性癖全開のお買い物(後編)

 アンの買い物も一通り終わった。ジーンズを数枚買い終え、ついでにTシャツも数枚、つばが広めのハット、そしてアンの好みでダッフルコートを買った。売り場の目立つところに置いてあったコートが定価より安くなっており、しかもアンにぴったりだったのだ。恐らく、大きすぎて誰も買わなかったのだろう。早速お店の試着室を一つ借り、アンは買った服を着ることにした。

「優作! 終わったよ!」

ガッ、という大きな音を立て、カーテンを勢いよく開ける。そこから出てきた女性の姿に、優作は目を釘付けにされてしまった。

 ジーンズによって引き締まり、安定感のある足元。Tシャツがシンプルな分、体のラインの美しさが目立つ上半身。もともとの上品さを数百ランク上げるダッフルコート。仕上げにハット。女性らしさを引き立たせるとともに、アンの瞳と赤髪を更にきれいに見せる。

 さっきまでの寄せ集めとは違う、優作の辞書ではとても表現できない美しさが溢れ出している。強いて例えるなら、天から舞い降りた女神。決して触れてはいけないような神聖さと、滲み出てくる強さが交わったような印象。気が付くと、優作の体はすべて力を抜き取られ、魂を奪われたようにアンに見とれていた。だが、奪われていた魂は、急速に発達した低気圧に伴う暴風によって、強引に優作の体に戻された。

「ねえねえ見てよ優作! まさか、こんなにいい服装がここでそろうなんて思わなかったよ! むしろ、ロイランで売ってる法衣なんかよりよっぽどいいよこの服! このジーンズってズボンはどんな魔術を使っても十分耐えてくれそうだし、これで薬品作り放題! 大魔術使い放題! それにこのコートは上手く使えばローブみたいに使えそうだし……」

目の前にいるのは、決して天から降臨した女神ではない。異世界からやってきた暴風なのだ。美しく整った服装ではあるが、実際はアンが使いやすさを重視した機能服でもある。おかげでアンの暴風さに磨きがかかってしまった。

「なによりこのTシャツってやつ! 肌触りも最高だよ! それにさ……」

アンの何気ない一言が、優作のとあるスイッチを押してしまった。

「アン! お前にもこのTシャツの良さがわかるのか? 綿100%だからこそ生まれるこの肌触り、この触感! 少しでもポリエステルが混ざっちゃダメなんだよ。あと……」

アンに負けないようなマシンガントークを優作が炸裂させる。アンも感化されて口が加速していく。

「ああ、そういえば少しシャカシャカしたTシャツもあったかも、あれって……」

「そう! あれはポリエステルが5%含まれてた! ダメなんだよ、少しでもポリエステルが入ると……」

「なるほど! 奥が深いね! あのTシャツってやつ!」

勢いのまま優作は、アンの手をガシッと握りしめた。

「俺達、趣味が合うな!」

優作は目を見開き、口角をいつになく上げ、アンの大きな目を直視した。

「……え? ゆ、優作……?」

はっとした。勢いのまま行動していた優作は、今、自分が何をしたのかを理解し始めた。

「はっ! ご、ごめん!」

パッと手を放し、アンから少しづつ遠ざかる優作。いつも青白く冷たい肌が、やけに熱くなった。相手は長身の美人。しかも魔法使いだ。手を握って、何かあれば……。優作は恥ずかしさのほかに、恐怖心を覚えた。しかし、優作の心配とは裏腹に、アンは笑っていた。

「へー、優作もそんな顔するんだ」

アンの目は、未知との遭遇に好奇心を爆発させている研究者のようだった。だが、優作にはなんともやさしい目に見えた。

「優作っていつも冷たい表情か気分の悪そうな顔だから。さっきから、怪しい笑いをしてるところとか、全力で語ってるところを見てるの結構楽しかったんだよ。だけど、そうやって顔が真っ赤になってるのも面白いね」

「アン……」

なぜか、心がほわっとした。なんとも言えない感覚が、優作を満たしていく。

「そうだ優作。この建物って、屋上に上がれるの? もし上がれるなら、そこで景色を楽しみたいな! だってこの建物、とっても高いでしょ! きっといい景色が見れるよ! ねえ優作、行き方わかる?」

優作の目に映るアンは、いつもの暴風に戻っていた。優作はその強い風を受けながら、アンと一緒に歩き出した。


 「ほわあああ! これがデパートの屋上から見る街の景色! 最高だね!」

初めてお出かけをした幼児のように、アンは屋上の手すりから身を乗り出して景色を目に焼き付けていた。手すりの位置が低すぎて、アンがそのまま落ちてしまうのではないかとハラハラしたが、魔法使いだから、という一言でその心配を打ち消した。

「そんなにいいか? アンって、いっつも空から街を眺めてるんだろ? 建物の上から見える景色なんて——」

「“建物の上”だからこそいいんだよ」

アンは輝いた大きな目を、そのまま優作へと向けた。

「そうか。優作にとってはこれが普通なんだもんね。私の故郷、『魔法都市ロイラン』は、高い城壁に囲まれてたから」

——城壁。聞きなれない単語、ゲームや本ではよく聞くが、日常生活では絶対に聞かない単語が、妙に優作の心に響いた。アンは自分が出会ってきた誰よりも自由人だ。恐らく、誰もアンを止めることはできない。なら城壁は? 自分が住んでいるところを物理的に囲い込む高い壁なら? ……止められなかった。だって、目の前にアンがいるのだもの。

「……アンは、その城壁が嫌で、街を飛び出してここに来たの?」

優作は、少し小さな声でアンに尋ねた。

「もちろんそれもあるよ。だけど、そんなことより……」

さわやかな風がふわっと吹いた。その風がアンのダッフルコートをなびかせ、長く真っ直ぐな赤髪を躍らせた。

「私は大陸を駆ける風でありたい! 大空を旅する雲でありたい!」

広がった髪が、快晴の空に高く昇った太陽の光を乱反射させる。その光も相まってか、この時のアンの笑顔は眩しかった。

「……答えになってねえよ」

アンに聞こえないくらいの小さな声で、優作はぼそっと呟いた。だが、アンの一言は奇妙なほど腑に落ちた。——大陸を駆ける風——。まさにアンを現した一言。どこまでも自由で、どんな場所にでも、異世界にさえも行ってしまうアン。吹き飛ばされる小さなものなんか気にも留めず、気の向くままに動く大気の流れ。優作の目に、アンはとても大きな存在として映った。


 だが憧れはしない。そもそも俺には、どこまでも飛び出していく勇気なんてない。俺は植物になりたい。太い根を深くまで張り巡らし、しっかりとした基盤であらゆる困難に耐え、どんな場所でもしっかりとした栄養を確保する強さ。それこそが俺が求める強さ。アンと俺は、全く違う。しかし、どこかで羨ましく思う自分もいる。そこまで何も気にせず、自由に何でも出来たら、世界はどう見えるのだろうか——。


 ブルルルル、ブルルルル。


 その時、優作のスマホが震えた。母親からの連絡だ。

「もしもし母さん? あ、はい。分かった。すぐ行く」

スマホを切り、優作はアンを見る。

「アン、母さんの買い物が終わったらしい。駐車場で合流するから、そこに行こう」

「うん!」

眩しい笑顔のまま、アンは元気よく返事をした。

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