第33話 甲子園出場校をビビらす話【常木・石橋・大地】

3年生が引退して新チームになった秩父農工野球部は、小島達1年生がほとんどのポジションでレギュラーになる。

もちろんピッチャーは、絶対的なエースとして大地だ。

こうして「中学は違うチームになるけど高校へ行ったら、またバッテリーを組もう!」という小島と大地の小学校の時の約束は実現された。

そして1年生バッテリーで出場した埼玉県北部大会では、秩父農工野球部18年ぶりの準優勝となる。

勢いに乗った県大会ではベスト8まで進出したけれど、優勝した浦和学院に惜しくも敗れた。


ちなみに秩父農工の試合前には、毎回観客席が湧く出来事が起こる。

それが何かというと…

試合が始まる前に両チームの守備練習があるのだけれど、2塁へ送球する小島の強肩に観客席が湧くのだ。

そしてもう一つ。

鬼の石橋が打つキャッチャーフライだ。

打球があまりにも高く上がるものだから客席がどよめいた。

そんなわけで、小島の送球と鬼の石橋のキャッチャーフライは、秩父農工のちょっとした名物となった。

そして小島は、観客が湧く石橋さんのキャッチャーフライを捕るのが嫌いではなかった。


鬼の石橋の小島に対する指導は徹底していた、

総合力で勝る甲子園出場校との練習試合では、1球ごとに鬼の石橋がベンチから小島にサインを出した。

そのサインを小島がピッチャーの大地に送り、格上のチームに対しての戦い方を実践で身に付けていった。

石橋さんの熱心な指導のおかげもあって、甲子園出場校とも渡り合える手ごたえを1年生バッテリーはつかんでいく。


そして2年生になった春の大会では、1回戦でいきなり前年の甲子園出場校、春日部共栄と対戦することが決まった。

農工野球部は、ビビることなく春日部共栄を食ってやるとやる気満々だった。

対戦の数日前の千葉遠征の時に、小島はレフトを守っている常木に洗面所に呼ばれた。

そして常木にこう言われた。

「小島…気合い入れたいから、剃り込みを入れてくれ!」

小島は「何で剃り込み?」と思ったけれど、面白そうなので了解した。

小島が「どのくらい?」と聞くと、常木は「共栄がビビるくらい!」と言った。

小島は常木の心意気に応えるためにカミソリでじょりじょり剃ってく。

けれど左右のバランスをとるのが意外と難しく、後頭部まで剃り込む仕上がりになってしまった。

小島は笑いをこらえるのに必死だったけれど、常木は気に入ったのか満足そうだった。

ところが常木の剃り込みは、すぐ監督に見つかり、常木は廊下で一時間正座をさせられた。


そして春日部共栄との試合を迎える。

試合前の整列で両チームが向かい合って帽子を取って挨拶をするのだけれど、小島はその整列を密かな楽しみにしていた。

というのも、帽子をとった常木の剃り込みを見た春日部共栄の反応が見たかったからだ。

小島の予想通り、春日部共栄の選手たちは笑いをこらえるのに必死の形相だった。

その顔が面白くて小島も笑いをこらえるのに必死だった。

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