どこにいる、優作(後編)

 優作が、いない。


 こんなに頑張ったのに。こんなに頑張ったのに。優作が……いない。

 どこにいるの優作! どこで何をしているの優作! どうして、どうして姿を現してくれないの優作! アンの目から、ぽろりと涙がこぼれた。

 確かに私は一度優作を見捨てた。見捨てて、どこかへ行こうとした。だからって、ここまで私から逃げるの優作? 私は、会いたいのに。優作に会いたいのに。合って、謝りたいのに……。


 もう、会えないのかな。


 もう、私は優作に会うことは出来ないのかな。仕方ないのかな。勝手に飛び出したのだから。自分から、決別したのだから。もう一回会いたいなんて、自分勝手なのかな。自分勝手を、もう許されないのかな。


 気の抜けた、力の抜けた魔法使いが、アスファルトの上に倒れている。希望もほとんどない。精力もほどんと残っていない。既に日は大きく傾き、夕方の紅い日差しがその人の形をしたものに差し込み、長い影を落とす。


 ごめんなさい。ごめんなさい。溢れる後悔と自責の念が、目を通って流れ出す。声は出ない。体に力も入らない。視界から色が消えていく。だんだんくすんだ色へと変わる。

 目の焦点が合わなくなる。目の前の景色が、古いカメラで撮ったピンボケ動画のように、だらだらと流れていく。


 ……悔しい。こんなところで終わるなんて。大陸を駆ける風が、目的も果たせずに止んでしまうなんて……。


 グググ……。


 かすかに残る体の感覚が、何かを捉えた。残っているか定かじゃない集中力を向け、何が起こったかを確認しようとする。


 ぽんっ!


 どうやら、ポーチの中から優作のゴーレムが飛び出したようだ。まさか、まだ魔力が残っているとは。このゴーレム、相当出来がいい。優作の魔術の腕が、まさかここまで上がっているなんて。

 はあ、自分はなんてバカなことをしたのだろうか。優作の魔術の才能は本物だったのに。せっかく、出会えたのに……。アンは再び、目に涙を蓄えた。だが、それが流れ落ちるほどの量を確保する体力はなかった。


 ゆさゆさゆさ……。


 ……ん? 自分の体が、何かに揺さぶれあれている。アンは力を振り絞って振り返る。

 ゴーレムが、自分の体を揺すぶっていた。ゴーレムは必死に動いていたが、アンが自分を見ていることに気が付くと、くりくりとした瞳を向けながら、アンの顔に近づいてきた。


 ……かわいいな。ここまで必死に頑張るゴーレムを見ると、なんだか元気が出てくる。こんなに小さいのに。

 対して自分は、こんなに大きいのに、ただ倒れている。情けないな。

 とはいっても、私は頑張ったよ。努力した。これまで使ったことのないほどの魔力を使った。体、精神、魔力、私の限界の限界まで絞り出した。もうだめだった、ってところから更に頑張った。別に恥じる必要なんてない。むしろ誇っていい。本当に、全力を尽くしたのだから。





 ……情けない。こんなことを自分に言い聞かせている私が、とっても情けない。私は、大風師・ヴィヴィアンだ。風と気象を操る大魔法使いだ。本当なら大風王になっていたかもしれない魔法使いなんだ。誰にも負けたことなんてなかった。あらゆる障害も吹き飛ばしてきた。自分にすら、一度屈服したのに勝ったんだ。何を今更気力をなくしている。

 アンの中に、気力がみなぎってきた。再び、大きな風となるため、進み続ける大気の流れとなるための、大きな気力。


 グオン。


 アンが、立ち上がった。静かな強さを秘めながら、力強く大地に両足を打ち付けた。

「ありがとうクマちゃん」

落ち着いた笑顔で、アンはゴーレムに笑いかけた。感動したのか、ゴーレムが飛び跳ね始めた。

「……ふふ、やっぱりかわいいね」

ゴーレムはずっと飛び跳ねている。腕を真上にぴんと伸ばしながら、ずっとジャンプしている。

 ……いつまで飛び跳ねているのだろう。もういいのではないか? もしかして、この動きには何か意味があるのか? アンはゴーレムの動きを注意深く観察した。


 ぴょんぴょん、素早く……。なんか違う。元気! というわけでもないな。どちらかというと慌てている……。まさか、彼は優作の場所を知っているのか?

「ねえねえ、もしかして君、優作がどこにいるか知ってる?」

ゴーレムは勢いよく何度も首を縦に振った。

「分かったから、分かったからもううなずかなくていいよ。で、どこにいるの?」

そう言うとゴーレムは、再び上に跳ねる動きを始めた。

「よくわかんないよ」

こんな時ゴーレムと会話出来れば……。あいにく、ゴーレムと会話する方法は確立されていない。アンはずっと、ゴーレムを観察していた。


 ぴんと伸びた腕……。まっすぐ? 上を向いている……。

「——!」

まさか、優作をこんなに見つけられなかった理由って……。

 アンは空を見上げた。いや、まさか。優作はまだ絨毯を操縦できない。だから飛ぶことは……。今まで、補助付きで操縦はしていた。飛ばすだけなら出来るかもしれない。だが、仮にそれが本当だとしたら、今、優作は空を飛んでいることになる。

 ……暴走していたら? 最悪のシナリオが頭の中に浮かんだ。

「ねえねえクマちゃん! もしかして優作は、一人で絨毯に乗ったの?」

ゴーレムはもう一度、首を大きく縦に振った。

 一瞬安堵したアンだが、すぐに事の深刻さを理解した。もしあの絨毯が暴走していたら……。

「こうしちゃいられない!」

アンはゴーレムを雑につかみ、ポーチに無理矢理押し込んだ。


 バッ!


 高く飛び上がり、絨毯に飛び乗る。


 ビュゥゥゥゥゥゥゥゥウウウウウウウウッ!


 全速力で、暗くなっていく夕方の空に駆け出していった。

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