文字だけの世界? どうして、おかしいよ、そんなの
十六
平成博はあまり歓迎していなかった。
ふたつの部屋を他人に見せるのは気が進まない。
ひとつは文字どおりの自室であり、あまり片づいておらず、家の人間以外に見られて気分のいいものではない。
もうひとつは前者以上に人目をはばかる。家族にさえめったなことでは見せない、自室よりもプライベート性の高い仮想的な場、つまり彼の所有するPCだ。
未来の自身ですら触らせるのに抵抗感があるというのに、
ヤンキーのくせにおかしなことを言う。タバコぐらい誰だって吸うし、だいいち、自分はもうやめている――
こんな連中にあれやこれやのファイルを見られようものならなにを言われるやら。
そのむねをそれとなく博が博に訴えると――「俺とて自滅は避けたい」
ちなみに、試験は玄関前の電話線を抜いておこなった。過去博の部屋に引いてあるものを不用意にもちいれば反発を招きかねない。
あえて過去のPCを使用する理由は、いざというときのため。
この時代の本来の方法でつなぐ手段を確認しアカウントを作成しておく。IT関係を一手に引き受ける千尋になんらかのトラブルが発生したときにあわてないように。いや、最悪、博自身にもしものことがあっても、もうひとりの
その不甲斐ない二名にも
博は、来いと言ってないのに後ろをくっついてきた彼らをじとり見やる。
過去博は、室内同様に雑然とした、ほとんど棚と化している机の引出をあける。これまた乱雑に突っ込まれた筆記用具やらライターやら小銭やらカセットテープやら液漏れした乾電池やらのなかから、黒いフロッピーディスクを取り出す。
普段はPCへ差しっぱなしにしていたっけ。思い出して、博は不思議なむずがゆさを覚える。
たしかに、起動ディスクを抜いておけば、普通ならこの家で
千尋が居間にいてくれてよかった。見られてあまりきまりのいいものでもない。
「と、思ってたら影が差したか」
「なんのこと?」
薄暗い廊下からぬうっと髪の長い女が現れる。
まるで怪談のような絵づらだな、との感想はひかえ「こいつらに、九〇年のPCナメんなって教えてやるところだ」と〇〇年代コンビを指し示す。
「あらあら、だいじな姪御をカルチャーショック死させるの?」
陽子さんになんて説明する気、との茶化しに「え?」と本人が振り向く。
畳に直置きの端末へ、平成博がフロッピーディスクを差し込む。
「へー、昔のパソコンって横置きなんだ。てかモニター、上に乗っけちゃうんだ」
てかモニターもなんかデっカ、画面ちっちゃいのに、てかあのデカいカード、USBメモリーかなんか、などと、よくわからない感想やら質問やらをあれこれ背後で並べる
あっ、なんかピコってヘンな音したよ、といちいち騒々しい娘だ。起動音ぐらい
「起動するの遅いね。ものっすごい昔、おじさんが使ってた7みたい」
悪かったな。口さがない姪に、博は心中でぼやく。貧乏アルバイトに
そんなことを考えているうちに、がこがことフロッピーディスクからの読み込みが完了する。
「起ちあげたぞ。
振り返って未来博の、ああ、との返答。そのわきで、
「たくみん、あれ起動してなくない? パソコン壊れておじさんイライラしてたときあんなだったよ」
「なんだっけ、あの画面。哲也さんから教えてもらったやつ。たしか、プランクトン画面?」
なんで微生物なんだ。コマンドプロンプトだろう――令和のほうの博が、こちらも内心でツッコむ。
葵はしかたないとしても拓海は仕事がら多少は知っとけ、とのぼやきはいちいち口に出さない。公衆電話に続く平成世界のワンポイントレッスンを粛々と開講しよう――おそらくは無駄な努力に終わるとの予感がしてならないが。
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