第4話 乃亜って名前だけで主人公感あると思わない?

西村にしむらさん、何かいいことあった?」


「へ?」


 私にそんな問いが飛んできたのは、3時間目の体育の授業――2人1組で準備体操をしている時だった。


「えっと……どうして? 夢崎ゆめさき、さん」


 夢崎乃亜のあ。一応同じクラスではあるけれど、私と違ってスクールカーストの最上位の集団――いわゆる陽キャに属する人。だというのに、私みたいな目立たない日陰者にも分けへだてなく声をかけてきたりするおかげで、クラスの誰からも好かれている。


 そんなわけだから、クラスメイトの顔と名前なんて大して覚えていない私でも、夢崎さんのことはちゃんと認識できていた。


「乃亜でいいよ。クラスメイトなんだし」


 にこっ。お日さまみたいな笑顔に思わず顔を背けてしまう。まっ、まぶしい。

 同時に、ストレッチのためにつないでいた手が汗でじんわりと湿るのがわかった。

 なんだか思春期の男子みたいだなあ、私。夢崎さんに話しかけられたクラスの男子ってこんな気持ちなんだろうか。


「なんか、いつもよりうれしそうじゃん?」

「そ、そう?」

「うん。西村さんっていつも大人びて落ち着いてるけど、今日はちょっとテンション高めっぽいなあって」

「大人びてるって、買いかぶりすぎだよ」


 言い換えれば地味ってことだし。

 ていうかよく私みたいな陰キャのことまで見てるなあ。これが人気者たるゆえんか……。


「いよっと」


 ストレッチがひととおり終わったので手を離し、夢崎さんが目の前に立った。体育のためにポニーテールに結んだ茶髪(地毛だと4月の自己紹介で公言していた)がふわりと揺れる。


「んで、テンション高いってことはなにかいいことあったんでしょ?」


 再び最初の質問に戻った。 


「えーと……」


 私は言葉に詰まる。

 こころなしかテンションが上がっていることは否定しないし、その理由もわかっている。

 だけど――


『実は私、魔法少女になったの』


 なんてこと、言うわけにはいかない。


 たしかに昨日の夜、ベルさんと契約を交わしたけど、それだけで魔法少女らしいことはまだなにもしていない。ベルさんも「助けが必要になったら呼ぶわ。それまでは普通に生活してくれてかまへん」って言うだけだったし。

 でも、もう私はみんなの平和を守って、人知れず悪と戦う魔法少女なんだ。ちゃんとその自覚をもたないと。


 ……まあ、魔法少女になった、なんて言ったらドン引きどころか一発で変人扱いされるだろうし。


「べつにたいしたことじゃないんだけど……」

「うんうん」

「昨日、好きな歌手のCDを買えたから、かな」


 なので、それっぽい理由を答えることにする。嘘じゃない。昨日CD買ったのは本当だし。


「えー、誰? 有名なアーテイスト?」

「い、いやいや。すごいマイナーなのだからきっと夢崎さん知らないよ」

「乃亜」

「へ?」

「な、ま、え」

「う、うん……乃亜、さん」

「うんうん!」


 満足げな夢崎さ……乃亜さん。女の子同士だっていうのに、その一点のくもりもない笑顔にドキッとしてしまう。きっと男子ならイチコロだろう。


「そっかー、ちーちゃんは歌聞くのが好きなんだ」

「ちっ、ちーちゃん!?」


 誰それ? 私のこと?


「そ、千秋ちあきだから、ちーちゃん」

「ああ、そういう……」

「もしかして……嫌だった?」

「えっ、あっ、その、嫌ってわけじゃなくて」


 そんな風に呼んでもらったことなんてなかったから、戸惑ってしまう。しかもクラスで一番かわいい乃亜さんに言ってもらったとなれば、ドキドキで心臓が飛び出そうだ。

 ともあれ、私が言った理由には特に気にすることなく流してくれたので、胸をなでおろす。


「あ、そうだ!」


 が。


「放課後みんなで駅前のカラオケに行くんだけど、ちーちゃんもどう? 一緒に歌おうよ!」

「え……」


 まさかの追いち。いや、乃亜さん的には好意で言ってくれているんだろうけど。

 たしかに歌は嫌いじゃない。昨日だってお風呂でプリピュアのOPを熱唱したし。だからって一緒にカラオケに行くのはわけが違う。


 無理無理無理無理!


 誰かの前で、それも陽キャの前で歌うなんて、死んでも無理!

 なんて、思ったことをそのまま口にするわけにもいかず、


「えーっと、ごめん。今日はその、用事があって……」

「そっかー、残念」


 しょんぼりする乃亜さん。ポーズではなく、本当に残念に思っている。


「じゃあ、また誘うね。今度は絶対だからね?」

「あはは……うん。あ、ありがとう」


 自分の笑みがぎこちなくなっているのが、鏡を見なくてもわかった。

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