天才武術家の高校生が転生した先の世界を救う話。
大根の煮物
プロローグ
「ギブだ、ギブ」
「ほんとか?」
「ああ。 今回は俺の負けだ」
「よっしゃっ!」
オレは天に拳を振り上げる。
「言っとくが今回だけだ。 次は負けねぇよ」
いつもと同じ、放課後の道場で行われた実戦練習での出来事。唯一、違ったのは、勝敗。
産まれ落ちて十六年、遂にオレ、天野翔は父親(ししょう)を倒すという人生最大の目標を達成した。
★☆★
「おい天野! 呼ばれてるぞっ」
ゆっくりと振り向くと、隣の席の田村が焦った様子で前を指さしている。
一体どうしたのか、前を見るとウチのクラスの担任兼、英語教師の松平が怒り心頭の表情でオレを睨みつけていた。
「俺の授業中に余所見とは感心せんなぁ、天野。 余所見しているくらい余裕なら、この問題もとーぜん解けるんだよなぁ?」
相変わらずの嫌味ったらしい口調で松平はオレに問題を振ってくる。
そんな性格だから40歳にもなって結婚出来ないんだよ、とオレは内心で悪態を突きつつも、素直に立ち上がる。
見たところオレが解くべきものは、英語を日本語に直すという翻訳の問題のようだ。 オレは予習してあったその問題の答えを完璧に解答する。
オレが間違えるのを期待していたであろう松平は、
「ふん、正解だ。 天野、たまたま合ってたからと言って調子に乗るなよ!」そんな捨て台詞を残して授業を再開する。
松平がこの茶番をやり始めたクラス替え直後の4月から二ヶ月とちょっと。こんなことを毎回やっていて良くもまぁ、飽きないなと思う。
なんで目の敵にされているかも分からないし。
席に座り直して、もう一度窓の外を覗く。
二ヶ月前のあの日。オレは親父(ししょう)を倒した。
・剣道世界選手権一位
・柔道世界選手権一位
・空手道世界選手権一位
大きな声では言えないけど、裏格闘試合なんかも20戦20勝だ。他にも色々と親父の功績は数え切れないほどある。
そんなあらゆる武術に精通した上、その全てで世界最高峰の技術を持っているあの親父にオレは勝った。
当然、嬉しかったけど、事はそんなに単純じゃなかった。
初勝利から三日もすると、良くて親父と互角だったオレの実力は、親父を赤子扱いできるまでに成長した。
容姿も学力も中の下が良いとこのオレが、神から唯一与えられた才能。
それが武術の才能だった。それも圧倒的な。
そんな圧倒的な才能が開花した。今思えば、これ程残酷な事は無い。
勝利から一ヶ月後、社会勉強という名目でオレはいつの間にか、家兼道場を追い出されていた。実力至上主義な道場だったし、大きな道場だったから色々な思惑があったのも知ってた。だから、この処置は仕方ないのかもしれない。
孤児だったオレを拾って育ててくれた場所だっただけに、若干の寂しさはあったけども、言ってもそんなものだった。
まぁ、引越し先が学校の近くだったのは唯一の救いだ。 (必要な出費は全額負担してくれるらしい)
それでも、今オレが抱えてる大きな問題に比べればこんなものは些細な事だ。
「はぁ〜」
『キ〜ンコーンカ〜ンコーン』
思わず出た大きいため息と、授業の終了を告げるチャイムが重なる。間髪入れずにもう一度チャイムが鳴り響くと、担任の松平がホームルームを始めた。
週末なので、来週の予定をテキパキと伝えている。数分して、全て伝え終えた松平は号令係に挨拶するよう促す。
号令係が帰りの挨拶を終えると、オレは机のサイドに掛かった鞄を手にして足早に教室を後にする。
「おーい天野! 置いていくなよ〜。 全く、今日の授業は誰のおかげで助かったんですかね〜?」
「お前と違って予習してたオレ自身のおかげだよ。 ま、助かったのは本当だから缶ジュースの一本くらいなら奢ってもいいかもな」
「マジ?! やったぜ!」
階段を降りていたオレに追いついた田村は歓喜の声を上げる。そんな様子の田村だったが、昇降口を出ると真剣な顔つきになって小声で話し始めた。
「今日で一ヶ月だっけか、親父さんに追い出されてから」
特に否定することも無いので、素直に頷く。
「いや〜お前の親父さんとか道場の人の気持ちも分からなくもないんだけどさ。それでも、もーちょい別のやり方は無かったんかな」
「無いだろ。 恩を仇で返したこんなヤツにこれ以外の方法なんて。 それに、オレは別に気にしてないから大丈夫だ」
「ホントかぁ?と、に、か、く、あんまり思い詰めるなよ。 それに今日天野、誕生日だろ? 家(うち)に飯、食べに来いよ。 どうせ祝ってくれるような彼女も居ないんだろ。 それにしてもよぉ……強くなり過ぎて不感症になったってお前、何処のラノベの主人公だよ!HAHAHA」
自分からシリアスな展開にしたくせに、それを一気にぶち壊すように田村は大声で笑う。
「不感症じゃない! 無気力なだけだ!」
そう、オレ天野翔が抱える特大な問題。・・・それは、闘う相手がいなくなったこの世界に絶望して無気力症候群のようなものになってしまったことだ。無気力症候群は簡単に言えば、あらゆる物ごとに関心や興味が無くなる、一種の病気のようなものだ。
ただ、
「それに、オレが退屈に感じるようになったのは闘いのことだけで、学校のこととかは一生懸命にやってるっての」
これは嘘だ。
最近、恐ろしい程の虚無感が今まで影響の少なかった学校生活にも作用してきている。心配かけたくないから言えないけども。
「そうかぁ? 一時期学校にも来てなかった気がするのは、俺の記憶が変なんですかねぇ。 今日だって、窓の外ばっかり見てたしよ〜」
本人は松平の口調を真似しているつもりなんだろうが全然似てないので、無視する。
「でもまぁ、学校に来てるだけ良いわ。 天野が来ないと俺もつまんないからさ」
珍しく気恥しそうにしたかと思うと、田村は逃げるように先へ行こうとするのでオレはそうはさせまいと、腕をガッシリ掴む。
「お前のおかげだよ……」
田村に聞こえないようにボソリと呟く。
「うん? 何か言ったか?」
「何でもねえよ! いいから逃げようとするな」
思い返せば、自分より強いヤツがいないと分かって絶望して不登校になったオレを助けてくれたのは、田村だった。追い出された先のアパートで死んだように暮らしていたオレを毎日訪ねてきては、持ち前の底抜けな明るさで励ましてくれた。
それで結局、根負けしたオレがまた学校に行くんだっけか。
正直な話、今オレが学校に通えてるのも田村のおかげだ。
・・・まぁ本人には恥ずかしくて、絶対に言えないけど。
どうやら、話し込んでいるうちに学校近くの交差点まで歩いてきたらしい。赤信号を前に先を歩いていた集団の足が止まる。
「……色々、思う事もあるかもしれないけどよ、俺は天野に格闘技を続けて欲しい。 才能があるからとかじゃなくて天野自身の為に、さ」
そう言うと、田村は何か決意したようにオレを見つめる。
「怒らないで聞いてくれよ? 一回だけ約束破って、お前の道場に内緒で行ったんだ。 そしたら、親父さんの奥さん?が出てきたから、天野の試合を見せて欲しいって頼んだんだよ。そしたら、真っ暗な屋根裏に連れてかれて『少し待ってて下さいね』って待たされたわけ。 その後、少しして所々、光が漏れてきたからそこから、下を覗いて見たんだよ」
「いや〜ビックリした。普段学校じゃ全く覇気の無かった天野が、あんなにイキイキと親父さんと闘ってたからさ」
「田村お前、オレの知らないところでそんなことしてたのか?」
「怒らないでって言ったけど!?」
「怒らないとは言ってない。 奢りの件はなしな」
ジリジリと詰め寄るオレにたじろぐ田村。 実際は全く怒ってないんだけどな。
「え〜ケチ! ま、今日は天野の誕生日だしいいや」
そう言ってあっけらかんとする田村。
「あ、話が脱線してた。 結局、何が言いたいかって、格闘技、今度は人の為じゃなくて自分の為にやったらってこと。 天野が格闘技始めたのだって、親父さんへの恩返しが理由だろ? 最終的にはこういう結果になったけどさ、それでも天野自身が続けたいなら続けるべきだと思う」
「そうは言ってもこんなの俺個人の意見だし、押し付けるつもりも無いけどさ。 ただ、天野が進みたい方向に行けばいいと思う。 決心がついて、どの方向に進んでも俺は応援するし。 お! 青になった。 渡ろうぜ」
田村から伝えられた思いやりの言葉に思わず目頭が熱くなる。
……その時だった。
交差点に大型トラックが猛スピードで突っ込んで来たのは。
いち早くそのことに気付いたオレの身体は勝手に動いていた。 横にいる田村を咄嗟にトラックの進路上から押しのける。その直後、凄まじい衝撃がオレの全身を襲って、空中に投げ出された。
最期に運がいいのか悪いのか、偶然にも田村の姿が映る。
っ田村は無事か。 怪我も無さそうだし良かった・・・折角、飯誘ってくれたのに悪いな。 オレはもう、無理そうだ。
・・・そういえば、今までのことちゃんとお礼言えてなかったな。
(もし、生まれ変われるなら、今度こそ退屈しない世界が良い。それと、田村みたいな男と出会えるともっとい、い……)
それが、天野翔が最期に思った願いだった。
・・・これは、奇跡。
極限まで鍛え上げられた肉体と大質量が衝突したことによって生まれた莫大なエネルギーは時空を裂き、異なる世界へと天野翔の”魂”を結びつけた。
本来有り得ない確率で起きた奇跡(これ)は、天野翔を別世界に誕生させる要因になった。
『・・・と同期中──同期完了。 以後、主をショウとする。 起源(オリジン)スキル【選択】を取得しました』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます