第90話 墓穴
「あんさんの言うとおりや。アジトの下の階に住み始めた人間、それがボスの正体や」
夜風にヒゲをひくつかせながら、ベルは言った。
ちなみにお風呂からはもう上がって、私たちはベランダにいる。あのまま話を続けていたらのぼせそうだし、お母さんにも怪しまれる。
「やっぱりね」
とは言ったものの、ビックリしている自分がいるのも事実だ。だって悪の組織を束ねるボスの正体がまさか、人気俳優の
「組織のほかの人たちは、このこと知ってるの?」
「いいや。ボスのことを知ってるんはオレだけや」
それもそうか。知っていたら、アジトに引っ越しのあいさつにやって来たときにハカセたちが気づいているはず。
つまり、図らずも私は組織のトップシークレットを知ってしまったってことか。
なんだかどんどん深みにはまってる気がするなあ。私は早いところ組織から足を洗って、ひっそりと魔法少女を愛する生活に戻りたいっていうのに。
ともあれ、これで謎のひとつ――どうしてボスが突然視察に来るって言ったのか――は解けた。ドラマの撮影がこの町であったその
「それで、なんで?」
「なにがや?」
「なんで私に
悪の組織に入ったばっかりの私なんかより、付き合いが長いであろうベルが直接行く方がボスだって話してくれると思う。
「それとも、誰かにこっそり様子を見てきてほしい理由でもあるの?」
「……」
ベルは押し黙る。どうやら図星ってことみたいだ。
「ボスがここにやって来たこととは関係ないの?」
人気俳優としての顔をもつ神宮寺レオンがわざわざ、こんな決して都会とはいえない町にまで。もしかすると、活動休止したことともつながりがあるんだろうか。
「そ、それはやなあ……」
「それは?」
「……」
「……」
「……わからへん」
「え?」
「わからへんのや」
「はあ?」
なによそれ。
「なんでボスがここにやってきたのか、オレにもさっぱりわからんねん。むしろオレが知りたいくらいや」
お手上げ、とばかりにベルは前脚でバンザイをする。
「せやから、あんさんに偵察に行ってもろうて、ボスの真意をそれとなーく訊いてきてほしいんや」
真意――つまりはアジトのすぐ近くまでやって来た目的。
「ベルが訊くのじゃダメなの?」
「なんちゅうか、ボスが考えてはることはようわからんねん。そんでもって、あんまりしゃべってくれへんし」
黒いシルエット姿でベルの報告を聞いていたときを思い出す。たしかに、話好きって印象じゃなかった。
「そもそも、ボスってどんな人なの? ベルとはどういう関係なの?」
ひとことで言えば、悪の組織のボスとその使い魔に違いないんだけど……なんだろう、ちょっと違うような気もするっていうか。
私の質問に、黒猫は「むむむ」とうなる。そして、
「そ、それは……言われへん」
「どうして?」
「オレとボスは、
まあ正体がバレてしもうたんはしゃあないけどな。とベルは息を吐く。
どうやらボスはよほど用心深いみたいだ。そりゃあ人気俳優だし当たり前と言われればそうなんだけど。
「まあそんなわけで、てきとーに
「ええ~」
事情はわかったけど、あんまり気は進まない。ハッキリ言えば「なんで私がそんなことしないといけないの?」って気持ちだった。
「ミカさん――ハカセに頼むとかじゃダメなの?」
「なんや忙しいみたいなんや」
そういえばこの前アジトでそんなことを言っていた。怪人をつくる時間がとれなくてフラストレーションがたまってるとかなんとか。
「あんさんやったらヒマやからいけるやろ?」
「いや、ふつうに学校あるってば。それに休みの日はプリピュア見なきゃだし」
「ああ、あんさんが好きなアニメやったか。ホンマ熱心やな」
「そんなにおもろいんか?」
「気になるっ!?」
ベルの問いに、私はすかさず反応した。過去最高速度で。
「え、あ、いや」
「いやーベルもようやく興味を持ってくれたんだ。魔法少女と戦う身なんだから、ちゃんと見ておくべきだって前々から思ってたんだよねー」
「だから、別に気になるとかやなくて」
「やっぱり最初は無印からかなあ。でも初心者はキャラデザも史上最高と言われてる最新シリーズからでもいいよね」
「……」
「ちょっと待ってて。今ファンブック持ってくるから」
私は急いで部屋に戻ってコレクションから目当てのものを探す。
「あんさん? 夜も遅いし、そんな気ぃ遣わんでええんやで?」
「なに言ってるのよ。思い立ったが吉日って言うじゃない」
「げっ」
「いい? プリピュアのいっちばんいいところっていうのはまず――」
「かっ、
黒猫の悲痛な叫びが聞こえた気がしたけど、たぶん気のせいだろう。
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