第34話 代々伝わる伝統を壊す異端児の話【宮島・中嶋・鉄郎】

前年の甲子園出場校、春日部共栄との対戦翌日、埼玉新聞のスポーツ欄の一番大きな見出しは「春日部共栄敗れる!」だった。

小島達にとってその記事の内容はとても不満だった。

というのも大番狂わせ的な内容の記事だったからだ。

春日部共栄に勝ったのは、決してまぐれでも常木の剃り込みのおかげでもなく、実力あってこその結果だと思っていた。


そんな順調そうに見える農工野球部だけれど、小島には入部当初から、どうしても納得のいかないことがあった。

それは農工野球部の伝統的な規則だ。

・1年生は校門入ったら教室までダッシュ

・先輩にすれ違ったら腰を90度曲げて挨拶

・1年生の弁当はおにぎり2つ、おにぎりに具は入れてはいけない

・1年生の学食及び売店使用禁止

・1年生のバス通学禁止

・1年生の練習中の水飲み禁止

・1年生の練習中の私語禁止

等々…

小島にとってはアホらしい規則だった。

しかしこれを守らないと“シメ会”なるものがある。

早朝5時に呼び出されて上級生からの厳しい指導をされた。


そのシメ会には、『シメ会番長』という役目があって、小島が1年生の時のシメ会番長が宮島先輩だった。

宮島先輩は野球部に所属していたものの、絶望的に野球のセンスがなかった。

小島に言わせれば、なぜ高校に入ってまで野球をやろうとしたのか全くわからないレベルだった。

そんな宮島先輩が活躍できる数少ない場所がシメ会だったのだ。

ベンチの前で目を瞑らせ下を向かせた後、急に怒鳴り声をあげたり、ベンチの壁をバットで叩いて大きな音で驚かしたりする。

基本手を出すことはないけれど、あまりに態度の悪い後輩には胸ぐらをつかんで脅したりすることもある。

小島の同級生の中嶋がシメ会で吊るし上げを食らった時は、こんな感じだった。


宮島先輩「おい!中嶋!お前教室までダッシュしてなかったらしいな!?どう言うことだ!?あっ!」

中嶋「疲れたからです。」

宮島先輩「お前舐めてんのかよ!あっ!」

中嶋「舐めてません!」

宮島先輩「それが舐めてんだよ!次やったらどうなるかわかってんのかよ!」

中嶋「はい!」

宮島先輩「はいが聞こえねぇよ!」

中嶋「はい!」

宮島先輩「声が小せぇよ!」

中嶋「はい!」

宮島先輩「ずっと言ってろよ!」

中嶋「はい!はい!はい!はい!」

宮島先輩「何度もうるせぇよ!」

ってな具合だ。

小島はシメ会がある度に「野球くそ下手な奴に言われてもな~」と思いながら宮島先輩の活躍の場を眺めていた。


ある時のシメ会で小島がターゲットにされたことがあった。

小島は宮島先輩に怒鳴りちらされて、思わず「野球の事で言われるならともかく全然関係ない事で言われても納得いかないんすけど!」と詰め寄った。

宮島先輩は、まさか1年に歯向かわれると思っていなかったのか、テンパって小島の頭を殴った。

それで黙っている小島ではない。

宮島先輩を殴り返し、1年と2年が乱闘になってしまう。

そして小島にやられてシメ会番長としての威厳が無くなった宮島先輩は活躍の場を失い、次のシメ会からは違う先輩が番長をやることになった。


そんな代々受け継がれてきた野球部の規則やシメ会を小島が2年生になった4月に全部無くさせた。

もちろん上級生は納得していなかったけれど、そんな時の対処法を小島はよくわかっていた。

将軍と同じように力でねじ伏せたのだ…

小島としては、上下関係なんて個人がしっかりしていれば後輩にナメられないと思っていたし、舐めたことする1年がいれば、わざわざ後でねちねちシメなくてもその場でやっちゃえばいいという考えだった。


それから25名の新入部員が入ってきた。

その中には、小中学校と一緒にプレーしてきた相棒ともいえる鉄郎がいた。

「鉄郎は即戦力で使える」と小島が監督に推薦していたのだ。

伝統的な規則とシメ会を撤廃させたのは、鉄郎を野球に集中させるためでもあった。


そして、もう一人、小島にとって、とても重要な女の子が秩父農工に入学してきた。

アイだ。

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