第9話 邂逅!魔法少女ホワイトリリー!

「なっ……なにこれええええええええええええええええええ!!!!」


 悲鳴にも似たさけびで、屋上がいっぱいになる。だってどう考えてもおかしい。


 変身した結果、視力がよくなったりくせっ毛がストレートになったり、悪の組織らしく黒いマントが身体を包んでいる……それはまだいい。

 問題なのは。


「なんでマントの下がビキニなの!?」


 マント以外で私の身体をおおっているのは、真っ黒なビキニだけ。それも、布面積がかなりキワドイ。アイドルだってこんなのつける人はそうそういないんじゃないかって思う。

 恥ずかしい。恥ずかしすぎる。間違いなく今の私は顔がゆでだこ状態になっているだろう。


「おお! 大成功やな!」

「どこがよ!」


 マントで身体をしっかりと覆ってその場にしゃがむ。ビルの屋上にいるせいで風がびゅうびゅう吹いて立っていたらいつ丸見えになるかわからない。


「百歩ゆずって変身させるのはいいとして、なんでこんな格好にするのよ!」

「しゃーないやろ。ほんまならもっと重装備させたいところやけど、オレも残ってる力はそんなにあらへんかったからな。ひとつの経費削減、エコっちゅーやつや」

「エコって……」


 どうせけずるなら他のところにしてよ!


「心配せんでも、その姿なら正体がバレることはあらへんから」


 よかった、それなら安心……ってそんなわけあるかっ!


「ほな、変身もできたことやし、戦ってもらうで」

「絶・対・イ・ヤ!」


 どうあっても動くものかと、近くにあった手すりにしがみつく。本当なら目の前のベルさんを捕まえて胸ぐらをつかんで(猫の胸ぐらってどこかわかんないけど)変身を解かせたいところだけど、そうしたらマントがひらひら揺れてビキニが露わになってしまう。


「いやいや、そう言わんと、な?」

「イ・ヤ」

「頼むて! 今はあんさんだけが頼りなんや!」

「嫌なものはイ・ヤ!」

「あんさんかてさっき見たやろ? 怪人がピンチなんやから――」

「ぐわああー!」


 言い終わる前に、駅前広場からなんとも情けない声が聞こえてきた。かと思えば、


 ちゅどーん!


 今どきテレビでも使わないような安っぽい爆発音が響いてくる。あとなんかモクモク煙がのぼってきた。

 しゃがんでいるせいで下の様子はわからないけど、だいたい察しはついた。たぶん、魔法少女オタクの私じゃなくても予想がつく。


「あの怪人、やられちゃったの?」

「ああ。見事なまでにな。あーあ、せっかく今回はいい出来って言っとったのに……」


 その証拠とばかりに、さっきまで聞こえていた悲鳴の類はきれいさっぱりだ。


「よかった……」

「よくないわ!」


 悔しそうに、ベルさんがひたいを前脚でおさえている。


「まったく、あんさんのせいやで!」

「な、なんで私なのよ」

「当たり前やがな! せっかくオレが残ってる力を振りしぼったっちゅーのに……」


 がっくりとその場でうなだれる。そこまで気を落とされると、なんだか私が悪いような気がしてくる……いやいや! 私はだまされたんだもん! なにが好きで悪の組織に味方しなくちゃいけないのか。


「あーあ。あんさんが約束のとおり手伝ってくれたらなー」

「う……」

「こんなん騙されたも同然やわー」

「うぐ……」

「今日こそ勝って、オレらの天下やったかもしれんっちゅーのにー!」

「そんなこと、絶対させないわ!」


 高らかな声。言っておくけど私じゃない。私もベルさんも、それが聞こえた方向を――つまりは、空を見上げた。


 なにもないはずの空中。そこに。

 さっきまで駅前広場で怪人と戦っていた、魔法少女、ホワイトリリーがいた。


「やっぱりあなたの仕業だったのね、ベル」


 空中に、人が浮いている。本当なら違和感極まりない状況なはずなのに、そこにいる彼女はそんなものを微塵みじんも与えなかった。腰についた真っ白い大きなリボンがふわふわと揺れていて、まるで天使の羽根みたいに見えたからかもしれない。


 フリルのついたスカートをひるがえしながら(なぜかパンツはまったく見えなかった)華麗かれいにふわりと舞って、屋上に降りたつ。


「見てのとおり怪人は倒したわ。今日こそ観念しなさ――って」


 と、彼女と目が合った。というより、その表情を見れば、怪しい存在を見つけたという感じだった。


「あなた……誰?」


 そりゃそうなるよね。


「一般人……には見えないわね」


 ですよねー、真っ黒なマントに身体をくるんでる状態だし。


「まさか、人質? ベル、あなたいつの間にこんな卑劣ひれつな手を……」


 ちゃき。ホワイトリリーが手に持ったステッキをベルさんに向ける。けれどベルさんはまったく動じず、それどころか自信満々に、


「はっ! そんな余裕ぶっこいてられるのも今のうちやで!」

「何が言いたいの?」

「聞いて驚け! コイツは人質なんかとちゃう! コイツはなあ……」


 たっぷりためを作って、ニヤリと笑う。反対に私の顔は青ざめる。悪い予感が頭を埋め尽くす。ちょっと待って、私イヤって言ったよね? 同意してないよね? だから変なことは言わないで――


「オレらの新しい仲間にして最終兵器や!」


 高らかな宣言が空に響く。ああ、もう……。

 びしいっ、とベルさんが前脚をこちらに向けてきので必然的に、魔法少女の視線もこっちに移ってくる。


「彼女が……あなたたちの新しい仲間……?」


 見るからに信じられないといった様子。だって仲間ならベルさんと同じように自信ありげに自己紹介とかするだろうし。プリピュアでもそうだったし。


「さあ、覚悟しいや!」


 ただひとりテンションの高いベルさんは、しっぽをピンと立たせて言う。


「今こそ立ち上がって、その力を見せつけてやるんや!」

「……」

「……」


 ホワイトリリーと私。どちらもその場で無言のまま。微動だにしない。


「ん?」


 数秒経ってベルさんが「?」マークを浮かべる。それからこっちを見つめて、うーん、と首をかしげたと思ったら、ぽんと柏手かしわでを打って、


「今こそその力を見せつけてやるんや!」

「聞こえてるわよ!」


 聞こえていて無視したの! それくらい察してよ!


「なんでや! 心配せんでも、ホワイトリリーと戦う力はじゅうぶんあるはずやで!」

「そこを心配してるんじゃないの!」


 そういうことじゃなくて。


「それ以前の問題だから!」


 そもそも悪の組織の一員になることに了承したわけでもないし。仮に戦うとしても、


 立ち上がる。

  ↓

 マントがはだける。

  ↓

 下のビキニが丸見え。


 なのだ。そんなの誰が何と言おうと、絶対にしない。


「せっかく変身させたったのに、何が不満なんや!」

「不満だらけよ!」

「あれか? 黒が嫌なんか? ほんなら好きな色言うてみいや。ピンクでもなんでも変えたるわ。それくらいの力は残ってるからな」

「色はどうでもいいの!」


 それに私はピンクよりも、どっちかっていうと青系のあわい色の方が……ってそういうことじゃなくて!


「ねえ」

「ああもう文句ばっかり言うて! こんなやつやと思わんかったわ!」

「それはこっちのセリフよ!」

「ねえってば……」


 ぎゃあぎゃあ。


「……」


 ぎゃあぎゃあぎゃあ。


「私の話を聞けっての!」


 ごちん。


「へぶう!」


 にぶい音とともに、ベルさんのなんとも言えない声。ホワイトリリーがステッキで頭を叩いたのだ。


「ってえ……」


 涙目になりながら頭をさするベルさんを見て、ホワイトリリーはため息をつく。


「事情は知らないけど、そういう内輪うちわモメは戦う前にやってくれる?」

「言ってくれるやないか」

「戦うっていうなら私も全力でいくけど……今日はやめておくわ」

「なんや、敵に情けをかけるっちゅーんか」


 再び宙に浮いたホワイトリリーは、私の方を一瞥する。


「そんなんじゃないわよ。だって彼女、なんだか嫌がってるみたいだし。さすがに一般人を巻き込むわけにはいかないもの」


 怪人も倒したとこだしね、と付け加えると、きびすを返す。


「それじゃあね」

「あ……」


 純白のリボンがきらめいたかと思えば、あっという間にホワイトリリーは飛び去っていった。さっきまで騒ぎになっていたのが嘘みたいに、静寂が周囲を満たしている。


 行っちゃった……。


「あーあ、せっかくホワイトリリーをぎゃふんと言わせるチャンスやったのに……ってどうしたんや? なんでそんなにうなだれてるんや?」


 なんで、だって?

 そんなの決まってる。


「サイン、もらい忘れた……」

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