世紀を二度越えた男たち

十五

 仮のものが結局、なし崩し的に本決まりとなってしまうことはよくあることだ。


「じゃあ、やっぱり最初の案でいいんじゃないか」過去博がどちらでもよさそうに言う。


「バブル見物行けるならなんでもおk」拓海の、より投げやりな意思表示。


「可もなく不可もない選択肢って、危険を冒せないケースでは有効よ」意外に前向きな千尋。


「こんなかわいげのないツリ目じゃなくて、'90きゅうじゅうねんの最先端の流行をレクチャーしたげる」むすめの描いたキャラをひらひらさせて陽子は首を横振り。


「えー、ママみたいに髪もっさもさのやつだったらいいよお」キニエンタス、じゅうぶんかわいいしチートスキルも五百五十五個持ってるし、と葵は不満げ。


「ほらほら、また母娘おやこゲンカを始めないのよ。あなたも居間で寝ないでちょうだい」作戦会議から早々に離脱した節子が、酒で沈没し同じく離脱状態の清を揺さぶる。


 小半助教授からパスワードを引き出す案を、令和・平成の合同チームで出しあったが、まあろくなアイデアの出ないこと出ないこと。


 お金で買い取る → 数学者生命かけてる人間 + 金あまりの時代なめんな。

 スイーツで釣る → 天才クラスの数学者が葵レベルと思うな。

 正直に事情を話す → 容易には心をひらかない。警戒されたら終わりだ。

 パソコンをハッキングする → だから難しいと最初に言っている。

 スマホにウイルスのアプリを入れる → 平成初期をそろそろ理解しろ。

 オレオレ詐欺的な電話 → 天涯孤独と見られ、家族の情報もなくどうしろと。

 催眠術で吐かせる → 誰がそんなものを使えるのか。

 Hな写真を盗撮して脅迫 → 悪役か。へたしたら捕まるわ。

 人質を取る → だから悪役か。身内の情報もないと言っている。

 拷問で吐かせる → えげつなさすぎるわ。もう完全に敵キャラだろう。


 時間をかけるほどだめな方向へと迷走する。

 一度葵が、チートなアイデアが降臨したと言いだし(博は聞きもせず即座に却下したが勝手に続け)「ハニトラだよハニトラっ」と比較的(あくまでも比較的)ましそうな案を出した。


「たくみんをね、ハニトラにするの」

色仕掛けハニートラップ?」

「一応、イケメン枠じゃん、残念系だけど。たくみんの使い道ができるしちょうどよくない?」


 ほめているのかどうなのか。じぶんを棚に上げた迷案に拓海は、ははは、と乾いた笑いを示し、千尋は「無理」と一蹴。


「こんな、見た目はチャラい、中身はすかすかになびくほど小半助教授はチョロくないから」

「ちょっ、千尋さんひどくね?」

「IQが二十五違うと会話は成立しないそうよ。五十は軽く離れてるし無理でしょ」

「無理なんだって、たくみん。使い道なくなっちゃったね」

「ははははは……」


 自分以上にIQの乖離していそうな葵の、ちょっぴり残念そうな感想に、青年は乾燥した笑いをもらした。


 多少の議論で出た結論は、当初のまま、小半助教授の好みそうなイラストを葵が描き、向こうからの接近を待って交流のきっかけとし関係を築く、との作戦の維持。

 時間をかければもっとましな案は出そうな気がするが、巧遅拙速。一九九〇年バブルに滞在可能な日数は限られている。

 どのように小半助教授と関係を構築するか、パスワードを引き出すかも考えていかなくてはならないし、どんなアクシデントがあるかもわからない。出発前のじゅうぶんな準備期間で出してこなかった名案がそうやすやすと浮かぶものか。へたの考え休むに似たりだ。制限時間内に目的を達するにはとにかく動かなければ。

 不藁が立案に加わってくれれば――


「アンタ、イラスト描くなら『ナゴヤ』にしたら?」

「ナゴヤって『ゴヴァ』のとこが作ったっていうあれ?」

「ごば?」


 ゴヴァはね、ゴヴァの人がこーやってね、ゴヴァに乗れ……って言うあのゴヴァだよ、と姪がまた伝わらない説明モノマネをするのを捨て置き、相棒を思う。


 先ほど石垣島のホテルから、那覇経由の東京行きの便で明日帰る、との連絡があった。台風の動きはあらかじめすべて把握しているので欠航もおおよその判断がつく。天気予報いらずだが、長らく忘れていた市外通話の料金には目玉が飛び出る、との軽口を、博は複雑な気分で聞いた。


 まかり間違えば死も同然の遠い未来へ送っていたかもしれない男。

 運命の気まぐれで難は逃れ、手をくだした張本人でありながら博はほっとすると同時に、抱え続けることになった不安要素を憂う。

 最強の味方が、頼れなくなったばかりか誤用のほうの「気が置けない」間柄になってしまうとは。皮肉にもほどがある。これも想定外のアクシデントだ――厳密には事前に想定しえたが、不甲斐なくもそこまで考えがおよばなかった。


 不藁は頼れず、逆にどんな妨害を受けるかわからず、それ以外にもまったく想像しない不測事態も織り込まなくてはならない。早め早めに行動しなくては。時空のむらの発生する日が来るどころか、年が暮れ、世紀すら暮れ、新世紀が明けてしまう。


「俺よ、PCを使うぞ」二十世紀博もうひとりのじぶんに呼びかける。「パソコン通信につなぐ」


 唐突に立ち上がる二十一世紀博みらいのじぶんにとまどう博の返事も待たず、新世紀博は、自室であってもはや自室ではない部屋へと驀進する。


「お、おう」


 あわてるようにあとを追う博に、なになに、と未来組と陽子こどもたちがおもしろがって続いた。


 我がリーダーの行動は往々にして突発的だな。

 ひとり、席で見送る千尋は、グラスなどのわずかに残った食器を片づけようとする節子に立ち上がった。「私も手伝います」


「いいえ、いいんですよ。お客様なんですから」夫人は、にこと押しとどめる。「それよりピコピコ、お得意なんでしょう?」


「はあ?」このタイミングでなぜゲームの話をと面食らったが、パソコンを指しているらしい。


「あの子がピコピコを熱心に使うときはよくひとりで大騒ぎするんですよ」奥さん聞いてとばかりに手をひとかきして、不肖の息子を語る。「機械を買ってきた日、ものすごい剣幕で『不良品だ!』ってお店の人を呼びつけたら、ピコピコのカセットをきちんと差してなかっただけとか」


 たぶん、MS-DOSのフロッピーディスクのことだろう。初期モグさんならやりそうだ、と千尋は苦笑する。ここ平成博じつぶつがいるだけに、決まり悪そうに店員を追い返す様子をイメージしやすくてかなわない。


「うまく支えてやってください。昔っから、ひとりでなんでもやれるつもりでいるものですから」


 にこやかに頼まれて、微力ながらと応じる。


「これで安泰だわ」


 うふふ、とお盆に食器を乗せていく節子を、ぱちくりと見つめる。PCのことを預けられたにしては少々、大仰だ。浮かんでいたにやにやが、絶妙な具合に引きつる。


 先生おそるべし。

 お盆を持ち運ぶ後ろ姿に、あの主婦の領域に果たして自分は到達しうるのだろうか、と。

 若きプログラマーは――三十五歳定年説が大手を振るう業界ではあるが――戦々恐々、自身の戦場りょういきへと向かうのであった。




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