RED COFFEE

帝亜有花

第1話 RED COFFEE 入荷しました!

「暑い・・・・・・」


 照りつける太陽、上がり続ける体温、とめどなく流れる汗、そしてその汗にへばりつくシャツ、乾燥でひりつく喉、一言で言えば僕はもう限界だった。

 朦朧とする意識の中で、僕は砂漠の旅人の様にゆらりゆらりと歩き続けた。

 そう、オアシスを求めて・・・・・・だ。

 暫く道を行くと、オアシスはあっさりと見つかった。


「かふぇ、あらや・・・・・・?」


 僕はなんとなく、その喫茶店のナチュラルテイストな看板の文字を読み上げた。

 ふと、足元に立てかけられた小さな黒板には赤いチョークで『RED COFFEE 入荷しました!』と書かれていた。

『RED COFFEE』直訳すれば赤いコーヒーだ。

 コーヒーは僕の知る限り黒と決まっている。

 ミルクやらなんやら入れれば茶色くらいにはなるだろうが。

 まぁ、何でもいい、今はこのひりつく喉の乾きと熱中症寸前の体をなんとかしたかった。

 僕はその小さな喫茶店の扉を開けた。

 中に入ると、カラコロと耳触りの良いチャイムが鳴り、ひんやりとした空気が流れてきた。


「あーー、涼しいーー」


 僕はつい恥ずかしげもなくそう叫んでしまった。

 すぐに恥ずかしい事をしたと思い周囲を見たが、幸いにも誰一人客は居なかった。


「いらっしゃいませ」


「あ」


 うっかりしていた。

 他に客が居なくても店員は居るに決まっている。

 やはり僕は恥ずかしい事をしてしまったのだ。


「どうぞ、お好きな席へ」


「あ、はい」


 僕は羞恥心を捨て、カウンター席に座った。


「ご注文はお決まりでしょうか?」


 店員はエプロン姿でとても清潔感のある好青年といったところだった。

 名札には『荒谷』と書かれていた事から、この店のマスターなのだと気が付いた。


「あの、表にレッドコーヒーって書いてあったんですけど」


「ああ、レッドコーヒーですね。あまり美味しくないですよ?」


 自分の店の商品を美味しくないと前置きを付ける人物を、僕は今日初めて出会った。

 どうせなら、美味しい物が良いに決まっている。

 だが、僕は好奇心から味なんかよりも、一体どんなコーヒーなのかが気になった。

 例えまずかったとしても、会社の同僚への土産話位にはなるだろう。


「いいです。それで」


「はい、少々お待ち下さい」


 店の中は静かで、雰囲気のあるジャズか何かが流れていた。

一曲聞き終わる頃、マスターは僕の前にコーヒーカップをコーヒーソーサーに乗せて差し出した。

そこで僕はありえないものを見た。

湯気だ。あろうことかこの真夏にホカホカと湯気が立ったコーヒーが出てきた。


「あ、すみません、これってアイスはありますか?」


「すみません、このコーヒー、ホットだけなんです」


「そうですか・・・・・・」


 そう言われては仕方がない。

 僕は我慢してそのコーヒーを飲むことにした。

 改めてコーヒーを見ると、そのコーヒーは赤くもなんともない。

 普通の黒いコーヒーだった。


「マスター、これ全然赤くないんですけど」


 もしかして、注文を間違えたとか?


「いえ、それ色は普通なんです。コーヒー豆が他の豆より赤いっていうだけで、コーヒーにすると色は普通になります」


 なんだ、そんな理由か。

 僕は少し残念に思いながらコーヒーをフゥフゥと息を吹きかけながら啜った。

 もう一つ残念な事に、マスターの言う通りこのコーヒーはあまり美味しくない。

 コーヒー独特の香りも苦味も酸味もあるのだが、なんとも形容し難い味がする。

 どことなく・・・・・・鉄の味にも似ている気がした。


「ね? あまり美味しくないでしょう? 赤いコーヒーが出てくると期待されていたんですか?」


「えっ、ええ、まぁ」


 図星を突かれて僕は少しだけ居心地が悪くなった。


「でも、なんで美味しくもないコーヒーを出しているんですか? 看板を出してまで」


「客寄せですよ。ほら、昔流行ったコーンポタージュ味のアイスとかあったじゃないですか。人って珍しい物を見ると一回は試したくなるんですよね。二回飲む人もいませんが」


「ああ、確かに、まんまとマスターの策略に乗せられちゃいましたよ」


「でも、折角レッドコーヒーをご注文頂きましたし、僕とゲームをしませんか?」


「ゲーム?」


「ええ、このコーヒーを注文する人って結構そういうの好きな人が多いんですよね。もし、お客様が勝ったら、このコーヒーのお代は結構です」


 このお世辞にも美味しいとは言えないコーヒーがタダになるならやってみる価値はある。


「どんなゲームなんですか?」


「とある人物の死因を推理するというゲームです」


 思いもしなかった言葉に僕は耳を疑った。

 この好青年から物騒な言葉が出てくるなんて。


「それで、ルールは何ですか?」


「ルールは簡単です。私はお客様の三つの質問にお答えします。ただし、その人物の名前、凶器はお教えできません。そして、解答権は一回のみです」


 なるほど、それはちょっと面白そうだ。

 推理小説なら色々と読んだ事があり、犯人当ても得意だ。今回は犯人ではなく死因だが。


「じゃあ挑戦してみます。これって正解した人居るんですか?」


「それは一つ目の質問という事で宜しいでしょうか?」


「ええ! わわ、たんまたんま、今のなし!」


 危ない、うっかり一つ質問を無駄にしてしまうところだった。

 僕はまず、どんな質問をしようかと考えた。

 質問のチャンスは三回、慎重に行かねばならない。


「じゃあ一つ目の質問、その人物は実在の人物ですか?」


 この質問を選んだのは、もしも本か何かの架空人物か、現実の人物かをふるいにかける事が出来ると思ったからだった。


「ええ、実在の人物です」


 マスターはあっさりとそう答えた。

 そう来たら、次の質問はこうだ。


「じゃあ、二つ目の質問! いつ、亡くなったんですか? あ、正確な年月日と時間もお願いします。これくらいはセーフですよね?」


「はい、今日なので年月日は要りませんね? 時間は午前一、いえ十時五十六分四秒です」


「え・・・・・・」


この質問の意図は、もし過去で歴史上の有名な人物の命日だったなら、ある程度死因を覚えているかもしれないと思ったからだった。

 だが、そんな事よりも、マスターが一旦言おうとして言い直した事に僕は違和感を覚えた。

 この男は、何故そんなに正確な日時を知っているのだろうか? しかも死んだのは今日で、それを秒単位で知っている。


「へ、へぇ・・・・・・今日なんですか」


 今日死んだ人物なんて知る訳がない。

 もしかして、僕が知らないだけで今日有名人でも死んだかな?

 そう思い、スマホで調べようとしたが、どうもネットが繋がらない。


「すみません、ここ場所の問題なのかネット繋がらないんです」


「あ、そうですか」


 今時、ネットも繋がらなければフリーWiFiすら無いとは。

 僕は段々と、この場所がまるで異世界かどこかの様な気さえしてきた。

 質問はあと一回、どう考えても手数が足りない。

 このままでは僕の負けは明らかだ。


「次の質問はいかがされますか?」


「うーん・・・・・・」


「ヒント、あげましょうか?」


「ヒント?」


「その人物は他殺です」


「た、他殺・・・・・・」


 それを聞いて僕は背筋がゾクリとした。これが事実なら、事件じゃないか。

 ひりつく喉を潤そうとコーヒーに口を付けたが、そのコーヒーが増々不味く感じられ一口しか飲めなかった。

 そして僕は最後の質問を考えた。

 どうせ負けるなら気になる事を聞いておきたいと思った。


「じゃあ最後の質問。その人はどうして殺されたんですか?」


「犯人には愛する女性が居た。だが、その女性は既に結婚していた。だから、その女性と結ばれる為に、その人物を殺そうと思い立ったんです。こう・・・・・・」


 マスターはおもむろに包丁を取り出した。

 その包丁には赤黒い血の様な汚れが付いていた。

 そして、それをメチャクチャな方向に振り回した。

 マスターの目は狂気じみていてさっきまでの好青年とは別人の様だった。

 すぐにでもこの場から逃げ出したくなったが体が凍りついたかの様に動かない。


「こうやって、こうやって、ずたずたに引き裂いて・・・・・・、そしてある事を思いついたんです。死体を全て調理してしまえば証拠を隠滅出来ると。そう、骨も血の一滴でさえ・・・・・・」


「え・・・・・・」


 僕はつい、目の前に出されたそれを見た。

 黒いコーヒーなのに、その闇の奥に血の様な赤があるような気がした。

 急に強い吐き気に襲われ嗚咽を漏らした。


「ううっ」


「ふふっ、冗談ですよ。お客様。コーヒーに、血が入っているとでも思いましたか? あ、この包丁の汚れ、ランチに出しているミートローフのソースです」


 この男の言うことはいちいち図星を突いてくる。

 冗談を言うにしてもたちが悪い。


「だから、もっと穏便にすませようと思ったのですよ」


 僕は再びコーヒーカップを手に取った。

 そして、僕はとんでもない事に気が付いてしまった。

 ああ、何故今になって思い出したのだろう。


「マスター、答えが分かりました。答えは――」


「正解です」


「じゃあ、僕はもういきます。ご馳走様でした」


 僕はレッドコーヒーを半分以上残し、再びその熱い体を引きずるようにして店を出た。

 店を出る時はチャイムの音はしなかった。

 喉を潤す為だったのに、まだ喉がひりつく。

 僕はふと店を振り返った。そしてこう呟いた。


「ああ、赤が足りない・・・・・・」

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