第24話 踏出
向坂の抱える問題……そろそろ俺は踏み込まなければいけない。
彼女の問題は……
異常なまでに男性の目を惹きつけてしまうということだ。
「異性にモテる」
というのは本来であれば、喜ばしいことだが、それも度が過ぎると苦痛以外の何モノでもなくなる。
向坂の周辺、つまりKスタジオで起こってる異常な人間関係を目の当たりにして俺は恐ろしくなった。
男達の向坂を見る粘着質な目
女達のあからさまな敵意
ついでに、俺が向坂の隣にいた時には、俺に向けられてた敵意を通り越した殺意にもにた男達の殺気。
あの異常な環境に、成人もしていない女性一人が耐えていくにはあまりに過酷すぎる。
俺なら……一日で辞めている自信がある。
俺は「モデル辞めればいいだろう?」という提案をKスタジオの上條社長にぶつけたことがある。
あれは、上條社長とのせめぎ合いで発した「駆け引き上の言葉」で本心ではなかったが、火急の難を逃れるなら「辞める」という逃げの一手だって許されていいとも思う。
あそこで苦しむ向坂の姿は見を見れば、あの地獄から直ぐにでも解放してやれればと思うのは至極当然のことだ。
しかし、これでは全く根本解決にはならないことは俺も分かっている。
原因が向坂本人の中にあるのだから、それを取り除かない限り、その環境から逃げても次の環境で再発する可能性は極めて高い。
対処療法ではどうやっても限界がある。
それこそ上條社長が東郷を使ってやった「ニセ恋人」なんて付け焼刃な対処療法で根本解決なんかにたどり着けるはずがない。
向坂は、この異常事態には当然気づいてはいたのだが、心理学に精通する向坂をしてもその原因にまで自力で辿りつけることが出来なかった。
そして彼女は直感で、俺がその原因を探り当ててくれるかもしれないという期待をし……
おそらく俺に接近してきた。
はたして俺は、先日、駅前のファミレスで会った「坂田」という女性の話を聞くうちに、向坂が抱える問題の先にある「原因」にたどり着くことが出来た。
しかし、俺が辿った、こんな面倒なプロセスなどなしに一瞬でそれを見抜いた男がいる。
深層心理学者、田尻明彦だ。
俺はこの田尻の講義を受けたくてK大学に入学した。
彼は「学者」という肩書だけで収まる人間ではない。
サークル説明会で俺に見せた超人的なプロファイリング能力。あの時田尻は、俺の僅かな思考を一瞬で読みきった能力は底が知れない。
「田尻にはエスパーなんじゃないか?」
俺は真剣に疑ってしまった程だ。
いや、その疑惑は俺の中ではまだ残っている……まあ、元オカルトマニアだからそう思いたいってのもあるのだが……
説明会の後、田尻は向坂が抱える問題を本人に伝えた。
”わざわざ伝えた”ということは、田尻がそれを”問題視した”ということに他ならない。
問題でないなら、例えサークルメンバーとは言え、わざわざその人の深いプライベートに抵触するようなことに首を突っ込むことはしないだろう。
だとするならば……
希望はある。
田尻も向坂の事をどうにかしてやりたいと思ってる。
それは間違いない。
だとすれば、一番確実なのが、田尻の協力を仰ぐことだ。
いや田尻が出てくれば、俺の出る幕なんてなくなる訳だから、「田尻に丸投げ」と言う状況になるのかもしれないが……
今日は定例のサークルがある日だ。
俺と向坂は、いつもの通り五限の講義が終わってからA棟1Fのカフェで待ち合わせた。
最初こそ、俺と向坂がこのカフェにいると奇異の目で見られたが、向坂とちょいちょい一緒にこのカフェに寄るようになってからは……次第に誰も気にしなくなった。
俺は、コーヒーを飲み終えてから、向坂に田尻への協力のことを切り出すことにした。
「向坂……田尻を頼ろうと思う」
「私もそれがいいと思ってた」
向坂もやはりそれを考えていたようだ。
「でも……いいのか?」
「何が?」
「……だから……この先、田尻を頼るなら知らなくてもいい自分の闇に向坂が向き合わなければならなくなるかも知れない」
「それは、分かってる。私だって深層心理学を学ぶ人間だし……それに」
「それに?」
「それに、私は一度、それを経験してるから……」
そうだ。
向坂は少女時代、一度、自分の闇と対峙している。
だからこれから起こり得ることが、どれ程辛い事になるのかは向坂本人が一番分かっていることだ。
彼女はそれだけの覚悟をして、今回の事に臨もうとしている。
俺もその事の重大さをしっかりと受け止めておかなければならない。
「無理は絶対にするなよ……」
「うん……分かってる」
「まあ……頼りにならんかも知れないが……辛い時は頼ってくれよ」
「頼るよ……たくさん頼る……もう頼ってるし……」
そう言って、向坂は照れ払いを浮かべた。
サークルの活動は、説明会のあった研究棟の2Fで行われている。
つまり我々「田尻サークル」のメンバーの部室ということになる。
”部”じゃないから部室ではないのか……まあいいか。
小杉先輩と森内も毎回しっかりと顔を出す。
サークルが行われるこの部屋は、10人程度が席に付けるテーブルが真ん中にあるだけの質素な空間だ。
人が使うことが全く想定されていないのか、あまりに殺風景な部屋に思える。
ただ唯一の救いは……ポットの備え付けがあって、小さなキッチンワゴンにはお茶やコーヒーの簡単なセットがストックされていることであった。
この風景だけが唯一、「サークルの溜まり場」的な雰囲気を辛うじて演出してくれていた。
毎回、大体誰よりも早く部屋にいる小杉先輩は、一人でコーヒーを飲んで待っている。
意外なことに、他のメンバーが入ってくるとすぐに小杉先輩はコーヒーを入れてくれる。
たまに森内が先に来ることがあるか、森内は”私は日本茶党だから”と固くなにコーヒーを入れようとしない。
いや、森内のイメージは和風美人だからそのポリシーはとってもいいとは思うけど、……お茶を入れない理由には全くならないぞ?ってか、あなた小杉先輩が入れたコーヒーはちゃっかり飲んでるよね?
ちなみに俺と向坂は、大抵A棟のカフェでコーヒーは飲んで来るので、遠慮したいところなのだが……
ひとり寂しくこの部屋でコーヒーを啜る小杉先輩を見ると……
”あ、俺たち今二人でカフェ寄ってきのでいいです”とは断りに難い。
だって”次は俺も誘ってくれ”なんて言われたら俺が困る……
だって貴重な向坂とのカフェタイムを小杉先輩に邪魔されるなんて……冗談じゃない!!
サークルが終わり、少し皆で雑談してから……そろそろ解散というタイミングで向坂が、田尻に声を掛けた。
「先生、ちょっとお話しよろしいでしょうか?」
一応、筋を通してまずは向坂本人が話を切り出すことを事前に相談しておいた。
「例の件か?」
予想していたかのように、田尻は顔色も変えずにそう答えた。
「はい」
向坂は神妙に返事をする。
田尻は、まだ残っていたサークルメンバーの小杉先輩と森内に軽く目くばせをした。
小杉先輩と森内は、すぐに部屋を後にした。
普段鈍そうにしている二人だが、今日だけは妙に察しがいい。
二人には席を外させたが、田尻は俺が同席することには全く意を介さない。
田尻のことだから、俺が向坂の問題に首を突っ込んでることには気付いているだろうから、当然この展開もすでに想像していたのだろう。
田尻を前にして、俺と向坂は並んで椅子に座った。
田尻は相変わらず全く表情のない能面のような顔を俺たちに向けたが……眼だけは異様に鋭く俺たちの心の奥底まで覗き込んでるようだった。
さあ……いよいよ始まる。
俺は田尻の眼光の怖ろしさだけでなく……向坂の深い闇を想像し……身震いした。
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