魔王エグゾガルシアの3分間

開闢歴かいびゃくれき14997年9月1日夕刻◆

◆魔王城 謁見の間◆

◆魔王 エグゾガルシア視点◆


~遡ること3分前~


 魔王エグゾガルシアは苛ついていた。


 他の魔族にはない能力を有したユニークモンスターとしてこの世に生まれ、同族の全ての強者という強者を屠り、力で屈服させ、自身が7年前に魔物達の王、つまりは「魔王」を名乗り玉座に着いて以降、その苛立ちは増すばかりであった。


 人族…獣人族…エルフ族…様々な種族の人間の怨嗟の表情が生きたまま埋め込まれた、唸り声を上げ続ける禍々しい玉座に膝を組み、頬杖を着き、頭を垂れる配下を見下ろす。



「ケルギアよ。我が魔王軍は、世界の何割を支配下に置いたのか」

 魔王の眷属である七将のうち、全兵力の統括参謀を務めるケルギアが答える。



「はっ!5割に御座います!思いの外、最前線のエルフ共の抵抗が激しく、半年間に渡り拮抗状態が続いており…」


 ダンッ!!


 王は玉座の肘置きを叩く音が、広大な謁見の間に反響する。


 握りこぶしの下からは、玉座に生き埋めにされたエルフ属の叫び声が聞こえる。


「ケルギアよ、そうでは無いのだ。貴様が今すぐに死ぬのか、死なぬのかを問うておるのだ…」


「は、はッ!」


 ケルギアは角を震わせ、唇を噛んで主君の非難を耐え忍ぶ。

 この御方が次の瞬間に玉座を立てば、自分の存在など消えてしまうのだ…


 魔王の怒りに触れ四度入れ替わった七将を、自分は見てきた。

 よくここまで生き残った、そんな思考が否応なしに頭をよぎる。

 そしてその恐怖感を握り潰そうと、うつむき目を強く閉じる。


「ふむ…。クク、まあ良い。貴様が欠けては脳が足りぬ軍勢になるからなァ…」

 その恐怖する様子に満足したのか、魔王は口元を歪める。


「…はッ!」


「では、そうだな…。20万の兵力が有れば足りるか。どれ…」

 魔王は脇に構える浅黒い肌の侍女に、視線で合図をする。

 それを受け、侍女が赤黒い短刀を魔王のもとに持ち、両膝を突き、捧げるように両手で掲げた。


 魔王はおもむろにその短刀を持ち、束ねられた自らの髪の毛を狩り取り、魔力を込める。

 髪の毛はそれぞれが意思を持つようにうねり、少しずつ、肥大化しながら目や耳や翼のような器官をそれぞれが生やし始める。


 それを侍女が受け皿に取り、一礼をして屋外へと運んでいく。

ここから一日もすれば、事実20万の軍勢が眼下を埋め尽くす事になるだろう。


 魔王エグゾガルシアが魔物の中で頂点に上り詰めた要因の一つでもあるのが、この肉体の一部から配下を無限に作り出す能力である。


 ただこの能力の発現はいかに魔王に7年間従い続けるケルギアとて、見るのは二度目になる。

 一度目は、魔王として登り詰めた時。それはたったの「50本」の髪の毛で成された事。それでも、魔王に次ぐ実力者であった魔物達は一方的に虐殺された。

 そして二度目は、今―――。



 魔王は常に、己が支配を楽しんでいる。

 我々魔族を支配し、侵略先を広げ、それらを眺めて試す事を。


 魔王が本気を出していれば、この戦争はたったの1年で収束をしていただろう。

 肉体の一部から無数に尋常ならざる力の魔物を大量に生み出す能力。


 これを使ったという事は、つまり…


「エグゾガルシア様、この世界の支配を、完了させても…良いのですね?」

 ケルギアは言葉を慎重に選び、しかし7年間もの間魔王を一番近くで見てきた存在として、確かな問いを行う。


「フ――、クク、フハハハハハハ」

 魔王は邪悪な笑い声により、それを肯定する。


 50本、それにより全ての魔物のパワーバランスを破壊して魔王として君臨したこの力が、4000倍の20万。


 ケルギアは、先程まで恐怖で震えていた己の身体が、別の意味で震えるのを感じ取った。

 永きに渡る戦争が終わる。やっと、やっと――。

 魔王が魔族の頂点に座す7年前まで、我等は永劫の時を戦いに費やした。

 終わりのない戦いの中での拮抗。今からすればそれは、7年より以前の魔物達が絶対的な支配者を欠く烏合の衆であったからこそなのかもしれない。それが今やこのお方の力で―――。


「クク、他の七将をここに呼べ」

 魔王が命じると、甲冑の兵士により謁見の間の前室の扉が開かれ、ケルギアを除く残り六名の将が現れる。


・黒い霧を集合させたような身体に光る目を持つ『冥将』ゼロア


・蛇の尾を持つ左腕と蛇の頭を持つ右腕で、女性的な身体付きを持つ『毒将』アデラ


・オリハルコンを人型に押し留めたような巨躯『破将』ギガア


・頭自体が目玉であり、そこに魔法使い然とした帽子と、身体に玉虫色のローブを纏う『魔将』ザギヌル


・六対の黒い翼を持ち、頭上にノコギリ刃の輪っかを天使然として回転させている『天将』ゼクス


・30もの業物の剣や伝説級のハルバードが寄り集まって人型を成している『刃将』ジギス

 そして後ろに下がり六将に混ざるは、

・顔はヤギのようで人型の身体を持ち、歴代の魔物最高の知性を持つと称される 全魔王軍統括参謀『知将』ケルギア


「「「「我等に何なりとお命じ下さい。」」」

 七将が横並びに膝を突き、頭を垂れ、声を揃えて言う。


「―――クク、では命じよう。我より出でし20万の軍勢を貴様らに等分にやろう。それをもって全世界を我の―――」

 魔王がふと気付く。

「ぬ?」

 妙に背中の中心部が涼しい。


 侍女が目を丸くして汗を垂らし、チラチラと背中の方を見ている。

「なんだ、侍女よ」


「は、いえ、別に、特に何も…」

(お召し物が破けてるなんて言える雰囲気じゃないじゃない!!)


「ふむ…まあよかろう。」

 スゥー…ハァー…。魔王は一旦、深呼吸をする。


「それをもって全世界を我の―――!?」

 全員が魔王の異変に気付き、目を見開く。



 ――魔王、全裸。



 一瞬で自慢の―――魔王たる象徴でもある究極の素材で織られた闇銀あんぎんのローブが消えたのだ。


 魔王エグゾガルシアはただでさえ二本の角と浅黒い肌以外は人型なので、全裸は見るに堪えない。


「ンまぁッ!」

 七将で唯一女性型の『毒将』アデラが顔を真赤にして凝視するも、魔王は足を組んでいるのでギリギリセーフ。大事なところは隠れている。


「……これは…なんだ!?どういう事だケルギアよ!!」

「い、いえ、私には突然お召し物が消えたようにしか…」

「ええい、他の者は!!」


「私にも…」「我にも…」「オデニモ…」


「クソッ!!何故だ!何故なんだ!これが敵の攻撃だとでも言うのかッ!!?」

 魔王はガタッと立ち上がり、見えそうで見えなかった物があらわになる。

「ムッヒョーーーーーー!!!」

 『毒将』アデラが毒の鼻血を噴出する。それに当たった『破将』ギガアのオリハルコンの身体が若干溶ける。


「ええい!!どこだ!どこに居る!!出てこい!!八つ裂きにしてや――――グッ…!」「!?…魔王様!?」

 バターンッ!と、魔王が大の字で前に倒れる。


 七将が全員魔王の元に駆け寄るも、そこには魔族にとっての心臓と脳にあたる結晶、コアクリスタルを背中から完全に引き抜かれた魔王の亡骸が転がるだけであった。


 絶対的強者として君臨していた魔王が、異世界召喚された霊能者にものの『3分』で倒されたとは、その場に居る誰も知る由もなかった―――。


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まだまだ続きますよー!

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