黄色電話、誤用シーンにご用心

 この一九九〇年という時代はとかく、二十一世紀および二十世紀末生まれに説明を要することがらが多い。

 電話をかけることひとつとってもそうなのだが、その前に、なぜいくつもの宿泊施設へ問いあわせるのか噛み砕いて話す必要があった。ただ単に、壁に並ぶ薄黄色の公衆電話の前に連れてきて、明るい黄色の分厚い本と十円玉を渡し「料金と空室状況を聞いてまわれ」と言ったところで、


「ごめん、ちょっとなに言ってんのかわかんね」

「不藁さん、ひとりでなにやってんの?」


 拓海・葵の両名は頭上に「?」を浮かべるだけ。意図も手段もなんらいっさいまるで伝わらないのだ。


「これは公衆電話というものだ」やや縦長で高さ数十センチ、箱状のダイヤル式電話機に博は手を当てる。「金を入れると一定時間、電話ができる」


 馬鹿げたことを言っていると思った。それぐらい知ってるよ、という反応を期待した。が、実際には、


「オレ、このタイプの知ってる。江戸時代ぐらいのクッソ古い機種だろ」

「うっそ、昔の電話ってこんなデカいんだ!」


 ――やはり、ダイヤル式がどうとか以前に、公衆電話そのものから説明を要するようだ。

 しかし、である。そこは〇〇ゼロ年代生まれ。すんなりと公衆電話のワンポイントレッスンを開講させてくれるほど甘くはない。


「泊まるとこ探し? できるだけ安い宿? なんで一個一個、電話で聞くの?」まず葵が、比較サイトで調べればよくない、とスマートフォンでブラウザをひらき「あれ? まだ基地局につながんない」

「サイトより予約アプリのほうがてっとり早いだろ」次に拓海がApp Storeをひらこうとして「あ、オレのも回線死んでるっぽい」


 結果、博をスルーし、サポートセンター役の千尋に質問がいくことになるのだが


「――ええ、そうです、三人部屋とふたり部屋で一泊。はい――はい――」


 すでに電話中の彼女は彼らにかまっていられない。ふたりを手で制しつつ、問いあわせ内容を復唱。音声情報からテキストデータへ変換している。

 博は、まとわりつく彼らを千尋からひっぱがし、チュートリアルを続行させた。


「何度も言うが、この時代にインターネットはない――あるにはあるが、ない」

「あるのかないのかよくわかんね」

「だってあたしたち、LINEのメッセージ送れるよ」

「それは千尋の構築したイントラネットを介しての通信。インターネットの商用利用が始まるのは数年先だ」


 LINEなどのアプリも実はオリジナルを模したクローンなのだが、ふたりともよくわかってなさそうなので省く。

 天然娘の姪はともかく、拓海はまがりなりにもPCショップに勤める身。いや、そうでなかったとしても多少は理解を示してもよさそうだが、好意を寄せている葵への遠慮や同調なのか、あるいは単にバカなのか――おそらく後者だろう――かたくなに飲み込みを拒む。

 とにかく、使用できないものはできない、その程度にとどめておかないと日が暮れてしまう。


「で、公衆電話の使いかただが――」

「はいはいっ、あたしやってみる!」


 伯父のレクチャーをさえぎり、葵が元気に挙手した。博は、への字に口をすぼめる。

 わかんのかよ、と拓海がからかうが、かくいう彼も、ダイヤル式はおろか公衆電話に触れたことすらなかった。生まれたときから身のまわりに携帯端末があふれており、大災害の経験もない彼らにとっては無縁の設備だ。


 少女は、千尋や不藁の見よう見まねでぎこちなく受話器を上げる。「うわ、これ重っ」


 家電いえでんのより重たいよこれ、と小さな発見に嬉々とする彼女に、そしたら次は、と博が口を挟む。こんな調子でちまちまやられては日が暮れ夜が明ける。

 そうはさせるかとばかりに葵は、待って待って、とダイヤル部分へ指を伸ばす。スマートフォンを取り出し、通話アプリの画面を交互に見ながら、ダイヤルの穴に書かれた数字を慎重に押してゆく。


「えーと……なにをやってるんだ?」

「とりあえず自分のにかけてみる」


 一生懸命、番号を押す姪へ伯父が指摘しようとしたが、先に拓海が言及した。「おいおい、金払わねえとかけらんねーだろ」


 そこじゃない。博はプチフリーズ。

 いや、料金もだが、昭和世代からしてみればほかにもツッコミどころが盛りだくさんだ。


「あ、そっか。有料だよね」ここであれを使うんだね、と彼女は満を持して、渡されていたテレホンカードを財布から出す。「どこで読み取るのかな」


 ダイヤルの上や受話器を置く上部などへカードをかざす。

 あれ、ピッて音しないよ、昔の電話はしないんじゃね、などと試行錯誤するふたりへ、博は、かざす場所はない、と冷静に――少々いらいら気味で助言。


「じゃあタッチするタイプ?」ぺたぺたと電話機のあちこちにあてがう姪っ子へ、入れるタイプだ、そのカードは、と後半を強調して指摘する。


「入れる場所、見あたらないけど?」

「十円玉か百円玉でかける、その電話機は」再度、後半部分を強調。


「え、カードの意味は?」

「緑色の電話で使う」

「へー」


 興味深げに、葵はテレホンカードとダイヤル式の公衆電話を見比べた。


 この姪は、血筋なのか、妙なところで強情っぱりな一面がある。自分自身でやってみたいと言いだすと聞かないのだ。生まれたときからめんどうをみている博は、こういうときの葵にへたに口出しすればひどくへそを曲げかねないことを知っている。


 葵がまだ幼いときのことだ。初めて買ってもらったペンタブレットの使いかたに苦労していたので、彼女が昼寝をしているうちに、ひととおり環境を整えてやったことがある。

 起きてきた葵は礼を言うかと思いきや


「あおい、じぶんでやりたかったのに!」


 ひどくむくれ、いつもおじさんおじさんとくっついてまわる姪が、三日か四日、いや五日ぐらい「おじさんきらいっ」と口をきこうとしなかった。

 対コロナの計画は始まったばかり。機嫌を損ねられてはやっかいだ。なにせこの時代には、彼女をなだめすかすのに便利なガチャは存在しないのである。


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