第131話 好きな味はサーモン&とりささみなんだって

「ふうん……魔法少女スカーレットシトロン、ねえ」

「はい……」


 乃亜のあさんの家から少し離れてから、私はエリーさんに昨日のことを話した。

 敵対する関係なのに普通に会話してるなんて、ちょっと変な気分。でもしょうがない。私の正体を知っていて、かつこの件で話を聞けそうな相手を考えたら、この白猫くらいしか思い当たらなかったのだ。


「それで、エリーさんが知ってることを教えてもらえたらって思って――」

「ちょっと待ちなさい」


 話を進めようとすると、前脚をあげて制止された。


「あなた、私たちの関係はわかってるでしょう? あなたは悪の組織の女幹部で、私は魔法少女の使い魔なのよ?」

「は、はい」


 まあ今は「+ボス代理」がついてるんだけど。


「ホワイトリリーと一緒に悪と戦うものとして、私にも矜持きょうじがあるわ。ほかの魔法少女のことだとしても、そう易々やすやすと教えるわけにはいかないわね」


 姿勢をただして座る。きめ細やかな白い毛も相まって、優雅という言葉がふさわしい。

 ともあれ、エリーさんの言うことも一理ある。もしかしたら言っちゃダメみたいな制約があるのかもしれないし。


「えっと、じゃあどうしたら」

「条件があるわ」


 エリーさんは言う。


「あなたには困難かもしれないけれど……私も鬼じゃないわ。私の言う条件さえ満たせば、話しましょう」


 そう言うと、『どうする?』と訊ねるような表情を向けてくる。


「……わかりました。私にできるかどうかはわからないですけど、がんばります」

「いい返事ね。さすがはホワイトリリーが認める相手なだけはあるわ」


 ヒゲを震わせて笑うエリーさん。そして小さくうなずくと、


「それで条件っていうのは――――ちゅーるを用意してほしいのよ」

「……はい?」


 ん? 今なんて?


「ちゅーる、ってあのちゅーるですか? 細長い袋に入ってる」

「そうよ。知っているなら話は早いわ」

「はあ」

「数はそうね、できるだけたくさんが一番だけど、無理は言わないわ。1つでもあればそれで十分よ」

「……」

「あなたには難しいことを突き付けているのはわかってるわ。けれど、敵同士でなれ合うわけにはいかないからこれくらいは」

「いいですよ」

「え?」

「いいですよ」

「本当!? いいの!?」


 ぐりん、と食い気味でこっちを向くエリーさん。反射的に若干引いちゃった。


「は、はい。今は持ってないので買いに行かないとですけど」

「すごいわねあなた……実はお金持ちのお嬢様だったのね」

「え、いや違いますけど」


 たしかそこまで値段は高くなかったはず。中学生の私じゃ買えないなんてこともなかったと思う。


「だって乃亜にほしいって言っても『超高級品なんだからダメ』ってなかなかくれないのよ? ひどいわ、私だっていつもがんばってるのに」

「はあ……」


 どこをどう聞いても飼い猫の体調管理をちゃんとしている飼い主だ。このふたりの関係、意外と私とベルのそれと似てるのかも。


「あなたがいてくれてよかったわ。最近食べてなくてもうガマンの限界だったのよ」

「……」

「じゃあこれから買いに行きましょう。楽しみだわ」

「……」

「どんな味にしようかしら。楽しみすぎてよだれが出ちゃうそう――――あ」


 数秒固まる。かと思えば「こほん」と何事もなかったかのように姿勢を元に戻した。今さらだけど。


「先に話をしましょうか。スカーレットシトロンのことだったわね」


 そしてようやく本題にもどる。


「結論から言うと、その魔法少女の名前に聞き覚えはないわね」

「え」


 ええー……。

 さんざん引っぱっておいて、条件までつけたのに? ちゅーるを買ってあげることになったのに?


「ちょっと、そんなゴミを見るような目はやめなさい。まだ話は終わってないわ」


 エリーさんは少し慌てて続ける。


「その魔法少女が何者なのか知りたいのよね?」

「はい。ベルに会いにきたみたいなんですけど、結局目的もよくわからなくて」



 ベルに訊いても教えてくれなかったし。


「それなら使い魔を探す方がいいかもしれないわ」

「使い魔ってエリーさんみたいな、ですか?」

「そうよ。魔法少女がいるということは、契約している使い魔が必ず近くにいるはずよ」


 ホワイトリリーにエリーさんがいるように。あるいは、私にベルがいるように。スカーレットシトロンにも力を与えた存在がいるということだ。


「わかりました。ひとまず探してみることにします」

「ええ。私みたいに猫の姿をしているはずよ」

「――それって、私の、こと?」


 それは、会話が途切れた瞬間のことだった。


 降ってきたのは、抑揚よくようのない声。私とエリーさんが同時に見上げると、塀の上に小さなシルエットがあった。


 そこには、1匹の三毛猫がいた。

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