村の外れに住む少年

1 『村の外れに住む少年』

 暗闇の洞窟の中、大半が鎧を纏った集団が慎重に進んでいた。先頭、後尾、中間にいる人物が、指先の灯火で暗闇を照らす。


「──おい! 向こうでなにか光ってるぞ!」


 集団の一人が声を上げた。


「な、なんだこの光は……」


「もしかして伝説の武器とか?」


 漆黒を照らす光を道標とし、人が並んで歩くには狭すぎる道を、三十人はいるであろう集団が、奥へ奥へと進んでいく。


 開けた場所に出た集団を眩い閃光が襲う。全員が咄嗟にぎゅっと目を閉じる。


 明るさに慣れてきたため、瞼をゆっくり開くと──洞窟の中とは思えないほど、視界はクリアになっていた。


「ここは……」


「もしかして最奥か?」


「──あれはなんだ!?」


 洞窟の最奥にあるまじき、まるで真っ昼間のように明るい空間の先にあるものを、集団の一人が指差す。


 全員が指差す方へ視線を向けると、そこには──岩に突き刺さりつかだけが見え、埋め込まれた宝石から金色こんじきに煌めく光が発せられている一振りの剣があった。


「あの剣が光っているのか?」


「やっぱり伝説の武器じゃねぇか!?」


「「「おおおぉぉぉおおぉ!!」」」


 光り輝く剣を前にして、全体から歓喜の声が上がった。


 もしかしたら本当に伝説の武器かもしれない。そんな淡い期待を胸に、剣の周りへと集まる。


「よ、よし……抜くぞ──っ!」


 鎧を着ていない薄緑の髪色を持つ少年が、両手で剣を掴みふんっと力を入れる。だが、一向に岩から剣が抜ける気配はない。


 様子がおかしいと思い、同じく鎧を着ていない青色の髪の少年が近寄る。


「どうした?」


「……抜けねぇ」


「はぁ? ちょっと貸せ!」


 青髪の少年が柄に手を掛ける。だが、剣はまるで『お前じゃない』と言わんばかりにびくともしなかった。


「ま……まじで抜けねぇ」


 その後、この場にいる全員が挑戦する。さらには『おおきなかぶ』よろしく全員で力を合わせて抜こうともしたが、──正確には一人につき二人で支えている──結局動かすことはできなかった。


「……こ、これ、もしかして……選ばれた者しか抜けないっていう、伝説の聖剣〈エクスカリバー〉じゃねぇか?」


「はぁ? そんなのただの神話の話だろ?」


「だがそれしか考えられねぇ。全員が力を合わせても抜けない剣なんて普通あると思うか?」


「……確かに……可能性としてなくはないな」


 この世界にはこんな神話がある。


 かつて、この世界に魔族が存在する以前──世界を滅ぼさんとする『破壊神』を止めるため、守護神オーディンは、神器〈グングニル〉と聖剣〈エクスカリバー〉を使い戦った。

 『破壊神』の圧倒的な力を前にオーディンは敗北するが、ただでは死なない。死に際、自らの命と引き換えに『破壊神』を封印した。

 所有者のいなくなった〈グングニル〉と〈エクスカリバー〉は、この世界の何処かに消え、自らを扱うに相応しい者が現れるまで、いつまでも待ち続けている。


「──とりあえずこれを抜けそうな奴を片っ端から集めて、相応しい者とやらを見つけるしかねぇな」

「……そうだな」


 聖剣が抜けないのなら、岩を壊せばいいという意見も出た。だが、聖剣をも傷つけてしまう恐れがあるため却下された。


 今すぐにでも基地へ持ち帰りたい。焦りのような衝動を抑え、集団は光り輝く聖剣に背を向けた。


 洞窟をあとにした集団は、基地へ戻るために整列して行進する。


「さてと……魔族に見つからねぇように探すぞ、ケーニッヒ!」


「慎重にな、レークス!」


 青髪の少年レークスと、薄緑のケーニッヒを含め、総出で半年以上も探し回ったが、未だ聖剣を抜ける者は現れていない。



◇◆◇◆◇



「アーサー気をつけろよ」


「いってらっしゃ〜い」


「らっしゃ〜い」


 体格のいい茶髪の男と、黄緑色の髪と水色の髪の三歳ほどに見える二人の少年。三人に見送られるのは、十歳ほどに見える金髪の少年だ。


「分かってるよ。あと『らっしゃい』だけだと店の人になってるから。いってきま〜す!」


 村の外れに住む金髪の少年──アーサーは、一緒に暮らしている二人の弟と兄に挨拶をし家を出る。


「よし! 今日は姉さんに勝つぞ!」


 アーサーにはもう一人、今は出かけている姉がいた。姉は同じく魔物討伐や薬草採集などをし、食材を調達している。


 だが、アーサーは今まで姉に稼ぎで勝ったことがない。今度こそ勝利するため、気合を入れて森の中へ進む。



 ──それから数時間が経った。


「ふ〜……今日はこんなもんかな……。いや──これじゃあ姉さんには勝てない」


 いつも通り魔物を狩っていき、昨日と同等の数を倒した。家に帰ろうとしたアーサーだが、これではいつまで経っても姉を超えられない。


「……もう少し倒してから帰ろうかな」


 今までの教訓を活かし、ここよりも魔物がたくさんいる森の奥へと進んだ。



 普段なら家に帰っている時間──


 だが、木々によって光が遮られる薄暗い森の中で、アーサーは大の字になって寝そべっていた。


「あ〜……づがれだぁ〜」


 微風によってざわめく草木の音を聞き流しながら、疲れて思わず吐息を漏らす。


 魔力はほとんど回復した。あまり帰りが遅いと家族のみんなが心配してしまう。そろそろ帰ろうか。


 両足で勢いをつけて飛び起き、血抜きした魔物の死体を持った。その時、


「──おや?」


 樹の影から異質な声が響く。


 咄嗟に魔物から手を離し、アーサーは逆方向へ飛び距離を取った。


「ふむ……なかなか楽しめそうだな」


「な、なんで……こんなところに……」


 目の前に現れたのは、全身がどす黒く頭からは角が生えている生き物。正真正銘の魔族だった。


 まだ距離がある内に、貴重な収入源である魔物の死体をやむなく置き去りにし、全速力で逃げる。


「いい判断だ。では遊ぼうか」


 魔族はアーサーが逃げてもすぐには動かず、ニタリと不敵な笑みを浮かべた。


 背中が見えなくなったところで一歩進む。


「さて……どう殺してやろうか……」


 魔族にとって人族はおもちゃのような認識であり、自分たちの暇潰しに使える程度にしか思っていない。


 簡単にいつでも殺せる存在に、危機感などは全く覚えていなかった。

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