第47話 勝利と敗北

 家路につくころには、すっかり暗くなっていた。

 ぽつりぽつりと、暗い世界に浮かぶ街灯。まるで水底を歩ているように、光は淡くて遠い。


 帰るのが遅くなってしまった。お母さんに怒られるかもしれない。でも今の私は、それどころじゃなかった。


「私のせいで……乃亜のあさんが……」


 頭の中をぐるぐる回るのは、さっきまでのエリーさんとの会話。



「それで……乃亜さんは……」

「そうね、熱があるのと、せきが出ているってところかしら。あなたたちの言うところの『風邪』に似た症状ね」

「いつ……治るんですか?」

「私にもわからないわ」


 ふう、とエリーさんは息を吐く。


「こんなこと……魔法少女が敗北に追い込まれるなんてこと、私も初めてなのよ。だから、今はあの子が快復かいふくすると信じて待つことしかできないわ」

「そんな……」


「でも、どうしてあなたが落ち込むの?」

「え……」

「あなたは悪の組織の一員でしょ? 敵である魔法少女を打倒したんだから、もっと喜ぶべきじゃないかしら」

「それは、」


 エリーさんの言うとおりかもしれないけど……。


 でも、私は。

 私にとって、乃亜さんは――



「――おい、あんさんて!」

「え?」


 耳元で聞きなれた関西弁がして、我に返る。首を振れば、夜に溶けるように、黒猫が塀の上にいた。


「……なんだ、ベルか」

「なんだってなんやねん」


 ベルはむっとしたような声で、


「あんさんの家に向かってたら、夜道を歩いているところを見つけたから家までエスコートしたろうと思ったのに」

「別に、頼んでないってば」


 だいたい、猫がエスコートって。そういうのは猫の男爵バロンくらいになってからにしてよね。


「どうかしたんか? ぼーっとしてたみたいやけど」

「なんでもない。ちょっと考えごとしてただけ」


 エリーさんのことは、ベルには黙っておいた方がいいかな。話がこじれそうだし。


「それで、なにか用? うちに来ようとしてたんでしょ?」

「お、せやせや」


 チリン、と首の鐘を鳴らして、後ろ脚で立ち上がる。


「こないだハカセが新しい怪人つくるって言ってたやろ?」


 そういえば、祝勝会のときに橋本はしもとさんたちと盛り上がっていた。途中から話には参加していなかったから内容はぜんぜん知らないけど。


「なんや今、ハカセがノリにノッっててな。もう怪人を何体か試作したらしいんや」

「もう?」


 まだ2日しか経ってないのに。さすがミカさん、怪人への情熱がすごい。


「オレもホンマびっくりやで」


 ベルは感心するように何度もうなずく。


「そんで、お披露目ひろめ会をしようって話になったんや」


 ばばーん、と自慢げに前脚を広げて、


「せやから、あんさんもどうかと思ってな」

「私は……」

「この間の勝利の立役者たてやくしゃに来てもらわんと盛り上がらんからな。どうや?」


 勝利。そしてちょっと前に聞いた敗北。

 ふたつの正反対の言葉を見比べるように考えて、


「……私は、やめとくよ」

「えっ?」


 ベルはまるで予想していなかったとばかりに頓狂とんきょうな声を上げる。


「心配せんでも、ちゃんと学校終わった時間にしたるで?」

「ううん、ありがと。でも今回はいいよ」

「そうか……まあ、あんさんにも予定あるやろうしな」

「うん、ごめん」


 短く言う。


「それじゃ私、帰るね」

「お、おう。気ぃつけてな」


 力が抜けたようにすとんと四本足で立つ黒猫を背に、私は再び帰り道を歩き始める。


「……」


 勝利。敗北。

 ぐるぐると、頭の中を回るふたつの言葉。


 それは、街灯の光と夜闇のように正反対で。だけどどちらも私の身体に溶けていくことはなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る