十五
本当にやれるのか、と手にしていたニッパーを机上へ置く。
先ほどの作戦会議で各自の担当事項を洗い出したが、そのなかでも彼女の担うIT関連は最も専門性が高く、かつ広範囲。難易度は、計画の全体を建て指揮する博以上といえ、軍事知識に明るい不藁をサポート役に置くことになった彼に対し、千尋はほぼ単独だ。
(余談だが、難易度が最も低いのは拓海で、博からの指示は「なにもするな」。とにかく足だけは引っぱらないでくれと。ある意味、これはこれで高難度とも言えるが)
千尋は、うーん、と天井付近の染みを仰いだ。
古い建物なのでそこかしこに点在するが、ぼんやり見つめるそれは犬や猫を思わせる形をしていた。壁の染み――知人のエンジニアから聞いた「シミュラクラ現象」という心理学用語を連想したが、この場合は「パレイドリア」のほうが正しいか。
そんなことを考えながら自信のほどを答えた。
「タイムマシンは作れないけど、IT全般に関しては妖精さんに引けを取らないつもりよ」博を挟んで作業机の反対がわにいるであろう神様に笑いかける。
アディオスはここだよ、との声を博は背後に聞いた。千尋の向く方向に神(自称)はいないが、いちいち仲介するほどのことでもない。机上に散らばった白線と黒線を淡々と分類する。
確かに千尋は優秀なハッカーだ。コンピューターとネットワークには非凡の造詣を有し、カバーする言語やプラットフォームはあきれるほど多岐にわたる。ITがらみで質問すれば九十五%は〇・五秒で即答。残りの五%もたいてい五分以内に妥当な答えを返し、一週間以上の日数――経験則からだいたい五日以上かかって解決できなかった問題は、どれも無償でどうにかなる範囲を大幅に超えていた。
IT関係は基本的に自力で間にあっている博からの相談でこれなので、葵の目にチートとしか映らないのも無理はない。(ちなみに彼女の質問に答えられる確率は百五十%。百%の精度で適切に回答し、五十%の確率で別の問題点を指摘する。なお、拓海からの場合は百二十五%)
そんな千尋でも今回はさすがに荷が重すぎるのではないか。
ナビだけでもオーバーワークだ。現代より軌道上の衛星数が少なく、信号の内容も異なるであろうGPSの電波を独自に処理し、同様に自前で用意した当時の地図上に現在地を示す。
それだけでも高度に専門的な知識と手間ひまを要するが、さらに位置情報のみならず文字どおり
ナビひとつとってもすでに個人でこなせる水準ではないが、ほかにも、キャリアの基地局やサーバーに頼らず端末同士での直接のやりとりや、当時のパソコン通信を利用するためのPC・OS・通信プロトコルなどの、現在とは異なる情報技術の取りあつかい、場合によっては小半助教授の自宅PCや大学内のネットワークへの侵入も要する。
博も持ち前のスキルでできるかぎりの補助はするつもりだが、それでもなお、質・量ともにとてもひとりで負えるしろものではない。ましてや
リーダーの懸念に、ハッカー担当はふるふると長い黒髪をゆらし否定する。「私がついていきたいから行くんだし」
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