風に溶ける気象の魔法使い

 空はカラッと晴れている。爽やかな風が吹き、もくもくっとした雲が漂っている。近くを見れば、編隊を組んだ鳥がすいーっと進んでいる。

 そんな空の中にポツンと浮かぶ絨毯が一枚。その上で、目を閉じながらじっとしている魔法使いが一人。


 ヒュウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥ…………。


 風にすべての集中力を捧げる。そうすると邪念がなくなる。この世界では“瞑想”というらしい。もちろん、魔法使いが行う瞑想はただの精神修行のようなものじゃない。


 “風”はすべてを教えてくれる。遠くで何が起こっているのか、この先には何があるのか。どんなものがあって、自分はどこへ行くべきなのか。思考を整理し、かつ様々な情報を入手できる。この「ウィンドスキャン」という魔術。放浪者にとってはこれほど役に立つスキルもなかなかない。


 だが、今回のウィンドスキャンは、この世界の瞑想のような効果も期待していた。ただの情報収集魔術と思っていたこの魔術は、実は精神を整える効果があった。もっとも、今まで全く悩んだことがなかったので、その効果を実感することはなかったのだが。

「ふぅ……」

一度休憩する。いくらアンでも、集中力に限界はある。何せ来たばかりの異世界。ある程度順応したとはいえ、入ってくる情報も元の世界とは比べ物にならない。


 ——これでよかったのかな。


 瞑想の効果として、雑念や邪念を払いのける効果があるというのは本当らしい。同時に、この世界に来るまでこのような感情に左右されることがなかったことも分かった。


 この感情は厄介だ。前に進み続ける者にとって、一度下した決定を揺さぶるこの感情がどれほど邪魔なことか。それに、自分の中にもう踏ん切りをつけたのだから、これ以上考えても仕方ない。考えたところで、もう一度戻ったところでただの邪魔者に……。

「はぁ~……」

アンは再びウィンドスキャンを始めた。これをしていないとすぐにこの感情が湧き上がる。湧き上がればただ疲れるだけだ。集中力が切れるたびに、こんなことになるから、どんどん消耗していく。


 ガッツ!


 ——ぐはっ!


 突然叩き込まれた強烈な情報に、アンの集中が途切れた。一度落ち着き、一体何が起こったのかを整理する。


 ……どうやら、スズメがハヤブサに襲われただけのようだ。そういえば、この世界に来てから動物の捕食シーンを見たことがなかった。まさかここまで強い情報となるとは。

 それにしても、あのような捕食者が街中にいるとは。この世界の町、高い建物が密集したこの様式は猛禽の生息環境に似ているため、一部の猛禽が適応しているという。本では読んだが、まさか本当にいるとは。

 気になったアンは、そのハヤブサがいる場所へと向かった。



 随分と立派だな。目視できる距離まで接近したアンは、目の前の美しい捕食者に見惚れていた。こんなハヤブサは滅多に見られない。ハヤブサは、元の世界でもかなり高価な商品として取引されていた。あれほどなら、帝国同士の贈呈品としても使われそうだ。

 そうか、環境が似ているとはいえ、適応できるのは一部のみ。だから、彼はこの環境を征し、この町の空の頂点として君臨している強くて立派なハヤブサなわけだ。


 ——みんな、アンみたいに強くないんだよ。むしろ、みんな弱いんだよ。


 だめだだめだ、ウィンドスキャンをしないと余計なことが頭に浮かんでくる。

 ……あのハヤブサ、まるで私みたい。

 独りで、空を自由に駆け回る。恐れるものなんて何もない。自分が生きるため、自分がやりたいことをやるために天を駆ける。なんか、少し心が楽になった。自分と似たものがいる。これほどまでに心地よいことなんて。


 ——俺達、趣味が合うな!


 ……。やっぱり、気を抜くとすぐに戻ってくる。忘れなきゃいけないのに。関わってはいけないのに。ウィンドスキャンで心を落ち着かせるのも手だが、今行ったところで目の前の捕食者と、捕まえられたスズメのことしか情報は入ってこないだろう。


 あのハヤブサが私だとしたら、あのスズメは優作なのだろうか。強い者から逃げ、必死に生き残ろうとする小鳥。なぜ自分はハヤブサとして生まれることが出来なかったのか。変えようのない、考えても仕方ないことをずっと考え、群れて生き残ろうとする。

 ハヤブサにはスズメの気持ちなんか分かんないし、スズメはハヤブサの気持ちが分からない。


 ——植物のような強さが欲しい。植物のように、しっかりとした根が欲しい。自分で栄養を作り出す葉が欲しい。どんな暴風雨でも、どんな天災でもその場で耐え続け、生き続ける逞しさ。何かと争うわけでもなく、一人で生き続ける強さ。そんな力が欲しい。


 ……ちょっと場所を変えよう。そうすれば、もっとまともなスキャンが出来るはずだ。アンは絨毯を翻し、もっと高い場所へ昇った。

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