠らせたはいいが、問題は首輪の処理である。爆発の危険性がある限り、迂闊に爆発物処理班が近づく事も出来ない。取り敢えず、手かせから外そうと試みた時、突然パンと音がした後、モニター画面がブラックアウトした。

 後の調査で、パンと言う音は首輪に仕込まれていた火薬が爆発したもので、その衝撃により四方から刃物が飛び出し、その中の一枚がケーブルの一部を破壊した事が判明した。

 人命を奪うには充分だし、周りの人間を巻き込む事の無い<人にやさしい>殺人兵器だったのが幸いした。影武者は人間で言うところの軽傷で済んだ。修理も30分位で済んだと言っていた。請求書はどこに回そうかと真剣に悩んでいる風を装う京一郎だったが、そんなもんで笑いが取れる程私は甘くない。

 

 3日後に私達のもとへ送られてきた取り調べ調書に依ると、黄門様は名を東野誠一と言い、年は現在91才。

 神風特攻隊として2度出撃していたが、2度ともエンジントラブルにより引き返し、命を拾っていた。昭和20年の8月15日は鹿児島の知覧と言う場所で迎えているその時19才。3度目の出撃を明日に控えていたと言うから、当時から太い運を持っていたのだろう。

 その後、故郷に戻った東野の目に飛び込んで来たのは、焼け野原になった東京の姿と、家族が行方不明と言う現実だった。その中で疎開していた弟だけ一人難を逃れていた。

 後は、私達が予想した通りの、闇市から始まるサクセスストーリーが展開されていた。ちなみに、たった一人の肉親の弟は、関東を束ねる反社会的組織のドンに成っていた。やはり、そういう組織と繫がりが有ったと言う事だ。サクセスストーリーを邪魔する者の始末は、弟の組織が請け負っていたのだろう。今となっては確認のしようが無いが、まず、間違い無いと言っていいだろう。

 東野は並居るライバル達を蹴落としてトップの座に付き、大物フィクサーの地位を固めて行った。50才を向かえようとしていた頃、意図的に死亡説を流し、葬式までやったそうだ。そうやって、なお一層地下に潜った東野は、影で日本経済をコントロールして行く。流石に85才を過ぎた時に「後は、お前達でやれ」の言葉を残して、文字通りの隠居生活に入っていたが、倭国新党が話題になり始めた頃からソワソワしだし、とうとう今回<冥途の土産の一仕事>とあいなったと言う訳だ。ちなみに、お前達と言うのが助さん、格さんなのは言うまでも無い。

 助さんは東野の長女と結婚した人物で、後継者としてNO1の位置に付いていた。

 格さんはと言うと、血の繋がった親子と言う事が判明した。尤も、本妻の子では無い。名を今田雄二と言う。京都の芸者との間に生まれ、隠し子として育てられている。

 東野は本妻との間には、男の子宝に恵まれていなかった。随分と遅くまで頑張り、5人の子供を儲けていたが、全員女の赤ちゃんだった。女には後を継ぐのは無理と考えた東野は、今田が現役で東大に合格した年に認知をしている。

 後継者としての最低ラインを突破したとでも考えたのだろうが、身勝手と言えば、身勝手である。今田は当然戸惑ったと言う。

 今田はそれまで、父親が誰なのか知る由も無く成長していた。只、無職の母親との二人暮らしなのに、世間様よりいい暮らしをしていた事には幼い頃から疑問は感じていたようだ。東野が養育費を払っていたのだろう、息子に父親の事は内密にすると言う条件を付けて。それが、いきなりの父親登場である。

 今はもう病死している母親は、当時、涙を流して喜んだと言う。しかし当の今田は只々戸惑うばかりであった。父親が余りにも大物だった事もあるが、大学で法学を学び、行く行くは人道弁護士を目指そうと考えていた今田にとっては、いきなりの方向転換と言う訳である。

 それでも母親の哀願により、東野の下で後継者となるべく教育を受け、アメリカの大学への留学まで果たしていた。しかし、母親の惜しまぬ愛情を受けて育った今田は、どうしても東野イズムを継承するには「奴は、まだまだ器ではない」と東野が語ったような性格の人間だった。

 その点助さん事、宮迫隆弘は苦労人である。こちらは方は5才の時、父親を病気で失っている。そしてその後、世間一般で定番になっているような母子家庭の環境に嵌まって行った。夫を失い、経済的に苦境に立たされた母親は水商売へと流れていき、そこで知り合った「どうしよも無いクズ」と宮迫が称したような男に引かれ、泥沼と言う名の恋路に落ちて行った。

 この男とは3年程で破局を迎えるが、その理由と言うのが、何者かに突き飛ばされた男がトラックに撥ねられ即死したというものだった。

 目撃者がいなかった事もあり、結局犯人は分からずじまい。「誰かに突き飛ばされたように道路に飛び出してきた」と証言したトラックの運転手の言い分は最終的に<思い過ごし>として処理された。

 当時、9才だった宮迫少年にも容疑が掛けられたが、決定的な証拠が挙がるはずも無く、目撃者も現れなかった。真実は闇の中だ。

 男の交通事故により発生した保険金は、田舎で一人暮らしをしていた男の父親に支払われ、母親は一銭たりとも手にする事が出来なかった。男と暮らしている内に覚醒剤を溺れ、ソープに身を沈めていた母親に宮迫を育て上げるだけの気力は残されていなかった。

 自暴自棄になった母親が首をくくって息を引き取ったのは、薄汚れた4畳半のアパートの一室だった。その時、宮迫は12才。身寄りが居なかった宮迫少年は行政の施設に引き取られ、中学、高校をその施設で過ごす事になるが、その施設の園長自ら、いたいけな女の子に性的嫌がらせを行っていたと言うとんでもない所だった。

「俺には信念があった」と言う宮迫の強い気持ちが無かったら、その後、詐欺まがいの事で稼いだ金で一流の大学入り、東野のお眼鏡にかなうまで上り詰める事は出来なかっただろう。

「今でも愛してますよ」と嘯く宮迫の結婚は、東野が半ば強制的に進めたものだった。前言のセリフの後に「東野さんの娘さんだから」と続いていたに違い無い。

 ヘイハイズ集団の後ろ盾とは宮迫の方が繫がりがあった。戸籍の有る無しにかかわらず偽装パスポートは作れる。彼らの渡航目的は日本の農業の研修となっていた。それならば、その願い叶えて進ぜようである。全員、RPP施設のある島流しの刑である。エリートキャリア連中に続いての第2号のお客様だ。島には田んぼも畑もある、そこで存分に働いて頂こう。

 RPP、(リサイクルピープルプロジェクト)は、形式上、刑罰に服してる者を収容する刑務所と言う事になっている。普通の刑務所のように番号で呼ばれ、規則正しい生活をして犯した罪を反省し、刑期を終えると出所する事が出来る。只、一つの事を除いては、何ら変わりは無い。

 その一つとは催眠療法、別名ヒフノセラピーの事だ。悪く言えば<洗脳>である。洗脳と言えば、どうしても某カルト教団のようにヘッドギアを被り、病的な行動を繰り返す信者達を想像する人が大半だろう。


 誤解を招くかもしれないが、あえて言わせてもらうとあれで教祖が立派な考えを持って、正しい道へと扇動していたのなら、今でも刑務所に入るような罪を犯す事無く、信者を増やし続けていた教団でいられていたかもしれないのだ。 教祖さえ世界征服なんて狂った考えを持たず、地下鉄に毒ガスを撒いたり、人を殺めたり、信者からお金を巻き上げたりしなければ、日本各地でボランティア活動に精を出す、教団員の姿が見られたかも知れないのだ。しかし、いくら立派な教団になろうとも、マインドコントロールがその事に関与していたとなれば、頭の固い学者達や、数字が稼げると判断し学者達の考えに乗ったマスコミ連中は<人道的にどうなんだ>キャンペーンを展開する事になっていただろう。むやみやたらに頭を洗ってはいけないのだ。

 でも、このRPPで行う催眠療法が一番確実で、手っ取り早いのは確かである。「ま、国家機密と言う事で」と言う京一郎の意見に、基本的には私も賛同している。今、全てを公開し国民投票でその是非を問うたなら、混乱が起きる事は目に見えている。

<嘘も方便>の格言どうり国民には<知らぬが仏>になって貰っていた方が良いだろう。 

 勿論、時期が来れば全てを明らかにしなければならないだろう。しかし今はまだ早すぎる。

 そこはカウンセリングルームと呼ばれている。私達はCRと呼んでいるが、広さ2畳程の個室だ。そこで受刑者は24時間BGMを聞かされ、一日8時間の映像を見る事が義務付けられる。あくまでも強制では無い。しかし、最初目を背けていた人間も、やがて自ら進んでみるようになる。BGMも映像も、全てマザーがプログラムしたものであり、その効果は絶大だった。

 京一郎が前に<どんな凶悪犯でも、虫も殺せなくなる>と言う言葉はあながち誇張では無かった。食事の中にもJスクエア社が開発したリラクゼーション効果を高める成分が含まれているそうだ。受刑者はあらゆる面から手助けされて更生していくと言う事になる訳だ。

 ここで1ヶ月程更生プログラムを受けた後は、その罪状の重さによって3ヶ月から10年以内、この島に留め置かれる。

 幾ら更生が確認されたとしても、凶悪犯を短い期間で釈放するのは、被害者心理を考えてもそうだが、「人は憎まないけど、罪は憎みますよ、それ相応の償いはして貰います」と言う京一郎の理念の下、島の作業に従事してもらう事になる。その作業と言うのは農業や漁業等の第1次産業がメインとなる。

 中国のヘイハイズ集団には、どっぷりと農業に浸かって貰うとしよう。最も、最新の技術を取り入れた近代農法だから、学ぶ事は将来的に有意義なものとなるのは間違いない。すでに、人畜無害の殺菌剤や、害虫、害獣を寄せ付けないアイテムも開発済みである。昔の年寄りみたいに腰が曲がって、伸び無くなるような事も無い。せいぜい、きばって頂くとしよう。

 

 中国で1979年に始まった一人っ子政策のせいで、2番目に生まれ落ちた子供達の中で、罰金を払えない貧しい家庭の子供は戸籍を持つ事が出来なかった。当然、学校に行く事も、病院で治療を受ける事も出来ない<闇っ子>としての人生を余儀なくされた。 

 増え続ける人口に歯止めをかける為の政策だった。それにもかかわらず、今現在中国の人口は13億人を超え、彼等みたいな不幸な人間を生み出したに過ぎなかった。その上、跡取りに男の子が欲しかった農村部では、女の赤ちゃんは人に売られたり、捨てられたりして、極端な男女比を生む結果になっていた。

中には幼くして命を落とした女の子も大勢いたかもしれない。

 中国共産党は昨年、この政策の廃止を決定したらしい。それでも2人までと言う制限を設けている以上、ヘイハイズは居なくならないし、人口は更に増え続けていく事だろう。出生率の低下が問題になっている日本とは、真逆の問題を抱えている大国の悩みの種は尽きない。

 倭国新党は出生率2・0以上を目指し着々と準備を進めてはいるが、何もかも、いっぺんに改革を推し進めようとすると混乱が起きる。今はその要因を一つ、一つクリアしていると言う現状である。

 何とももどかしいが、昔の人が残した<急いては事を仕損じる>と言う言葉を尊重するしかない。


「相当な頑固ジジィでした」CRの担当スタッフが語ったように、東野のヒフノセラピーは今田の倍の時間がかかったそうだ。ちなみに宮迫は2人の丁度中間であったと言う。多分、宮迫に掛かった時間が平均的な治療時間なのであろう。

 ヒフノセラピーは、対象者を暗示にかけ、意のままに操るような類のものでは無い。簡単に言えば、人間の根幹にある弱い部分を強化する事である。

 弱い部分が前面に出てくると人は自己中心的になったり、妬みや嫉妬、怠け心や虚脱感、数えれば切りが無い程の落とし穴に嵌る事になる。

 基本的な性格を変える事は出来ないが、人格や思想などを変える事で、更生させていくのが目的である。個性は個性として尊重すると言う事だ。

 教育面においても、ヒフノセラピーは形を変えて取りいられる計画になっている。基本的な学習はもとより、体育や音楽などにも個々の力を伸ばす為のカリキュラムが組まれる。しかし、いくら個々の力を最大限に伸ばそうとしても、生まれ持った素質と言うものがある。誰も彼もが、プロ野球選手や、アイドル歌手にはなれないと言う事だ。

 また、自殺等で問題になっている鬱病に関しては、既に試験的に実行され、予想以上の成果をあげているそうだ。年間3万人が自殺する国と言うのは、もう過去の事へとなりつつある。いずれ、自殺者ゼロの年が来ると言う京一郎の言葉を信じたい。中高年の自殺者も悲惨だが、自殺願望を持つ若い人達も後を絶たない。

 若者よ、死んだら花実が咲かないよ。




「ブータン国の事はどうしよう?」

親子3人の夕食の席で、京一郎がポツンと言った。

「ウータン?ウータン」

 と、はしゃぐ翡巫子は1才と半を過ぎていた。確実に他の子より物覚えが早い。物事の理解力も高いようだ。<3才に成ったら六法全書を読み出すかもしれないよ>と京一郎がまじめな顔して言い出す始末だ。でも今のは、どうも聞き間違えたようである。

「ウータンじゃなくて、ブータン」

「えぇ?ブタさんなの」

「違うわよ翡巫子、ブータン王国って言うお国の名前よ」

「あー、ヒマラヤの奥地の国ね」

「そうそう、北は中国に、南はインドに接・・・って、何で場所を知っているのよ?」

「だって、この前Eテレでやってたよ。ヒミコそれ見たもん。王様とか、女王様とかいるんでしょ?」

「も、勿論いるに決まっているわ。綺麗な女王様よ」

「わーヒミコ女王様に逢いたい、逢いたい」

 それじゃ王様が可哀想でしょの言葉は呑み込んで「で、正式なご招待な訳?」

「そう、国王自らのご要望だそうだ。国賓として招きたいと」

「ふ~ん、それでその話が私じゃなくて貴方に直接来た訳は?」

「え~と、それは~IYOさんに聞いてみるか」

 こう言うプライベートな時、IYOさんは席を外している。モニターシステムもオフってる筈だ。30秒待ってそれを確認した後、私はIYOさんを呼んだ。

「はい、丁度Eメールを受信した時、奥様は保育園がお休みの翡巫子様と、お昼寝のお時間でしたので、旦那様に先にお知らせしておきました」

「あっそうだった。僕が後で伝えておくからと言ってたんだった。忘れてた」

「それでいきなり、どうしようって聞いた訳ね。ダメなパパですねぇー」

「ダメパパ、ダメパパ」

「ああ~翡巫子まで・・・勘弁して下さい」

「ダメ、許さない。月に代わって、お仕置きよ!」

 いつの間にやら再放送のアニメ番組からも知識を仕入れている。翡巫子恐るべし。


「それで、どうしたい訳?」

「いや~君も知ってるでしょ。色んな国からオファーが入っている事ぐらい」

 そうだった。アメリカを始め、世界各国から国賓としてのお誘いをお断りしている状況だった。ブータンだけって言うわけにもいかない。

 しかも、経済面に関しても京一郎の「まだ日本が固まっていない。時期尚早」と言う信念の下、輸出制限も掛かったままなのである。

 鎖国はまだ続いている状況なのである。だからこんなシュチュエーションで、京一郎の口から特定の国名が出て来る事が珍しいのである。なので確認してみたくなった。

「じゃあ、なんで、どうしようなんて聞くのよ」

「うん。実は、ブータンは国民総生産よりも国民総幸福量を重視して<幸せの王国>なんて呼ばれてるから以前から興味があったんだ。日本が今後、目指すべき理想郷としての要素を持った国じゃないかと思ってた」

 翡巫子はデザートに夢中になりながら、首を縦に振っている。まさか、話の内容が理解できている筈は無いと思うが・・・

「ブータンは仏教国だと言っていい。僕の偏見かもしれないけど、仏教には他の宗教みたいに人を盲目的に導いていくような類の宗派じゃ無いと思ってる。国民の多くがチベット仏教徒のブータンが、どのようにして、世界一の幸せな国に成ったのか興味が尽きなかった。それで、この機会にちょっと調べさせてみた」

 京一郎の表情から見ると、何か良からぬ情報が得られたみたいだ。案の定。

「うん、ブータンはいつの間にか小さな傷を負ってたみたいだね。その傷がカサブタに成る事無く、化膿していったみたいだ。

 何世紀にも亘って、世界で最も孤立してきた国が、民主主義を認め、近代化に向かった結果若者達の薬物乱用や犯罪率の上昇、アルコール依存症の人達の増加などのウミを生んだようなんだ。

 若者達が農業をしなくなった事も問題だね。そして隣国のインドに余りにも依存していた事により、国内のインドルピーが枯渇して信用危機が叫ばれるようになった昨年に至っては、国民総幸福論まで非難を受けるようになってしまった。心の弱さは感染して伝染病のように広がって行く。パンデミックに成らない事を願うばかりだ」

「それで、心配になって、つい言葉に出ちゃたという訳ね」

「ああ、でもブータンだけ特別って訳にもいかないからね。君が所信表明で言ったようにマニフェスト実行まで3年間の準備期間があるから、後1年半程は待ってもらうしかないだろうね」

「今、君が言ったと仰いましたが、正確には君に言わせたでしょ。国内の混乱を最小限に抑える為には、3年間のアイドリングタイムがいるって言ったのは貴方でしょ。私は貴方達の書いた原稿を読んだだけなんだから」

「そうやって言葉尻を取らない。ママは意地悪ですねぇ」

 京一郎は娘を使って逃げを打ってきた。卑怯者。

 実は、ブータンは私も興味を抱いていた国だった。以前、国王ご夫婦が来日された時の慈愛に満ちたお二人の姿が印象に残っていた。

 その時、昔読んだ小さな国の王様の下で幸せに暮らす国民達の物語を思い出し、何となく憧れを抱いた事を憶えている。

 そんな理想郷とも言えた国が病んでいると言うのなら、一日も早く助けに行きたい。きっと、京一郎もそう思ってるはずだ。

 いつの日かブータンを訪れて、女王様が着ていた鮮やかな民族衣装に袖を通せる日が来ると言う事は、それだけ日本が成熟した言う事になる。その日が一日も早く来るように走り続けるしか無い。そういう事だ。


     

      第5章 続きの続き

  

  

 左足上りのフェアウエーから、58度のウエッジでカットめに打ち出されたボールはカメラのアングルから一旦飛び出した後、真上から落ちてくる。

 大会3日目の最終18番ホール。グリーン手前をクリークが走る490ヤードのパーファイブ。ピンまで80ヤードにレイアップしたサードショットを打った瞬間、私はベタピンを確信した。

 通常国会が予定通りに終了した後頂いた2週間の休暇を利用して、日本女子オープンの舞台に私は立っていた。

 5年前にこの大会を制した時に貰った5年間のシード権の更なる延長を狙ってエントリーしていたのだ。

 トーナメントから遠ざかる事約4年。先週スポンサーの推薦枠で出場した試合で、ある程度の感触は取り戻したとはいえ、やはり4年間のブランクは大きかった。

 その試合では辛うじて予選を通過し、合計3ラウンドプレーする事が出来たが、あえなく最下位と言う結果に終わってしまった。

 スポンサーさんには申し訳ないが、決勝ラウンドに入ってからは、スライスにフック、パンチにロブと色んなショットを試したために当然と言えば、当然の結果になってしまった。

 それでも、テレビ中継された2日間は、平均の3倍以上の視聴率を稼ぎ出したと言うから、当然お叱りは無かった。それよりも申し訳ないのが優勝争いをしていた選手達だ。通常、最下位争いをしている選手なんてテレビに映る訳が無いのだ。彼女らが中継される時間を削ってしまった事に後ろめたさを感じずにはいられなかった。

 それから3日間、毎日1000球の球を打ち、万全の体制を整えて本チャンの日本女子オープンに臨んだのだが、メジャー用にセッティングされたコースはラフがきつく、初日は3オーバーの75と出遅れてしまった。風が強くなった2日目は辛うじてパープレーの72でまわり、順位を25位タイまで上げたが、首位グループは7アンダーに5人が並ぶという混戦になっており、彼女達との10ストローク差を、決勝の2日間で逆転するのは至難の業だった。

 首位が1人位なら、調子を落として落ちて来るのを待つこともできるが、5人もいるとなると自力でスコアを伸ばさなければ、優勝なんて転がり込んでは来ない。

 首位グループには、韓国の選手が3人、台湾と日本の選手が1人ずつとなっている。くしくも昨年の賞金ランキングの上位5名で、いずれも複数回の優勝経験を持つ強者達だった。これじゃ益々、他力本願は望めない。

 私は負けず嫌いである。ゴルフは自然を相手にするスポーツとはいえ、優勝者に贈られるジャケットの袖に腕を通すには、誰よりも少ないスコアで回らなければならない。その気持ちだけは誰にも負けない自信はある。でも、自信だけでは勝負ごとに勝てないのは、明白の事実なのである。ゴルフは又、個人で戦う孤独なスポーツだ。でもそんな中、唯一味方になってくれるのがキャディーと言うパートナーなのだ。

 優秀なキャディーはコースを熟知しており、長年記録したヤーデージブックを参考に残りの距離を読み、的確な指示を出す。  

 特に優れたキャディーにかかれば「残り、エッジまで115ヤード、プラス13のピンポジで計128。風は左からのワンクラブ分のアゲだから、9番で右からドローでケンカさせて球止めて、奥にいったらノーチャンスだからガツンといかないようにね。最悪ショートしてもパーは拾えるから、手前でもOK。後、風でグリーンが硬くなってきているから、あんまり右に打ち出すと傾斜でバンカーまで行っちゃうので要注意。落としどころはピンの右手前3ヤード」とこうなるのである。選手が言われたとおりに打てば、バーディーチャンスとなり、直接カップインと言う事もたまにおきる。

 私が政治家になり、プロゴルファーをお休みする前にコンビを組んでいたキャディーさんは、今は首位タイの韓国の選手の専属になっている。彼は若くて、優秀なキャディーなのだが、今更返してと言う訳にはいかない。 

 私が冗談にも返しなさいとでも言おうものなら、新たな日韓問題の火ダネにも成りかねないのである。

 火ダネと言えば以前、京一郎にIYOさんにキャディー機能を付けてと言ったところ、「そんなにしてまで勝ちたいの」と冷たくあしらわれた。冗談の通じないヤツだ。

 そんな紆余曲折をへて、私が先週からパートナーに選んだのは父だった。セキュリティーの関係上、素性は隠して、パット・ワタナベと言う名のハワイ在住の日系3世と言うアイデンティティに設定した。

 幸いなことに、この大会が開催されているのは、5年前に私が優勝した日本女子オープンの舞台になっていたコースだった事もあり、データは残っていた。

 当時とコースレイアウトは、木々が大きくなったことを除けば大差が無い。後は年々変化するグリーンコンデェションを把握できれば何とかなると考えた。

 父にやって貰うのは通常のハウスキャディーの仕事と、傍にいて、リラックスできる環境を作って貰う事だ。 

 実家の父に頼み込んだ時に言った言葉は「何にも要らないから笑顔だけ持ってきて」と言う何とも気障なセリフになってしまい、酔った勢いでつい口に出してしまった私の汚点の一つに加えられた。  

 救いと言えば、私以上に酔っぱらっていた父が破顔一笑で快諾してくれた事と、翡巫子が既に寝ていた事だ。唯一、ニヤニヤしながら聞いていた京一郎が気になるが、いつか、おまじないを掛けて記憶を消してやろう。

  

「パッさん、58度」パットだからそう呼んでいる。一応、パパにもかかってはいる。そして、手にしたクラブで決勝ラウンド初日の18番ホールのサードショットを放ったと言う訳だ。

 私のイメージ通りの弾道を描いたボールは、私の確信通り、ピン横20センチにバウンドし、そのままボールマークの上に落ちて止まった。余程のテンカン持ちが発作でも起こさない限り、外しようが無い距離である。

 お先にカップインした私はこの日、65の7アンダーで回り、トータル4アンダーとなり、順位を上げた。ホールアウトした選手の中ではトップに立ったが、私の後にはまだ8組、24人のプレーヤーがいる。

 スタート時私より成績が良い人ばかりなのは言うまでも無いが、現在プレーしている人達の中でも5位タイの位置に付いている。最終日の逆転劇の下準備が整ったと言うところか、ホールアウトした後は軽めの練習で切り上げて、私はホテルで寛いでいた。

 父は飲みに行くと言って街に繰り出していた。私はと言えば、一応トーナメント中は禁酒している。別に飲んだからと言って、プレー自体には影響はしないのだが、何となく抵抗を感じて自重している。

 豪快なプレーで有名だった某男子プロが、毎年トーナメントが開催される地方都市で連日連夜飲みに行き、家一軒分飲んだなんて武勇伝を語っていた事があったが、多分その一軒分の中には下半身を軽くしてくれるお店も含まれていたのだろう。

 品行方正だけでは、プロスポーツの世界の中でトップに上り詰める事が出来ないと言う事だろう。プロ野球の選手が二日酔いのデーゲームでホームランを打ったり、完封したりと、そういう話は上げると枚挙にいとまが無い。勿論、何事にも例外はあるが。

 

 最終日は昨日に増して、いい天気になると言う事だった。風が弱ければバーディー合戦になる。主催者側もそれを意図したのか比較的簡単な位置にピンを切るようだ。

 私は首位と6打差の7位の位置に付いていた。トップは10アンダーで韓国の選手と台湾の選手が並び、そこから1打刻みで、4人の選手が続いていた。その中で日本人選手が2人だけなのが寂しいが、最終組から3組前の私達のパーティーは3人とも日本人と言う組み合わせになっていた。

 1人は、過去賞金女王にもなった事の有るベテランプレーヤーだった。彼女はその当時もあまりマスコミとの関係は良好とはいえなかった。

 良く言えばクールプレイヤー、悪く言えば不愛想。賞金女王になった時には<氷の女王>と揶揄された事もある。自分のプレイに集中するあまり、スロープレーになりがちで、ミスショットした時にはクラブやキャディーに怒りをぶつけるようなシーンも放送された事がある。

 最近は辛うじてシード権を維持している状態らしい。優勝争いに加わることが出来なければ、テレビは殆ど映してはくれない。なので、今の彼女がどういうスタイルでプレーするのかが分からない。それがちょっと不安材料ではある。

「パートナーに恵まれて良いスコアを出すことが出来ました」と言うコメントは決して社交辞令だけでは無い。そして、又、逆の場合もある。同伴者にペースを狂わされ、スコアを落としていった選手も実際いるのである。

 トーナメント中の私が他の選手に聞いて回る訳には行かない。そして父は、そういった情報を仕入れてくるような気のまわる人では無かった。親孝行な私は<役立たず>なんて言葉は、決して口にはしない。思うだけで。

 もう一人は昨年は初シードを取り、今売り出し中の若手プレーヤーだ。今季何度か優勝争いを演じていたが、残念ながら届かず、初優勝が待たれる期待の星である。

 どっかのバラエティー番組の前列に座れるようなビジュアルもさることながら、歯切れのいいプレースタイルも相まってオジ様連中にも人気の高い選手の一人である。只、闘争心を表に出せないタイプなので公式戦最終日のプレッシャーに押しつぶされる可能性もある。メンバーがメンバーだけに、その懸念は高い。

 何とかフォローはしてあげたいが、私にそれだけの心の余裕があるかどうかは、スタートホールのティーショットを打つまでは何とも言えない。

 前日65で回った選手が次の日85をたたくようなスポーツがゴルフなのだ。特に、信じられないようなミスショットをしたりすると、そのトラウマが消えるまでは常に不安を感じながらのプレーとなる場合が多い。

 なので、1番ホールのティーショットは重要になって来る。いの一番でOBでも打とうものならその日が終わってしまう事もある。プレッシャーは半端ない。それまでの練習量を信じて振り切るしかないのである。


 1番ホール380ヤードのパー4は3人ともパーで滑り出した。セカンドオナーのベテランはショートしてグリーンを外したが、花道からのアプローチを無難に寄せてパーを拾い、若手はグリーンセンターにパーオンさせ、10メートルのファーストパットでタップインの距離まで寄せた。

 私はピン横3メートルのバーディーパットを右に外し、1・5メートルもオーバーさせてしまった。明らかに昨日までとは違うグリーンに仕上げているようだ。

 昨日までだと外れても50センチオーバーのタッチで打てた筈なのにこれだけオーバーすると言う事は、さっき打った若手はミスパットが寄って行ったと言う事になる。それとも、キャディーさんから的確なアドバイスがあったかだが・・・私は辛うじて返しのパットをねじ込み次のホールへ向かった。

「ねぇパッさん、グリーンが早くなってるの知ってた?」

「なんだぁ、今のはミスパットじゃなかったのか」

「うん、ラインを外したのは早すぎて抜けただけよ」

「あっそう言えば作業員のあんちゃんが、今日はトリプルだから大変だーとか言ってたけど何か関係があるのか?」

 大ありである。トリプルとはトリプルカットの事だ。グリーンは通常営業の時は1回しか刈らないが、トーナメント中は2回刈って早くする。昨日までがダブルカットだったと言う訳だ。おそらく、刈高もコンマ何ミリか下げてのトリプルカットなのだろう。

 そして練習グリーンはダブルのままで済ませていたのだろう。なので、1番ホールであれだけオーバーしたと言う事だ。私は父に聞こえないように<この役立たず>と小声で口にした。

 アウトの9ホールを終わって私は3打、他の2人は2打スコアを伸ばした。ベテランの選手は相変わらずプレーが遅いが、こちらのペースを乱されるほどではない。若手の選手もプレッシャーを感じることなく伸び伸びとプレーしている。でも、本当のプレッシャーは10番ホールからのサンデーバックナインと呼ばれるインコースに入ってからやってくる。優勝経験が無い選手は特に、ちょっとしたミスからズルズルと落ちていくケースもある。と、私も人の心配をしている場合ではない。今の段階で私は7アンダーで、6番ホールをプレー中のトップ選手とはまだ4打差が有る。後はなりふり構わず攻めるのみである。 ピンを刺すようなショットを打つには勇気と技術と運がいる。玉砕も覚悟して攻め続けなければならない。

 運は私に味方した。11番から3連続、15番から4連続のバーディーを奪うことが出来たのだ。合計10アンダーの62、通算14アンダーとしてトップに立った。ちなみに62はこれまでの記録を1打更新するコースレコードだった。

 後は16番をプレー中の13アンダーの選手のスコア次第と成った。アテストを終えた私は真っすぐパッティンググリーンに向かい、球を転がし始めた。

 過去、世界ランキングでトップに立った事もある韓国人のプレーヤーは、流石に百戦錬磨だった。

 14アンダーで私と首位に並んでいた最終ホールで、彼女はピン横30センチのバーディーパットを決めて優勝をさらっていった。私は結局単独2位に終わった。おまけとしてコースレコード賞は貰ったが、私にとっては残念賞と言えた。今シーズンはもうトーナメントに出る事は無い。

 2位の賞金だけではとてもシードを取る事は叶わない。来シーズンはスポンサー推薦枠のみの出場となる。でも、それはそれで、なんだか気が引ける。勝ちたかった。今日、口にする酒はきっと苦いものになるだろう。私はそれを払拭するかのように、ドライビングレンジでボールを打ち続けた。

 コース管理者に頼み込んで許された時間ぎりぎりまでボールを打ち続けていく内に私の闘争心が沸々と湧き上がってきた。任期が終わったら本格的に復活しよう。そう決めた私は最後のボールをティーの上に乗せた。

 長年、浮気をする事も無く使っている同じメーカーのドライバーは、白いヘッドが構えた時に安心感が有り、お気に入りのクラブである。私は上半身の力を抜いて、いつものルーチィーンでテークバックに入る。トップでタメを作った後は、フィニュッシュまで振り抜くのみである。白い稲妻がボールを通り過ぎていく。ボールが空に吸い込まれていくこの瞬間がたまらなく好きだった。私の挑戦は続いて行く。



 

     第6章 続きの終わり

 

 

 それでは始めて下さい。お時間は90分です。よろしくお願いします。

 今日は京一郎と二人、雑誌の対談の為にゲスト二人とスタッフ達を自宅に招待している。

 ゲストの一人は、元国営放送のアナウンサーで、今は分かり易い解説で、様々な分野を掘り下げた冠番組を持つ、初老の男性である池中明さんと言う方だ。

 もう一人はタケコDXさんと言い、こちらも性別的に分けると男性なのだが、いわゆるオネエなので、いつもゆったりとしたワンピースをお召しになっている。100キロ超えの体躯で、歯に衣着せぬ発言で人気者になっていた。二人とも業界用語で言うところの数字を持っている人達だった。

 私はながら属なので、テレビを見ながら何かをすると言うのはしょっちゅうなので、二人の事はよく知っている。お二人とも政治的なキャパシティーも持った方たちだ。前々から一度お話をしたいと思っていたので、この企画は私にとっても渡りに船だった。

「肩書じゃなくて、名前で呼んで下さい」席に着くなり京一郎はそう言った。私達は結婚しても夫婦別姓で名乗っているので、京一郎は神野さん、私は神妻さんとなる。タケコさんは私の事は下の名前で呼ぶのかしら?

 和気あいあいの雰囲気で始まった対談は、タケコさんの爆弾発言も無く、終始穏やかな内に時間が来てしまった。タケコさんは対談開始直後から私の事を真白ちゃんと呼び、夫の事は京一郎さんと呼んでいつものタケコワールドに引きずりこんでいった。

 池中さんは流石に私達の事を苗字の方で呼ばれていたが、タケコさんにつられてか、次第にいつもの池中節が出始めた。時々、突っ込んだ質問を投げて来るのだが、その都度、タケコさんの「そんな事、記者さん達の前で言えるわけないでしょう」とのツッコミにより気勢を削がれていた。

 私は意図的に色んな質問をして、池中さんのいつもの名セリフの「いい質問ですね~」の言葉を期待したのだが、遠慮なさったのか、私の質問が悪かったのか、最後までそのセリフを投げてこられる事は無かった。

 対談の内容としては、政党に関する話が多く、二人ともおおむね党の事を好意的に受けとってくれており、最後にエールまで送ってくれた。

 対談が終了すると、池中さんは慌ただしく次のお仕事へと向かって行かれた。流石に数字を稼げる売れっ子さんは忙しいようだ。

 もう一人の売れっ子さんと言えば、次の仕事まで3時間ほど時間が空くと言う。せっかくなので、お茶でもしませんか?と言う京一郎の誘いに、言葉では「え~そんな~」とか言いながら満面の笑みで承諾していた。

 タケコさんは当然お茶だけでは済まないので、故郷納税局から回ってきた地方の和菓子の創作品の試食をお願いした。

 一通り食べ終えた後のタケコさんの感想は「どれもこれも、素晴らしく普通の味」との事だった。

 京一郎が30分ほど席を外すと言って出て行った後、タケコさんの本領発揮の時間となった。

「ところでさ~真白ちゃん、あんた一体どこであんないい男捕まえたわけ?」とまずは軽いジャブから。

「捕まえたんじゃなくて・・・引き寄せられたと言ったほうがいいかしら」

「あら、まぁ、随分と文学的な表現ね。そもそも、最初に出会ったのはいつの時なのよ」

 私は迷ったが、結局小学生の時の話は省略する事にした。本人自体がオマジナイかなんだか知らないが、記憶が無いんだからしょうがないし、一々説明するのも面倒だった。

「就活の一環で、京一郎の会社の面接に行った時よ」

「面接って、あんた当時プロゴルファーになるの、ならないのって、騒がれていたんじゃなかったっけ」

 若干時期がずれてるが、そこを突いてくるとはタケコの情報量恐るべしである。これ又、説明すると長くなりそうなので「腰を痛めて、やめちゃったの」と逃げをうった。

「あら~そうだったけ?」と疑いまなこのタケコさん。やはり一筋縄ではいかない人だ。

「で、面接の時に一目ぼれってわけね」と勝手に決めつけてきたので「ええ、そうよ」といなしておいたら、「やっぱり~、いい男だもんね」と納得顔。

 そいう事にして置こう。その方が話は脱線しない。その後、最初のデートはどこ?とか、キスは何回目のデートで?とか、人畜無害で当たり障りのない女子会(?)トークみたいな時間は過ぎていった。

 かなり遅れて芸能界にデビューしたタケコさんの話には、波乱万丈の人生に裏打ちされた含蓄が感じられる。おそらく、人に言えないような経験もしてきたに違いない。それを全ての話の肥やしにしているように感じられる。

 京一郎がそろそろ戻って来そうなタイミングを見はらかってか、タケコさんが急に声のトーンを落として「あのさ、これ、前からお会いできたら一度聞こうと思ってたんだけど」と尋ねてきた。

「あなた達二人が持てる力を全て悪い方に使っちゃうとさぁ・・・世界征服とかできちゃうんじゃないかしら?」

 どうやら女子会トークは終了のようだ。

「私、色んな人から話を聞いて、色んな所から情報を仕入れた上で聞いているんだけど、本当にそれは可能な事なの?」

 う~ん、と私が唸っていると京一郎が戻ってきた。タケコさんは、今、真白ちゃんに聞いていたところだけど、と前置きをして京一郎にも同じ質問をした。

 こういった話は京一郎が専門分野なので、私にとっては渡りに舟、あとは男二人に任せよう。

「ええ、やろうと思えば出来ると言えますよ。只、今直ぐと言うのは無理としても、そうゆうオペレーションのもと、予算案が可決され、国家プロジェクトとして発動させた場合、2年以内には、世界中のどの国からでも着手できるでしょうね」

 京一郎が制限を付けながらも、あっさりと肯定したので、流石のタケコさんも口をあんぐりとさせていた。

「でも、これはあくまで架空の話として言いますけど、仮にそれをやったとしても、世界征服なんて言わせませんよ」

「え~、じゃなんて呼ぶんですか?」

「世界平和統一です」

「そっか、昔話でも、立派な王様が治める国は、全ての民が平和で楽しく暮らしていましたとさってそう言う感じになる訳だ」

「ええ・・・まぁ、そうですね」

 少しニュアンスが違うのか、京一郎はちょっとだけシドロモドロに答えた。でも、確かに例をあげれば、戦闘物のテレビ番組では悪党が世界征服をたくらみ、正義のヒーローがそれを阻止する為に戦うと言う構図がスタンダードである。

 悪政で国民を苦しめている国王は悪の総帥と言えなくも無い。又、お互いの国をけん制する為に、地球の破滅を招きかねない核兵器を持っている事も、悪の組織のカテゴリーに分類されるのだろう。

 南米のとある国などは、麻薬の組織が国を牛耳り、政府はただ手をこまねいているだけと言う。さしずめ真っ先に退治しなければ成らないと言えるのかもしれない。

 又、地球温暖化対策に一向に取り組もうとしない大国の連中も、大きなカテゴリーの中では同罪と言えるのだろう。

 

 昔見たアニメの番組で、こう言うストーリーがあった。

 ある日突然神様がお告げをする。

「一週間後に、一万年に一度の審判の日が来る。この星に生きている皆の者の意見を聞こう。その中で一番多かった願いを一つだけ叶えてやろう。みなの者よ~く話し合うが良い」そう言って神様は去って行く。

 一周間後に再び現れた神様は、皆の意見を聞く。人間達は喧々諤々の意見を交わし、紆余曲折をへて、結局世界平和と言う意見に落ち着く。人間の代表者が神様に切々と訴える。足元で名もなき花が揺れ動いていたのに気づく者はいない。

 黙って聞いていた神様はやがて、「お前達の考えはよ~く分かった。これから一時間後にお前達の願いを叶えてやろう」・・・と、そして一時間後、人間達は誰一人残らず、地球上から姿を消してしまうと言う物語である。

 神様は人間だけに意見を聞いたと言う訳では無かったと言う事だ。それは言うまでも無く地球上の森羅万象の生き物達にとって人間達が唯一、害をもたらす不要な存在と言う結論に至ったと言う事だったのだ。


 まだ文字も持たず、やっと火を使えるようになった頃の人間達は他の生き物達と同じ速度で歩んでいた。それがいつの間にか暮らしが便利になるにつれ早足になり、産業革命が起きた後には駆け足になってしまっていた。

 化石燃料を浪費し、地球の温度を上げて異常気象を頻発させ、あまつさえ地下実験と称して核爆弾を爆発させるに至っては、地球の怒りをかうのは致し方ないと言えるのだろう。

 人間は余程の事が無い限り、一度味わってしまった生活レヴェルを落とす事に抵抗を感じる。

 今更、電気や車の無い生活なんて成り立たないところまで来てしまったとも言える。後戻りが困難なら、これから先の歩み方を変えていく事が必要になる。次の世代の為にも、私達の世代に課せられた課題は大きい。

 どんなに節電を心がけている人も、たった100年程で地球が何十億年もかけて蓄えてきた化石燃料を使い切ろうとしているこの時代に生きている以上避けられない事なのだ。 

 対岸の火事とか、自分が生きてる内は大丈夫だとかそんな考えでいると、その内ワクチンの製造が出来ないようなウイルスが蔓延し、人類が滅亡してしまうような日が訪れないとは言い切れないのである。

 翡巫子が私達の孫を産めるような年頃になった時に安心して子育てが出来ないような世界になっていたとしたら、それは人類の敗北と言えるのかもしれない。

「そんな世界にはしないからね」私はその日の夜翡巫子を寝かせつけながらそう呟いた。



 この子はやっぱりあの人の生まれ変わりなんだと私は思った。京一郎も薄々感じている事だろう。

 世間ではこうやって自分の子供を自慢する事を『親バカ』と呼び、ほとんどの場合、周囲は温かい目で見守ってくれると言うシーンが展開されるのが普通だ。でも、それが自分達だけでは無く、周囲の人間まで巻き込み、マスコミまで巻き込めば、それは親バカの範疇を軽く超えてしまうと言う事になる。

「物が違うんだね」と京一郎が言えば。

「時々、様って付けて呼んでしまいそうになるのよね]と私。

 世界の多くの国々が、この夫婦が日本の舵を握り、世界に多大な影響力を持っている事を知っていた。その二人をもってしても、こう言わしめてしまう、

翡巫子は今年、小学校で義務教育を受けなければならない年齢に達していた。

 しかし「私が行っても周りに迷惑かけるだけだから」と言う彼女の意見を尊重して最初頃は学校にはいかせていなかった。6才にしてあらゆる知識を吸収した彼女には義務教育の必要が無くなっていたからだ。

 こんな逸話がある。

 ある朝、リビングで新聞を熱心に読んでいた翡巫子とのワンシーン。

「ねえ、ママ」

「え、どうしたの?」

「ここなんだけど、ここ」

 翡巫子が指差す新聞の記事は、最新の全国高校模擬試験の問題を特集したものだった。

「どうしてもわらないの。ここだけ」

「あら、数学の問題ね、どれどれママに・・って、翡巫子、他はわかっちゃったの?」

「うん、割と簡単だったよ。手ごたえ無しって感じ」

 以前、教育係も努めているマザーが『まるでスポンジね』と評した翡巫子にとって、この手の問題位は朝飯前という事なのか?結局私にも理解不能だったので結局〈困ったときのマザーだのみ〉で解決したのだが。わが子ながら末恐ろしいばかりである。


 でも私にしてみれば翡巫子には普通の生活を送ってほしいと言う気持ちはもっていた。同級生と遊んだり、ケンカしたり、机を並べて勉強したり・・・そんな日々は思い出と言う宝物になるはずである。

 私がそれとなく尋ねると「SNSでつながっている友達が世界中にいるし、同じ年代の子とは話があわないし」とこう返された。

 しかし、世間の目もマスコミの鼻もある。私達(京一郎には土下座までさせた)の再三、再四による説得にようやく応じてくれた今では週に2日程学校に通ってくれている。

 みんなと一緒に集団登校して行くランドセルを背負った後ろ姿を見ているとどこから見ても普通の小学生である。

 ちなみに翡巫子は同年代の女の子に比べたら大きい方だが、高学年の子達に混ざれば違和感なく溶け込んでいる。前後をSPが固めていなければどこの街でも見られる朝の光景である。

 私はそんな子供達の背中に向けて『行ってらっしゃいヒミコさま』と言いながら大きく手を振った。勿論『さま』は心の中のつぶやきだ。



                         了


 



 



 


   最後に書き人のつぶやき


 

 ここまで読み進んで頂いた方にはこの物語りが一応科学的な思考、空想を基本にしたサイエンスフィクション(SF)の要素も含んだ物語だと言う事にお気づきだと思います。

 SFなんで、はっきり言えば作者の意向で、どんな風にも物語を作り上げていく事はできます。世界征服なんて朝飯前です。

 例えば世界中の戦闘能力無力化してしまえるようなテクノロジーで、強制的に従わせる事だってできるし、G20の会場を制圧して、各国の首脳達を短時間で洗脳してしまう事だって可能なんです。

 

 でも、書き人は思うのです。この物語が完結し、最後まで読んで下さった方達が、『お、もしかしたらこれは近未来中には現実になるんじゃないか?5年、10年のスパーンでは無理としても、50年位ならあり得るかもしれないな・・・』と感じていただけるような物語にしたいのです。ある程度は現実味を含んだ物語にしたいんです。


 でも今のテクロノジーでは実現不可能なので、近未来に実現性が高そうなテクノロジーの先取りはしていきます。できるだけ地味に・・・。でも第一章で結構派手に『ぶっこんで』いるので、第二章ではそれ以上のテクロノジーは多分出てこないと思います・・・そう多分。

 ついでにもう一つ。

 

 太平洋戦争以降、世界は、朝鮮戦争、ベトナム戦争をへて、一応は平和路線にギアを入れ替えたと言えるのではないでしょうか。

 でも、皆さんご存知のように、今でも世界のどこかで戦闘が繰り広げられています。日本人が平和ボケと言われているのは、その火の粉が飛んできてない場所にいるだけで、対岸から火事を見物していられるからだけなんです。

 

 日本は世界的に見ても、素晴らしい国の一つと言えるでしょう。全国津々浦々まで張り巡らされた通信網、『こんな山の奥まで』と呆れてしまうような道路の舗装率、医療体制エトセトラ・・・。


 でも、日本は毎年増え続ける累積赤字や、輸入が止まれば餓死してしまうような食料自給率の低さ等、結構、色々問題を抱えているのも事実なんです。

 多くの日本人はこの事自体は知っています。でも、知っていたとしても、所詮はやっぱり『対岸の火事』なんですよね。飲み屋で話題に挙げても、KYと思われてしまうのがおちでしょう。多分。


 この物語は作者自身『青臭すぎる』と赤面しそうなほどの理想郷(エルドラド)を目指しています。

 皆さんは、地球温暖化の事を考えながら節電していますか?中にはそんな奇特な方もいらっしゃるでしょうが、多くの人は電気代の節約の為に何気にスイッチを押しているんではないんでしょうか。勿論、節電のセの字もしない人に比べれば、大変立派な事ではあります。

 地球温暖化だけに限った事ではありませんが、産業革命以降、日々ペースを上げながら走る続ける人間達。貴方もその中の一員です。その事に気付いてほしいと思いながら、第一章は筆を進めたつもりでした。当て付けがましくならないようにはしてたつもりですが・・・。

 

 地球の変貌を名もなき花は心配しています。このまま走り続けていく人間達を憂いているんです。


 ※第一章の最後の方で触れたアニメ番組は実際に作者の記憶に残っています。。でも、随分昔の記憶です。なので細かい部分は曖昧です。が、根本のストーリーは確かだと思います。

 この番組は『週刊ストーリーランド』と言い、1999年から2001年まで日本テレビ系で放映されていました。

 この番組は、ストーリーを一般から募集して製作を行くと言うスタイルを取っていたとの事。

 この回の構想を考えられた方には頭が下がる思いです。


 


 最後にこの物語は実は3年以上前に書き始めたものです。訳あって中座していましたが、今回校正と追加の文章を加えて仕上げてみました。なので時代背景がおかしいところもあります。

 でもフィクションなんで、大目に見ていただければと思っています。




                         完結     

      



 

 

 


                       
















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続約 卑弥呼伝説 @makoto-sawa

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