今まで忘れていた優作の本棚

 突然家の中へ移動させられたアン。風がなくなったので、そのまま床へと落ちてしまった。


 ダン。


 「いてて……」

ぶつけたところを手でさすりながら、アンは部屋を見渡した。

「……ちょっと、やりすぎたかな?」

部屋は、本がバラバラになり、草はボロボロ。いろいろな道具が辺りに散乱し、とても悲惨な現場となっていた。さっきまで激戦を繰り広げたクマの人形は力尽きて倒れ、優作もまた、意識を失っている。

「さて、やりますか」

アンは瓦礫の中から自分のアサミィ(魔術に使用する短剣)を探し出し、自分の髪の一部をさっと切った。切った髪に呪文を込め、ふっと息を吹きかけながら、髪を部屋へと撒いた。すると、ばらばらになっていた本が繋ぎ止められ、もともと入っていた位置へと戻り、薬草もまたもとに戻っていく。見る見るうちに優作の部屋は修復され、気が付けば、部屋は騒動前と同じように戻っていた。

 このようなことが起こって気が付いたが、優作の部屋には意外と本が多い。優作の母、敦子から“図書館”という建物の存在を知ってから、読書は基本そこでしていた。この世界の知識と言葉も、十分覚えてしまった。その結果、いつもいるこの部屋の本を見落としていたとは。アンは本棚の前に立ち、優作の本をいくつかパラパラとめくった。



『はじめてのマクロ経済学・面白編』

『地図から見る文化の形』

『世界の宗教』

社会を理解するための本。


『みんなすっきりわかる! 高分子』

『絶対に絶対に理解できる量子力学』

『マンガで基礎から解説・生化学』

自然科学の本。


『7日間でマスターする ——デッサン。』

『今日から君もスカルプター!』

『猫を救え!』

芸術関係の本まである。


 他にも工芸関係の書物や、技術関係、あと人の心について書かれた本など、優作の本棚には広く浅く、様々なジャンルの本が置いてある。いつも冷たくて、何事にも関心を持つことなく過ごしていそうな優作が、ここまで多くのものに手を付けていたなんて。


 「私と同じじゃん」


 アンはほっこりした。こんなところで、優作の意外な一面を知るなんて。自分も、好奇心のままに魔術院付属の書院で本を読み漁っていた。ありとあらゆる魔術、歴史、文化、その他学問の様々なジャンルの本を。魔術院でのつまらない講義を受けるより、ずっと有意義で楽しかった。


 ——は! としたアンは、読んでいた優作の本を閉じた。


 優作が、自分と同じわけがない。


 魔法都市屈指の魔法使いとして敬われ、恐れられたこと。他の人より明らかに大きな身長、自分で言うのも気が引けるが、他の人を寄せ付けない美貌。憧れと嫉妬を向けられたことは何回もあったが、友達として、対等な人間として向かってくる人間は誰一人としていなかった。自分は自分だけ。何にも縛られず、自由に吹き抜ける風。風を止めることはできない。だが、自分の周りの人間はどうにかして風を止めようと頑張っていた。

 どうしていけなのだろう。自分はただ、魔術が大好きなだけなのに。好きなことを好きなだけやってなぜいけないのだろう。


 『並木家の居候魔法使い・アン』という立場があまりにも居心地がよくて忘れていた。優作と敦子さんは、倒れていた自分を助け、そのまま家に置いてくれている。そして優作は、一人の人間として、しっかりと自分を見てくれている。今日だって、面と向かって怒ってきた。

 だが思い出してしまった。自分は、『大風師・ヴィヴィアン』なのだと。恐れられ、敬われた孤高の魔法使いだったこと。世界を放浪し、その場で魔術を施しながら去っていく風。とどまる場所を知らない、まさに大陸を駆ける風だったこと。


 ——俺達、趣味が合うな!——


 優作との時間はあたたかい。冷たい人間といるはずなのに、なぜか、今までの旅の中で、どんな歓迎を受けたときよりもあたたかい。


〇 〇


 優作の本を見て気が付いた。すべての本が、最後まで読まれていない。すべて、途中から読んだ跡がないのだ。

(これが優作か……)

優作の心を見た気がした。優作が冷たい理由、何かに恐れている理由。同時にアンは、さっきまでのしんみりとした気持ちを吹き飛ばしてしまった。自分の前に開かれた新たな可能性が、アンの好奇心を爆発させたのだ。

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