第87話 深まる謎、訪れるはピンチ?

「お前のことが……好きなんだよ」


 波打ち際で、男の人が言う。


「誰よりも、お前のことが」

「……そ、そんなこと言って。どうせまたどっか行っちゃうんでしょ? 私を置いて」


 彼の前で、女の人が顔を横に向ける。


「じゃあ私、もう行くから」

「待ってくれ!」


 離れていこうとした彼女を、彼が止める。抱きしめて。


「もう、しない。二度とお前を……離さない」

「それ……ほんとう?」

「ああ。ずっと、一緒にいる」


 ふたりが向かい合って、そしてじっと見つめ合う。目には、うっすらと涙が浮かんでいて。

 そして、ふたりのくちびるは重なった――




「ごめんね、急に誘っちゃって」


 日曜の昼下がり。駅前のマクドナルドで美少女、もとい乃亜のあさんが苦笑しながら言った。


「ううん、私もその、ヒマだったし」


 私にとっての日曜日は、朝こそプリピュアをリアルタイムで見るという誰にもゆずれない使命があるけど、そのあとはいつもこれといった予定はない。あっても録画したプリピュアを見直すくらいだし。


「でもやっぱりおごってもらうなんて悪いよ」


 手元のトレーにのっているてりやきバーガーセットは、乃亜さんが一緒に注文するからと言って彼女がお金を出してくれたのだ。ちなみに彼女の方のトレーにはチーズバーガーセット。なんだかいつぞやの戦いを思い出す。


「いいのいいの気にしないで。付き合ってもらったお礼だもんって。あ、それともちーちゃんにはマックじゃ足りない、かな?」

「そ、そそそんなことないって」

「あはは、冗談だってば」


 私が胸をなでおろしていると、乃亜さんは言う。


「ほんと、ありがとね。こんなの頼めるのちーちゃんしかいなくてさ」


 乃亜さんの頼みはひとことで言えば、一緒に映画を見てほしい、だった。ラストで主人公とヒロインが熱いキスをして終了の、よくあるラブストーリー。なんでも超話題作らしくて、公開されて2週間くらい経った今日でも映画館はほぼ満員だった。


「このあいだクラスでその話になったんだけど、みんな見るのが当たり前みたいなかんじで話し出すからびっくりしたよー。『乃亜もとーぜん見たよね?』って訊かれたらさすがにノーって言えなくて」

「あはは、そうなんだ」


 私も乃亜さんに誘われるまでは映画の存在自体知らなかったのは言うまでもない。超話題作だと言われても「ふーん」くらいしか感想は出てこなかった。

 映画のとある情報・・・・・を聞くまでは。


「それにしても神宮寺じんぐうじくん、なんでいきなり活動休止なんだろうね」

「そう、だね」


 とある情報――映画のキャスト。その主演。

 それが神宮寺レオンという人、ということ。


 …………。

 ……。


「このたび、下の階に入ることになりましたので、ごあいさつにうかがいました」


 そう言って、私がこの前アニメイトの近くで出会って、電車怪人から助けた男の人が悪の組織のアジトへとやって来た。


「おー、ご丁寧にどうもなのじゃ」

「これからよろしくお願いします」

「こちらこそ、じゃ。なにか困ったことがあれば遠慮なく言ってくだされ」


 ドアの前で応対するハカセを、アジトの中からこっそり見る。名乗ってこそいないけど、間違いない。スマホのニュースに映ってるのと同じ人、つまりは突然の活動休止でさわがれている神宮寺レオンその人だった。


「ほっほっほ。あいさつをしてくれるなんて丁寧じゃのう。しかもお菓子までいただいてしまったわい」


 ハカセが話を終えて戻ってくる。この感じだと、あの人が人気俳優だって知らないのかな。まあハカセ、もといミカさんもオタクだし、こういう種類の話題にはうといのかもしれない。


「おや千秋殿、すみっこに隠れてどうしたのじゃ? もしやあの男性がイケメンじゃから、照れておるのか?」

「そっ、そんなことないですってば」


 さっきエレベーターで出くわしたとき、思わず逃げてきてしまったからなんだか顔を合わせづらかった。そりゃあたしかに顔立ちは整ってるとは思うけど。


「にしてもめずらしいですね」


 と、たまたま時間があったから寄ったという二階堂にかいどうさんがイスに座りながら言う。


「こんなビルに入ってくるなんて、なにか会社の事務所でも構えるんですかね」

「さあー、そこまでは聞いておらんからの」

「変な会社とかじゃないといいですね。……というか、いいんですか?」


 二階堂さんが再び話を振る。だけど今度は私やハカセじなくて、机の上に寝転がってる黒猫に向けてだった。


「アジトの近くに一般人がいることになりますけど」


 私たちは魔法少女の敵として秘密裏に活動する組織なんだから(ビルの入口には「(株)悪の組織」って書いちゃってるけど)、あんまり人目につくのはけるべき。二階堂さんの心配はもっともだ。

 ……が、


「別に……かまへん」


 ……やっぱりベルの様子、変だよね。

 なんていうか、元気がないかんじ。

 この前の戦い以降、どこかいつもと違う。


 実は裏でボスに怒られてたのかな? それなら次の戦いに備えてやる気出すはずだし。


「ちーちゃん?」


 なんなんだろ。エネルギーが足りないとかかな。


「おーい、ちーちゃん」


 うーん、考えてもわかんないや……。


「ちーちゃん、ちーちゃんってば」

「え?」


 我に返ると、乃亜さんがちょっとねたような表情を浮かべていた。


「もー、私とお出かけしてるのに違うこと考えてるなんて、なんだかさみしいなー」

「え、あ、その、ごめん」

「あはは、だから冗談だって。なにか心配ごとでもあるの?」

「う、ううん。ちょっとぼーっとしてただけ」


 悪の組織うちのメンバーの調子がおかしい、なんてさすがに言えない。しかも目の前にいるのは魔法少女本人だし。


「えっと……それで、なんの話だったっけ」

「あ、そうそう。お昼も食べたし、次に行こっかって話」


 見れば、乃亜さんのトレーにあったチーズバーガーはすでに包み紙だけになっている。


「実はもう1か所、ちーちゃんに付き合ってほしいところがあるんだけど……いい?」

「うん、いいよ」


 私みたいな陰キャと行けるところなら、ぜんぜんかまわない。乃亜さんも私と出かけるのは初めてじゃないし、そのあたりはわかってくれてるだろう――

 ……ん?

 ちょっと待てよ。

 そういえば前に出かけたときも同じようなセリフを聞いたような気がする。

 あのときはたしか、


「え、ねえ乃亜さん?」

「どうかした?」

「その、付き合ってほしいところって……どこ?」

「……(にこっ)」

「ええと、乃亜さん?」

「ちーちゃん、いいって言ったよね?」

「え? いやその」

「言ったよね?」

「は、はい……」


 にこやかな、しかし力強いしに、私はただうなずくことしかできなかった。

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