5・7・5しか喋れなくなった妹

七烏未奏

5・7・5しか喋れなくなった妹

「困ったぞ、575ごーしちごーしか、喋れない」


 日曜日の朝、寝起きでテンション谷底な俺の部屋に、俳人かぶれの妹が押しかけてきた。


「どうした? 和製ラッパーにでも憧れたか?」


 俳句とラップはよく似ている。ラップバトルに興味を持った妹が、突然俳句を始めてもおかしくはない。


「違うわよ、やりたいわけじゃ、ないんだよ」


「じゃあなんなんだよ。罰ゲームか? つーか最初の台詞、字余りしてるじゃん」


「字余りは、大丈夫だと、言われたよ」


「誰にだよ」


「怪しげな、悪魔と契約、しちゃったの」 


 …………。


「……百歩譲ってお前が現実の話をしていたとしよう。自業自得じゃないか」


「願いごと、叶えてくれる、そう言った」


「やっぱり自業自得じゃないか。それで、破るとどうなるんだよ、それ」


「わからない、すべてをもらう、そう言った」


「死にそう」


 契約破ると死ぬやつだろ、それ。命を代償にしちゃっただろ。


「だいたい、今時悪魔って……。怪しげな壺とか本でも買っちゃったのか?」


「そのままの、姿でチャイム、鳴らしてた」


「訪問営業かよ。悪魔がそのままの姿で家に来るって、そんな話聞いたことねえよ」


「しっかりと、ネクタイ締めて、やってきた」


「やっぱり訪問営業じゃねえか! つーか追い返せよ!」


 ネクタイ締めた悪魔とか、どう見ても怪しい人……いや、人じゃないのか。


「でもだって、叶えて欲しい、願いある」


「いやまあ、人間なら願いごとの一つくらいはあるだろうが。どうせ金でも欲しいとか思ったんだろ」


「そうじゃない、そうではなくて、にいのこと……」


「え……?」


 そのまま、妹が黙ってしまう。


 そして、彼女は俺のことをジっと見つめながら、潤んだ視線をこちらに向けてきた。


「なんだ……? それだとまるで、俺がお前の願いごとに関係しているみたいなんだが……」


「…………」


 妹は肯定も否定もしなかった。どうやら、妹の願いごとに、俺は関係しているらしい。


 心当たりは、ないことはなかった。一緒に生活する中で、ひょっとしてと思ってしまった機会、優に575回は超えているだろう。57577回でも足りないかもしれない。


 もしかしてこいつ、俺のこと――。


「今までね、言えなかったよ、にいのこと」


「待て、待て待て。それ以上はまずい、こんな時じゃなくてもっと、な?」


「逃げないで、短い言葉、強い意味」


「こんな時に、なに上手いこと言おうとしてるんだよ! つーかだな、俺とお前は兄妹だぞ! だから、俺だって我慢してるんだ! だからお前も――!」


「馬鹿じゃない! 我慢してたよ、今までね! だけど気持ちは、溢れ出るかな!」


「あ……」


「……あ……」


 感動とか気持ちを受け止めるとか、そういう感情の前に。


 妹のやらかしに気付いた俺と、俺の反応を見て自覚した妹が、お互い口を開けて言葉を失う。


 ――しま、しまったああああああ!


 俺が思わず啖呵たんかを切ってしまったばっかりに、妹が短歌を詠んでしまったあああああああああ!


 刹那、糸が切れたように妹が崩れ落ちた。瞼も落ちかかっており、彼女の意識が遠くなっているのがわかる。


「妹! しっかりしろ!」


「……よ、よかった。まだ喋れるみたい。最後にちゃんとした言葉で気持ちを伝えられそう」


「そんなことはどうだっていいんだ。今救急車を呼んでやるから、安静にしてろ!」


「一句しくじったら、凄い一苦いっくがきたね……」


「上手いこと言わなくていいからほんと安静にしてくれ」


「まあ、その、ね。悪魔と契約してしまった身だもの。いずれこうなることはわかってたから。大丈夫」


「大丈夫なわけあるか! くそっ、俺がしっかりしていれば、悪魔に訪問営業なんてさせなかったのに!」


「……にい、私後悔してないよ? 短い間だったけど、苦しかったものを吐き出せたし、それに……通じ合えた」


「妹……」


 くっ、俺は馬鹿だ。


 兄妹なんて社会体を気にして生きてきたばかりに、妹につらい思いをさせて。


 いや、違う。我慢していたのは妹だけではない。


 俺だって、こいつのこと……。


「ねえ、お兄、最後に私の手を、ぎゅっと握って」


「こ、こうか?」


「うん、なんだか少し、楽になれた気が……する……」


 そう言って。


 妹が瞼を閉じて、そのまま、呼吸音も聞こえなくなったような……。


 …………。


「……いも、妹おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」













































「ということが、昔あったよね」


「懐かしいな。……慌てて担架で運ぼうとしたところで、お前が目を開けたんだっけ」


「名演技だったでしょ」


「ほんとタチが悪い。俺を騙すなんて……」


「だって、ああでもしないと素直になってくれないと思ったから」


「それは」


 返す言葉がない。


「はいはい、俺の負けでしたよ」


「私の句に敗北――まさに敗句はいくだね」


「だから上手いこと言わなくていいってば」


「にしし」


 まあ、でも。


 おかげで幸せになれたから、よしとしよう。




 めでたしめでたし。

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