第5話 兄からもらった野球と友達【小島兄・ベッキー】

8歳年上の小島の兄は、野球がうまかった。

少年野球のコーチからもセンスがあると太鼓判を押されていたけれど、肩を壊して野球をやめている。


そんな兄から小島は野球を教わり、兄が学校から帰ってきたら、暗くなってボールが見えなくなるまでひたすらキャッチボールの相手をしてもらった。

小島は、兄とケンカしたことは一度もなかったし、姉のようにビンタされることもなかった。

とにかく、いつも小島に優しかった。


そんな兄の部屋に小島が入った時、兄が自分の腕をコンパスで刺しているのを見てしまったことがある…

幼い小島には、なぜそんなことをしているのかよくわからなかったけれど、見てはいけないものを見てしまった気がした。

そして小島が知る限り、兄の友達が家に遊びに来ているのを見た記憶が一度もない…


小島が小学校4年生に上がる時、兄は高校を卒業すると就職で家を出ることになっていた。

すでに姉は家を出ているので、兄が出ていくと小島の相手をする人がいなくなってしまう。

そして小島は10歳で急に一人っ子生活を迎えることになる。

そこで兄は弟のことを思い、自分がプレーしていた隣町の野球チームに入ることをすすめた。

小島は素直なので、それまで通っていた柔道をやめて隣町の少年野球チームに入ることにした。

ただ、そのチームは隣町の小学校の生徒が中心で、小島の小学校の同級生は誰もいなかった。


小学校ではガキ大将的な存在の小島だったけれど、入ったチームは知らない同級生ばかりだったので最初のうちは大人しくしていた。

ところが、どうにも勘に触る隣町の同級生がいた。

小島よりも1年早くチームに入っている、あだ名がベッキーという奴だ。

ベッキーは、同じ学年の中で一番喧嘩が強いと言われていて、いつも威張っている。


小島は、素直に母と姉と兄の言うことを聞くだけでなく、自分の気持ちにも素直な子だった。

だから、あまりに調子に乗っているベッキーにムカついたので、素直に体が反応して喧嘩になり、ベッキーをぶん投げた。

そして柔道の技で締め上げて余裕で勝った。

それはベッキーの初めての敗北であり、仲間から「ベッキー、実は弱いんじゃね?」という疑惑が生まれた出来事でもあった。


その出来事がきっかけで、小島はチームメイトと打ち解け、チームの中心メンバーへとなっていく。

ちなみにベッキーは、小島の父親の葬儀にも参列してくれるほど長い付き合いになるのだけれど、小島をキレさせて三度ほど殴られる珍しいタイプの友達でもある。


小島の野球人生は、ベッキーのせいでそんなスタートになったものの、野球を通して多くの人と出会い、甲子園を目指して貴重な経験をしていくことになる。

そして野球を通して出会った友達と、たくさんバカなことをして笑ったり、アホなことをして怒られたり、エッチなことをしたり…と、ろくなことをしていないけれど、小島にとって何ものにも代えられない時間と仲間を得ることになっていく。

そのきっかけは間違いなく兄のおかげだった。

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